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二次創作/夢
おまえのせいで昔の話をしてる



「ごめんね、朔」



美しい黒髪の男は、口癖となりつつある言葉を少女が眠る枕元に落とす。愛しい人が居なくなることは、彼にはもう堪えられなかった。



―縛り付けてでも、彼女に嫌われてでも、閉じ込めておけば…自分が外に連れ出すなんてバカなまねをしなければ。



彼は妻を深く深く愛していた。妻もまた、彼を深く愛してくれていたと彼は思っている。幸せで仕方がなくて、娘も授かって、人はこんなに幸せになれるのか、と涙さえ流した。だから、愛する人の望みはできる限り叶えてあげたかったのだ。










妻はつらい境遇にありながら、それを感じさせない、静かに花開く紫陽花のような笑みを浮かべる人だった。個性を隠す術を持たない彼女は、昔から理不尽な暴力や不躾な目線に襲われていた。故に、外に出たくても軽々しく出られるような身ではない。辛くないはずはないのに、笑みを絶やさない強い人だった。結婚してからも個性が個性なので外出できない日が一年の大半だったが、彼は家族のために尽力して安全な場所を確保し、家族団欒を楽しんだものである。


あの日も、家族三人で出掛けていた。二人とも本当に楽しみにしていて、娘に至っては一週間前から浮かれていたものである。
しかし妻と娘が手洗いに立った時、あのおぞましい事件は起こった。知り合いのヒーロー事務所が所有していた小さな公園だった上、その知人が人払いをしてくれていたため、安心しきっていたのだ。


―響く叫び声、愛しい妻を染める大量の赤、髪の毛を掴まれ泣きながらも必死に母へと手を伸ばす愛しい娘の姿。


悲鳴を聞きつけたヒーローが交戦している間でも、なりふり構ってなどいられなかった。二人の名を叫びながら、横たわる妻とその横にへたり込んでいる娘の元へ駆け寄る。娘の手を固く握りしめてから妻を抱え上げ、彼は動きを止めた。




―…腰に届くほどあった髪の毛は無惨にも切りつけられて短くなった上に、瞳は二つとも抜き取られていたのだ。


彼女を彩っていた美しい個性は、奪い取られていた。














「父さん、どうしたの」


目を覚ましたらしい少女が、ベッドの横に立つ父親を不思議そうに見ていた。彼は娘が上半身を起こそうとするのを止め、やさしく再び横たわらせる。


「、何でもないよ。
さ、寝なさい…まだ夜中なのだから起きることは無い」


「うん…」


笑みを浮かべて頭を撫でてから静かに立ち去る父親を、少女はジッと見つめていた。事件以来、まるで笑顔を忘れた能面のように表情が抜け落ちてしまった彼女だが、感情が無いという訳ではない。むしろ、自分以外の感情にはより鋭敏になっている。





「お父さん、嘘つきね」





去り際に見せた笑顔が彼本来のものでないことくらい、少女―朔はとうに気がついていた。父親の個性は、しっかりと娘に受け継がれていたのである。
























朔の母の記憶は、非常に限られている。

母を亡くした時幼かったこともあるが、何より母の個性が残虐なやり方で奪われるのを目の前で見ていたのだ。記憶のほとんどがその事件に占められていると言っても過言ではない。

しかし、決して他のことを覚えていないわけではなかった。朔の中には、確かに家族三人で過ごした数少ない穏やかな思い出があったのである。
やさしく綺麗に笑う母は、いつも父に寄り添っていた。それが羨ましくて、幾度となく間に入って甘えたこともあったのだろう。

―今となっては、それさえも思い出せないけれど。



手にしていた分厚い本をパタリと閉じる。

六歳になっていた朔は、本来なら小学校に通い始めて友人を作っているはずの時期だ。しかし彼女は、父親の意向で事件以来一度も外に出ていなかった。まだ小さな彼女に関わっていたのは、学校に行く代わりにつけられた家庭教師の先生、たまに来るハウスキーパー、父の知人であり、事件にも関わったヒーロー、そして父親ぐらいだ。

いくら朔の表情が乏しくても多感な年頃である。様々なものに興味を持つのは当然であると言えたし、彼女の欲求を満たすには、自宅という囲いは狭すぎたのだった。埋まらない知識欲を満たすために集めてもらった本も、今手にしている物で最後だ。父親が自分を自宅に留めておく理由は察していたが、朔はどうしても外に出たかった。

いつも窓からしか見ることのできない空の下、友人を作って、一緒に思い切り遊びたかった。普通の生活を送ってみたいと思った。




だから、朔は初めて父親に自分の思いをぶつけた。自分は外に出たい、と。普通の生活がしたい、と。




父は静かに涙を流して、謝りながら抱きしめてきた。誰かの体温に包まれる幸せは知っているはずなのに、妙に寒く感じたことを覚えている。




















「外に出たい、と娘さんが言ったそうじゃないか」


事件の当事者でもある知人のヒーローに声を掛けられ、彼は足を止めた。どうやら訪ねて来ていたようである。

男は妻を亡くして以来自宅で仕事をしており、余程の事が無ければ、娘を一人にさせる様なことは無かった。そんな彼に用事があるのなら大抵何か一つくらい連絡を入れるのが普通だが、その人物は何もしなかったらしい。突然声を掛けられて、驚いた顔をしながら男は答えた。


「来ていたのか?

いや…それより、何故君がそれを知って…?」


「俺がどうやって此処まで入ってきたと思うんだ?俺は不法侵入向きの個性なんざ持っていないさ」


ああ、ハウスキーパーかと心得たように頷く。どちらともなく閉口し、二人の間を沈黙が駆け抜けた。
少しの間をあけて、男は情けなく眉をたれながらぽつりとこぼす。


「あの子にとって何が良いのか分からないんだ」


今娘を閉じこめるように自宅に留め置いているのは間違いなく自分だ。確かに、戦闘向きの個性を持つわけでもない幼い少女が表に出てしまえば、何が起こるかは想像に容易い。確かな守る術を持たない自分が共にいたとしても、個性を狙ってくる輩には何の抑止力にもなり得ないのだ。
もう二度と、失いたくない。ただただそれだけを思い、彼は娘が外に出ることを許さなかった。

だが娘を思えば、こんなにも理不尽な話はない。

幼い頃に凄惨な母の死を目の前で直視した為に記憶に深い爪痕を残され、自分の持つ個性のせいでただでさえ制限されやすい行動範囲は今や、家の中だけである。寧ろ今までの約二年間、耐えられた事自体が驚きなのだ。
いかに少女が年に見合わない忍耐強さを持つ人物であるかを、その期間が物語っていた。


「お前もそろそろ潮時だとは思っていたんじゃないのか。
あんなに賢い子だ…父親の思うことが分かっていたから、長い間文句も言わなかったんだろうよ」


「…なんとかしなければいけないとは常々思ってたよ。でも自分には何の手段もない」


「手段どうこうの話じゃないだろ。お前の娘さんの意志を、そのまま無視するってか?」


糾弾するように繰り出される言葉は一々正論で、男が父親でいるに相応しいかどうかを試すような響きを含んでいる。男は日に焼けていない白い手を強く握りしめ、喉につっかえていたものを無理やり絞り出すように言った。


「いや―…いや、私は、娘を幸せにしたい」


望むものを、世間では当たり前でも彼女たちにとっては当たり前でないものを、与えてやりたい。
日差しの眩しさを、川の水の冷たさを、木々を揺らす風の音を、…


「あの子の母が満足に見ることも聞くことも出来なかった、全てを!

っ与えてあげたいよ…!!」


嗚咽を漏らすこともなく、涙だけを静かに落とす男を見て、その知人は満足げに笑った。やっと言ったか、遅いんだよ。そんな風に表情が物語っている。
思いの丈を吐き出した男の近くまで歩を進めてその胸を握り拳で軽く叩くと、濡れた頬もそのままに男が顔を上げた。


「今日来たのはその話だ。もちろん娘さんの意志確認が最も大事だが…何をしても良いってんだったら、俺はお前に力を貸せるぜ」


―どうする?


まさに降って沸いたかのような話に、男は呆気にとられる。しかし、彼には迷うなどという選択肢はなかった。胸の上に置かれたままの拳を掴み、黒曜石のような瞳に確かな意志を宿しながら、男は言った。



「頼む、娘の―朔の為に、力を貸してくれ!」



















おまえのせいで昔の話をしてる

(そうして幼い少女は非日常から日常へと歩み始めた)









* * * * * * *

ま…まだ続くシリアス……
えっやっぱり打ちながら考えない方が良いのか……?いや一応ちまちま考えては……考え……………


まごうことなき思いつきだったーーーーファーーーーーーーだから収拾つかねえんだよ〜〜〜馬鹿かよ〜〜〜〜〜



馬鹿です(二回目)

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