二次創作/夢
行方知れずのポラリス(三輪兄/↑続編)
最近、三輪は熟睡とはいかないまでも比較的眠れるようになった。彼にとっては不本意だが、それはあの歌を聴いた夜からだ。
少々顔色のよくなった隊長を見て、隊員達からも安堵の声が上がっていた。
「やーだって秀次顔死んでたしなー!隈もやばかったし」
そういう米屋に賛同するように、奈良坂や古寺も顔を見合わせて言う。
「確かに、あのままだと任務に支障をきたしてもおかしくない状態だったかもな
…まあ何にせよ、休めてるなら良かった」
「無理はしないで下さいね、三輪先輩」
どうやら自分が眠れなかった原因に薄々気がついているらしく、彼らはそれ以上深入りすることはなかった。
―自分がするべき事は、ネイバーの殲滅。
明らかな私怨でも、文句も言わずについてきてくれている隊員達。そんな彼らに心配をさせてしまったことを、三輪は素直に申し訳なく思った。ここ数日睡眠をとれているからか、そういう感情を抱く余裕があるようだ。
「お、そうだ。
どうせ今回眠れたのも朔さんのおかげなんだろ?ちゃんと礼言っとけよー」
だからか、普段なら絶対に顔をゆがめるこの米屋の台詞にも、彼は自然と頷いていた。
「珍しいなあ、しゅーじから誘ってくれるなんて」
防衛任務の帰りにエンジニアのいるフロアへ立ち寄ってみると、兄は机に向かってパソコンのキーボードを叩いていた。終業時間はとっくに過ぎているのに、暗い室内でただ一人、真剣な表情で画面と向き合っている。
礼を言うのは家でにしようと思っていた三輪は、時間が時間なだけあってどうせいないだろうと高をくくって足を運んだのだ。しかし、実際に彼は其処にいて、見たこともない表情で仕事をしていた。二重の意味で驚いた三輪は、自分に気がついた兄に対して何を言うべきかを咄嗟に考えた。
その結果、今に至るのである。
「別に全く無かった訳じゃないだろ」
「えーそうかなあ」
にこにこと笑う兄はいつも通りで、先ほどの真剣な雰囲気はどこにも感じられない。そのことに何故か彼は安心しながら、兄と肩を並べて帰路を辿った。
「しゅーじ。
最近、ちゃんと眠れてるか」
「…ああ」
二人の足音が響く夜に、朔の声が溶けていく。それに答えた三輪の声もまた、闇に吸収されていった。
「……なら、良かったよ。
あの歌、姉さんがよく口ずさんでたもんな」
ふいに兄が横に居ないことに気がつく。不思議に思って振り返ると、彼は三輪の後方に足を止めて佇んでいた。二人の間の距離は、ちょうど街灯と次の街灯の間隔と同じだ。
「ね、しゅーじ。お前の一番は、姉さんだよな。他の誰でもないよな」
彼のその問いの意味が分からなくて、眉間にしわを寄せる。今更分かり切ったことを、何故聞いてくるのか。
今日の兄との会話では珍しく出てこなかった悪態が、この時になって三輪の口から漏れ出た。
「それがなんだ。俺がボーダーに入った理由を知ってるだろ…兄さんだってそうなはずだ。
まさか忘れたって言うのか?おめでたい頭だな」
「はは、忘れてないよ。確かに俺はおめでたい頭かもしれないけどね」
白い光に照らされて浮かび上がるその表情は笑顔だ。口元に弧を描いたまま、彼は続けた。
「でも一つ間違ってるよ、しゅーじ。
―…俺の一番はしゅーじで、ボーダーに入ったのもしゅーじが理由。これが正しい」
この言葉を聞いた時、三輪はどうしようもない嫌悪感を抱いた。
額面通りに受けとれば、三輪という存在あっての自分だ、と朔は言っていることになる。しかし、彼はそのように考えなかった。自分の入隊理由を知った上でそう言うということは、姉をその記憶から消し去る行為であると見なしたのだ。
そのことが何より許し難い暴挙に思えて、彼は怒りにまかせて声を荒げた。
「っ姉さんのことはどうでもいいって言うのか?あのことを過去の記憶だけに留めるっていうのか!!?」
どんな醜悪を極める言葉を並べても、兄は笑みを絶やさずに受け止めることを、三輪は知っていた。だからこそ、一度口をついて出た思いは洪水のように止まることを知らない。
―姉さんが憧れだった。優しく手を握り、導いてくれる温かな人だった。
そんな優しく美しい人が、殺された。あの憎いネイバーによって、その輝く無数の未来は無惨にも刈り取られたのだ。
「なぜ恨まない!?全ての元凶はあの化け物だ!!!
あの人を殺したのがネイバーなら、俺と同じ様に恨んで!!憎んで!!復讐したいと思うのが普通だろ!!!!!!」
悲痛に満ちた言葉が、縋るような響きを纏って朔に降り注ぐ。やさしい笑みは、未だ崩れない。
「兄さんなんか!!血のつながってないお前なんか…!!!
―お前なんか家族じゃない!!!!!!!!!」
彼の微笑みは、絶えることはない。
少年は、両親を亡くした。
広い世界ではどこにでもあるような、バスジャック事件だった。
あまりに幼かったのでもう今では覚えていることの方が少ないが、両親との幸せな記憶の欠片が少年を苦しめた。
―もういない。あんなにじぶんをあいしてくれていたひとたちは、もう……
少年は、知らず知らずの内に自分に蓋をした。あの二人以外いらない。俺の世界は、二人だけでいい。だれも、はいってこないで。
身寄りの無くなった少年は、紆余曲折があった後に三輪家に引き取られた。
自分が生きていくためには、その環境に順応するしか道はない。だから、少年は笑顔という武器を身につけた。子供らしく、無邪気に、にこにこ。大人に気にいられれば、それで良かった。かわいらしい微笑みを貼り付けて、少年は毎日を過ごす。
―少年には、誰の顔も見えていないのに。
「うん、俺達は家族じゃない。その通りだよ」
―言い過ぎたと思った。
思った、のに。
あまりにも自然に肯定するものだから、一瞬息をすることを忘れてしまった。
綺麗に微笑んで、いつも通り。浴びせられた、家族じゃないという言葉さえも、受け入れていた。
「でもね、本当なのは覚えておいて。
…俺の世界の中心で、一番なんだ。
だって、顔が見えるのしゅーじだけだったから」
「…は、」
彼は、カラカラと笑う。
両親が亡くなってから、朔の瞳は人の顔を写さなくなった。
確かに世界はあの二人だけでいいと思ったけれど、幼い少年にとってのっぺらぼうや黒く塗りつぶされた顔に囲まれて過ごす事は、ひどく恐ろしかった。誰か一人だけでもいいから、ちゃんとした人間に出会いたかった。
そんな思いを抱えながら、三輪家に引き取られる時がやってきた。紹介された新しい家族を見渡して、彼は目を見開くこととなる。
「なんでしゅーじだったんだろうなぁ。そこは俺にもわかんないや」
三輪は絶句していた。
飄々と紡がれる事実は、自分の知らない事ばかり。脳内は混乱を極め、手には汗がにじんでいた。
―米屋との会話と自分との会話の違いは?そもそも顔が見えないとはどういうことなのか。
「俺、しか」
「そー。
しゅーじしか見えてなかったから、俺はしゅーじに執着してたんだよ」
その顔が、表情が見えることが嬉しくて、どんな反応が返ってきても楽しくて仕方なかったと、彼は言う。
何も見えない人は、愛せないから。この世界で唯一愛せるのは、しゅーじだけだったからと、彼は言う。
「それ、そんなの、俺じゃなくたって………」
「、その通りだよ。
顔が見えれば誰でも良かったよ、きっと。
こんな奴、家族だなんて思わなくていい。さっきの言葉…訂正しなくていい」
「しゅーじ」
「もうこれっきりだから」
「お前と区別するために名前で呼んでって周りには言ってきたけど、これからはちゃんと岸川朔って名乗るよ」
「もう、苦手な奴に付きまとわれることはないから…安心してね」
「この世界にも大分慣れたから。顔が見えなくても、大丈夫」
「お前には、俺は必要なかったって再確認したし。それが元々の正しい形だもんな」
「じゃーね秀次、俺の一番だった人。
……苦しめて、ごめん」
もう、彼は笑っていない。自分だけに見せていた柔らかな笑みは、大粒の涙に流されて消えた。
―三輪は、動けない。
―あの日から、三輪朔は姿を消した。
暗闇の向こうへ溶け込んだ彼は、同時に三輪家からも居なくなっていた。姉の部屋の向かい、自室の隣。僅かな段ボールのみが、空っぽの室内に残されていた。
震える手で開いた箱の中には、彼がこの家で過ごしたと証明されるもの全てが詰め込まれていた。
幼い頃着ていた服、家族写真、制服、卒業アルバム…
中身を出し尽くして、三輪は愕然とした。
―置き去りにしたのだ。思い出さえも、何もかも。
金輪際関わるつもりはない、と言われたも同然だった。
偶然本部で見かけた時、三輪はたまらずその背中を追い掛けた。自分が何を言いたいのかもわからない状況で、その服の裾を掴んだ。
彼が振り返って見せたその顔は、以前となんら変わり映えしない笑顔だった。それに力が抜けるほど安心して、兄さんと呼ぼうとする。しかし、次の台詞で三輪は凍りついた。
「えっと、…君は?」
彼は、声で人を判断していた。
この時、三輪は制服ではなく私服であることに加え、声を出していなかった。
―そして何より問題なのは、三輪の顔が彼にはもう見えていないということだった。
久しぶりの非番の日に、三輪は寄り道をするでもなく家に帰り、夕飯を食べ、風呂に入った。部屋に戻り、あの日と同じようにベッドに横たわる。ノック音が響くことを期待しても、その人物はもう居なかった。
瞼をおろして、その上に手を重ねる。じんわりと熱が伝わり、瞳を熱くさせた。
彼は三輪の一番にはなり得ない存在だったが、姉以外の記憶の大半を占める男だった。忌憚なく思いを吐き出せる相手はあの男だけだったし、その思いを受け止めて肯定してくれる人もあの男だけだった。
―血が繋がっていなくとも、彼は確かに兄だった。きっかけや始まりがどうであれ、彼は本物の兄だったのだ。
<地球が丸いと知った男は舟人となり、世界を一周する事に決めた。
しかし男は貧乏で、舟しか用意できなかった。航海に大事な羅針盤は、とてもとても手が出せる値段ではなかったのだ。
・
・
・
(中略)
・
・
・
「あの星さ。あいつぁ、いつも決まった場所でオレらをみまもってくれちょる。」
「あいつを目印にすればいいのかい?そりゃあいい。この船旅にゃあ最高のお供じゃないか!」
それは、北の夜空に輝く一際明るい星だった。それを一目見て気に入った男は、ようやく船上の人となったのである。>
―…『舟人』より抜粋
―ある時、誰かの世界で、導きの星が姿を消した。
行方知れずのポラリス
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はー思いついたは良いが文章化に時間かかりすぎてつらいわあ
誰も救われないよ!誰得?俺得!!
もし(ここ三倍角)解説とか裏話聞きたい人がいらっしゃるなら拍手からどうぞ〜
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