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二次創作/夢
関東事変・序 ― 胸三寸に納めるU




ランドマークタワーや観覧車、赤レンガ倉庫など横浜の名所を一望できるビルの上。
赤の特攻服を纏い屋上の縁に座り込む男は、白銀の髪と芒に月の耳飾りを揺らしながら風を浴びていた。訪ねてきた客人をどうするかと聞けば、連れてこいと簡潔に言われる。その指示通りに鉄が彼らを連れ立って戻ると、彼は体をゆらりと揺らしながら立ち上がった。


「稀咲、
なんでウチに入る気になった?」


聖夜決戦で武道を謀ったことから東卍を除名処分となった男と、それに付き合い自ら東卍を抜けた男―稀咲鉄太と半間修二。今日ばかりは特攻服を身に着けておらず、まっさらな状態で天竺総長・黒川イザナの元に訪れたことは明白であった。


「俺なりの"リベンジ"ってトコですかね…」

「ふぅん」


明確に示す物のない答えに、イザナは面白そうだと笑みを返す。元々彼らを迎え入れるつもりだったようだが、稀咲の返しを受けてその考えが固まったようだった。
そんな三人を、一歩引いた所で鉄は静かに眺める。稀咲が居る場所にはいつも嵐が訪れる。それを今までの東卍を見てきてよく知っていた彼女は、大きい抗争が近い内に起こると確信していた。頭の中でずっと鳴り響いている警報は、壊れたタイマーのようにうるさいだけで役に立たない。たとえこれから先が地獄でも、イザナの隣に立つことには変わりがないからだ。腰の後ろで手を組んで控えているとイザナに呼ばれ、促されるまま二人の前に立つ。


「何回か顔合わせてんだろうけど、コイツが灰な」

「灰…?瀬尾鉄という名前では?」

「ばはっ"灰の悪魔"じゃん、稀咲知らねえの?」

「黙ってろ、そんぐらい知ってる」


本命と話がついた所で、稀咲と半間は目の前の少女に意識を向けた。
少女とは言っても性別を知っている者はそう多くない上、その名は夜の世界に広く知れ渡っている有名人だ。くすんだ灰の髪を被ったフードから覗かせ、絡んできた相手を一撃必殺で昏倒させる腕の持ち主。女にしては高めの背と高圧的な表情で相手を打ちのめす様から、まさに悪魔だと誰かが囁いたことがその二つ名の始まりだった。


「そういう君は"死神"だね。誰か一人につくとは思ってなかった」

「それは俺のセリフだぜ悪魔チャン、なあ?稀咲」

「…そうだな。お前、なんで天竺に所属しようと思った?今まで根無し草だって聞いてたんだがな」


おや、と鉄は片眉を上げる。どうにも自分は稀咲の情報網から漏れていたのか、それとも鎌をかけているのか、鉄が何故天竺に居るのかを尋ねてくるのは流石に予想外だ。


「イザナ」

「好きにしろ」


許可を求めて声を掛けると、話して構わないと返事が返ってきてどうやら静観するつもりらしいと察する。最近のイザナは、こうして鉄が二人の関係性を口に表すことを望んでいるようだった。


「イザナは…そうだな、私の全てと言っても過言ではないよ。役に立つことを条件に傍に居ることを許された。だから私はイザナの傍に居る。イザナが居る場所が私の場所だ」

「熱烈じゃん」


ピュウ、と愉快そうに半間が口笛を吹いておどける。稀咲はぴくりと眉を動かし、黙って鉄の話を聞いていた。


「イザナが望むなら何だってするし、何だってしてきた。イザナの望みは私の望みと同義だ」

「イザナ…アンタ中々狂った奴飼ってんだな」

「いいだろ?忠犬だぜ」


カチャリと眼鏡を押し上げて、稀咲は狂気を露わにする少女から目を逸らした。そうでもしなければ、ギラつく獣の眼差しが頭から離れそうにないからだ。半間はニヤニヤと鉄の方を見ながら楽しそうに笑った。どうやら彼のお眼鏡に叶ったらしいが、大して嬉しくない。


「でもよぉ、ずっと傍にいたってんなら根無し草って噂はおかしいんじゃねえの?そこんとこどうなんよ、悪魔チャン」

「クロとでも呼んで、悪魔は気に入らないから。
まあ今まではイザナが放し飼いしてたっていうのがあるかな」

「コイツ、放し飼いにしてると勝手に色んな奴と関わり増やして情報拾ってくんの。制圧に乗り出す為には重要だろ?
ま、その準備が整ったことだし…そろそろ首輪を嵌めて天竺でお披露目の予定。多方面に俺のだって分からせてやんねえと」

「なるほどな」


背後から腕を伸ばし、覆い被さるような形でイザナが鉄に抱きつく。手の甲で顎の辺りを擽られても、彼女は抵抗することなく受け入れて目を細めていた。首元の布が擦れ、チョーカーからぶら下がる月のチャームが音を立てる。


「まずは何から始めるかな」

「そこは俺に任せろ。アンタもそれを期待してんだろ」

「…面白くなってきた!
さて、稀咲。楽しい戦争にしようか」






*






「鶴蝶」

「クロ…」

「お目当ての子とは会えた?」

「ああ。昔と変わってねえ…きっと今でも誰かのヒーローやってんだろうな」

「世間って狭いね。まさか鶴蝶がタケミチと幼なじみだったとは…
しかも鶴蝶は天竺四天王、向こうは東卍壱番隊隊長!すごい顔触れだ」

「…そうだな」


彼と話すために、東卍側にわざと殴られたのだろう。イザナから百人ほど預けられていたはずだが、多勢に無勢を嫌う鶴蝶のことだ。どうせ隊長格とのサシ勝負を持ちかけたのだろうことが容易く想像できる。
鶴蝶の顔に打撲痕が残っているのを見て、鉄はひとまず汚れと血を拭う為に腰を下ろしている彼へハンカチを当てた。施設に居た頃は触れようとするだけでひどく恥ずかしがって逃げられていたが、今では顔を少し前に突き出してなされるがままである。付き合いの長さが窺えるその仕草に、彼女は目尻を下げた。

ある程度汚れが落ちたので手を離そうとすると、大きな手がそれを引き止める。ハンカチを持っていた手が頬と手に挟まれ、そのまま動かせなくなってしまった。どうしたのと尋ねようとしたが、鶴蝶の表情を見て静かに口を噤む。
すり、と己より随分と小さくなってしまった手のひらに顔を預けながら、彼は自分だけが大きくなって変わってしまった体格差を悲しんだ。昔はもっとぴったりはめ合わせたように同じ形をしていたというのに。色々と考えてしまって、どうにも苦しい。鶴蝶は少し弱さの滲む声でなあ、と鉄を見上げた。


「約束したよな、俺たちで国を作るって」

「…よく覚えてる。いい時代がきっと創れる、そう思い描いた雪の日だ」

「ああ、イザナの奴俺の雪だるま壊しやがって…でも結局三人で大きいかまくら作ったんだったな」

「最後の方は手がかじかんで大変だったよ」

「でも楽しかった」

「ね」


ふ、とどちらともなく掠れた笑いを漏らす。今は消えかけの泡沫の夢を語り合えるのは、イザナを除けば互いしか居ない。イザナの傍に居ると誓った鉄と、イザナを王として忠誠を誓った鶴蝶。形は違えど三人揃っていることが嬉しいはずなのに、今はどうしてかこんなにも苦しくてたまらない。
廃材に座る鶴蝶の足の間に腰を下ろし、向かい合う形で膝に頭を預ける。掴まれていた手はその拍子に離れたが、鶴蝶は未だに彼女の手を柔く握ったまま触れることをやめようとしなかった。手の甲をなぞっている内に、あの日の霜焼けた指先のような痛くて熱くて痒い感覚が彼を襲う。それがどうしても恐ろしくて、鶴蝶は腰を折り曲げて鉄の頭を抱えるように腕の中に仕舞った。


「鶴蝶?」

「イザナのこと、絶対一人にしない」

「…うん。たとえ地獄行きでも、三人一緒なら怖くないよね」

「ああ」


いつか、イザナが突然姿を消した日。

鶴蝶は体を走る寒さに堪えきれなくて、来る日も来る日も己の王を探して走り回っていた。同じ様に駆けずり回る鉄と連絡を取り合い、目撃情報がなかったか時には拳を振るって聞き込み、虱潰しにあらゆる場所を巡ったことは今でも記憶に新しい。命を預けた人がいない、どうして何も言わずに消えてしまったのか。獣の様な慟哭が抑えきれず、鶴蝶は一人廃材置き場で破壊活動にいそしむことが増えた。
暴れて、壊して、項垂れる。こんなことしてもイザナが見つかる訳ないのに、どうしたってやめられなかったのだ。息を荒げる鶴蝶の背中に、ふと温もりが宿る。腰元に回された腕を見下ろして、それが鉄だと気が付いた。

―まだ一人じゃないよ、鶴蝶

イザナがいないと、鶴蝶は途端に寒くなってしまう。それでも鉄と抱き合えば、不思議と暖炉にあたっている時みたいな温さを手にすることができた。冷え込んだ日は暖炉の前で一番暖かくなる場所を争い、ぎゅうぎゅうの団子状態になっていた頃が懐かしい。そんな思い出も手伝ってか、気が狂いそうになる夜でも二人寄り添えば怖くなかった。
そこで彼はふと思う。ああ手放したくない、手放せない。いつもなら自分だけが独占するのは許されない存在だった。でもそれはイザナが居るという前提で成り立つ。だから、その時だけが鶴蝶にとって鉄を独り占めできる時間だった。

何という背徳行為!何という厚かましさ!
心の内でどのように己を詰っても、一度火が付いてしまえばもう遅い。たとえ目に見える火が消えた所で、ぶすぶすと燻って体の内側を食い破ろうとしているのだ。イザナが見つかったと鉄から連絡を受けた時、自分がどんな顔をしていたか彼には分からない。九割以上が安堵と喜びに満ちていた筈だが、どこかにころりと黒い雫が転がっていたことは確かだろう。現に、鶴蝶は今も鉄を抱き締めることをやめられないのだから。

鉄は、鶴蝶を受け入れる。拒むことはしない。言うなれば運命を共にする相棒のように思っていたし、どんな結末でもイザナがいるならそこに飛び込むということを、痛いほどお互いよく知っていたから。だから相棒が苦しいなら寄り添うし、悲しいなら抱き締める。他の人には理解できなくとも、彼女にはそれが当たり前で普通なのだ。
震える吐息がつむじから首筋にかけて落とされる。鶴蝶は目を瞑り、柔らかな灰の髪に鼻筋を埋めているようだった。鉄も目の前に広がる胸板に頭を預けて、脇の下から背中へ両の腕を回す。ぴとりと当てた耳が心臓の音を拾って、心地よさからうっとりと目を細めた。


「鶴蝶、君は君の思うようにイザナの傍にいてね」

「…クロはどうするんだ」

「私は―イザナを信じる私を信じて動く(・・・・・・・・・・・・・・)よ」


夜は更ける。
この日、天竺は横浜から渋谷へ乗り込んで東卍へ大規模な襲撃を仕掛けている。それにより、彼らの抗争は避けられないものとなった。史上最大の争いになると、誰もが理解している。

Xデーは近い。滲む橙色が藍色と混じって、辺りは完全に夜の気配に包まれた。







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あきゅろす。
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