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二次創作/夢
望まぬ時はやってくる(根付成り代わり)








「皆、お疲れ様。見てましたよ」


「根付さん根付さん!どうでしたか?今日の撮影!!」


「こら佐鳥、根付さんに失礼でしょ。もう少し落ち着いたらどうなの」


「そうですよ、落ち着いてください先輩。私が恥ずかしいです」


「えっ、ごめんなさい…」


「あら、構わないのよ?もっと砕けた話し方でも」



嵐山隊の広報活動の一部であるテレビ撮影は、ボーダーという話題性もあってか動員されるスタッフの数も多い。そういったメディア関連のことを一手に引き受ける彼女―根付朔―は、口元に手を添えて穏やかに微笑んだ。
騒がしいスタジオ横で彼女が撮影を終えた嵐山隊を迎え、労っていたのが冒頭の事である。満面の笑みで朔に近寄る佐鳥や後に続く時枝、木虎といった面々に囲まれながら、彼女はおや、という顔をした。



「嵐山君はどうしたのかしら…撮影終わったばかりなのに」


「ああ、隊長なら彼処です。いつも通りスタッフさんに囲まれてますよ」



時枝が指差した先を見れば成る程、確かに大きな人集りが出来ている。その中心人物は言わずもがなであるが、どうやらちらちらと此方を気にしているらしい。周りに断って抜け出そうとしているみたいだが、若い女性のパワーに押し負かされているようだった。

ちょっと言ってくるわね、と朔は木虎の肩を軽く叩いてから人集りに向かっていく。

颯爽と歩く後ろ姿へと木虎が強い憧れの眼差しを向けている横で、時枝はその横顔を面白そうに見た。毎度の事ではあるが、気の強いこの後輩が烏丸以外に熱い眼差しを送る事が少し意外だったのだ。
自分も彼女に倣ってその先を見れば、朔は何故か輪の中心に嵐山と一緒にいるではないか。この短い時間の中で何が起こったのか分からないが、彼女は嵐山を連れて此方へ向かってきている。どんな手段を使ったのか気になった時枝は、お待たせ、と言って自然に合流した朔に問い掛けた。



「よくあの集団から抜け出せましたね。一体何をやったんですか?」


「んー、別に大したことは…ねえ?嵐山君」


「そうですね!
凄いんだぞ、根付さんが声をかけただけでザッと人垣が割れたんだ!まるでモーセみたいだな!!」


「ええ?私いつから預言者になったのかしら。でも、本当に特別な事はしていないのよ?」


「そうなんですか」



この時、時枝は周りに目をやって直ぐに彼女の影響力の大きさを悟った。
朔は気がついていないようだが、彼女へと向けられる視線は木虎が彼女に向けるそれと同じものだ。また、ひそひそと噂する内容からもその視線の理由が汲み取れた。



「ほんと、根付さんって凄いよね〜!あんなに綺麗で仕事も出来るなんて」


「ボーダーの広報関連って根付さんが仕切ってるんでしょ?かっこいいわ…」



要するに、根付朔という存在全てが女子の憧れのようなものなのだ。

39という年齢には到底見えない輝きを放つ美貌に、驚くべき仕事処理手腕。あんな人になりたい、と望む完成形が実在の人物として目の前にいるのだから、憧れるのも道理であった。烏丸に対して向けるそれを見た時もその意外性に驚いたが、これもまた木虎の可愛らしい点なのだろう。
いつもの凜とした雰囲気もこの人を意識しての事なのかもしれないな、と思った時枝は、話しかけられて頬を染める姿を微笑ましく思うのだった。



「とっきー!これめっちゃ美味いよ!今日の差し入れ!!んぐっ、ぐっっ」


「ああちょっと落ち着いて。ほら、お茶飲んで…」























「…という事で、私からは以上です」


「そうか。
…では、本日の会議はこれで終了とする」



城戸のその声を皮切りに、会議室から二、三と腰を上げた面々が立ち去っていく。その中で未だ座り続けていた朔は、書類を纏めてから小さく伸びをした。



「お疲れのようですね、根付さん」


「あらやだ、見てたの?そこは言わない約束よ…唐沢君」



いつの間にやら、室内には朔と唐沢の二人しか残っていない。後ろから声を掛けられた彼女は、その言葉に恥ずかしそうにしながら振り返った。そこには楽しそうに朔を見つめる唐沢の姿があり、それに彼女は眉を下げて笑う。

唐沢にとって、親しくなるにつれて出てくる様々な彼女の表情を見ることは、楽しみの一つだった。この時も恥ずかしげに笑う朔の姿を見てどこか満足そうである。それを何となく分かっていた朔も、分かっていながら反応してしまう自分に悔しい思いをするのだった。



「…悪い趣味ね、人を困らせるなんて」


「貴女だけですよ」


「こんなおばさんをからかわないでちょうだいな。もう…」



出来る限り険しい表情で相手を睨んでみたのだが、いまいち効果がない。どうやら、相手を更に楽しませるに終わってしまったようである。年不相応なのは分かっているが、朔は内心頬を膨らませたい気持ちで一杯だった。

荷物を纏めて出口に近づけば、唐沢も後ろに続く。それに何も言う事無くエレベーター前まで共に歩いていると、不意に彼が口を開いた。



「そうだ、この後お時間ありますか?根付さん」


「この後?そうね、帰るだけだから特に無いわ」


「では私と二人でディナーでも如何ですか。エスコートしますよ」


「…魅力的なお誘いだけれど、相手が違うのではないかしら?こんなおばさんを選ぶなんて」


「おや、これは心外だ。こんなにアプローチしているというのに」



その言葉に、朔は足を止めた。それに伴って唐沢も足を止め、二人は通路の片隅で佇む。困惑と僅かな怒りを乗せた眼差しで、彼女は唐沢を見据えた。
確かに、他の人よりも彼と二人になる機会が多いのは感じている。また、その際にそういう事を仄めかす発言を多々囁かれている事も、彼女は重々承知していた。

だが、彼女には唐沢が自分にそういう睦言を掛ける理由が分からない。何せ相手は男盛り、仕事的にも恋愛的にも引く手数多な人物…自分みたいなもうすぐ40にもなるおばさんに構う訳がないのだ。何かあるとするならば、それは彼が己をからかいの対象として見ていると考える事しか出来なかった。
また、根付朔とは恋愛云々よりも仕事第一で生きてきた人間である。過去、交際や結婚を申し込まれもしたが、決して首を縦に振る事は無かった。彼女は何より仕事を生き甲斐としたし、男女関係のしがらみは煩わしいものとその目に映したのだ。自分の決めた道を遮られる事を彼女は一番嫌っていた。



「困るわ。本気でもからかいでも、他をあたってちょうだいな」



―だから、此処で一度突き放しておく必要がある。

朔は、決して唐沢克己という男が嫌いな訳ではない。だが、嫌いではないからこそ彼女は危惧していたのだ。そういう方面に疎い自分は、強引に迫られてしまえばきっと押し切られてしまうだろう。そうで無くても、油断ならない程に魅力的な男が多い職場である。故に、ビジネスパートナーであると、相手にも自分にも言い聞かせなければならないのだ。

確かな意志を持って紡がれた言葉は、人気のない通路に反響して消える。

そこに込められた拒絶の意に、唐沢は飄々とした様子を一変させた。
真っ直ぐ向けられる眼差しをその身に受けながら、彼はその端正な顔を歪める。後ろに流された髪を撫でつけながら眉間にしわを寄せ、一つため息をついた。



「参ったな…焦りすぎたか。
とりあえずからかいの意図は無い、と言っておきますよ」


「まさか、本気で私を口説いて…?」


「ええ。信じられませんか」


「信じる信じないの問題ではないわ」



からかわれていた訳ではないと知った朔は、いよいよ困ってしまった。からかいならまだ良かったものを、本気でこんなおばさんを口説いていたなんて。
仕事を円滑に進めたい彼女にとって、大きな障害が目の前に現れた気分だった。気持ちは有り難いのだが、と、俗に言う「有り難迷惑」というやつである。



「困る。…ええ、困るわ」


「こちらも困りますよ。
真剣に口説いていたのに気持ちを疑われ、困るとまで言われてしまえば」


「私はそういうしがらみに縛られながら仕事するなんて真っ平ごめんよ。仕事に誠実でありたいの」


「…貴女も強情な人ですね」



こつり、と革靴が音を立てる。

それは唐沢が朔に一歩近付いた音であり、彼女もそれに合わせて後ろへ下がった。互いの距離が近くなっただけで、彼女は追い詰められているような心境に陥る。後ろに壁、前に唐沢。横は塞がれていないのに、何故だか逃げ出せない雰囲気が場を覆っていた。



「いい加減貴女は自覚すべきだ」


「何を、かしら」


「俺のような人間だけでなく、それ以外にも貴女が魅力的に見えるという事、ですよ」



朔はばっと顔を上げる。その表情は、今度こそ信じられないという思いを全面に出していた。



「知らないでしょうね。貴女の気を引きたい奴が俺以外にも居ることなんて」


「なに、言ってるの」


「申し訳ないですけど、諦めて下さいよ。貴女はどうあっても逃げられない」


彼女の小さな女性然とした手とは全く違う、節くれだった男らしい大きな手が朔の頬を軽く撫でる。
混乱を極めた頭では、それを拒むという命令は下されなかったらしい。彼女は半ば呆然としながら、頬から伝わる温かさを享受していた。



「どうせ俺が行動しなくたって、他の奴が動いたに違いないんです。本部長とか、冬島君とか…ああ、東君も危ないかな」


「まさか!まさか、そんなはず…」


「残念ながら周りは貴女を放ってはおきませんよ。貴女がどう思おうと、ね」



俯いた朔は、頬に触れていた手を外して書類を抱え直す。いつもは理路整然とした思考も、この時ばかりは様相を変していた。それでも何か言わなければ、と震える口を開く。出てきたのは、余りに頼りない皮肉だった。



「…酷い人。私の思いなんてお構い無しなのね」


「おや、知らなかったんですか?勿論、世の中の焦がれる人々は皆そうですよ。相手のことなど念頭に無い」



くつくつと喉で笑った唐沢は、身を屈めて朔の耳元に口を寄せる。耳にかかる吐息に身を震わせる彼女の反応に気を良くしながら、彼は低く小さな声で囁いた。


「本部長にも、冬島君にも、東君にも…渡しません。

―貴女が諦めて身を預けるのは、この俺ですよ」



それだけ言って身を翻し、唐沢はその場を後にする。残された朔は、しばらくそこから動くことはなかった。いや…動けなかったと言うのが正しいのか。
心臓が早鐘を打っている。それはプレゼンテーション前の緊張状態と似ており、その感覚に彼女は少し落ち着きを取り戻した。

―仕事だけが生き甲斐だと心に決めてから、どれだけ経ったのかしら。

ふとそんな事を思った朔は、壁に身を預けながら記憶を辿ってみることにした。






























きっかけは社会人になって二・三年の頃、思いがけず参加することとなった一大プロジェクトだった。新人ながらその働きを評価され始めていた朔は、時には失敗もしたが、そのプロジェクトの成功に少なからず貢献したのである。

まず何より嬉しかったのは、それがきっかけで自分の意見が少しずつ周りに聞いてもらえるようになった事だ。
新人が何を、と取り合ってくれなかった人も、話を聞いて意見交換をしてくれるようになった。頑張れば頑張るほど仕事は増えたが、仕事に己の意見が生かされることに楽しみを見出した彼女にとってみれば大したことではない。大量の書類や資料に埋もれながら、仕事にどんどん没頭していったのだった。


実はこの数年前、朔は三年ほど交際していた男性と別れている。原因は、異常なまでの相手の束縛癖にあった。
当初は勿論好意を寄せる相手だったからこそ、彼女は何も言いはしなかった。しかし、時を重ねる毎にその悪癖は表面化し、朔を苦しめていく。
「何処へ行っていた」
「いつまで待たせるんだ」
「もう何もするな」
遂には監禁紛いのことまで強要されるようになり、彼女は我慢の限界を迎えたのだ。

―この人は、私の言う事なんて聞いてくれない。したい事もさせてくれない。

その後、朔は警察を介してその男から何とか離れた。
そして、今まで制限されていた分を取り戻すように勉学に打ち込む。大学を学部内最優秀者として卒業した彼女が入社したのが、このメディア関連会社なのである。


長く抑圧されていた自己肯定への欲求不満が、ここにきてやっと解消されたのだ。彼女が縋るようにそれを生き甲斐としたのはある意味当然であり、必然だった。
































肩に掛けた鞄を抱え直し、朔はエレベーターに乗り込む。特有の耳への不快感もそのままに、目的の階まで下がっていく箱の中、彼女は頭を壁に預けた。僅かな振動が壁から頭に伝わり、体全体を震わせる。まだ到着までしばらく時間があることを確認した朔は、おもむろに目を閉じた。

―何に期待をしているのか、耳の奥で速めの鼓動が響いている。

きっと、明日からは何かが変わる。何が、なんて事は彼女には分からなかった。否、分かりたくなかった。





それでもきっと、明日から何かが変わるんだろう。























望まぬ時はやってくる











* * * * * * * * *



意外と根付さん成り代わり楽しい。さんじゅうきゅうか…美魔女ってやつかな。

唐沢さんは恐らく今まで以上に遠慮なくばちばち。
忍田さんはそれを横から笑顔で牽制してばちばち。
冬島さんは単独行動で当真とかを使ってばちばち。
東さんは上記三人に疲れ切ったところをばちばち。


おい東さん、お前この中で一番年下の癖して一番やることが姑息だぞ。漁夫の利か。釣り好きだもんな。



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