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二次創作/夢
関東事変・破 ― 盃中の蛇影T






ギュウ、と小さな手を握った。

ナオト、ナオト、ナオト―俺の、俺たちのやってきたことは、一体いつ報われるんだろう。
橘直人も、花垣武道も、二人して撃たれて死ぬのは時間の問題だった。稀咲も黒川イザナも、鶴蝶も、もう既にこの場から立ち去ったようだ。タケミチ君、君は僕の誇りです。そう死の間際に微笑んだ唯一無二の協力者。死ぬのが怖いと笑う癖して柔らかい表情をしないでくれよ、最後だなんて言うなよと、命が流れ落ちていくのを感じながら手を伸ばす。そうして過去に飛んで、夜の渋谷を走り抜けて、幼い彼を呼び出した。

握手して、あの心臓が揺れる感覚を待って、何も起こらない。それでも諦めきれなくて目を閉じると、直人と描いた軌跡の数々が脳裏に鮮やかに蘇ってくる。ハッと目を見開いて、ボタボタと熱い雫が止め処なく流れ落ちては地面に染みを作っていった。

直人を家へ返して、一人公園の滑り台に座り込む。鉄の板は冬の空気でキンキンに冷えていて、触れたお尻から骨まで凍るようだった。
街灯の光が誰かの影を地面に描いている。まだいたのかよ、帰れよと力なく呟いて、そう言っておきながら武道はその影に問いかけた。


「なあ、…ナオト
初めてお前に会った時の事…覚えてる?」


ヒナ―橘日向が死んだ。武道はかつての恋人を、ナオトは自分の姉を救うために色々と足掻いてきた。でも、もう未来には戻れない。ナオトはもう死んでしまったのだ。どうしたらいいんだろう。
ああ、とゆるく顔を上げる。もう一回過去を変えればいいんだ!ナオトもヒナも助けて、そうだよ、そうだよな。みんな助けられれば未来に、未来に―


「また失敗して…また、失敗して…
もういいや」

「…」

「俺…もう死のうかな…」


どこにもいけない。自分一人ではどうしたらいいか分からない。支えてくれた人がいなくなってしまった。深く昏い穴の底を覗き込みながら、武道は瞳を揺らして膝を抱える。ずっと佇んでいた人影がゆっくりと動いて、座り込む背中にぴったりと寄り添った。違和感に顔を上げた所で、空気が震える。その揺らぎは、大好き、と形作っていた。

一拍置いて、それが愛しい人であることに気が付く。
ヒナ?
そう名を呼べば、彼女はウン、と肯定の意を返した。呆然とする中本当はいくつなのと尋ねられて、二十六だと返す。一つだけ教えてと彼女が聞いたのは、"未来の武道がヒナにプロポーズしたかどうか"だった。それはまだだけれど、ずっと結婚できたら…なんてもだもだした答えを見えもしないのに手振りをして伝える。ふーん、と鼻にかかった声が、背中を揺らした。


「じゃあ、ヒナ、死んでもいいよ」

「!」


その言葉が鼓膜を震わせたその時、自分は何をしているのだろうと我に返った。原点は、ヒナを救うという事だったはずだ。そこから東卍と関わるにつれ、昔の自分には見えていなかったものがどんどん見えてきて、溺れるような展開に溺れかけていたのは事実。だけど、原点を見失っては駄目だ。
―ヒナを諦めたくない。
その思いこそが、武道の背中を押すのだった。


「ヒナは何も聞かなかったよ」


バイバイ、と朝日を浴びながら自宅へ去る背中を見つめる。つくづく自分にはもったいない彼女だと、武道は背筋を伸ばした。なにせやることは山積みだ。

敵は黒川イザナ、そしてその裏には確実に稀咲がいる。今度こそ、何が何でも稀咲を追い詰めて見せると意気込んで、彼は朝焼けの包む街を駆け出した。向かう先はマイキーの家だ。柴大寿は、「マイキーは黒川イザナをドラケン以上に信頼していた」と教えてくれた。もしかするとマイキーは黒川イザナと知り合いだったんじゃないのか、その思いだけで走る速度を上げる。今はどんな手掛かりでも欲しかった。


マイキーの家の前で鉢合わせたドラケンと、肩を並べて門をくぐる。その時ちょうど向かいから来た人物は、あれ?と声を上げた。それに気が付いたドラケンと武道も意外そうに目を丸める。


「おはよう、朝早いね」

「クロさん!おはようございます」

「お前こそ。朝っぱらからどうした?」


玄関先で座り込んでいた鉄は、靴に踵を滑り込ませてからトントンと足を地面に打ち付けて立ち上がると、空のトートバッグを持ち上げた。


「この前エマがお菓子くれたんだけど、そのタッパー借りっぱなしだったから…私も焼き菓子詰めて返しに来た所。なんか目が覚めたから朝から焼いててね」

「朝から甘いものってお前…マイキーじゃねえんだから」

「私だって我ながら珍しいとは思うよ。エマに預けたから、食べたかったらエマにどうぞ!タケミチもね」

「おー」

「わ、ありがとうございます」


それじゃあと手を振る背中を見送って、俺らも中入ろーぜとドラケンはインターホンを押す。その後すぐに大きな声で着いたぞマイキー!!と叫ぶものだから、インターホンの意味とは?と武道が首を傾げたのも無理はなかった。


「…なるほど、黒川イザナか」


当たり前のようにドラケンにマイキーの部屋へ案内され、当たり前のようにマイキーの髪を縛るドラケンの姿を見ながら、武道は本題に入る。勿論佐野家に馴染み過ぎているドラケンにものすごくツッコミを入れたい気持ちはあったが、それよりも優先すべきものがあったからだ。
黒龍八代目総長が現在の天竺総長であることを話すと、ドラケンは腑に落ちたような顔で真一郎と繋がっていたんじゃないか?と口にする。武道としては真一郎が黒龍の初代総長であったことは未来で既に知っていたので、ドラケンがそれに言及した時無言を貫いたせいで怪しまれたのには少し焦った。そこで明かされたのは、九代目黒龍と争う際にマイキーが真一郎と話をつけたということ。真一郎は、好きにしろと言ったそうだ。黒龍はお前に継いでほしくて残したチームだから、と。


「黒龍を腐らせたのは八代目総長…つまりそれが黒川イザナか…!」

「…!
黒川イザナ…何者なんだ…?」


お茶を運んできたエマには誰も反応せず、彼らは黒川イザナという黒龍を変えてしまった男の正体に思いを馳せて黙り込む。とそこへ、エマがウチのお兄ちゃんだよとお茶を配りながらそう零した。沈黙が走る。お茶請けには組木細工のように複雑な模様をしたクッキーが差し出された。その見事な腕前に、これを朝から焼いてたクロは何考えてんだと少し現実逃避気味にドラケンは思うのである。
それはさておき、問題はマイキーの記憶力の薄さだ。エマが何度も異母兄弟の話をしていたにもかかわらず、それを全く覚えていないというのだから呆れたものだった。


「ちょっと!マイキー覚えてないの!?
エマの旧姓は"黒川"で、そっちにもお兄ちゃんが居るって!」

「え?そんな話してたっけ?」


とぼけた顔でんん?と頭を捻る姿に、もー!ホントに話聞いてなーいと彼女はチクチクと言葉で兄を刺す。適当に思い出したーと言うマイキーにウソつけと突っ込むドラケンも、興味ないことにはとことん興味ねえもんなコイツ…と白けた視線を送っていた。
ポカンとしていた武道は、意外な繋がりが判明したところでエマにこう尋ねる。その兄についてなにか覚えていないか、と。しかし、エマとイザナが離れたのは彼女がわずか三歳の時だ。記憶を掘り返しても僅かしか覚えていないのは当たり前だった。がくりと肩を落とした武道を見てか、エマは突然あっと声を上げる。真一郎と仲が良かったはずと言って持ってきた缶の中には、イザナと真一郎が交わした手紙が束になって収められていた。遺品整理の際に見つけたらしい。


「目は通してないけど…この手紙の量!相当仲良しでしょ」

「いや…これは…」


怖えな、と夥しい文字と手紙の束にポツリと心の声が漏れる。それ以降誰も何も言わなかったけれど、皆分かっていた。これは、異常だと。

ある手紙に目を通していたマイキーが、それを置いて風に当たってくると部屋を後にする。その背中を見送って、ドラケンは彼が読んでいた手紙からある程度の事情を読み取った。分かってしまったのだ。


「初めて自分を訪ねてきてくれた真一郎君っていう家族…
それがコイツの唯一の支えだったとしたら、マイキーをどう思うんだろう?」

「…!」


ドラケンの呟きを耳にして、背に走るものがあった。常軌を逸する執着を持つ相手が、自分以外を弟として大切に扱うことは到底受け入れられなかったのだろう。イザナが書いた手紙には「もう万次郎の話はしないで」「最近ずっと頭が痛いんだ」と、切実さを感じさせる文字が並んでいた。武道には彼の苦しみは分からない。ただ、彼の執着の行き場所だけはなんとなく検討がつく。やれることをやり切らねば、そう思った武道はマイキーの帰りを待たずに佐野家を後にする。そうして自宅に帰った武道は、千冬を呼んで未来であったことや分かったこと全てを包み隠さず話した。一人で動く決意を述べれば、千冬と彼が呼んだ壱番隊の面子―千堂敦も、山本タクヤも、鈴木マコトも、山岸一司も、皆口を揃えて俺たちもやるぞと声高に叫ぶ。一人で背負い込むな、そう言った相棒がひどく頼もしく見えて、武道は笑った。一人でないことの心強さを感じた。

ププーッ、と外から大きな音が響く。なんだなんだと窓から顔を覗かせれば、そこには見覚えのある特攻服の少年が車の横で佇んでいた。






*






<ムーチョ、どうやって彼を引き込んだの?>

「ああ…九井は乾の言う事しか聞かねえが、その乾はどういう訳か花垣の下についてる。それならやりようはあるさ」

<そう、大事にはなってないよね?今はまだその時(・・・)じゃない。派手に騒いで向こうから仕掛けられても面倒だって言ってる>

「分かってる、そこは織り込み済みだ。お前も他にやることがあんだろ、精々バレないように動けよ」

<はいはい。じゃあまた>


プツリ、と電話が切れる。
携帯を閉じて振り返り、彼は自由になった手で顔の血を拭う男を見下ろした。


「気分はどうだ?九井」

「…最高だよ、これ以上なくな」


財力を担う人材として新たに引き入れられた九井一は、拘束されていた腕をぐるりと一回しして調子を確かめている。先程までココを取られまいと奮闘していた武道とイヌピーは、彼らをひたすら嬲っていたムーチョ―武藤泰宏の部下によってどこかへ連れて行かれてしまった。
自分が天竺に入れば彼らに用はないという言葉を、今は信じるしかない。付いてこいと言うムーチョに従い、ココは覚束ない足取りでその大きい背中を追った。思い出されるのは、勝てるわけがない状況で武道が発した言葉。

―ココ君…こんなクソ野郎の言う事聞く必要ねぇよ
―俺の部下はテメェらなんかに渡さねぇ!!

勝てる勝てないではないんだと啖呵を切る姿を唖然と見上げていると、イヌピーの顔が視界の隅に入る。その顔は二度と手に入らないと思っていたものを手にしたかのような、宝物を見つめるガキのような、そんな幼さがあった。
ひたすらに殴られる二人を見て、ココは悔しさを覚える。今ならイヌピーに付き合ってとかそういう理由じゃなくて、心からコイツに付いていきたいと言えるのに、と。それでも、二人を解放するには自分が天竺に飛び込むしか方法が無かった。止めてくれと悲鳴のように叫び声を上げて、ほとんど意識が飛んでいるイヌピーと武道を見やる。ありがとなと動いた唇を、彼らは見てくれただろうか。


「九井、まずはイザナに会ってもらう。ここからは車で移動だ、乗れ」

「…ああ」


ガキみたいな真似をする気はないとムーチョは言っていたが、確かに高そうな車はただの暴走族が手にするには余りある。既に何かしらの犯罪に手を染めているのだろうか。ココの財力、稀咲のブレーン、マイキーのカリスマ性。それを駆使して最強の犯罪組織を作るのが目的だと、それがイザナの狙いだと知った今、戻ることはもうできないだろう。それでも足踏みしたくなって、車のドアに掛けた指先から少し力が抜けた。

(イヌピー、お前の理想…絶対ェ叶えてみせろよ)

もう俺は一緒にいれないけれど、俺のボスでは無くなってしまったけれど、最高の頭見つけたよな。
そう心の中で呟いて、頭を垂れる。横に流した前髪が表情を隠してはくれないかと期待したが、車のガラスに写る揺らめく瞳と目が合ってしまった。それがなんとも情けなくて、自嘲気味に口端が歪む。ドアを開けて乗り込んだココを見たムーチョは、自身も大きな体を曲げて座席に座った。バタン、と音がして扉が閉まり、完全に外界と遮断される。目まぐるしく過ぎ去っていく外の景色を眺めてから、ココはぐるぐる渦巻く視界を閉ざした。
今は、目を逸らしていたかった。


ボロボロの体を引きずって武道とイヌピーの二人が転がり込んだのは、かつて真一郎がバイク屋を営んでいたテナントだった。そこで死傷事件が起きたからか碌に整理はされず、扉や窓にも雑にガムテープが貼られたままだ。ココとイヌピーがアジトにしていたというが、ほぼ廃墟のようなものだった。二人が持ち込んだであろうランプに火をつけて、救急セットで互いの手当をする。
その間に、イヌピーはずっと思っていたことを武道に告げた。十一代目黒龍総長を継いでくれ、と。一筋の涙を流して、ココを、俺たちを救ってくれと、両膝をついて頭を下げる。突然のことだったが、武道はおどけて流すことも、下手に声をかけることもしなかった。地に頭を擦りつけるのはやめて、と肩を押して体を起こさせる。ふらりと立ち上がってシャッターに寄り掛かったイヌピーに合わせて、武道も隣に腰を下ろした。


「すまねぇ花垣
俺…どうかしてるな」


ポツリポツリと、イヌピーはこの廃墟での思い出を武道に語る。奥でバイクをいじっていた真一郎の背中、引退した彼に礼儀を尽くすギラついたかっこいい先輩たち。真一郎はヒーローだったのだと、笑った。理想を追い求めて黒龍に入って、どんどん変わっていくチームに自分も染まってしまった。少年院から出所した後、東卍に潰された黒龍を何とか形だけでも繋ぎ止めようとして、足掻いて、ココの伝手で柴大寿を頼った。
そして今、唯一付き合ってくれていたココすら守れなかった。何をしていたんだろうと呟いて、歯を噛みしめる。そんなイヌピーを見て、武道は覚悟を決めた。


「―俺が黒龍を継ぎます」

「え!?」

「東京卍會壱番隊隊長、兼十一代目黒龍総長です。覚悟してください」


俯いていた顔が自然と上がって、視線がぶつかる。熱く煌めく青には、嘘も偽りも無い。本気なのかと驚く間もなく、武道は手を差し伸べた。


「俺はココ君を連れ戻し、稀咲とイザナをぶっ飛ばして天竺を潰す!
ついて来れますか?」


年下の少年に縋るのはダセェだろ、なんて思う自分はいたけれど、それに勝る引力がある。イヌピーは迷いなくその手を掴み、興奮に震える喉でこう言った。


「この命、お前に預ける」


頷き合って、まだ危うい足取りで立ち上がる。
向かう先は武蔵神社だ。壱番隊を集めて、マイキーに話を通す。まずはそれからだと語る武道に、イヌピーはそういえばと声を上げた。


「花垣、お前…天竺とぶつかるなら、アイツに話は聞いたか?」

「アイツ?」

「まさか…知らないのか。クロだ、瀬尾鉄」


まだこれ以上誰が出てくるのだろうかと身構えた武道は、イヌピーの口から出てきた名前に肩透かしを食らった気分になる。鉄なら朝にもマイキーの家で会ったばかりだしと考えた所で、どうして今クロさんの名前が出るんだ?と彼は立ち止まった。嫌な予感がする。


「まさか…クロさんまで天竺!?」

「いや、それは分からねえ。ただ…クロはずっとイザナの傍に居た。イザナもそれを許してたんだ」

「え…」


イヌピー曰く、彼と鉄のファーストコンタクトは黒龍だったという。しかし彼女が黒龍に所属していた訳ではないようで、黒龍の特攻服を身に纏っていたことは一度も見たことがないと彼は語る。一度女だからと舐めてかかった奴らが尽く打ちのめされたおかげで、アンタッチャブルだなんて言われて一部には怖がられてたんだぜ、という言葉に武道ははぁ…と気の抜けた返事しかできない。鉄が実際に戦っている様を見るどころか、威圧的な態度を取られたこともないので、そんな恐ろしい所が想像できないのだ。
黒龍をイザナが離れたのと同時にクロも黒龍から姿を消したのだが、そこでイヌピーと鉄は個人的な関わりを持つようになったと聞き、意外な印象を受ける。武道が先を促せば、イヌピーは口取り軽く続けた。


「クロと俺は真一郎君と知り合いだったって所からよく話すようになった。向こうは俺のこと心配してたみたいだし、俺も黒龍の昔と今を知ってる奴と話すのは気が楽だった」

「へえ!いい友達なんスね」

「ああ、この前もココと三人でツーリングしてきたしな。ラーメン巡りもよく一緒にしてる。クロは豚骨が好きだ」

「思ったより仲良かった…しかも豚骨が好きなんだ…」


しかしまあ顔の広い人だな、と武道は頭に灰の髪を揺らす女性を思い浮かべる。またしても一虎がチームの情報ならクロに聞けと言っていたことを忘れており、そういえばそうだったなあと濃すぎる最近の経験の中から記憶を掘り返す必要があった。


「…風の噂で聞いた話なんだが、イザナは黒龍から退いてすぐに姿を晦ましていたみたいだ。しかもつい最近まで」

「え、?」

「忠犬も置いてかれたなんて噂もあったし…その頃のクロは、なんかこう、ちょっと荒んでたな。探し回ってたみたいだが全然見つからなかったっていう話だ」

「そうだったんだ…」

「それ以降イザナと行動している話も聞かなかったし、根無し草の"灰の悪魔"って有名だった。何より汚い真似が嫌いな奴だ…クロが天竺に居るとは思えない」

「…はい!絶対そうっすよ!」
 

結局の所、イヌピーが伝えたかったのはこのことなのだろう。
彼は一度信じたら、真っ直ぐに相手を信じ抜く。この世界では危ないぞとココにもクロにも注意されたが、イヌピー本人はさして気にしていなかった。武道も短い付き合いながら、部下のそういう所は好ましいと思っている。連絡先知ってるか、とイヌピーから尋ねられ、武道は連絡帳から数度しかやり取りしていない鉄を探し出した。なんせ鉄はいつの間にかふらりと現れるので、特に連絡しなくても会えることが多いのだ。


「とりあえず今は情報が欲しい。場地君と一虎君のお墨付きだし、クロさんに聞きたいことがあるってメールしてみます!」

「…その場地と一虎っていうのは、血のハロウィンの奴らだったか。今はどこかのチームに入ってるのか?」

「いえ、二人はケジメつけるとかなんとかで…チームには入ってないんですけど、絡んでくる奴はいるみたいです。今日ブチのめした奴らつって、証拠写真?みたいなの送ってきますよ。ホラこれ」

「すごく笑顔だな…」


武道が示した画面には、積み上げられた男の上に座る場地とこちらにピースしている一虎の姿が写っている。武道自身気が付いていなかったが、メールには何枚も写真が添付されているようだった。見てみましょ!と二人で携帯を覗き込むと、どれもこれも愉快な構図の写真が多い。何故か一虎を肩車している場地、そこに乱入する千冬、一虎がヤンキーを池に投擲している横で爆笑している場地。地味に相棒が写真に混じってるのを見て、コイツいつの間に…と武道は場地を慕って三千里しそうな奴だと認識を新たにした。
ふと、一枚の写真に目を留めたイヌピーがじっとある箇所を眺める。そこには一虎に抱きつかれてよろめく誰かの姿があった。


「?どうしたんすか、イヌピー君」

「…これクロだよな?」

「えっ、あーホントだ!一虎君の腕であんまり見えないけど確かに!」

「この写真、いつ頃撮ったんだろうな。俺もココとクロと撮っておけば良かった…」

「日付っすか?確か俺がバブもらった日に来てたメールだから、一月十日くらいですかね。
メールの内容は…あっクロさんのことだ!"クロは暫く会えないらしいから聞きたいことあったら電話かメールしろってよ"…え俺こんなメール貰ってたっけ!?全然記憶にねえ…!!」

「! 花垣、クロへの連絡は待て」

「え?」


それがどうかしたのか、と問うボスを横目に、イヌピーは自身の携帯を開く。そこで何かの履歴を見ているようだったが、武道は彼がどうして突然そんなことをしているのかが分からなかった。怪訝そうにイヌピーを眺めていると、彼は顔を手で覆って何かを堪えるように息をつく。クソ、と呟いて、垂らした左手で太もものズボンの布を強く握り締めた。


「…俺もクロとは一月の頭を最後に会ってねえ。"会うのは難しいけど何かあったら連絡してくれ"って俺にもメールが来てる」


俯くイヌピーが何を言いたいのかなんとなく理解したまま、武道は静かに続きを待つ。もうこれ以上何か起きることはないだろうと思えるくらいの出来事に襲われた直後だというのに、また心臓が大きな音を立て始めた。


「なあ、花垣。クロと親しい奴らに連絡取れるなら取ってくれ…「一週間以内にクロと会ったか」って聞いてくれないか。
じゃないと、俺は…コレ(・・)を口に出したくねえんだ」

「…分かりました。連絡すればいいんですね?」


ドラケンとエマに関しては佐野家の玄関で鉢合わせたことから確実に会ったと言えるだろう。鉄が訪ねてきた時、マイキーはおそらく寝ていたので会っていないはずだ。ひとまずマイキーへメールを入れ、三ツ谷にも同様の文面を送る。すると、すぐさまマイキーから電話が掛かってきた。


<もしもし、タケミっち?せっちんがどうかしたわけ?>

「いえ…最近あんまり姿を見ないんで、どうしたのかなーと思いまして!」

<ふーん、まあ俺は正月以来会ってねえかな?前来てた時寝てたし。クッキーは食ったけどな>

「そうですか…。あのっ、クロさんはエマちゃんにお菓子渡しに来ただけなんです、よね?」

<ん?まあそうじゃね?あんな朝早いのは珍しいけどな>

「分かりました。突然すみません!あっ、あと近々時間もらえませんか?話があって…ハイ!ありがとうございます、失礼しますマイキー君!!」


ピ、と通話終了のボタンを押す。ものの一分もしない内に、三ツ谷からも返信が入っていた。「正月後に何回か会ったけど、最近は忙しいから会えないって言ってたぜ。」というメール文を見て、静かに画面を閉じる。
隣に立つイヌピーを見て、静かに首を振った。


「花垣」

「…東卍が天竺に襲撃されて一週間くらいですけど、それより前にクロさんとは会えなくなってる人しかいない。例外はエマちゃんくらいだけど、それも朝早く短時間だけ」

「…もういい」

「クロさんが会えなくなった時期と、天竺の襲撃の時期、それから―天竺総長の側付きだったって事実。じゃあクロさんは、」

「花垣っ!!」


ガッと肩を掴まれ、止めろと言われても武道はハッキリさせなければいけないと分かっている。立ち止まる暇など自分たちにはないのだから。


「―天竺のメンバーなんじゃないかって、疑うには十分。
そうでしょう?イヌピー君」

「……イザナが、傍に置いたくらいだ。今考えてみればイザナとの噂を全く聞かなくなったのも変だったのかもな」


すまない、動揺したと頭を下げるイヌピーに対し、武道は無理もないと頭を振った。彼の黒龍にかける思いの強さは先程受け取ったばかりだったし、数年彼と黒龍について語り合った人なのだ。汚い手を使う天竺に大事な友人が所属しているかもしれないという事実は、彼にとってどんなに重いことだろうか。


「とはいえ、クロさんが天竺だって確定したわけじゃないんですし!もしそうだったとしても、稀咲とイザナぶっ潰してこっち連れてきちゃえばいいんじゃないですか!?」

「ぷっ…はは!
あぁ、そうだな。ココを取り返してクロも一緒に来てもらおう」

「よーし、行きましょうイヌピー君!まずはホウレンソウっすよ!!」


わざと明るい声でふざけたように無茶なことを言う。イヌピーにはその心遣いが嬉しかったし、その瞳に発言の本気度が垣間見えてまた驚かされた。マイキー君たちも絶対喜びますよ!なんて笑う傷だらけの男こそ光に他ならないと思う。
語り合った全てが、過ごした時間が嘘になるわけじゃない。鉄が天竺にいることなんて、些細なことだ!

メールの作成画面を開いて、「またココと三人でラーメン食いに行こう」と送る。どうせだったら花垣も一緒に行けたらいいな、なんて考えて、イヌピーは微笑んだ。
そういえば、と先程の武道の言葉からくる疑問がふと頭をよぎる。忙しくて会えそうにないと周りに言う癖して、「エマちゃん」だけは例外だというのはどういうことなんだ?、と。まあ抗争は男の世界の話だし、基本的には女は巻き込まないのがルールだ。鉄こそ例外ではあるが、事情はどうあれ抗争に関係のない女友達に会うことはさして不思議なことでもないだろう。そう結論づけて、彼は扉の前で自分を呼ぶボスの背中を追った。






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