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二次創作/夢
関東事変・破 ― 盃中の蛇影U






「ねえクロ、そろそろお墓参り行こうかなってマイキーと話してたの。一緒に来てくれる?」

<もちろん!朝でもいいならだけど>

「ありがと。真兄も喜ぶ!ますますキレーになったクロのこと見たら、真兄告白しちゃうかも」

<それだと告白二十一連敗で記録伸ばしちゃうよ?いいの?>

「アハハ!振るのは確実なんだ!!」


故人に告白されるなんてあり得ないことなのに、まるで本当にそうなりそうな口振りで二人は楽しく通話をしている。真一郎の墓参りに何度か同行したことのある鉄は、突然の申し出でも快く了承した。もちろん、よっぽどの事態でも無い限り彼女がエマの頼み事を断ることはそうそうないのだが。どうせだったら早めに行って朝ごはん食べに行く?なんてことをエマから持ち掛けられると、それにももちろん即座に行こうと返していた。


<でも朝ごはんって珍しいね。佐野家の朝食は大丈夫?>

「作り置きしとくし!たまには私の有り難さを思い知ればいーんだよ」

<それもそうだ。いつも家事こなしててえらいね、エマ>

「エヘヘ!
あっそうそうそれでね、行きたいのが名古屋から出店してきたお店なの!」

<ああなるほど、名古屋だからモーニングってことね>


エマの珍しい提案に鉄は少し首をひねっていたが、行きたいお店を聞いて納得した。名古屋の朝ごはんと言えば、喫茶店でのモーニングというくらい有名だ。この友人は流行に敏感なので、新しいお店が東京に来たという情報は逐一確認しているのだろう。そういった店へたまにマイキーを連れ立って行くこともあるようだが、彼には気分屋な面が強いのでやはり鉄と共に行く事のほうが多かった。今回も例に漏れず、といったところであろう。


「それでね、クロにはとびっきりおしゃれしてきてほしいの!」

<突然だね!?どうしたの、真一郎君に見せるためってこと?>

「んーん、ただ私がクロのファッションチェックしたいだけ!予告ありのテストなので隅から隅までチェックしまーす真兄に見せるのはオマケ」

<ええ…?いや構わないんだけど、隅から隅までってどこからどこまで…>

「それはもちろん!頭の天辺から爪先まで!適当な髪型とか、いつもと同じ鞄とか、使い古した靴はダメ!!」

<……エマ先生、中々厳しいですね。七十点狙っていきます>

「百点目指さないでどうするの!前に色々と買い物したんだから、そういうの組み合わせてきてね!」

<善処します…>


渋々と返事をする弱りきった友の声に心底面白くなって、エマはアハハと笑ってしまった。なんせ鉄は昔から服装に無頓着で、"灰の悪魔"なんていう肩書きが付いてからは余計に顔も体も隠すような格好をしている。「磨けば光る灰かぶり」なんて誰かが言っていたのを偶然耳にして、彼女は悔しくなったのだ。鉄が本当は感情豊かなのを知っている。とても優しくて、思いやりがあって、戦いだけではなく心も強いことを知っている。そんな素敵なお友達のことを、煤にまみれた「灰かぶり」に例えるなんて!
装いが全てではないけれど、私の友達は凄いんだぞ、こんなに綺麗なんだぞ、灰かぶりなんかじゃない!と自慢したくて、エマは鉄のプロデュースを買って出ている。鉄自身、エマのすることが嫌だなんて全く思っていないので素直に受け入れるのだが、エマはそれが嬉しくてたまらない。

マイキーに漏らした弱音も、クロの様子が変かもと思ったことも、今では気の所為だったのかも!と前向きに考えることができた。だってクロは変わらない。不安から色々とあれして、これしてとお願いしてしまったが、自分から離れるなんてことは万が一にもなさそうだった。その事実にホッとして、口元が緩む。


「ちなみに!お正月の時の三ツ谷コーデをそのままはNGですからね!」

<ウッ…何故それを…>

「お見通しでーす。
ウチのために、一生懸命考えてきてね」

<! …分かったよ。しょうがないなあ、このオヒメサマは>

「ふふ」


―誰も間になんて入らせないんだから!

唯一無二のお友達。これからもずっと、私と一緒にいてね。そんな思いを込めて、エマは鉄とのデートに何を着ようか頭の中でクローゼットを開くのだった。


プー、プーと通話終了の音が鳴る。
しばらくその画面を眺めてから、鉄は携帯を畳んでポケットに仕舞い込んだ。可愛い子だな、好きだな、と声を聞く度に思う。手を繋いだり、髪を触り合ったり、服を選んだり、コスメの話をしたり、―恋の話をしたり。そういうことの全ては、エマから教わった。自分の知らないことをたくさん教えてくれる、笑顔の可愛い女の子。ちょっぴり気が強くて、ワガママで、頼れるカッコいい所もある大事な友達。

開きっぱなしで放置された埠頭の倉庫で適当に腰掛け、耳に残る多幸感を味わうように目を閉じる。
とそこへ、少しだけ柔らかな雰囲気を出す鉄の背後から、急にヌッと腕が伸びてきて首から肩にかけてすっぽりとその体を抱きしめた。ほんのりと残る煙草の香りに、鉄は僅かに眉を動かす。鉄の後ろに積んであるガラクタに腰掛けたその男は、前に長い脚を放ったかと思えばそのまま交差させて鉄の体を引き寄せた。相変わらず絡みの多い男だな、と鉄は抵抗するのも面倒だと為されるがままに上を見上げた。特徴的なピアスを揺らし、半間は楽しそうに笑っている。


「クロォ随分楽しそうに電話してたなぁ?」

「悪趣味だね、君は。女の会話を盗み聞きして痛い目見るんじゃない?その内」

「ばはっクロとヤれんなら大歓迎だぜ、どうよ」

「遠慮しとく」


ザァンネン、と半月にしならせた瞳が鉄を見下ろしてくる。半間は興味のある相手にとことん関わる質らしく、鉄を見ると近寄ってきては絡んでいた。しかし気紛れな猫のように自分が満足したらするっと居なくなる。大きな図体に囲い込まれること多数の鉄としては、虎とか豹とかその辺りに懐かれたような感覚だった。


「九井って奴来てたぜ」

「ああ…ムーチョから話は聞いた。うまくいったみたいだね」

「会わねぇの?デートした仲なんだろ」

「? デート…?
深夜のラーメン巡りはデートっていうのか、知らなかったな…」

「クク、面白ェー」


事実をそのまま言って返せば、半間は心底愉快そうに体を揺らした。そして懐からライターと煙草を取り出し、ライターを鉄に投げ渡す。煙草を咥えてん、と長い首を伸ばしてくるので、仕方無しにライターで火を付けてやった。こんなやり取りをここ数週間で十回以上やっている。一度鉄が茶番に付き合ってやってからというもの、半間は火が欲しい時ににこにこしながら近寄ってくるのだ。上機嫌でいてくれた方が穏やかに過ごせるので、仕方あるまいと心中唱えつつライター係に徹してやった。
それに、自分にも少なからずメリットはある。ついと半間を見上げてちょうだいと手を差し出すと、煙草を一本恵んでくれるのだ。わざわざ年齢詐称してまで欲しいとは思わないが、あるなら欲しい。鉄はそんな感じのライトなスモーカーであった。差し出された煙草を受け取ろうとすると、何故かすっと引かれてしまう。何?と訪ねようと開いた口にすぽっと煙草が差し込まれて目を丸めた鉄だったが、半間はそれを見てますます笑みを深めた。


「火はこっちな?」

「悪趣味だね本当に……全く」


器用に口元で煙立ち昇る煙草を上下に振った男は、心底楽しそうだ。ライターは半間に己の手ごと掴まれており、使う事は許されそうにない。半間の膝に手をついて上半身を伸ばし、半間の煙草と己の咥えた煙草をくっつける。スウと呼吸をする僅かな間、鉄はいつも目を伏せているけれど、半間はじっと鉄の顔を至近距離で眺めるのが常だった。微かなオレンジの光で照らされる不思議な瞳の色が気になるからだ。
鉄に言わせれば、半間のこの行動は本当に悪趣味以外の何物でもない。今日は近くにいないようだが、たまに稀咲が近くにいると「うわ…」みたいな顔をされるので半間はそれを面白がっている節があるのだろう。ただ、かく言う自分も稀咲のその反応を少し愉快に思っているので、鉄は甘んじてシガーキスをするのであった。


「フー…」

「涼しい顔してキチーやつ普通に吸ってんのな」

「たまに吸いたくなるから半間にはその点感謝してる。自分で調達とかはしないからね」

「へえ?じゃあ感謝ついでに俺と遊んでくれても良いんだぜ」


な、と指で鉄の顎を後ろからくすぐる半間が言う「遊ぶ」とは、喧嘩か性的遊戯かどちらなのだろう。クイと上を向かされるのに任せ、後頭部を半間の腹にドンと力強くぶつけてやる。言葉遊びが過ぎるぞ、と意趣返しのつもりでやったのだが、少し驚いた顔をしてからにんまり笑って煙を吐き出すのを見て効いてないことを悟った。しばし二人で煙草を燻らせ、肺に染み渡る煙を楽しんでいたが、灰が手に付きそうなくらい短くなっている。半間は地面にそれを落とし、靴底で二、三回すり潰した。靴が退けられた其処には、フィルムが破れて中から葉っぱが飛び出した無惨な燃えカスが転がっている。


「稀咲から伝言あったわ」

「ん。なんだって?」

「"本当にやるつもりがあんなら実物を見せろ"ってよ」

「なるほど、それは道理だ。次の集会の後、持ってくって言っといてよ」

「お前たちぐらいだぜ俺を伝書鳩にすんの。ま、面白ェからいいけど」


じゃあなと罪とタトゥーの彫られた手を振りながら去る背中を見送り、自身も残り少ない煙草を踏み潰した。

エマといると、まるで自分が純粋な存在になったような気がする。―でも、その幻想は自分で壊さなければ。


「エマ、エマ、エマ…………私の友達、大好きな人」


どうか最後まで、綺麗な私だけを見ていてね。






*






「急がなきゃ!またクロのこと待たせちゃう

「ハァ、朝から元気だな…朝ごはんは?」

「冷蔵庫の物温めて食えだとよ」


早朝の佐野家はいつになく慌ただしい。
不思議といつもより早めに目が覚めたマイキーは、家の中をドタバタと移動するエマに呆れた声を出した。食卓に向かえば、祖父が新聞を広げながら食パンを囓っている。机の上に並べられているのは箸とお茶だけだったのでマイキーがあれ?と首を傾げると、祖父は作り置きを食えと言った。


「何だよエマ、朝飯食わねえで墓参り行くの?」

「もマイキー伝えたのにまた忘れたの?クロとお墓参り行ったらモーニング食べに行くの!だから私は家で食べないだけ!」

「そうだったけ…まあいいや」


洗面所から顔を覗かせたエマが言っているモーニングどうのこうのという話は、確かに聞いたかもしれない。でもやはり詳細は全く覚えていなくて、焦って転ぶなよと言って電子レンジにおかずを放り込む。せっちんとエマが墓参り行くなら、俺も今日にしようかな。そんなことを考えていると温め終わりの合図がなったので、マイキーは熱くなった皿をアチアチ言いつつ慌てて机に運び、いただきまーすと口を開けた。
その後ろを上着を手に抱えたエマが通り過ぎながら、お昼には帰るね!と告げる。祖父と口を揃えて返事をし、マイキーは食べ慣れた味をまた一口、一口と口に含んで咀嚼した。遠くでカラカラと玄関が閉められる音がする。カシャン、という音が嫌に大きく聞こえて、玄関の方にハッと顔を向けた。


「どうかしたのか?」

「、いや…なんでもねーよ」


多分、今覚えた違和感はきっと気の所為だ。外からは楽しそうに話すエマの声と迎えに来たのであろう鉄の声がしている。いつもと何ら変わりのない朝だった。


外に出たエマは、いつも門に背中を預けて自分を待っている大好きな友達に飛びついた。突然のことでもいつもちゃんと受け止めてくれるのが嬉しくて、もたれながら腕に絡み付く。
朝からご機嫌だね、と目を細める鉄の装いは、指定した通りめいっぱいのお洒落コーデのようだ。髪型は低めのポニーテールをべっ甲の髪留めで纏めており、顔の横に垂れる髪の毛はくるりとなだらかなカーブを描いている。上着を羽織っていてトップスに何を着ているのかは分からないが、その上着は普段なら絶対選ばないレース仕立てのレディースジャケットであり、細身のスキニーパンツによく似合っていた。黒のパンツに合わせているのは、エマと一緒に選んだ踵が高めの厚底ブーツである。マフラーから覗く首元には、いつも通りチョーカーと月のチャームがキラリと光っていた。


「クロ…!やれば出来るんじゃん!!すっごく似合ってる!!」

「三日は悩んだから、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「え可愛い…これはいよいよ真兄が私のクロに惚れちゃうかも…」

「そうなったらエマとデートに行くからお断りしますってちゃんと言わなきゃね」

「確かに!これからモーニングデートだもんね」


さあいざゆかん!と鉄の腕を取り、エマは颯爽と歩き出す。鉄はご機嫌な友の背中を見てほんのり目を細めた。細身のデニムスカートに合わせたオーバーサイズの上着の裾からは、ニットのセーターが覗いている。ドラケンはおろか鉄ともそれなりに身長差があるのを気にしてか、今日はヒールが高いブーツを履いているようだ。いつも通り隙の無いコーディネートは、よく彼女に似合っている。

もう何度目か覚えていないが、エマやマイキーの付き添いで鉄は真一郎の墓によく訪れていた。たまに考え事をしたい時に一人でフラッと行くこともあったが、その墓石はいつも綺麗で花や線香が絶えることなく供えられている。かの男が慕われていたことはイヌピーやバイク屋を訪れる人々からしてよく分かっていたつもりだったが、自分が思うよりもその数はもっと多かったのかもしれない。
エマと桶や線香を片手にその前に立った時、鉄はふとそう思った。二年も経つのに、家族でもない人たちがこうも頻繁に訪れるのは絶対に普通ではないだろう。世間一般の普通を知らない鉄でも、それくらいは理解できた。


「真兄来たよ

「真一郎さん、おはようございます」

「今日のクロすっごい可愛いけど惚れちゃ駄目だからね!これは私のためのお洒落なんだから!」

「まだ言ってたの?エマってば」


墓石に語り掛けながらせっせと水をかけ、目に付く所を拭き取っていく。夏であれば小さなカエルが張り付いていることも多いのだが、流石に冬だからかその姿は見当たらなかった。キュッと音を鳴らして水を拭き取ってから、線香に火を点ける。独特な香りが乾いた空気で煙と共に流されていくのを見つつ、手を合わせた。エマも隣で静かに目を閉じている。
正直に言うと、鉄は黙祷の間に何を考えたらいいのか全くもって分からなかった。死者に祈りを捧げるのか、語り掛けるのか、はたまた無心で目を閉じているだけなのか。そもそも骨が眠るだけの墓に手を合わせて何か意味があるのか?そう考えてしまうあたり、自分は薄情な質なのだろうなと鉄は思っている。そもそも墓参りに関する一連の作法すら知らず、佐野家の面々に教えてもらった口だ。今日この時も早々に目を開き、エマの黙祷が終わるのをじっと待っていた。エマが手を下ろしたのを見て、鉄は気になっていたことを尋ねてみる。


「エマ、真一郎さんに何を伝えてるの?」

「ん?そうだなークロはどうなの?」

「私はこれからエマとデートしてきますっていう報告くらい…かな」

「そうなんだ!でもウチもそんな感じだよ今日は朝ごはん作ってやんなかったーとか、クロが私のためにめいっぱいお洒落してくれたーとか」


逆に問い返されてギクリと肩を揺らした鉄は、苦し紛れにそれらしい答えを返した。そんな友の様子に気が付かなかったらしいエマは、素直に黙祷の間何を考えているのか教えてくれる。真兄のお墓参りなんて気が向いたらしょっちゅうだから、じめじめしたことは考えないようにしてるよ。そう笑ったエマの表情は、朗らかで嘘がなかった。


「そっかあ」


多分、墓地は静かに弔いをする場だとか作法に則ってどうとかうるさく言う人も居るのだろう。それでも鉄にとってはエマの弔い方の方がいいなと素直に思えた。真一郎だって湿っぽいのは嫌いだったはずだ。流石兄妹なだけあってそういう所はとても良く似ている。
そういうことなら、と思って鉄はポケットからくしゃりと歪んで曲線を描く煙草を一本取り出した。エマが桶を片付けに行っている間に、バレないよう火を点けて線香の近くに置いてやる。


「久々の一服も、たまには良いでしょう」


一本で申し訳ないけれど、割と重たいやつだから満足して下さいねなんて言って墓石の文字をなぞった。
行くよー!と手を振るエマの元へ歩き出し、墓に背を向ける。その時強く風が吹いてコロリと煙草が石畳の上に落ちたが、鉄はそれに気が付かないままその場を後にした。


予約していたモーニングの店に着いた時、ガラス張りの入口前から伸びる長蛇の列に鉄は素直に驚いた。とはいえエマと鉄はしっかり事前に予約を済ませていたので、その列には加わらずに済む。エマが受付をしている間、ふと空席待ちの人々の中にちらほらといるカップルに目が行った。彼らは店の外に出されたメニューを見ながらあれが食べたいと話していたり、隙間なくぴったりとくっついて同じ携帯を覗き込んでいたりと思い思いの様子だ。
自分とエマもよく手を繋いだり腕を組んだりするが、カップルに見られることはない。それを鉄はよく理解していた。当たり前のことだ。彼らをカップルと思うのは男と女だからであって、くっついているからではない。


「行こ、クロ!案内してくれるって」

「うん」


腕を引かれるまま店内に足を踏み入れる。いらっしゃいませ!と複数の声に出迎えられながら、己より小さなエマの手を握った。ちょっとした反抗心のようなものである。いいにおいと期待を隠さないエマへ楽しみだねと言葉を落とすと、ニッコリとした笑みが返された。その笑みを見ただけで、何だか全てがどうでも良くなった気がする。勝負なんか初めからしていないけれど、鉄は心の中で白旗を揚げた。完全敗北である。


「わぁ!メニューいっぱい!」

「ドリンクもたくさん種類があるんだね」

「組み合わせ無限大だよ悩む…」


ムムム、と向かい合わせに座ったエマの唇が尖るのを盗み見しつつ、鉄も机の上に広げられたメニューを覗き込んだ。モーニングといえばコーヒーのイメージが強かったが、コーヒーが駄目な人向けに紅茶やスムージーまで用意があるらしい。馴染みのない飲み物に目を奪われて、思わず口でその名を唱えてみる。それがどうも「すむーじー」と拙い響きだったようで、エマはなんか違うとおかしそうに鉄の頬をつついて遊んでいた。
注文を終え、エマがちょっとお手洗い行ってくるね!と席を立つ。店は盛況なようだし、モーニングが届くのにはまだ時間がかかりそうだ。急がないでいってらっしゃいと小走りの背を見送って、鉄は手元のお冷を飲む。よく冷やされたそれが通ると、食道や胃までひんやりしたように感じてならない。どうして冬でもお冷を出すんだろうな、とちょっとした疑問をぼんやりと考えていたら、割とすぐにエマが戻ってきた。お手洗いはそこまで混んでいなかったらしい。


「ただいま

「おかえり。ねえエマ、なんで飲食店って冬でもお冷出すんだろう」

「突然どうしたの?んそうだな、水が一番コストかからないとか…」

「あり得そう」


それは確かに理由としては十分かもしれない。だとしたら冷やすのは一手間加えていますよというアピールなのかも?そんなことを二人で言い合って、お冷を飲んでみる。飲み下したそれは本当にただの水なので、お互い目を見合わせてやっぱりねなんて笑った。


「ご注文の品お持ち致しました!」

「あっ来たよ!」


そんなくだらないやり取りをしていると、従業員がお盆を両手にテーブルまでやって来てモーニングセットを二人の前に綺麗に並べていく。何だかんだとお冷をがぶ飲みしてしまったので、ほかほかと湯気をあげるそれらに目が輝いた。


「それじゃあ、」

「「いただきます!」」








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