二次創作/夢
花の未来予想図(特別隊員番外編・If/荒船とカップルでデート/ハル様)
「アアアアアアアアアアア!!!?」
「ウワアアアアアアアア!!!!!!」
「…っ、……っっ!!!」
比較的B級やA級が多く使用する訓練室付近のラウンジで、悲痛な叫び声があがった。
彼らの視線の先には、ある二人の人物がいる。片方は岸川朔、ボーダーに入れば必ず一度は耳にする、ボーダー内唯一の特別隊員である。もう片方はといえば、こちらも中々に知名度の高い荒船哲次…パーフェクトオールラウンダーを目指す、B級で隊長を務める男だった。
この二人がラウンジに入ってきた時、何故その場にいた人々が悲鳴をあげたのか。問題は、荒船と朔が手を繋いでいた点にあった。
「あれっ?荒船せんぱーい!岸川さーん!!」
「よお佐鳥」
「なあ哲次、て、手をだな…」
「いーんだよ、見せつけてんだから」
と、悲鳴の矛先が気になったのか顔を覗かせた佐鳥が二人へ声をかける。近くまで駆け寄り挨拶をした彼は、ふと視線を下へ向けた。その目に映るのは、所謂恋人繋ぎで絡まった二つの手である。
「…まさか荒船先輩!ついに岸川さんと付き合ったんですか!?」
「ちょっ、佐鳥!いや、あの」
「朔は黙ってろ。
…ああそうだ、俺と朔は付き合ってる」
佐鳥のごもっともだが誰も聞けなかった質問に対し、何故か朔があわて始める。それを口をふさいで遮った荒船は、不敵に微笑んで肯定の意を返した。佐鳥はそれに瞳を輝かせて祝福の声をあげる。
…しかし祝う声は一部のみであり、佐鳥の背後からは罵声や疑問が荒船目掛けて飛んでくるではないか。その中には、米屋や出水、緑川の姿があった。
「ええええそりゃねーよ荒船さん!!!手ェ早すぎ!!!!!!!!」
「くそ…っ岸川さん何で俺じゃないんだ…っっ!!!」
「いや出水先輩は無理っしょ。ていうか、荒船さんは正直意外だったな〜。
忍田さんとか大丈夫なわけ?あの人もはやラスボスみたいなもんでしょ?」
「!それだ!!
荒船さんアンタそんなことして忍田さんが黙ってると思ってるのか!!?」
緑川の疑問は最もである。
朔といえば風間、そして本部長が連想されるのは当たり前なのだ。前々からその二大人物を潜り抜けることは無理だと言われていた。
その忍田さんというワードに反応した出水は、バッと顔を上げて声を張り上げる。まるで希望が見えたと言わんばかりの顔だった。
だがその一筋の希望も、次いで荒船が発した言葉に粉々に砕かれる。
「馬鹿言え。俺が何の考えもなくこんな大胆に見せつけると思ってんのか?
朔は本部長とよく茶会を開いててな…そこに俺も何度か邪魔させてもらった。つまりは本部長公認ってこった」
残念だったな、という言葉と共に出水はくずおれる。
荒船はニヤニヤしながら口をふさいでいた朔を解放した。力無くうなだれる出水やギャラリーを見て、朔は忙しなくキョロキョロと視線をさまよわせる。そしてきっと恋人を見上げて、憤慨したように声を上げた。
「も、もう!哲次、話がちがう!!まだ暫くは黙ってると言った!!!」
「あーはいはい…悪かったな。でも俺は遅かれ早かれ周りに知らせるっつったろ」
長く口をふさがれていたせいか目が潤んでいる彼女は、怒った顔をしてもただ可愛いだけである。恋人の可愛さを噛み締めながら、荒船はその艶やかな黒髪を梳くようにして頭を撫でた。
大勢の目を集める中そういった事をされるのが恥ずかしいのか、朔はぷくりと頬をふくらませる。付き合ってから初めて分かったことだが、彼女はどうも気を許した相手には子供っぽくなるらしい。凛とした見た目を裏切る可愛さに、彼は内心身悶えた。完全なる恋人煩悩である。
荒船は、未だショックを受けて固まる面々をちらりと見やる。
本来なら自分だけが見たい愛らしい姿を見せてしまった事は少々いただけない。が、逆にそれを逆手に取ってしまえばいい。そう思った彼は依然として拗ねた様子の朔を抱き寄せた。
―朔の瞳が驚きに見開かれるよりも前に、二人の唇は重なる。
「あっ」「ぅえ?」「ん゛っ」
近場にいた佐鳥が真っ先に反応し、遅れて米屋や出水が声を上げた。
中でも佐鳥は、目の前で繰り広げられる恋人同士の熱いキスに中てられたのか、頬を赤く染める。それとは対照的に、朔に対し恋慕の情を抱いていた者は顔を青くする。緑川に関してはヒュウ、と茶化すように口笛を吹いていた。
当事者の朔は、まず何が起きたのかさえ理解できていなかった。深い方でなかったとはいえ、絶え間なく降り注ぐキスはご丁寧に音を立てては離れ、また近付いて距離をゼロにされる。
明らかに周りへ見せつけて牽制する意味を多分に含んだ行為だった。
「ん、ごちそーさん」
「…っ〜〜〜っっ!!!」
ちゅ、とまた音を立てて行為を終えた荒船の顔には、隠しきれない満足感と優越感が浮かんでいる。対する朔は、信じられないとでも言わんばかりに荒船の胸を弱々しく数度叩いた。最早声を上げる気力すらないらしい。過去、これほどまでに羞恥を煽られた事は彼女の中では一度もなかった。
力無くもたれ掛かる朔を肩を抱いて支えながら、荒船はくるりとラウンジにいる面々に背を向ける。彼は、また不敵な笑みを浮かべて振り向いた。
「じゃあ、俺らはこれからデートなんで。
…くれぐれも邪魔してくれるなよ、負け犬ども」
明らかな挑発行為にも関わらず、取り残された彼等には罵声を浴びせる気力も、追いかけて邪魔しようという気概も残っていなかった。
憧れを抱いていた者や想いを寄せていた者だけでなく、先入観のない第三者から見ても二人は好き合っている事が簡単に理解できたからである。朔自身が突然の口付けに驚きながらも、拒否せず荒船の服を掴んでいたので、それは言わずもがなだった。
沈鬱な空気に包まれる中、佐鳥と緑川は目の前で起きたリアル少女漫画のような光景に興奮し、二人で騒ぎ立てていた。周りの雰囲気に流されることなくはしゃぐ二人は、ある意味大物かもしれない。
ボーダー本部を離れ三門市一番の繁華街へと差し掛かる手前あたりで、朔は荒船の服を引っ張って歩みを止めた。
荒船が疑問に思って彼女を見やると、その表情は変わらなくとも少々眉間にしわが寄っている。明らかに怒っていた。
「…哲次」
「あー…悪かったな」
「何が悪かったか分かっているのか?」
朔と荒船の身長差は約二十センチ、目を合わせようと思えば必ず彼女は上目遣いになる。本当に朔が怒っているのは彼とてよく理解していたが、可愛いものは可愛い。結局は欲に負けて手を出してしまうのが目下の悩みだった。
「分かってる。大勢の前で、が嫌なんだろ?」
「そこを分かってるならなん…ちょっ、哲次!」
「ん、悪い」
「こら、んん…やめ、!」
屋内ではなく屋外であることに彼なりに気を使ったのか、今度は唇ではなくそこ以外の顔中に満遍なく口付けされる。朔は本当に怒っているはずなのに、何故か楽しくなってきてしまった。瞼や額に唇を落とされたあたりで、思わず笑いが零れる。
それを見た荒船も小さく喉で笑い、鼻の頭に触れるのを最後に、顔を離した。
「…ごまかしたな?私は怒ってたんだぞ」
「さぁ、何だったかな。これくらい恋人同士だったら常識の範疇だろ」
「今も人が居なかったからとは言え…」
「朔は俺が我慢するたちに見えんのか?」
「…見えないな」
するりと自然に二人の手は絡まり、熱を分け合うように隙間無くくっ付いた。止めていた足を繁華街へ向けて再び進めながら、会話を重ねる。
朔は声でこそ怒っていたが、もうその毒気は大分抜けていた。先程のキスの雨で怒る気を無くしたらしかった。荒船もそんな恋人の様子を眺めながら薄く笑みを浮かべる。誤魔化しだと分かっていて誤魔化されてくれる彼女が愛しくて堪らない、そんな表情だった。
「デートと言うが、映画を見に行くんだろ?荒船は何を見るつもりでいるんだ?」
「ああ、今話題のシリーズ最新作だ。朔も見たことあるだろ?CMでもよく流れてる…」
「あ、今度は機関車に爆弾が仕掛けられて、というやつか!分かったぞ」
「おう、正解だ」
何気ない会話さえも、どんな表情も、彼女の全てが愛しく見えて仕方がない。交際を始めてから、見たことのない面が色々出てくるのも新鮮で、ますます惹かれていった。頼りになる姉御肌かと思えばどこか抜けていて目が離せなかったり、一度気を許せば途端に無防備になったりと、上げれば切りがない。
途中で立ち寄った雑貨屋で眼鏡を掛けておどけてみせる姿も、恋人同士でなければ見られないだろう。
本部で牽制してきた面々を思い起こして、荒船はまた言い知れぬ優越感に浸った。自分とてあぐらをかいてさらわれてはたまったものではない、と内心危惧しながら彼女を射止めようと必死になったのだ。今更慌てて躍起になる輩には、微塵も譲るつもりなど無かった。
「哲次!これ哲次に似合うんじゃないか?腕輪なんだが、レザーらしいぞ」
「紺色か…おい、これはなんて色だ」
「これか?茶色…ではないな。キャメル色、というらしい」
「じゃあお前これにしろ。色違いで買う」
「えっ、私のも買うのか?待て、自分のくらい自分で…!」
「彼氏の顔を立たせる所だろ、ここは。
それに仮にもボーダーなんだから金には困っちゃいねえよ」
渋る朔を丸め込んで二つとも荒船が購入した皮細工の腕輪は、それぞれの手首で揺れる。それを見て満足げにした彼は、恋人の手を引いて映画館へと向かった。
強引に納得させられた朔も、上映時間が迫ってることもあって素直にそれに従う。内心釈然としないままではあったが、恋人になって初めての買い物がお揃いというのは、彼女にとって嬉しいことだった。早足で急ぎながら、繋がれた手へと視線を下ろす。そこには真新しい腕輪二つが鈍く光を放っていた。
「はー…」「、ふう」
二人同時に息を吐く。
映画のエンドロールが流れ終わったところで、彼らはおもむろに席を立った。荒船は脱いでいた帽子を被り直し、身支度を整える。その表情は明るいが、どこか不満げでもあった。
「流石は曲者監督と言われるだけあるぜ…まさかあそこで爆弾落として次回作へ繋げるとは」
「ラストにそういう事をするあたり、もう狙っているとしか思えないな…」
「それ以外無いだろ。
ったく、次回乞うご期待だあ?ふざけてやがるぜ。気になって仕方がねえ」
「ふふ、そうだな」
興奮冷めやらぬ、といった様子で語る荒船を見て、朔は楽しそうな声を上げる。少し山なりとなった瞳は、その表情を柔らかく見せていた。
二人は映画館を出て、再び繁華街の中を歩く。時間は昼食には遅く、夕食にはまだまだ早い。昼食を取っていなかった彼らは、軽食でも取ろうと適当に空いていそうなカフェへと足を踏み入れた。
案内された席で向かい合わせに腰掛け、メニューを開く。すると当店お薦め!と書かれたドリンクとセットのサンドイッチがいの一番に目に入った。結局二人ともそれを頼むことにしたが、注文した品が運ばれてくる頃には、彼らのお腹は音を立てて空腹を訴えていた。
「そっちの具はなんだ?」
「エビとアボカドとか…全体的にヘルシーな感じだな。哲次は?」
「俺は…カツか?ハムカツっぽいな。あとなんか野菜」
「大ざっぱだな…野菜ってなんだ」
「ま、腹に入りゃ一緒だろ」
おしぼりで手を拭きながらそんな会話を交わしていた二人だったが、サンドイッチを口に含んだ瞬間閉口する。どうやら、思いがけない味に出会ったようだった。
「これは…美味いな」
「うん、野菜も歯ごたえがあって美味しい」
「舐めてたな…」
「…デザートも頼んでみるか」
「そうだな」
互いに真剣な表情をして、メニューのデザート欄を覗く。たかがサンドイッチ、と高をくくっていたものでさえ非常に美味となれば、書かれているもの全てが美味しそうに見えて仕方がない。決めるに決められなかった二人は、結果としてマスターの気まぐれデザート、という何が出てくるか分からないメニューを選択したのだった。
こじんまりとしたカフェは、マスターのいるカウンターから店内全てが見渡せる。勿論このカップルのことも丸見えであり、その会話内容もしっかりとその耳に入っていた。
マスターは、近くにいた従業員と顔を見合わせて、声を出さずに破顔した。随分と可愛らしい客が来たものだ、とその表情は語っている。それを見た従業員の方も、口に手を当てて控え目に笑みを浮かべていた。
カフェを後にした荒船と朔は、満足した様子で帰路を辿っていた。
あの後二人はサンドイッチをぺろりと平らげる。と、そこへにこやかな初老の男性がケーキを運んできたのだが、明らかに注文した数と合わない。むしろ多かったのである。疑問に思って彼らがその男性を見ると、その胸元に光るプレートには「Master」の文字が書かれているではないか。ますます訳が分からなくなった二人は、訝しげに声をかけた。
すると、マスターはにっこりと人当たりの良さそうな笑みを浮かべてこう言った。「可愛らしいカップルにサービスですよ」、と。有り難くそれらのケーキを食べた二人は、更にその店の虜となるのだった。
会計をしようとレジへ向かうまでにまた一悶着起こした後、結局また荒船が財布を取り出していると、今度は若めの従業員に声をかけられた。
「サンドイッチは中々注文されないんですけどね。マスター、美味しいって言ってくれてよっぽど嬉しかったみたいですよ」
またご贔屓に、と柔らかい笑みで見送られて店を出た二人は、顔を見合わせて笑った。
「丸聞こえだったのかも」
「多分な」
明日からは二人とも学校があるので早めに帰ろう、と、自然にその足は家へと向かう道を歩き始める。
「あのマスター、良い人だったな」
「本当に。サービスまでしてもらって得というより、なんか申し訳ないな」
「確かにな…まあ、また行けばいいだろ。きっとあの笑顔で待っててくれるんじゃねえの?」
「、そうだな!」
荒船は手をポケットに突っ込んだまま、腕と体の間に隙間を作る。それを見た朔も、その意味を理解して自身の腕をそこにくぐらせた。会話が少なくても、寄り添って歩く二人は幸せそうである。
「な、哲次」
「なんだ?」
「今日の映画、続きはいつ頃出るかな」
「さあ…半年か一年後だろうな」
「じゃあ、一緒に見に行こう。
それで、またあのカフェに寄るんだ。今度はマスターとちゃんと話してみたいからカウンターに座ろう」
―楽しそうに語る彼女は、分かっているのだろうか。
自分が言っていることは、来年になっても二人が付き合っていることが前提条件であるということを。
勿論、来年も再来年も、それから先だって荒船には彼女を手放すつもりなど毛頭無い。しかし、そういったことを朔の口から聞いて嬉しくない筈がなかった。
彼女も自分と同じ未来を描いてくれている。それが必然であるかのように、語っている。
嬉しくて愛しくて堪らない。そんな感情が表に出たのか、自然と頬が緩む。空いた方の手で口元を押さえながら、荒船はやっとの思いで口を開いた。
「…バーカ、あのカフェにはいつだって行けるだろ。
続編が出る頃には俺らは常連になってんだよ。そんぐらい通い詰めりゃいいだろーが」
それを聞いた朔は、きょとんとしながら恋人を見上げる。思わず顔を背けた荒船に向けて一拍置いてから見せた笑顔は、まるで花のように美しかった。
彼女の笑みを見た荒船は、自分たちの未来が決して暗いものではないと確信する。
可憐な花が、彼らの行く末をあたたかく照らしているのだった。
花の未来予想図
* * * * * * * *
また長くなってしまった…。
今回はリクエスト企画第七弾でしたー!
いやー中々デートにたどり着かないわデートの内容が散々だわ何なのかっていうね!感じですね!申し訳ございませんハル様!これでご容赦ください!!
ちなみにこのデートを終えた次の日、荒船は様々な人に追及されます。しかしバックに忍田さんがいるので、周りも引き下がらざるをえないという…(笑)
気になっている方もいらっしゃるかもしれませんが、風間はショックで大学生活と任務と訓練以外はぼんやりとしています。実にまじめですね(笑)他の作品ではくっついてるやつあるから、そんなに落ち込むなよ風間!!頑張れ風間!!!
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