[携帯モード] [URL送信]

二次創作/夢
先導者にはなれない星屑たち(三輪兄/↑続編)




―米屋陽介は、困惑していた。


「えっ…?」

「ごめんね、君は米屋くんであってる?」


今まで一度も言われたことの無かった言葉が、ある程度親しくしていた友人の兄から発されたからだ。


「…なーに言ってんスか、米屋ですよ〜?この輝くイケメンフェイス忘れちゃいました?」

「、はは、ごめんごめん。ちょっとした冗談だよ」


悟られないように動揺をうまく隠して、茶化した言葉で相手を窺う。朔の方も取り繕うような空気を素早く隠して反応したのを、米屋は感じ取っていた。
当たり障りのない会話を数分交わし、互いがすれ違うようにその場を後にする。その時、ふと視界に入った彼の顔に表情が無いのを見て、冷たい空気が肌をなでた時のように体が自然と震えた。

―あの穏やかな笑みはどこへ消え去ったのか。どうしてあんなに、あの人から違和感を感じるのか。

これはただ事ではないと即座に認識した米屋は、歩くスピードを速めた。一刻も早く友人に…三輪にそのわけを聞きたくて。最終的には、通路を出来る限りの速さで駆け抜けて隊室へと向かっていた。

























―奈良坂透は思った…脱け殻のようだ、と。


「三輪、一体何があった?この間までは顔色も良かったのに、前よりさらに酷くなってるぞ」

「…」

(やはり駄目、か)


二人だけしか居ない隊室に、片方の声だけが響く。明らかに以前より体調が悪くなっている三輪を見て、奈良坂は目を細めた。何を言っても、体を揺すってみても、何も反応を示さない。ただただ、両手を堅く握りしめて視線を俯かせているだけだった。

出会った頃の彼よりも、今の方がよっぽど重症に見える。あの時の彼は復讐に燃えていて、その瞳はギラギラと剣呑な光を宿していたが、現在は…。

そこまで想像して、その先を考えることをやめた。心の中だけでも言葉にしてしまえば、深みにはまって抜け出せない気がしたのだ。


これが羽化を待って動かない蛹なら、まだ良い。どんな化け物が出てきたとしても、今よりはよっぽどましだ。

―だがもし、その蛹の中身が空洞だとしたら?


言い知れない恐怖に似た感情が、奈良坂を襲う。今はただ、この息をすることしかできない部屋に、早く隊員が来ることを願うだけだった。

























―古寺章平は、悩んでいた。

先程まで奈良坂らと共に隊室にいた彼は、米屋がまだ来ていなかったのもあるが、喉が渇いた事を理由に部屋を後にしていた。自動販売機に小銭を入れながら、彼は隊長の姿を脳裏に思い浮かべる。


(―三輪先輩、どうしたんだろう)


明らかに、変だ。
絶対に何かが彼の身に起こったのだ。しかし自分にはそれが一体何であるかは全く分からないし、恐らく奈良坂もまた然り、だろう。故に、今の頼みは米屋陽介、ただ一人であった。隊の中、また三輪と同学年の中でも、二人が親しい事は周知の事実だ。だからこそ、この謎を解くためには彼が必要不可欠なのだった。

しかし、何かが引っかかる。

音を立てて落ちてきたペットボトルを手に取り、蓋をゆっくりと開けて喉を潤した。冷たい液体が胃に向かって落ちていくのを感じていると、ふと隊長の兄の事を思い出した。


(朔さんは、三輪先輩がどうしてこうなったのか知ってるのかな…)


にこやかなその人を初めて見た時、懐の広い人なのかな、と感じたことを覚えている。それは、弟の暴言や理不尽の吐き出し口となっていても、楽しそうに、嬉しそうに笑っていたからだった。
もしかすると、お兄さんが何もかも受け止めるのをやめてしまったのかも知れない。しかし、それだけではあの人形のような先輩の様子は説明が付かない。
整理のつかない頭を叩くようにかき乱して、古寺はペットボトルの中身を全て飲み干した。

そろそろ米屋先輩もつく頃だろう。

そう思って大きくのびをした彼は、空の容器をゴミ箱に捨ててその場を立ち去った。























―三輪秀次は、絶望していた。


自分が疑問に思うことなく過ごしていた日常が、いかに崩壊の危機を孕んだ物だったのかを今更ながらに理解したのだ。

きっと、兄がいなければ自分はもっと盲目的だっただろう。

きっと、兄がいなければ日常全てが復讐で埋まっていただろう。

きっと、きっと―…


考えれば考えるほどきりがなくなって、遂に三輪はその思考を止めた。
僅かに残った理性が復讐心と兄に対する後悔を叩く。しかし、彼はそれらに見向きもしなかった。ただただ、いつものように過ごすことを心がけた。

朝起きる。学校に行く。放課後に本部に行き、訓練をする。帰宅する。眠りにつく。

意志が伴わない行為は、彼をただ息するだけの存在にさせた。



「なあ、秀次。
…朔さんの様子もおかしいんだ。お前、何か知ってるだろ」




米屋のその言葉は、兄の名を以て初めて三輪の脳に認識された。
緩慢な動作で顔を上げた彼を、心配そうな顔や真剣な顔が取り囲んでいる。そこで、自分は今隊室に居るのだと、彼はやっと理解した。


「秀次、お前がそんなんなのと朔さん、関係あるんだな?」


そう畳み掛けてくる友人に、三輪はゆがんだ笑みを口元に浮かべる。


「兄さんは、もう兄さんじゃない」

「…おい、」

「置いてったんだ。三輪朔としての何もかもを」

「おい、秀次!」


焦ったような声も、体を揺さぶるその行動も、何も彼の心には届かない。




「きっかけを作ったのは、俺だ。…きっと、兄さんはずっと前から準備してた。あの人は、俺の言葉を待っていた」



















「気がつかなかった、俺以外見えてなかったなんて、誰でも良かったなんて!!


―…どんな態度をとったとしても、俺を一番愛してくれていた事なんて、全然!!!俺は…っっ!!!!!!」



















もう戻れないことを、彼は知っていた。
取り返しのつかないことを言ってしまったと、彼は知っていた。

もう誰の顔も見ることの無いよう、もう世界で一番愛する人を作らないよう、あの人が全てをリセットしてしまった今。




―三輪朔が、兄が、現れることはもう二度と、一生……ない。


























獣が吼えるが如く吐き出された言葉は、その部屋にいた全ての者を驚愕させ、困惑させた。

辛うじて分かった事といえば、彼の―三輪秀次の兄である三輪朔という存在が、彼のみならず自分達の世界からも消え去ったという事だけ。




―ただ、それだけだった。





























先導者にはなれない星屑たち

(舟人が求めたのは、あの星だけだった)


















* * * * * * * * *

呟きのお知らせにてコメントを頂きましたので、急遽書き表した次第で御座います。以下補足説明です。









ポラリスとは導きの星である事を、皆様はご存知でしょうか。遥か太古の時代より、人々は航海の際に北に輝くこの星を目印にしたと言われます。

この話はその大海原に漂う舟人と、導きの星との関係性を結びつけたものです。

三輪にとっての導きの星とは、確かにお姉さんだったでしょう。
お姉さんが亡くなった後、盲目的なまでの復讐に走ろうとした彼を止めたのは苦手意識を持つ相手…主人公でした。意識してしまう人が同じボーダーに入ることで、少なからず頭の隅には彼が居たことでしょう。嫌われていても弟が世界の中心であった主人公は、身を張って復讐以外にも目を向けさせようとしたのです。
主人公もまた、三輪にとっての導きの星でした。



主人公にとっての導きの星とは、言わずもがな三輪でした。
作中にも記した通り、彼は孤児となった結果、心を閉ざした為に誰の顔も見えなくなりました。最初は楽だったかもしれませんが、まだ彼も幼い子供。恐ろしくなり、一人でも良いからその顔が見たい。そう願ったのです。
目がある。鼻がある。口がある。
パーツが全て揃った三輪は、その日から主人公の中心となりました。姉に懐いていた彼は主人公に辛く当たりますが、表情がある、その顔を見るだけで感情がわかる。ただそれだけで主人公は幸せだったのは間違いありません。
姉が亡くなった時、主人公は長く生活を共にした彼女の死を悼みました。顔が見えなくても、姉は自分を愛していたと確かに感じていたからです。主人公は、弟に与えられる筈だった姉からの愛を自分が奪ってしまったとも考えていました。だからこそ、三輪に惜しみない愛を送ったのです。そうすることが兄としての義務であり自分に出来る最大の仕事だったのでしょう。
幸せを貰う主人公は、以前から自分の存在意義を疑問に思っていました。出来ることをし尽くしたら、弟の世界から消えることを望みました。何故なら自分は余所者であり、三輪家に存在しないはずの男だからです。嫌われるのは当然と思っていました。
そして、三輪からの拒絶の言葉を待ったのです。
それは、待ち望んだ瞬間でした。世界一愛する存在に拒絶されることは、彼を自由にすることに他ならないのだから。そして主人公は誰の顔も見えなくなり、三輪家の一員ではなくなったのです。



こうして、二人の世界から導きの星は姿を消しました。



三輪は深く絶望しますが、主人公の導きによって得られた仲間がいます。主人公は再び顔の見えない世界へと喜んで身を投じましたが…

本当に不幸なのは?
行く先が見えないのは、一体どちらなのでしょうね。






[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!