二次創作/夢
影の中の秘め事(特別隊員番外編・If/三輪とデート/ユーリカ様)
―ごくり、と誰かが喉を鳴らした。
もう外は日も暮れている。所属者は若者が多いからか、ボーダー本部内には殆ど人が残っていない。たまにエンジニアが通り過ぎていくだけのロビーで、三輪…いや、三輪隊は勝負に出ていた。見守る面々の顔は強ばっており、固唾をのんで隊長の様子を窺っている。
「…岸川、さん」
「どうした?三輪」
「、俺と…!」
「あ、ああ…」
(いくんだ三輪!!今こそ男を見せるときだ!お前ならできる!!)
(奈良坂うるせーよ修造化すんな!)
(先輩方の方がうるさいですよ、黙ってください!!)
緊張のあまりか、三輪は隊員の応援に気付くことなく、ただただ言葉を詰まらせていた。逆に、そんな後輩を訝しげに見上げる朔としては、ちらちらと視界に入る彼等が気になって仕方がない。だが、力を振り絞って何かを伝えようとしてくる三輪が目の前にいるので、とりあえずはそちらに集中することにしていた。
「お、れとっ」
「うん」
(おっいくか!?いくか!!?)
(いけっ三輪!!)
(頑張って下さい先輩…!)
「―俺とケッコンしろ異議は認めない!!!!!」
「ウオアアアアアアアアアアアア秀次いいいいいいい」
「三輪アアアアアアアアアアアア」
「せっせんぱあああああああああい」
―エンダァアアアアアアアアアア!!
意を決して口にした言葉は、人気のないラウンジに反響した。
と同時に、見守っていた隊員達が歓喜の雄叫びをあげて隊長の元へ向かう。ぎゅうぎゅうと抱きついて団子状になったかと思えば、今度は三輪を胴上げして万歳三唱している。実に騒がしい光景であった。
「ほんと男だぜ秀次!!なんか色々段階すっ飛ばしてっけど!!!よくやった!!!!!!!」
「以前から応援していた奈良坂先輩、今の心境は如何ですか」
「本当に…彼はよくやってくれました」
「おっとここで涙を拭い始めた!かく言う私、古寺も涙を禁じ得ません!!
三輪先輩!!今のお気持ちは…!!!」
「ああ…お前たちのおかげだ。
…感謝する」
「しっ秀次いいいいい」
「三輪あああああああ」
「せんぱいいいいいい」
古寺が手をマイクの形にしてアナウンサー役を務め、唐突にインタビューを始める。感極まった奈良坂が目元を押さえ、つられるようにして古寺もまた涙を流す。唯一涙を見せていなかった米屋も、三輪の言葉によってその涙腺は決壊した。
男子三人が固まって皆涙を流す…その様は非常に不気味である。
一人置いてきぼりにされた朔はといえば、驚きのあまり口をぽかんと開けて呆けていた。
これはとてもレアな表情なのだが、咽び泣く彼等はそれに気付かない。風間がもしこの様子を見たなら、間違いなくシャッターを切っていただろう。昔馴染みでさえ記録に残そうとする位稀な表情だったのだが、残念ながら三輪隊はそれどころではなかった。
また、三輪に言われた内容を脳が処理する前に他の隊員達が現れたため、朔はその意味を理解できていない。しかし満面の笑みで米屋が畳み掛けるものだから、彼女は更に状況を把握できなくなってしまった。
「朔さん明日非番ですよね!
じゃあ婚約記念に三輪とデートすればいいんじゃないっすか?」
「は、」
「良いじゃないですか!三輪先輩、デートコース作るお手伝いしますよ!!」
「俺も協力しよう」
外堀を埋めるかのように、矢継ぎ早に古寺や奈良坂が同意を示す。提案された三輪も満更ではないようで、何時もより穏やかな表情で朔に向き直った。
「明日、駅前に十時でいいですか」
まさか彼女が行かないなんて事を微塵も想定していない言い草である。混乱を極めた状態の朔は、とりあえず返事をしなければ…と口を開く。
その返答に満足そうに微笑んだ三輪は、隊員を引き連れてその場を後にした。人の居ないラウンジに朔のみが取り残されるが、彼女は依然として頭に疑問符を浮かべるばかりである。
―…斯くして、三輪と朔がデートすることが決まったのだった。
翌日、駅前、九時半。
早め早めの行動を好む朔は、一人駅前の時計台の下に佇んでいた。その身に纏う服装は、いつものように機能性を重視したものではない。
ヒールの付いたローファーに、ミモレ丈の上品なワインレッドのワンピース、控えめにフリルの付いた白いボレロ。
女子大生らしい、でも大人の落ち着きを感じさせる出で立ちであった。こんな服装をしている理由として、彼女の昨晩の電話相手が絡んでいる。
(風間を除いて)異性と出掛けたことなど経験にない朔は、誰かにアドバイスを求めようとした。しかし、電話帳をスクロールしてみても皆年下ばかりである。仕方なしに画面を閉じようとしたとき、ふと彼女の目に、年下でありながらそういう方面に関して頼もしい人物の名が映る。
訳が分からなくても、三輪と二人で出掛けることは決定事項なのだ。背に腹は代えられまい、と、朔は発信ボタンを押した。
<もしもし、朔さん?>
「加古ちゃん、済まないが相談に乗ってくれないか…?」
<私に出来ることなら良いけど、どうしたの?>
「…明日、三輪と出掛けることになったんだが……」
<OKわかったわ、今から行くわね!
買い物に行く準備をして待っててちょうだい!!>
説明をする前に内容を察知したのか、加古はものの一分足らずで電話を切った。一を聞いて十を知るどころの話ではない。尋常ではない速さだった。
その後あれよあれよと事は進む。加古から異性と出掛ける時の注意などを聞き、そして服を購入した朔は、ホッと胸をなで下ろした。経験の無いことをするのは、いつだって勇気が居る。今回の三輪との外出だって例外ではなかった。
一方加古はといえば、その状況をこの上なく面白がっていた。
特殊なトリオンの持ち主故に慕情を集めやすいが、朔は元々好かれやすい人柄だ。加古自身としては風間が最有力候補かと考えていたが、話によると相手はなんと三輪だと言うではないか。こんな面白い話に飛び付かないはずがなく、電話を受けた彼女は嬉々として協力を申し出たのである。
ちなみに朔はそんな加古の心中など知る由もなく、ただ彼女に感謝していたのだった。
待ち合わせ時間まであと十分、というところで朔は顔を上げる。見覚えのある姿が視界に入ったからだった。
「三輪、」
「すみません、待たせましたか」
「いや、私が早く来てしまっただけだ」
そうは言いながら、朔はホッとしていた。良い素材の持ち主が良い服を着ていた為、待っている間ずっと視線がぶつけられていたのだろう。三輪も一瞬声をかけるのを躊躇うほどだったのだから、それは当然とも言えた。
自分を見てあからさまに安心した雰囲気を醸し出す想い人に内心翻弄されながら、三輪は朔に隣に来るよう促した。すると、彼女は何故か腕を絡めてくるではないか。控え目ながらもしっかりと組まれた腕のせいで、平均以上に主張している胸が押し当てられている。体がマナーモードの如く震えるのを止められない三輪は、動揺を悟られないように口を開いた。
「何故腕を…?」
「ん、加古ちゃんがヒールのある靴を履いたらこうしろと言ったんだ」
「…そ、うですか」
結局それ以上は追及せず、彼は隊員達と練りに練ったデートコースを辿ることにした。下手に口にしてしまえば今のおいしい状況も無くなってしまうからである。所詮彼も一介の男子高校生であった。
その後も、幸か不幸か(恐らく幸寄りな)毒である行為を朔は疑うことなくやってのけた。
例えば…
食べ歩きの時に躊躇い無く俗に言うアーンをやってのけたり、
移動遊園地のお化け屋敷で半ば背中にしがみつくように密着したり、
観覧車内では向かい合わせではなく隣に座ったり。
これらは加古が吹き込んだことだ。
しかし、ここまで素直に言ったこと全てを朔が実行するとは彼女自身思っていなかったので、後に顛末を聞いた加古は爆笑することとなったのは余談である。
一方三輪は、一日行動を共にする中で彼女の名を何度も聞いたので、一連の原因が加古であることに薄々感づいていた。いや、原因ではなくおかげ、と言い直すべきか。何はともあれ、数日後に彼が菓子折りを持って加古隊隊室を訪ねるのも、また余談である。ちなみに、この三輪の行動のせいで加古の笑いは三十分は治まらなかったらしい。とんだ二次災害である。
さて、問題ありまくりの(一方的な)婚約記念デートだが、辺りが暗くなり始めたために終盤を迎えていた。
三輪隊が苦心して作ったデートプランはどうやら朔のお気に召したらしかった。三輪の横を歩く彼女は、心なしか満足げに見える。
川岸を辿って歩いていた二人は、土手近くにある二人掛けのベンチに腰を下ろした。もう沈み掛けている太陽は夕陽となり、彼らの後ろに長い影を作る。朱色の光を受けて輝く水面を見つめながら、朔は口を開いた。
「な、三輪。そのだな…」
「…どうかしましたか」
「今日の私は、間違えていなかったか」
「は…?」
妙に真剣な顔で、でもどこか照れたように問うてくる、その真意が三輪にはよく分からなかった。
「いや、加古ちゃんから色々アドバイスはもらったんだ。だが、風間以外と異性と二人きりで出かけるのは、初めてでな…」
しかし、慌てながら続けられた言葉に思わず固まる。風間、という単語は置いておくとして、アドバイスをもらった、という点が彼には引っかかったのだ。
(俺と出掛けるためだけに、アドバイスを―…)
実を言うと、三輪は何もかも分かっていた。
あの勢いだけで言った内容を朔が理解できていない事も、なし崩し的に彼女がデートを了承した事も。だから、それを全部分かった上で、彼はこの日に賭けていたのだ。
待ち合わせ場所に行けば、普段とは異なる出で立ちの姿。自分を見て安心したように下がる目じり。絡められた腕、感じる体温。
その全てが夢のようで、しかし隣にいる存在が現実だと如実に物語っていた。それだけでも胸が締め付けられるほどなのだ。まさかアドバイスをもらってまで準備をしてくれていただなんて…
(岸川さん、)
絹のように質のいい輝きを放つ髪の毛が、風に揺れている。
最初は、姉や自分と同じ黒髪の女性が気になっただけだったのに、知れば知るほどに溺れていく。もちろん復讐を誓ったことは決して忘れてなどいない。だが、その思いを燃やす傍らで育っていった温かい何かがあったことも、確かだった。
(岸川…朔、さん)
きゅ、と横に置かれた手を握る。朔の握りこぶしは、彼の手のひらで包めるほどに小さかった。
―言うなら今だ。
「あんたには、謝らなきゃならない」
「、三輪?」
朔は目を見開く。荒船や当真は敬語なしで話してくるが、三輪は一度たりともそんなことはなかったのだ。驚くのも無理はなかった。
「本当は、あんたが俺の言葉を理解してない事なんて知ってた。だから、今回の件は半ば賭けだった」
一息ついて、ベンチの背に手をつく。そういった仲の男女しか保たない距離まで顔を近づけて、その黒曜石のような瞳を見つめた。
「それでも、あんたは来た。
普段しないような服装で、しかも今日のためだけにアドバイスまでもらって」
「言わなくても分かるはずだ、俺の気持ちが」
「あんたの行動は、俺にあらぬ期待を持たせる。
間違ってるなら…拒んでくれ」
ついていた手をベンチの背もたれから、朔の肩へ。もう片方の握っていた手は離さずに、指を絡ませる。触れた指と指が、熱く熱を持った。
あまりにも真剣な眼差しに、彼女は気圧されながらも胸の高鳴りを覚えていた。
夕陽で煌めく瞳が、何かを訴えている。それが何かなんて分からなくて、朔はもどかしくなった。じりじりと体の内から焦がされているような、とてもじれったいものがこみ上げてくる。
「わたしで、いいのか」
「あんたがいい」
「…後悔しないか」
「…考えなしにプロポーズしたことならしている。だが、他に後悔すべき点は見当たらない」
「じゃあ、」
朔は訳の分からない感情に満たされて、何故か泣きたくなった。
―三輪に見つめられると、苦しくなる。
―三輪と距離が近いと、体が熱くなる。
「…じゃあ、教えてくれないか。三輪といると、苦しい。熱い。
もう何がなんだか分からないんだ…っ」
刹那、二人の影は繋がる。
野暮はしないと言わんばかりに、太陽が橋の向こうへとその頭を隠していった。辺りも徐々に暗くなり、その影も周囲に溶け込んでいく。
誰も彼らを邪魔する者はいない。彼らを見つめる者も、誰もいなかった。
「聞いてくれ、婚約者ができた!」
満面の笑みを振りまいて歩くだけでも公害レベルなのに、朔はそれに加えて凄まじい影響力の爆弾を落とした。
―ガシャアアアン
―ドゴオオオン
―メッシャアア
風間は勢い余って好物のカツカレーを太刀川の顔面へと投げつけ(時速二百キロ)、荒船と村上が壁を一斉に殴りつけて大破させ、忍田に至っては使用していたテーブルを書類ごと真っ二つに割った。他への被害が尋常ではない。
幸せオーラで花を飛ばしながら報告する彼女はいつになく可愛いのだが、一体どこの馬の骨が。なんで自分ではないのか。
荒れに荒れた食堂に通りがかった加古は、ギリギリと歯ぎしりをせんばかりに悔しがる男等を横目に朔へと声をかける。
「ね、朔さん。どう、幸せ?」
明らかにそば耳立てている輩を意識した質問だったが、当の彼女は全く気づかない。それどころかトドメを刺さんばかりに、はっきりとこう言ったのである。
「―…ああ、私はとても幸せだ」
食堂が阿鼻叫喚というのが相応しい惨状になり果てたこの事件は、後にこう呼ばれる。
―…第一次大規模精神破壊事件、と。
影の中の秘め事
* * * * * * * * *
という訳でリクエスト第六弾です!
ユーリカ様申し訳ありません、デートあんまりしてないですね…。書き直せ!とのご要望があればすぐに実行いたしますので、私時雨まで至急お知らせください!!
いや〜なんか最近ギャグに走っている気がする。気のせいかなーんー健忘症かな〜〜〜?やれやれだぜ…
三輪隊はシリアスにもギャグにも向いているオールマイティーな隊ですね。書いてて楽しいです。楽しすぎて一ページが異様に長くなった。まじ三輪隊ギルティ。
今回オチは風間さん、荒船、村上、忍田さんに登場していただきました。皆さん聞いて驚け、なんと彼らは食事しに食堂へ来ていたので生身です。
生身です。
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