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二次創作/夢
獣の本性U








「なあ、いつになったら俺のものになる?」

「人が人のモノになるなんて幻想は抱かないほうがいいと思う」

「本気なんだよ」

「私もいつだって本気よ」


今日もやってんなあ、とベンケイは適当に腰掛けながら近くのコンビニで買ったフランクフルトをむしゃむしゃと咀嚼する。その隣ではニヤつきながらタバコをふかす武臣がおい、今日はどうなると思う?とカップラーメンを貪る真一郎に声をかけていた。


「うぅん、まあ縁が負けてるとこは見たことねえしな…」

「だよな」


分かり切ったこと聞くんじゃねえよ、とまた麺を啜り始めたかと思えば、汁が気管に入ったのか激しく咳き込み始める。情けない総長の姿にあーあーと武臣が雑に背中を叩くと、当の本人は涙目で死ぬかと思った…とベンケイに差し出されたお茶を一気に煽った。


「でもさあ、縁ってやっぱ良い女だよなあ。俺たちみたいなのにも物怖じしねえし、はっきり物言うし、何よりライテクがやべえ!」

「…まあ良い女ってとこには同意する」

「ワカも理想が高えってか?」


食べ終わった串を二本に折って小さくしていたベンケイが真一郎からお茶を取り返して飲みつつそう言うと、武臣はいや、と否定の言葉を返す。


「女の理想どうこうでここまで粘る奴じゃねえだろ、ワカは」

「あー、確かに。あれは多分‘良いなと思った女が予想以上に滅茶苦茶良い女だったから他の奴にやるもんか'って感じじゃね?」

「違いない」


ワハハと真一郎が笑っていると、その横をブォンと耳が痛くなるような風が走り抜けていった。それを追う様に若狭がザリに乗って勢いよく飛び出していく。バリウマに乗った縁は跳ね馬の名に相応しく駆け回って、楽しそうにちょっと遊んでくるねー!と三人の男に声を投げかけていった。これにももう慣れたもので、彼らはお遅くなんなよーと手を振って返す。追っている側の若狭自身も、特にこのバイクでの追いかけっこを楽しんでいる節があった。公道の白豹の名が騒ぐのだろう。会えば必ず開催されるこのウマザリバイクレースは、最早黒龍の集会後の名物になりつつある。それだけ縁の存在も広く知られていた。
真一郎からすれば、誰にも負けないと自負しているライテクが若狭に追いつかれつつあるとちょっと危惧している。毎回スリリングなレースをしているのとしていないのとでは、腕の上がり方に雲泥の差があるというわけだ。たまに我慢ならなくなって、真一郎が二人のレースに飛び入り参戦することもある。そうなると黒龍の中で観戦が始まり、武臣監督の下でやんやと大盛り上がりする。この時はまだカップ麺が残っていたので参加しなかったが、今日も二人共キレた走りしてんなと少し伸びた麺を啜った。


「ああ楽しかった!今日はもう皆解散した感じ?」

「お前らどこまで行ってきたんだよ?もうとっくに帰したっつーの」

「それは申し訳ない…真一郎、今日は参加しなかったんだね。今度流そ」

「おーもちろん!」


満足げな顔で帰ってきた縁と若狭を真一郎が迎えた頃には、集会所に黒龍のメンバーは残っていなかった。流石に一時間はちょっとの範囲に収まらなかったらしい。とはいえ、なんだかんだ彼らの駆け引きの行く末が気になって仕方ない三人は最後までその場で暇潰しをして待っていたのだが。
若狭の目が離れた隙を見計らって、武臣は縁にで、と尋ねた。


「お前はワカに百点やるつもりはあんのか?縁」

「ふふ、武臣は直球だね」


採点方式は変わらず続けられており、その点数は日によってまちまちだ。上がる時もあれば下がる時もある。最初は攻めるのみとガンガン行っていた若狭も考えるようになり、禅問答のように答えを探しながら接触を謀っているようだった。とはいえ生来の気性の激しさが隠せるわけでもなく、やはり年頃の男らしくスキンシップに物を言わせた強引なアプローチが多々見受けられる。確かに若狭のように見目の整った男はそういう方法でうまく行くことの方が多いだろうし、世間一般の女もそういうのが好きだろう。
しかし、縁からすればそんなのでは物足りないのだ。


「そもそもどうでも良ければここまで相手にしないよ?」


にこり、と赤目の獣は笑う。


「先に目を付けたのは私。彼と追いかけっこをすることを決めたのも私、あなたたちの前でそれを見せつけてこの関係を暗黙の了解にしたのも私」

「そりゃあ…」

「私は狩りをしているの。狩りに百点も何もあると思う?捕まえるか、捕まえられるかの勝負だよ」


怖え奴。そう武臣が冷や汗をかきながらそう零せば、褒め言葉ありがと!と女はからりと笑った。


鹿ノ子縁は追いかけっこをしている。
ある夜、バリウマを点検に出していたため身一つで夜を駆けていた時のこと。彼女は白い獣を見た。月光を浴びて煌めく柔らかそうな髪が靡くその奥に、鮮やかな紫の瞳が瞬いていたのをよく覚えている。アメジストの如くゆらぎのある濃淡が、一瞬の邂逅のはずなのにいつまでも頭から離れなかった。そして幸運なことに、その美しい獣と偶然にも再会を果たすこととなる。バイクの趣味も良かった。角ばったデザインと走り出しの早さが非常に魅力的なザリだ。あの時の紫眼の白い獣が目の前にいると同時に、自分と並走できる男(真一郎)が友となったことも彼女を上機嫌にさせた。友との会話を楽しんでいると、若狭と名乗った獣が己を試していることに気が付く。生憎と鈍い女ではなかったので、どういう意図を持って触れてきているのかはすぐに分かったのだ。しかしそんなじゃれつくような生ぬるさは求めていなかった。言うなれば牙の抜かれた愛玩動物のようなそれだ。

違う、あの時見たのはそんな鈍(なまくら)のような男ではないはずだ。鋭く夜の静寂を切り裂くような獣だったはずだ。私を求めるのなら、それくらいしてくれないと割りに合わないと、本気でそう思った。


「獲物、それで結構じゃない?ひりつく様な恋がしたいの。気の抜けた炭酸みたいなのは願い下げってやつ!」




























今牛若狭は、自分が追いかけている女が獣のような本能を持っていることをよく理解している。そして彼女が己を獲物として認識していることもよく分かっていた。互いに互いを喰らうべき獲物と見ている、その事実を知ったその時、彼はいつになく興奮した。女の意識が他でもない自分に注がれている事実、喰らわれるのを待つだけの草食動物かと思って一度落胆した後の高揚感、対等に争い合えることへの歓喜。いよいよこの女を手に入れなければ気が済まなくなってしまった。相手もそれは同じことだろう。これは喰うか喰われるかの狩りだ。どちらも狩人、どちらも獲物。なんて矛盾した争いだろう、と笑ってしまいたくなるというもの。

乱れたシーツが出口のない迷路のような皺をいくつも作って波打っている。
剥き出しの肩にかしりと噛み付けば、瞼に覆われていたガーネットが顔を覗かせた。シーツをたくし上げて口元を覆い、ふふ、と軽く体を揺すって笑っている。若狭が犬歯を食い込ませても、縁は何も言わずに受け入れた。


「大きい猫ちゃん」

「…それで済む話か?」

「ふふふ」


スプリングを軋ませて、若狭は頬杖をつく。ホテル備え付けの弾力が自慢という真っ白な枕は、頭の上に追いやられていた。シーツの隙間からチラつく白い鎖骨とまろい肩に残る赤い歯形で目が焼けそうだと、柄にもなくそんなことをぼんやり考えた。


「これで私の全てを手に入れられたと思う?」

「思わないね」

「その通り」


獣なら、相手の全てを喰らい尽くさなければ。そう言って目を細めた縁はころりと体を転がし、若狭の上にのしかかった。シーツは二人の間に挟まれて、くしゃりと頼りなく項垂れる。若狭の視界に映る剥き出しの背中には肩甲骨がぽこりと浮き出ていて、羽の名残のようだと言う人の気持ちがわかった様な気がした。へこんだ骨の裏側をなぞるように手を差し込んで、未完成の羽で遊ぶ。ふにゃりと柔らかな肉が己の上で形を変えているのを見て、先程の行為の最中で散々弄んだ時の感覚を思い出した。じわりと口内に溜まる唾液が示すように、肉欲には果てがない。しかしここでがっついて離れていかれるのは本意ではないので、グッと宿った熱は知らんぷりすることにした。
体を繋げた二人だったが、若狭は縁がそこまで踏み込むことを許してくれたことを喜ぶべきか、まだ心まで手に入れられていないことを嘆くべきか、微妙な気持ちが半々で混ざり合っている。そんな複雑な心情を察している縁もまた、体は喰われてしまったなあという無念さとまだ心まではあげないぞという気持ちで半々なので、実のところはお互い様である。


「…若狭」

「言うな」

「……いや、当たってるからさ」

「しょうがないだろ、好きな女の裸を前にして一発で終わる方が無理だ」


二人を隔てるものは薄い布一枚なので、体温どころか心拍まで分かる状態だ。いくら若狭が気づかないフリをした所で、生理現象の産物というべきそれは縁に存在を主張している。自分のお腹を押す様な形で圧迫してくるので、少し息がしづらいと縁は控え目に声をかけた。しょうがないだろと宣う男の腕ががっちりと背中に回っているので、その体の上から降りれないのだ。すり、と肩甲骨を弄っていた指が肌をなぞった。


「…」

「……」


お互い無言で見つめあって、また互いを「美しい獣だな」と思う。牙を隠した唇同士が近付いて、息を奪い合う様な口づけを交わした。上唇は触れたまま、舌を伸ばして先端で挨拶を交わす。スタミナ的に負けてしまう縁がふいに力を緩めると、若狭が肉厚なそれを小さな口の中に差し込んだ。多分に唾液を纏った舌で内頬を舐め、歯の一つ一つを確かめるように歯列をなぞり、口内を蹂躙する。くたりと全体の力が抜けてきたところで、今度は若狭がくるりと体を転がした。しなやかな筋肉がついているとはいえ、全体的に華奢な印象のある柔らかな体を下敷きに、興奮で粘度の高くなった唾液を流し込む。


「、…んちゅ、ふ……」

「ッハァ……いい顔だな」


ぴちゃぴちゃと響く水音を嫌がることに気が付いていた若狭は、迷いなく縁の耳に手をやって塞ぐように被せた。こうすると音が木霊してより大きく響くと知っていたからだ。その手を外そうと己の手首に指を絡ませて睨んでくる女の瞳は、熱気で湿り気を帯びていた。もっと下品にはしたない音を立ててやろう、と奥に引っ込んで縮こまっている舌を噛んで外に出し、口を窄めてしごく。するとじゅぷじゅぷと唾液が泡立ち、音もより激しいものに変わる。びくびくと声なき声を上げて身悶える体を押さえつけて浸る行為には、麻薬のような依存性があると若狭は本気で思っていた。


「や、もう…っくるし…もうやぁ……」

「…かわい」


防衛本能からか涙をポロポロ溢し、荒い息のまま根を上げる獣の愛らしさと言ったら!これで心まで自分のものになったのなら、この獣はどんなにいい女になるのだろうか。かわいい以外の言葉でなんと表現したらいいのかも分からず、若狭はひたすらかわいい、かわいいと繰り返しながら次々頬を転がっていく涙を舐め取った。スン、と鼻を鳴らして見上げてくる表情こそ蕩けているものの、赤い瞳だけはずっと爛々と輝いたままだ。

いつかこの獣を腹一杯食べ尽くすことはできるだろうか。今牛若狭という獣は、目に見えぬ心すら手にして噛み砕いて飲み干さなければ気が済まない。せめて他の獣に目が付けられないよう印を残そうと、やけに目を引く鎖骨に噛み付いた。


「もう一度」


あっ、と柔い獣が鳴き声を上げる。
するりと持ち上げた片足を己の太ももに乗せて付け根近くまで撫で上げれば、一際大きく女の体が跳ねた。じとりとした汗が滲む肌は、手のひらに吸い付いてその滑らかさを主張している。露わになった胸の間に顔を寄せて、薫る熱気に酔いしれた。戯れに舌を伸ばし、じゅぅと吸い付いて赤を散らして行く。頭に添えられていた手がゆっくりと髪を梳き、耳たぶをするりと撫でていった。どくりどくりと血潮が波打っている。



ーこの鼓動の音も、いつかは俺のものだ。

























獣の本能




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あきゅろす。
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