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二次創作/夢
特別隊員の受難―王子の救出劇編―




「…なんだこれは」



奈良坂透は、三輪隊隊室の前で思わず声を上げた。
その視線の先には扉に直接貼られた一枚の紙がある。そこには三輪と思われる神経質そうな字でこう書き表されていた。

<本日休隊。
追伸:悪いが奈良坂、岸川さんのことを頼む>

休隊の意味も、追伸の意味も全くもって分からない。肝心なことを省きに省いたその置き書き(?)は、彼にただ疑問を抱かせただけだった。
学校が違うため直接話せない弊害がまさかここで現れるとは、完全に予想外である。書き残していくだけの時間はあったのか…と思いながら自身のスマートホンを確認すると、着信を知らせるランプが点滅していた。新着二件と表示された箇所をタップすると、パッと会話画面に切り替わる。

<突然悪いが、米屋が赤点で補習テストだ。巻き込まれることが分かったから朝に書き残しておいた>

<メモを見たので自分は訓練室にいます!今日は個人練にしますね!>

三輪と古寺からのメッセージに返信を綴りながら、ふと顔を上げる。わざわざ朝に本部に寄ってくれた事は有り難いのだが、この追伸の事には何も言及していないのが気にかかった。岸川さんのことを頼む、とは一体自分は岸川朔という人物の何を任されたのだろうか。

休隊の理由は分かったがもう一つのメッセージの意味が分からないままだ。とりあえずはその目的の人物を探そう、と奈良坂は隊室の前を後にした。




























「…っっ」


「なあなあ岸川さーん」


「五戦!五戦だけでいいから〜!!」



その日、ラウンジにいた隊員たちは奇妙な光景を目にした。

複数人の走る音と追いかける人物と思われる声は、ある意味日常の一部である。しかし、一度彼らの姿を視界に入れれば、誰もが凝視するに至った。追いかけられる人物は岸川朔という事は変わりないのだが、それを追いかける二人がまずおかしかった。
一人は常習犯とも言うべき太刀川慶だが、その背には何故か国近柚宇が乗っている。つまりは二人の内一人が異色のメンバーというだけでなく、その上おんぶという形で特別隊員を追いかけ回していたのだった。
これには誰もが驚いて注目をせざるを得ない。だが、逃げる方は必死で追いかける方も真剣である。周りの目など気にせず彼らはその場を走り抜けて行った。



「…なんか変なもん見たな…」


「俺疲れてんのか…?」


「何でA級一位部隊の二人がおんぶで追いかけてんだよ…」



という呟きがぽつぽつと落とされたことは、当の本人たちには知る由もない。
後に朔がこの話を聞いてまず初めに思ったことは、「私が追いかけられていることに誰も疑問を抱いていないのか…」という事だった。残念ながら、ボーダー内鬼ごっこ大会に周りは慣れてしまったのだ。今更疑問の声を上げる者は新入隊員が来ない限りは居ないのである。


さて、周囲が不思議に思ったのは国近柚宇の存在であろう。
基本、朔を追いかけるのはその「匂い」に吊られた異性が、刺激された欲を解消すべく彼女をつけ回しているのだ。太刀川はその典型的な例である。では、彼女もその「匂い」に吊られた口なのかというと、それは違う。

国近は朔から感じるそれを良い匂いだな〜程度に受け止めていたし、特に衝動的になるような事は無かった。つまりは、今回の件は彼女の意志で太刀川に加勢しているのである。

その理由はといえば、まずここに当真と冬島が登場してくる。
冬島が見守る中ゲームに勤しんでいた当真と国近は、何かを景品として賭けようという話になった。そこで乗ってきたのが冬島であり、独自にトリガーの衣装を改造してやると持ち掛けたのだ。そこで目を光らせた二人は、ゲーム等そっちのけで冬島含めた三人で誰を生贄にするかを考える。どうせなら皆が知っていて、かつ衣装の考えがいがある人…。そこまでくれば、彼らの頭に浮かんだのはただ一人である。

製作日数3日。
作戦決行日、陽動として選ばれたのが太刀川と国近の二人、という訳だった。



「朔ちゃん待って〜〜」


「岸川さん俺と模擬戦!しよう!」



そんなこんなで、何故太刀川に加えて国近に追われているのかを理解できなかった朔は、彼女に関しては悪乗りだろうと判断したのだった。

まな板の鯉である事も知らず、朔はただ逃げ続けていたのである。



























朔は、もういい加減にしてくれ、と思った。
走り続けて30分以上、トリオン体でなければ早々にギブアップしていたことだろう。太刀川はトリオン体でなかったというのに、末恐ろしいものである。生身の方も強くなければ一位部隊にはなれないのか…?と鈍る頭で彼女は考えるのだった。

何とか二人を撒いて一息つく。ふと辺りを見回してみると、そこは何故か冬島隊隊室近くの通路だった。

(…待て、冬島さん……?)

朔はここで嫌な予感を察知する。冬島といえば、トラップを得意とする男だ。そしてその下には国近と親しい当真(学業低成績組)がいるではないか。彼らがタッグを組んだ事は十分考え得る。ここまで追い込まれたのだとすれば、彼女に逃げ場はないも同然だった。

これはまずい、と一刻も早くその場を離れようと踵を返す。が、隊室に背を向けたその直後、朔の体は鉛のような重りに自由を奪われてしまった。このトリガーは覚えがある。彼女自身使ったこともある物だった。

(鉛弾(レッド・バレット)…!!)

前から倒れ込み、動くこともままならない状態で後ろを向けば、予想した通りの人物がそこに立っている。



「よぉ朔さん。
気付くのがちょーっと遅かったな?」


「何の真似だ、当真…私は君らの恨みでも買ったのか…?」


「いんや、そんなんじゃねえって!なあ隊長?」



トリオン体を解除した当真の後ろから、冬島がパソコンを抱えながら顔を出した。その表情は非常に楽しげで、目は弓なりになっている。彼女が嫌な予感は現実だったと確信するにはそれだけで十分だった。



「いやー悪いな、朔。お前に恨みは無いんだが満場一致でお前が適任だと決まったもんでな。」


「は…?」


「ま、気を楽にしろや。ちょっと着飾るだけだ」


「そういう事なら私に許可を取ってからにしてくれないか!?」


「なーに言ってんだ、朔さん。そんなん楽しくねーじゃん」



そんな身勝手な言い分に、彼女は目眩を覚えた。どうやら、彼らが楽しみたいが為に朔は追いかけ回されたようである。模擬戦目当てだった方がまだましなような気さえした彼女は、遠い目をした。
どうせ助けは来ない。風間隊は今日は非番の上、三輪も訓練室で一度も見かけていない事から本部に来ていないというのが容易に想像できる。生身で逃げようにも直ぐに当真に捕まってしまうだろう。冬島がタイピングする音を耳にしながら、朔は観念したようにため息をつきながら目を閉じた。







「―…朔さん!換装を解け!!」



その声が誰か理解した瞬間、朔は反射的に換装を解く。パッと鉛が消え去って自由になった体を素早く立て直し、声がした方向に顔を向けた。



「奈良坂!!」


「逃げるぞ、朔さん」



返事をする前に片腕で小脇に抱えられ、朔は奈良坂の着用していたバッグワームの影に身を隠す。曲がり角を駆使して駆け出した彼は、そのオプショントリガーのせいで冬島が手にしていたレーダーには移らなかった。

とっさに当真が換装して追いかけようとするが、その時には既に二人の姿は視界から消えている。目の前に獲物を転がしておきながら逃した気分の彼は、顔色を変えないままあーあ、と漏らした。



「失敗しちまったなぁ」


「追いかけてくれてもいいんだぞ?」


「冗談キツいぜ隊長。風間さんに叱られんのは俺なんだからな」






















「…ここならもう大丈夫だろう。朔さん、大丈夫ですか」


「た、助かったよ奈良坂…振動は少し厳しかったがな……」



休隊となった三輪隊隊室には、当然ながら二人以外に誰もいない。
念には念を入れて、バッグワームを着用したまま換装を解いた奈良坂を見て、朔は力無く返事をした。そんな彼女を労るように背中を撫でてやりながら、彼は缶コーヒーを渡す。三輪が隊室に常備しているそれは、朔に会った時に渡すための物だった。見慣れた缶に表情を和らげた朔を見て、奈良坂も安心したように微笑む。二人は横並びに座り、コーヒーを飲んで一息ついた。



「奈良坂は偶然通りかかったのか?」


「いえ、三輪から朔さんを頼む、と言われたので探してました」


「三輪が…?」


「国近さんにも追いかけられていたんでしょう。いるじゃないですか、情報源という名の出水が」


「ああ…出水が三輪に漏らしたのか」


「恐らくそうでしょうね。
三輪は米屋の補習テストに巻き込まれて自分は行けないから俺に頼んだんだと思います」


「……有り難いな…」



ふう、と重いため息を漏らした朔は、悟ったような暗い光を瞳に宿していた。
奈良坂は、助け出したは良いものの何故彼女が追われていたのかが気になる。ラウンジを通った際に聞いた話から朔の追い込まれた先を予想したが、その詳しい内情は知らないのだ。太刀川単体ならまだしも、どうして彼らがタッグを組んで彼女を捕まえようとしたのかが分からないままだ。



「…何であの人たちは妙なチームワークを発揮してたんですか」


「冬島さん曰わく「ちょっと着飾るだけだから気を楽にしろ」だそうだ」


「は…?」


「……残りは愉快犯だ」


「あ、分かりましたもう大丈夫です」



話せば話すほど死んでいく朔の目を見て、奈良坂はストップをかける。終いには天井を仰ぎ始めてしまったので、彼は迂闊に話をふったことを後悔した。
何かその気分を上昇させる術は無いか、と周りに目を配るが、男所帯の隊室だ。そんなものは存在しない。どうしたものかと再び朔を見れば、ふとその白い頬に掛かった黒い髪に目が止まった。

(…きれいな髪だな)

一本一本が照明の光を浴びて艶やかに光沢を放っている。風を受けてはためく様もきっと美しいのだろう。そう思った奈良坂の手は、自然とその濡れ羽色に伸びていた。



「…ならさか?」



柔らかく絹のようなそれは、驚くほどに細く指通りが良い。一度触れば病みつきになるような感触に、彼は半ば夢中になりながら髪の毛を梳いた。

長めの前髪を撫でて、耳にかけてやる。その際に小さな貝殻のような耳をなぞり、そして首まで指を伝わせた。白くシミ一つ無い肌に、自分が痕を付けられたなら。美しい黒髪に顔を埋めて、その匂いを体いっぱいに吸い込めたなら。

―彼女を、自分のものにできたなら…。



「っ奈良坂、どうした…?」



そこで、彼はハッと我に返った。
ゆっくりと手を離して朔を見れば、戸惑いを顔に浮かべながらも頬を赤く染めている。ほぼ無意識の内に大胆にも触れてしまったが、どうやら嫌がられてはいないらしい。良かった、と内心胸を撫で下ろしながら、奈良坂は微笑みかけた。


「綺麗な髪ですね。自分は黒ではないので憧れます」


「そ、うか?ありがとう。実を言うと、この髪は自慢の一つなんだ」

ここで今日初めて、朔は嬉しそうに目を細めて笑った。紅潮した頬も相まって、普段の凜とした雰囲気が和らいで可愛らしさが出ている。
心臓が止まったような気がして、奈良坂は思わず目を見開いた。

―たった一言でこんな一面が見られるなんて。

その笑顔は、それだけ彼の予想を大きく超えていた。耳の奥で、とくとくと鼓動が反響している。胸が暖かくなるような、でもどこかむず痒いような感覚に、彼の頬も自然と緩んだ。柄にもなく、声を上げて笑い出したい気分である。



「―…本当に、綺麗ですね」



何を、とは言わなかった。
繰り返された言葉に、朔は嬉しそうに微笑む。

彼もまた、とろけるような甘さを乗せた笑みを浮かべた。






















特別隊員の受難―王子の救出劇編―

(あーあ、せっかく作ったのによ。このイブニングドレス…無駄になっちまったな)
















* * * * * * * * * *



長期企画でした。
れい様が長編更新のアンケートで初めてコメントを下さったので、嬉しさ故に勝手に右手が粗相をしました。
れい様大丈夫ですか!アナフィラキシーショック起こしてませんか!長編続き書きましたよ…!!!!皆勤賞ありがとうございます!!



・セコム:
本部には居たが会議中につき現場に駆けつけることができず。非番の上に会議が重なったことを酷く嘆いたそう。何故なら注意すべき人物に女性陣まで組み込まれたから。新たな脅威の存在にはきっと2日位は気がつかない。でも気がつかない期間は2日。短すぎる。さすがはセコムですね。世界の最先端をいってます。

・王子:
今回訳も分からず救出劇に駆り出された人物。とりあえず主人公を求めてふらついたら事態が急を要する事を察知。素早く状況を把握・居場所を特定し、相手に反撃の隙を与えず救出したハイスペックきのこ(見た目)。しかし彼はたけのこの所属である。今まで二人で過ごしたことは無かった分適度な距離感だったが、これからは控え目ながらもツボを突く発言でトントン拍子に距離を縮めていく模様。周りからすれば強敵現る。だって王子だもん。

・愉快犯タッグ:
セコムにより爆死(※ただしトラッパー除く)

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あきゅろす。
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