二次創作/夢
煙る蝶の逃避行(忍田従妹)
「―私が最低?
そう、じゃあアナタは最低最悪の男ね…なんせ、私に言い寄っておきながら二股かけているんだから。
そもそも、私はアナタの都合が悪いと聞いたから同僚と飲みに行っただけよ。夜な夜な街で遊び歩いている人とは違うわ」
「気づいてないと思ったの?お粗末な頭ね。付き合ってあげていた私は本当にえらいと思うわ…。
帰ってちょうだい、もう金輪際アナタとは関わらないから。
彼女さんたちに宜しく」
カツカツとヒールの音を響かせて、目的地へと向かう。
前髪だけが長く後ろ髪は短いという特徴的な髪型をした女性―岸川朔は、前にかかるそれを耳にかけ直して颯爽と歩いていた。手に持つ書類をパラパラとめくりながら中身を素早く確認する様は、非常に危なっかしい。
通路を左に曲がったところで注意を払っていなかった彼女は、そこで前からきた人とぶつかりかけた。
「あっ!ごめんなさい!」
「いや、大じょ…
朔じゃないか」
「あら、真史さん」
咄嗟に謝罪をして顔を上げれば、そこには親戚の姿があった。朔が目的としていたのはまさにこの人物であり、手に持つ物を見る限り彼もまた自分を探していたようだ。入れ違いにならずに済んだことに内心胸をなで下ろしながら、開いていた書類を閉じて彼へと差し出した。
「これ、この間の試作トリガーの検査結果です。忍田本部長も私に用がおありで?」
「今更かしこまらなくていいさ。書類は有り難く受け取っておこう…君にはこれを」
「それじゃあ遠慮なく。
C級隊員の訓練内容抜本的見直し案、か…中々に斬新な意見が飛び出たものね」
「まあ、私もそうは思うが…。
確かに改善すべき点があることを改めて認識させられる内容だ、朔も目を通しておいてくれ。案そのままという訳にはいかないが、次の会議でいくつか取り上げてみたいと思う」
「岸川、了解です」
悪戯な笑みを浮かべてそう言うと、忍田は呆れたように少々眉を下げた。
朔と忍田は親同士が兄妹で、言うなれば年の離れたいとこに当たる。一人っ子である彼女にとって、彼は頼りがいのあるお兄さんといったところか。
しかし、忍田自身は彼女のことを年の差故か娘のように扱う面があったので、少々口うるさいのだ。
「そういえば朔、慶から聞いたぞ。友人が手癖の悪い奴に捕まったからといって、自分からその男に近付いたらしいな…?」
「あら、慶くんたら話しちゃったのね。秘密にしてって言ったのに」
「毎度毎度…不用意にそういう輩に近付くなと言っているだろう!」
「…だって、私の親友が悩んでたのよ?一泡吹かせてやらなきゃ気が済まないじゃない!
真史さんは心配しすぎよ。私だってもう子どもじゃないんだから」
「いや、子供扱いじゃなくてだな…」
「ん」
「、!!?」
幼少期に両親がよく海外転勤をしていたからか、朔はキスで挨拶をする癖がある。日本では軽々しくやってはいけないと辛抱強く教え込んだ結果、親しい人だけにするまでには落ち着いたのだが…。
成長するにつれて、女としての魅力を武器として備えていった彼女は、厄介なことにそのキスに対する羞恥心の薄さをも武器にしてしまったのだ。
今回も、そういった行為に慣れていない忍田にキスをすれば動揺してうろたえる事を知っていた朔は、えいっと言わんばかりにその頬へ唇を落とした。
「あ、ごめんなさい真史さん。グロスついちゃった…これで拭いてね」
胸ポケットから出したハンカチを忍田が持つ書類の上に重ね、ひらひらと手を振ってその場を去っていく従姉妹を呆然と眺める。ハッと我に返った頃には、もうその姿は通路の向こうへと消えていた。
頬に触れた柔らかい感触を思い出してほんのり顔を赤らめた彼は、片手でその顔を覆った。
―子供扱いではなくて、一人の女性として魅力的だから心配をしている、と言いたかったのだが…。
どうやら今回は彼女に一杯食わされたらしい。なかなかどうして、気心知れた仲とは言え手ごわい相手ではないか。
忍田は、彼女が残していったハンカチに軽く触れて、ふっと微笑んだ。
「冬島さん、忍田本部長にあのデータ渡してきましたよ」
「おーありがとうなー。んじゃこの書類の整理頼む」
「了解で…ってこれ関係ないやつじゃない。私冬島隊専用の事務員じゃないのよ!」
「こーら、口調」
「あっ」
ぱっと口を押さえるも、もう遅い。パソコンに向かっていた冬島は、椅子ごと体の向きを変えて朔のことを見つめていた。
「公私混同しない…だったか?
自分から言ったのに、気を抜くとすぐ出てくるんだな」
「ごめんなさい…でもこの書類、私の仕事じゃないですよ?」
「…まあそれは置いといて。
出来なかったら罰ゲーム、だよな」
その言葉に、朔は顔色を悪くした。何を隠そう、その罰ゲームの内容こそが問題なのである。それは、忍田が苦労して刷り込んだ概念をぶち壊すもの―…すなわち、キスだった。
従兄にばれれば、今までになく激怒する事は想像にたやすい。彼女自身に羞恥心は無いのでキス自体には問題無いのだが、その後が怖いのだ。
縋るような目をして冬島を見やるも、彼は有無を言わせぬ表情で手招きをしている。逃れられそうにはなかった。
「わかりました…ああ真史さんにバレませんように…!」
「ほら、来い」
おずおずと冬島へと近付き、その肩に手をかける。彼は座ったままだったので、少し腰を曲げてその頬へ顔を寄せようとした…
「!!?、ん」
…―が。
半袖から伸びた逞しい腕が朔の腰と後頭部にまわり、その体を膝の上に乗せるように引き寄せる。その勢いのまま、二つの唇は触れ合っていた。
その後も、触れるだけのキスが唇に何度も何度も落とされる。やっと離れたかと思えば、依然としてその顔と顔は近いままだ。
「…冬島さん、ここまでしなきゃ駄目なんですか」
「罰ゲームだからな」
飄々とした態度でそう言われてしまっては、怒るものも怒れない。膝の上から降りた朔は、小さく溜め息をついて近くのソファに腰を下ろし―…立ち上がった。
「、!…!?」
ぐにっと柔らかな感触がして、まさかと重い振り返ると…案の定、愛用のアイマスクを片手で上げながらにやにやと此方を眺めている後輩の姿がそこにあった。どうやら、横向きに寝そべって眠っていたらしい。
「いや〜、いい目覚め方だぜ。まさか朔さんの尻に踏まれるとはなー」
「もう!忘れてちょうだい!」
当真は上半身を起こして空いたスペースを叩き、朔に座るように促した。恥ずかしさに頬を染めながら、彼女も大人しくそれに従う。そんな朔を見た後、自分達の方を向いている隊長の顔を見た彼は、ますます笑みを深くした。
「例の罰ゲームか?隊長ずりぃなあ、1人だけイイ思いしてよ」
「ん?なんだ、口紅か何かついてるか」
「うっすらとな」
そんな二人の会話を聞き流しながら、朔は内心大量の冷や汗を流していた。本来なら頬へのキスだけでもまずいのに、あろうことか唇にまで…。ばれなければなんとかなる…!?と願望にも近いことを考えていると、当真にふいに声をかけられた。
「な、いいよな朔さん?バレなきゃ良い話だろ?」
「ぇっあ、うん…?」
「よーし言質いただきぃ」
とりあえず肯定の意を疑問符付きで答えると、何故かじりじりと距離を詰められる。顔に影がかかった時、朔は慌てて声を上げた。
「ま、待って当真くん、これは一体何かしら!?」
「何って…罰ゲームだろ?隊長だけ得するとか俺が嫌なのもあるけど。ま、男とキスしたなんて本部長に知れたらそれこそ罰ゲームだもんなぁ」
「それだけはやめて欲しいわ…」
「だろ?だからさ、口止め料ってことで」
そう言うが早いか、当真はグロスがとれたそこへ唇を寄せた。
食むように下唇を挟まれてやわやわと噛まれたり、感触を楽しむように軽いキスを繰り返したりと、随分と長いこと二人の顔は重なったままだった。その行為の最中に、当真が舌を出して朔の唇をなぞる。流石にディープキスは挨拶の範疇ではないと思っていたので、彼女は後輩の腕を軽く叩いた。
「そこから先はだーめ。」
「えー、まじかよ」
「当真、俺もそこまでしてないんだからおあいこだろ」
コーヒー片手に観賞していた冬島も、咎めるというよりからかうような声音で横槍を入れてくる。ちぇーっと唇を尖らせながら体を離した当真に、朔はやっとの思いで息をついた。
「罰ゲームはもういいでしょ!バレたら本当に大惨事なんだから…」
冬島の近くへと移動して書類に目を通し、部屋を出るために必要な物を纏めにかかる。そんな朔のことを見つめながら、彼はぽつりと零した。
「照れる顔とか期待してたんだけどな〜」
そんな言葉に小さく笑った冬島も、賛同するように投げかける。
「確かにな。
…朔、その先に進むにはどうしたらいいんだ?どうもこの隊の男たちはそこに興味があるらしい」
纏め終えた書類とサンプルを手にした朔は、そう投げかけられてきょとんという効果音が似合うような顔をした。言葉の意味を考えているのか、視線を暫く斜め上に上げてから口を開く。
「まあ、それはあなた方の頑張り次第ですよね」
朔はヒール音を響かせて出入り口付近まで歩み、顔だけ振り返ってこう続けた―…その表情には、確かな色気をのせた笑みを浮かべて。
「―落としてみてくださいよ。
そうしたら、この先だって何だって見せてあげます。
でも、他みたいにバードキスで恥じらうような子じゃないので…そこは頑張って下さいね」
「いやー…手強いなあ。さすが忍田さんの従姉妹って言うべきか?」
「まあその方が燃えるっしょ。俺も、隊長もさ」
「それは違いない。
さーて、問題は忍田さんをどうするかって話だよな」
煙る蝶の逃避行
* * * * * * *
あらやだあだるてぃ()になってもた
でも楽しかった…けど前作との落差ひどいな!!
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