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二次創作/夢
関東事変・急 ― 虚仮の一心





古臭いソファに座りながら体を縮める。額に当てた紙の束はひどい内容のラブレターだった。

そこかしこにエマへの溢れる想いが散りばめられているくせに、明確に言葉にしない。与えられるだけが苦しいなんて、きっと彼女は知らないのだ。大粒の涙が床を濡らす。染みは大きくなるばかりで、沈黙が痛い。剥き出しのコンクリートの上には見たことのある工具が落ちていた。恐らくバイク整備の為に使うものだ。兄も周りの人もバイクに乗るので、幼い頃から何かと目にしていた覚えがある。

人のことを第一に動ける人は凄いなあ、なんてマイキーお気に入りの花垣武道を眺め、眩しそうに目を細めていた姿を思い出した。今なら何を言ってるんだと背中を力一杯叩いてやれるだろう。だって、手紙に書かれているのは最初から最後まで人のことばかりだ。人のことを気にかけて、人のために動いて、そのことにお礼すら言わせようとしてくれない。釘を差してくる。なんてひどい。とんでもないろくでなしだ。
血で固まった髪の毛が束になって頬をくすぐる。指先で擦ると、ぱらぱらと瘡蓋みたいに塊になって剥がれ落ちていった。どうしようもなく本物だ。


「どうやって準備したの…」


外が騒がしくなる。
重く焦りの滲む足音が、夜の光差し込む扉に向かって近付いてきていた。ガチャガチャと激しくドアノブが回されるが、後から付けられた鍵に邪魔されて開かないようだ。一度空白が空いて、今度は扉の中央から凄まじい音が響く。
―バン、ガンッドンッ。
焦れったくなったのか、力技に移行したようだ。衝撃が部屋に轟く。おそるおそるソファを盾に見守っていると、ついにドアノブの辺りが軋んで扉が開かれた。


「!」

「いた!!やっぱ合ってんじゃん!!」

「すげえな一虎! 無事か、エマ…って血塗れじゃねえか!」

「あっほんとだ」

「バカヤロー怪我してるかどうかは最初に気にすんだろーが!!」

「ゴメンって!ケータイ!ケータイどこ!」


夜光を背に慌ただしく飛び込んできたのは、場地と一虎だ。病院で姿を見て以来の二人に、エマは目を丸める。はくはくと声なく唇を動かすものだから、彼らは大怪我!?救急車!!と一層騒がしくわたわたと駆け寄ってきた。何からしたらいいのか分からず手を無意味にバタバタと動かす様がが何だか馬鹿らしくて、アハハと笑ってしまう。


「おま、笑ってる場合じゃねーだろ!?どこ怪我してんだよ!」

「場地ィ救急車何番!?」

「知るか!!一一七じゃね!?」

「分かった!!」

「取り敢えず止血か!?タオルあるか!!」

「オイ場地ィ!!時報だわバカ!!」

「ハァ!?知るかよ!!」

「もお…相変わらず騒がしいなあ!」


エマが喋り出して、二人はぴたりと動きを止める。頭から真っ赤な割に声色があまりに普通だったからだ。何でそんな元気なんだ…?ゾンビ…?と青褪める二人を、エマは存分に笑わせてもらった。怪我してないよ、これはカモフラージュ!と言えば、揃って強張らせていた体の力を緩めている。


「二人は何でここが分かったの?」

「おー、クロからメール来てたんだけどよォ。本文無かったからとりあえず返事打とうとしたんだよな」

「そうそう。そしたら本文の所に白い文字が打たれててさ、反転したら"宝箱はバイク屋"って書いてあったワケ」

「バイク屋…」


エマはぐるりと暗い室内を見回す。ほとんど物は無かったけれど、何となく見覚えがあるような気がした。そんなエマを見ていた一虎は、少し言い淀んで続ける。ここ、マイキーの兄ちゃんのバイク屋だったとこ。それにハッと目を見開き振り向けば、難しい顔をした場地と唇を噛む一虎の姿があった。彼らにとっても、自分にとっても苦い思い出のある場所だ。そっかあ、と素直に言葉が零れる。


「クロ、ここが宝箱だって思ってたんだ」

「…最初さ、何のことか全然分かんなかった。でもクロ、前に言ってたんだよ。"大切な物を隠すから見つけて"って」

「アー…確か年明けすぐだったか?」

「場地もいただろ」

「確認だよ確認!!」


そんな不確実な情報だけで、彼らは心当たりのある場所を駆け回ったのだろうか。エマは、過去に鉄が二人と共にバイク用品を目当てに店を巡ったのだと話していたのを覚えている。それが一度や二度ではなかったので、かなりの数を見て回ったはずだ。一虎の額には汗が滲んでいたし、場地は既に長い髪を括って首元を晒していた。


「何があるかも分からないのにそんな走り回ったの?」

「当たり前だろ。まあ見つけられたしいんじゃねーの?な、一虎」

「ウン。
俺、東卍もクロのことも大好きだからさ。なんか天竺のきな臭い噂も聞いてたし、クロの大切なモンなら守んなきゃって思ったんだよ」


羽宮一虎。
特徴的なピアスを軽やかに揺らす、佐野真一郎を殺した人。思う所はあるが、エマにはもうゆっくりと昇華できるだけの余裕がある。守ってくれるんならとことん付き合ってもらおうかなと立ち上がった。


「ねえ!ウチ、会いに行かなきゃいけない人がいるの。守ってよ」

「!」


突拍子もない言葉に目を丸めた男二人は、真剣な眼差しに射抜かれて彼女は本気なのだと理解する。頷き合って、さてどこに行くんだと尋ねようとしてあっと声を上げた。


「エマ…お前そのカッコなんとかなんねえ…?」


流石に捕まるワ、と場地がお化け屋敷に出てきそうなその惨状を指摘すると、エマはすっかり気の抜けた様子でそうだった!と服を確認する。すっかり血は乾いているので濡れて気持ち悪いということはないが、腕を上げたり頭を振ったりするとパリパリ音がする。動く度に乾いた血が剥がれ落ちる上に何より見た目がひどい。どうしようと三人で頭を抱えたその時、エマは手紙の一文を思い出した。己が横たわっていたソファの近くをぐるりと回って、小綺麗な紙袋を発見する。中を覗き込んでみると、何枚かのタオルと着替えであろうワンピース、そして上着が入っていた。防寒対策までバッチリだ。


「なんだァそれ?」

「クロが…用意してくれたみたい」

「…なんか用意周到すぎて怖ぇな」

「オイッ言うなよ」


少し引いた声で一虎が呟くと、場地がすかさずその脇腹を肘で打つ。確かにことごとく先回りされている感が拭えないが、有り難いことには変わりない。奥に水道を発見したので、それでタオルを濡らして肌や髪についた血を拭き取ることにした。服はもう処分以外選択肢がない。真新しいワンピースを見下ろして、どう捨てよう、こんなの殺人事件って思われちゃうと呑気に考えつつ頭を拭いていると、またしても場地があっと声を上げた。


「エマ、お前もしかして行方不明だった感じか?」

「うーん、多分…?クロに貰った手紙には、私が狙われてたから死んでもらったって書かれてたけど」

「ソレ見てもいい?」

「うん」


脇に避けられていた手紙を持ち上げた一虎は、該当する部分を教えてもらってそこを読み始める。そしてすぐに顔を顰めて、不味いんじゃねえのコレ…と呟いた。場地も同じことを考えていたようで、やっぱそうかと頭を掻いている。


「エマ、今日天竺と東卍がぶつかってる筈なんだわ。で、天竺は汚え手も結構使ってたっぽくてよ」

「俺らもちょくちょく連絡貰ってたんだよ。三ツ谷とスマイリーは抗争前に不意打ち食らって病院行きって話だったし」

「えっ、そんなことになってたの!?全然知らなかった…」

「んで、問題はお前」


ぴしりとエマを指さした場地は、鉄の狙いは恐らく抗争の間は死人としてやり過ごしてもらうことだと告げた。それはエマ自身もよく分かっているので、それが?と首を傾げれば、一虎が苦々しい表情でマジかぁ…と呟いている。


「いや…だからさ、クロのことだから抗争に関係する人全員が佐野エマは死んだって思うように工作してる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)よなって話」

「……
え、ええーーッ!!!?じゃあマイキーとかドラケンにもそう思われてるってこと!?」

「じゃなきゃここまで大掛かりにした意味ねえだろ。馬鹿か?」

「留年野郎には言われたくねえだろ」

「ア?んだと?」


エマは思ってもみない言葉に飛び上がるほど驚いた。でも納得する部分もある。それだけ危ない所だったのだ。東卍の力を、佐野万次郎の力を削ぐために、天竺は―もう一人の兄は自分を殺そうとしたということだ。それを鉄は止めたかったから、偽装工作を図ったのだろう。そんな渦中に大事な友達は身を投じているのかと、今更ながら背筋が凍る思いだった。


「と、とにかく!二人に無事だって知らせなきゃ!」

「直接会った方が早そうだけどよ、そうするか。もう抗争終わってっかな…?」

「取り敢えず電話入れるだけ入れてみようぜ」

「オウ」


場地がカコカコと携帯を操作して、あったあったと目的の番号を見つけたのか耳に当てる。プルルル…と静かな室内に響く音を、一虎もエマも何も言わずに聴いていた。それにしてもコール音が大きいなとエマは思ったが、真剣な顔をしている男たちには何も言わないでおいた。場地はよく喧嘩中に電話を取る癖があるので、周りの怒号に負けないように通話音量を最大にしている。一虎はそれをよく知っていたが、今言うことじゃねえしな…と口を噤むことにしていた。


<…場地か?今ちょっと立て込んでんだ、悪いが後にしてくれ>

「おー、こっちも大分タテコンデんだわ。千冬もタケミチも反応しねえしよォ」

<知るかよ立て込んでるっつってんだろ、切ンぞ!!>

「るっせぇな叫ぶんじゃねえ!!そんじゃあお前とマイキーにいい報告があんのに聞かなくてイイってか!?ア゛!!?」

<は?いい報告?まじで何言って…―オイ―イキー、テメ―… あー、場地?>

「お、マイキー」

<こっちは抗争終わってんだけどさ、結構ヤベェ事態なワケ。それ分かってて電話してきてる?>

「知るかよ!俺と一虎はクロの大切なモン探し回ってたんだからよ!!」

<大切なモノ…?>

「ンだよ、お前らんトコにはメール来てねえの?"宝箱はバイク屋"ってよ」

<なあ、オイ…大切なモンってつまりは宝物ってことだよな…?>

「は?そうなんじゃねえの?知るかよ俺クロじゃねえし…ア゛もう面倒くせェな、切っていいか?」


何故か最初から喧嘩腰で通話を続けている場地を見て、一虎はハァァと深く息を吐く。どっちも冷静じゃないから話が進んでいない。貸せと場地から携帯を奪い取って、一虎は耳から画面を少し離して向こう側―マイキーにもしもし?と話し掛けた。なにせ音が大きいのだ。オイ答えろ場地!と叫ぶマイキーの声が音割れしている。


<! オイ一虎、その大切なモンって…!>

「あーうるせえな、落ち着けよ。宝箱は開けたし、ちゃんと中身回収したって!これから宝物お届けしてやっからドラケンに行っとけ、怖え顔直して準備しとけってな!!」

<…分かった、待ってる。場所は〇〇病院だ。悪いな、頭回ってなくてお前らに連絡するの忘れてた>

「病院…?」

<急いで来い。……今が山場だ>

「……すぐ行く」


ブツ、と電話を切った一虎に、場地は勝手に何しやがると噛みついた。しかし、一虎の顔色の悪さに怪訝な顔をする。行くぞ、と一言だけ告げてさっさと外へ出ていった背中を見送り、場地とエマは一度顔を見合わせる。取り敢えず移動するのが先だと二人もその後を追った。どうやら行き先は病院らしいが、問題は移動手段だ。場地のGSX250E (ゴキ)は千冬に譲り渡してしまったので一虎のKH400(
ケッチ)しか無いのだが、定員は二名だ。マイキーには急いで来いと言われている、嫌な予感がするから皆で行かねえと。そう言う一虎に、二人は神妙な顔で頷く。またしてもどうしよう…と三人が頭を抱えた所、再びエマがあっと声を上げた。手に下げていた紙袋を漁って、底に入っていた封筒を掲げる。まさか…とその中身を頭を突き合わせて確認すると、タクシー会社の名刺とお札が数枚入れられていた。ご丁寧に近隣の病院が記されたメモまで入っているのを見て、何とも言えない顔で揃って脱力する。エマとしては「念の為検査を」の下りだと分かっているのだが、ここまで来ると最早呆れの域に達してしまった。

とにかく移動!と気を取り直し、一虎の後ろにエマが跨る。場地はタクシーで向かうから先行け、とエマの紙袋を奪ってしっしと手を振った。それに頷いて、一虎は人気のない道路を初っ端からかっ飛ばして進む。しっかり捕まっとけよ!なんて後ろに叫んだが、唸る排気音でエマにはほとんど聞こえていなかった。

誰もいないのをいいことに、一虎は出せる限りのスピードでバイクを飛ばす。病院の道をナビゲートしているエマの声はほとんど悲鳴みたいになっているが、それに構っている暇は無かった。マイキーは急げと言ったのだ。自分達にも連絡しなければと思う人が、病院で山場を迎えている。そんなの誰かなんて分かり切っているから、早く早くと逸る心のままに進むのだ。
ふと、向かいから聞き覚えのある音が響いてきた。アレ、とエマがギュッと閉じていた目蓋を持ち上げる。大きく唸る排気音、手入れされた車体、それに跨る男の影。それを確認した瞬間、一虎は咄嗟にブレーキを掛けた。出していたスピードがスピードだったので、そのバイクの横を殺しきれない勢いのまま滑っていく。

エマは、靡く髪の隙間からすれ違いざまに目が合ったのをはっきりと認識していた。


「―っケンちゃん!!!!!」

「エマッ!!!!!!!!」


キィイイ、と甲高い二つの音が冬空に響いて止まる。一虎の背中から飛び降りて、エマは力一杯走った。反対車線を走っていた男―ドラケンも、バイクを投げ飛ばすように止める。大股で走り寄った男の腕は、小さな体をすっぽりと包み込んでいた。


「良かった…!!生きてる…!!!」

「…ん、うん…!」


聞いたこともない湿った声だ。血と砂の混じった匂いがして、いつも通りのケンちゃんだぁ、とエマはほっと一息つく。抗争と聞いて心配していたが、ドラケンには大きな怪我はなさそうで胸をなで下ろしていると、力強く抱き締めていた両手がガッと勢いよく肩に置かれた。首の後ろ、額、頭、腕、手、いたる所をじっと顔を確認しながら触る様子は真剣そのものである。こんなに触れてくるドラケンは初めてだったので心臓がかなりうるさくなっていたが、エマは大人しくされるがままになっていた。


「…生きてる」

「うん。ウチ、どこも怪我してないよ」


実感の伴った呟きに微笑んで返すと、ドラケンは再度エマを抱き寄せる。エマも大きな背中に手を回して、二人は一分くらい静かに身を寄せ合っていた。
行くか、とドラケンが頬を一撫でしてからバイクに跨る。少し遠い所で待っていた一虎は、ひらりと手を振って乗せてやれよと声を上げた。促されるまま後ろに乗ったエマを確認して、ドラケンはまた夜の道を走り始める。後ろからは、何も言わずに一虎がついてきていた。






*






「エマ…!」

「マイキー!!」


ドラケンに連れられて足を踏み込んだ病院の待合室で、兄妹は互いの無事を確かめて抱き締め合った。いつの間にか場地も到着していたようで、一虎の隣に立っている。怪我は、大丈夫、と短く言葉を交わす二人の後ろから、ええっと大きな声が響いた。


「エマちゃん!!?」

「ウソッ…生きてる…!」

「タケミっち、ヒナ!」


病院内の違う所にいた武道とヒナは、険しい雰囲気を和らげたドラケンに連れられてきたようだ。その後ろからは千冬も顔を覗かせ、抱き合う佐野兄妹にひどく驚いた様子だった。彼らは武道の怪我の処置を側で待っていたらしい。他にも怪我人は多数いたので、病院内には何人かが分散している状態だった。
松葉杖をついてヒョコヒョコと慌てて近付く武道を追い越して、ヒナがエマへと抱き着く。その勢いのまま妹を奪われたものの、泣きながらぎゅうぎゅうに引っつく二人を見てマイキーは仕方ないなという顔をした。やっと近くに来た武道の背を支え、傍らの椅子に座らせる。現状に混乱している顔を見て、マイキーもその隣に座った。


「タケミっち。…せっちんの仕業らしい」

「クロさんの…、そうですか」

「エマ見つけてくれてありがとな、場地、一虎」

「おー」

「ん」


千冬と話していた場地と一虎は、マイキーの礼に軽く返事をする。本人達もまさかな、と思いながらバイク屋を駆け回ったのだ。最終的に見つけたからいいものの、何とも大掛かりな宝探しを仕掛けてくれたものである。鉄からすればバイク屋といえば一択しかないだろうという考えだったかもしれないが、彼らからすれば三人の思い出の中のバイク屋など腐るほどあった。周りに聞いた所、動画を送られた人はいても白い文字だけ送られた人は二人しかいなかった。それならもっと分かりやすくヒント出せよ、と思ったのは言うまでもない。焦ってたんだろと言われても、服といいタクシーといい用意周到過ぎるくせにそこで焦るのは何なんだというのはある。絶対に文句言ってやろ、と二人は考えていた。


「んで、クロは?」

「…あそこだ」


文句を言うにも本人がいなければ意味がない。場地が居場所を尋ねると、ドラケンが親指である方面を指した。そこにある通路は行き止まりで、その先は手術室しかない。赤いランプが暗い廊下を照らしており、今も手術が続いていることを示していた。


「俺も場地も、クロが天竺側で抗争に関わってたっぽいことしか知んねえ。…なんでこうなったのか教えてくれよ」

「頼むワ」

「…分かった」


彼らの言い分も最もである。加えて宝物を見つけてくれた恩もある。マイキーは自分の知る限りのことを話すことにした。何せ手術は長時間に及ぶと説明されていたので、時間はたっぷりとある。長くなるからと、がらんどうの受付前の椅子にバラけて皆で座った。
そこでマイキーが語ったのは、まず自分のもう一人の兄の話だった。施設育ちで、真一郎と親交が深かった男。彼と同じ施設で育ったという鉄。鉄はその男のことが何より大切で、役に立つために何でもすると公言していた。そして抗争に先立ち、鉄はエマを連れ去り彼女を殺害して動画をマイキーとドラケンへと送信。同時に場地と一虎には白文字のメールを送信していたということ。
メールに関しては自分達も当事者なので、二人は確かに昼前くらいに来てたよな、と確認している。鉄が施設育ちなのは前々から聞いていたし、抗争に関わるくらいだから誰かの為なんだろうなと当たりをつけていたので、彼らは特に驚く様子は見せなかった。


「抗争は…途中から行ったから俺もケンチンも最初の方は分かんねェ」

「お前ら総長と副総長だろうがよ、何してンだ」

「…タケミっちが繋いでくんなかったら、何もできないままだった。ありがとな、タケミっち」

「!いえ、俺はそんな…」

「マジかタケミチお前…総長代理かよ!エラくなったもんだな」

「うわっちょっと一虎くん、肩外れちゃいます!!」


何故かツートップが途中参加という異例の抗争になったと聞き、場地は呆れたようにハン?と声を上げる。千冬が横でマジで色々あったんスよ…!とフォローしていたので、すぐに聴く姿勢に戻ったが。ドラケンが武道に礼を言うのを見て、一虎は純粋な隊長格は武道一人だったことに思い至った。ということは、彼が途中まで抗争を引っ張っていたということになる。大したタマだな、とどこもかしこもボロボロの武道の肩を組んで雑な労りを贈った。ふと下に目線が行って、厳重に固定された足が目に入る。コレどうしたんだよ、と問うと、何も知らない人には驚きの言葉が武道の口から飛び出した。


「あー撃たれたんですよね、銃で」

「ハ!?!!?」

「撃たれた!?」

「待ってタケミっち、俺それ知らないけど」

「オイタケミっちそういうのは早く言えや!!走らせちまったろーが!!」

「オゥワ…」


それぞれ抗争で見ていたのと処置の時点でそれが銃による怪我だと把握していたことから、千冬とヒナは途端に慌て出す男四人へ悟りを開いたような眼差しをぶつける。エマはしれっとそんなことを口にする武道に少し引いていた。弾は貫通してるんで…とぬかす武道を他所にやれ横にしろだのベッド持ってこいだの、病院なんてことは関係無しに男達は騒いでいる。その様子はいつも通りの東卍そのものだった。
取り敢えず椅子に患部を上げることで妥協した男達は、さてと話を再開させる。銃が出てきた時点でただのチーム同士の抗争では無くなっていることは、場地も一虎もよく分かっていた。


「で、銃出してきたのは稀咲か?」

「よく分かったな」


ドラケンが驚いた声で反応するのを見て、武道はあっ二人が綺咲のこと探ってるの知らなかったんだ…とそこで理解する。やけに連絡の入れ方に拘るなとは思っていたが、かなり本格的な情報戦を展開していたのかもしれない。そう考えた武道だったが、真実はただ単に彼らがスパイみてーなもんだからそれっぽくやろうぜという思惑だけでメールでの連絡を禁止しただけの話だ。行動に意味を求め過ぎてはいけないのである。


「俺ら稀咲のことずっと探ってたんだよ。天竺入ったって聞いた後は追いにくくなったけど」

「でも天竺がヤベェチームだってことは軽く調べりゃ分かったぜ、手段選ばねえやり口でシマ広げてる話は幾らでもあったしな」


な、と頷き合う二人をマイキーはポカンと口を開けて見つめる。ンだよその間抜け面、と場地が言うと、なんでそこまで調べてんの?とマイキーが問うた。何でってそりゃあ、なあ。とまたしても場地と一虎が顔を見合わせ、至極当たり前のように言う。


「東卍好きだし、稀咲が危ねえのは前から分かってたし…俺らで止めれんならやることはやっときてえだろ!まあ稀咲の件で役には立てなかったけどよ」

「…だからお前ら付き合い悪かったのか」

「割と遠出してたしな途中場地が喧嘩買うから大変だったけど」

「お前だってノリノリだったろーが!」

「喧嘩買うの早すぎんだよ!」

「……、そっかあ」


頬を引っ張り合ってなんだこのやろ、とじゃれる二人を見て、ふへ、と気の抜けた笑みが溢れた。ずっと張り詰めていた体の力が少し緩まったようだ。ドラケンは何も言わずマイキーの背中を軽く叩いた。


「俺とケンチンが合流してから、俺と向こうの大将…イザナとヤり合った」

「お前のもう一人の兄ちゃんか」

「ん。ま、血繋がってなかったみたいだけど」

「は?」

「え、」

「なんて?」

「で、色々あって天竺側の三人が撃たれた」

「待てそのまま話を進めんな!マイキーお前そういうとこだぞ!!」


大将戦は分かるが、その後が全く分からない。血が繋がってない兄弟ってどういうことだ。場地と一虎と同じタイミングでエマから驚きの声が上がる。そして撃たれた三人も気になり過ぎるのだ。混乱するのも当たり前だった。


「マイキー、ニィと血繋がってないって…」

「俺とエマは繋がってる。イザナだけだよ」

「…そっかぁ。だからニィ、怖くなったんだ」

「え?」

「クロの手紙に書いてあったの。"もう何も期待したくないから、自ら何かを求めることができないんだ"って」


上着のポケットに仕舞っていた手紙を取り出し、ついてしまったシワを伸ばす。


「昔…必ず迎えに来るって言ってくれたんだ」

「…ウン」

「でもニィは怖がりで寂しがりだから自分からは来ないって、クロが教えてくれたの。だから、私が迎えに行ってあげるんだ!」

「…」

「……ね、マイキー。撃たれた人って…誰?」

「……イザナと、せっちんと、もう一人は多分同じ施設のカクチョーって奴」


それきり黙り込むマイキーを見て、エマは俯いた。場地も一虎も覚悟していたとはいえ、いざ言葉にされると大事な友人がそんな目に合った事実を受け止め難い所がある。未だ続く手術にその容態の重さを感じさせられた。
突然パァン、と乾いた音が静かな廊下に響く。皆が驚いてその音の方に顔を向けると、両頬を手で押さえたエマが少し鼻を啜ってから立ち上がった。


「マイキー!クロ以外の二人の手術は!?」

「終わってるけど…」

「容態は!」

「安静にしてれば目が覚めるって…でも、」

「―それなら、絶対、大丈夫」


確信に満ちた声だった。


「ニィが生きてるなら、クロも助かるに決まってる!」

「エマ…」

「ウチ、クロのこと誰よりも知ってる自信あるから」


手紙で初めて知ることは多かったけれど、エマには鉄と誰よりも仲が良い自覚がある。知らないことがあるからと言って、今まで二人で過ごした時間が嘘になるわけじゃない。
イザナの為に走り回って無茶をして、同様にエマの為にこれでもかと手を尽くして、そうやってやるべきことをやり遂げた人だ。イザナとエマを会わせる為に、その目的の為に、彼女は動いてきたのだ。二人が会うのを誰よりも望んでいるのは鉄に他ならないのだから、それを見ずに死ぬなんて有り得ない。だから、エマには自信があった。


「…お前が言うならそうなんだろうよ」

「ケンチン…」


ふん、と背筋を伸ばすエマを眩しそうに見上げるドラケンの横顔は、明確な根拠の無い言葉にひどく納得しているようだ。確かにアイツただでくたばるタマじゃねえしな、と場地が続き、俺デコピンしてやろと一虎が笑う。千冬は見舞いの品何が良いっすかねと今から考えているし、武道は一虎に威力は抑えてくださいよ!?と釘を差した。ヒナはエマちゃんと三人でまた買い物行きたいなあなんて言っている。そんな彼らの様子を見て、マイキーも笑った。


「せっちんには盛大にお礼参りしなきゃな!」

「おっ、いいじゃん」

「何するよ?顔面パイ?」

「病室でそれやるつもりなんスか…?」

「クラッカー鳴らそうぜ」


太陽が顔を覗かせた頃、赤いランプが消える。扉の前に集まった彼らは、少しの沈黙の後ワッと歓声を上げた。もみくちゃに抱き合う中で、一人の少女が自慢げに笑う。

―ほらね、言ったでしょ!












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