二次創作/夢
この感情は失望というのですか。怒りというのですか。恐怖というのですか。誰か僕に教えてくれはしませんか。(烏丸)
「下半身不随だそうだ」
それは彼女にとって、死刑宣告にも等しかっただろう。
バイトの後、烏丸は朔と落ち合うために駅前で一人佇んでいた。時折吹く風が剥き出しの首筋を襲い、体を震わせる。目の前を過ぎ去っていく人々は、寒さに身を縮ませながら帰路を急いでいた。中には手をつないだカップルの姿もあり、天の邪鬼な彼女の手を突然握ったらどんな反応をするだろう、と頬を緩める。早く彼女が来ないだろうか。そう思いながら、彼は恋人を待った。
「残念ながら、」
朔は孤児院の出だったため、病院に駆けつけたのは恋人の烏丸だけだった。
不慮の事故だったという。
凍結した路面によってブレーキがきかなくなったバイクが横断歩道に突っ込む形で横転し、その際に彼女が巻き込まれたというのだ。現場には二人分の夥しい血が流れ、阿鼻叫喚図のようだったらしい。
静かに退出した医者に見向きもせず、彼は血の気を失った白い頬に手を伸ばした。触れた瞬間、あまりの冷たさに驚いて手がびくりと震える。か細い呼吸音だけが、彼女は生きているのだと証明していた。
(朔、)
親が居なくとも、私には孤児院の家族がいる。ボーダーっていう新しい居場所もある。京介もいる。私、幸せだよ。
珍しく素直にそう言っていた事を思い返して、彼は身を乗り出して朔の横に寝そべった。何でお前だったんだろうな。小さな呟きは、部屋の隅に転がって消える。どうしようもない感情が渦巻いて、気持ち悪ささえ感じた。
―不慮の事故。
それは、その感情をぶつける先が無いことを意味している。誰も悪くない。誰も責められない。強いて言うなら、凍結していた地面が悪いのだ。
「…同じ結果なら、まだネイバーの方がましだ」
ネイバーが原因だったなら。朔の足を奪ったのがあいつらだったなら。自分は戦う術も、殺す術もあるというのに。
しかしいくら奴らをがれきの山のように積み立てたとて、彼女は笑わないだろう。当然、その足も動きはしない。
また、朔はオペレーターだからトリオン体に換装する事はない。戦闘員に向いていないからオペレーターになったのだ。今後転向する事も考えにくい。
それはつまり、自分と彼女は手をつないで歩くことは二度と叶わなくなった、という事を意味していた。
浅い呼吸を繰り返す朔を、烏丸はじっと見つめる。
点滴に繋がれていない方の腕を取って、彼は手を合わせた。己の手は彼女のそれより一回りも大きく、ゴツゴツとしている。それをぼんやりと眺めてから、小さな手に指をくぐらせてやんわりと握る。
ささやかな願い事さえも叶わなくなってしまった今、烏丸が望むのは朔が早く目覚めることだけだった。
この感情は失望というのですか。怒りというのですか。恐怖というのですか。誰か僕に教えてくれはしませんか。
* * * * * * * * * *
きっと、お前はこれまでのような笑顔を見せる事は無くなるんだろう。
―嗚呼、神様。俺は今、途轍もなくアンタを殺したい。
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