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二次創作/夢
関東事変・序 ― 胸三寸に納めるT





「ねえマイキー、何か知らない?」

「せっちんのこと?普通に連絡は取れんじゃん、何が気になんの」

「そうなんだけど……」


妹の不安そうな顔を目にして、マイキーは怪訝さを隠さない。話題に上がっている鉄(くろがね)は、元旦の年越しを共に過ごした時以降彼らの前に姿を現していなかった。その際に来ていた服が和風のトレンチコート風ワンピースだったのだが、それを作製したのが三ツ谷であるとルナとマナが声高に言い回ったことで少しの騒ぎになったことを思い出す。マイキーはスカートを揺らす珍しい姿を見て素直に似合ってるじゃんと言ったし、彼女も柔らかな声でありがとうと言っていた。
何らおかしい所は無かっただろとエマに言えばウチもそう思うと返され、マイキーは益々訳が分からなくなった。


「じゃあ問題ないんじゃねーの?」

「うん…そうなの。おかしくないんだよ、これっぽっちも。でもね、最近のクロ、どこか焦ってた気がする」

「どんなとこが」

「クロね、顔が広いでしょ。色んな人と仲良くするのは得意だけど、でもやっぱり疲れちゃうから休み休みやりたいって前に言ってたことあるんだ」


ダイニングテーブルにだらりと体を預けながら、台所でお湯を沸かす華奢な背中を見つめる。ジー、と音を立てる電子レンジからは、買い置きしてある冷凍たい焼きの香りがほのかに漂ってきていた。


「皆好意的に受け取ってくれるけど、本当はそんな大層な人間じゃないし、唐突に何もかも振り払ってしまいたくもなる…って。
それなのにだよ?最近はツーリング行ったり、服作ってもらったり、場地とかとはなんかよくご飯食べてるみたいだし」

「いーことじゃん。てかズリい、おれだってせっちんと飯行きてえ!!今度誘おっと」

「今はウチの話聞いて!
前はこんなことしてなかったのに、少しずつ皆と今までしてなかったことしてるように思っちゃう。まるで、居なくなる準備をしてるみたいで…」


シュンシュンとヤカンが狭い吹出口から熱い蒸気を吐き出し、遂にはピーッと甲高い音を上げる。俯きがちに火を止めたエマは、用意していた急須へお湯を注いで蓋を閉め、緑茶を蒸らしにかかった。温め終わりを告げたレンジからたい焼きを取り出し、湯呑と一緒にテーブルの中央へそれぞれ置いていく。早速手を伸ばして好物を堪能している兄に呆れた視線を向けつつ、彼女はポツリと零した。


「…最近、ウチと遊んでくれる回数も減ってる」

「へえ」

「……クロ、私のこと置いてかないよね?」


祖父に厳しく躾けられてきたマイキーは、もぐもぐとしっかり噛んでごくんと飲み下してから口を開く。馬鹿なこと言ってんなあと言わんばかりの表情だった。


「昔さあ、シンイチローが言ってたんだよね。"エマにはクロだけだ"って」

「え」

「でも俺、そん時クロにもエマだけだって思ったし、今でも思ってる。クロがお前のこと置いて居なくなるとか想像もできねえよ」

「ほんとにそう思う…?」

「うん」


急須から緑茶を注ぎ、熱々のそれを口に含む。基本お子様舌なので好物は甘いものや子供が好きそうなものばかりだが、甘ったるい口内を洗い流すのには緑茶が一番良い。祖父に付き合っていつも飲んでいたからか、マイキーが家で飲む物は大体緑茶等の渋いチョイスだった。


「だから心配すんなよ」

「っうん!ありがと、マイキー」


やっと妹に普段の明るい表情が戻り、湯呑に息を吹きかけるフリをして軽く息をつく。

―ひどい執着心だな、俺もお前も。それ、嫉妬って言うんだぜ

日頃共に過ごす中で、自分と妹が似ていると感じたことはあまりない。けれど、一度懐に入れたものは絶対に手放したくないという執着の強さはひどく似ていた。マイキーのそれは分かりやすいため、ドラケンや仲間は甘んじて受け入れてくれている。だが、エマはそういう気持ちをひた隠しにして抱え込むので、割と気付かれにくいのだ。

残酷な話だ。
エマは鉄のことを恋愛的に好きな訳ではないし、自分と鉄は友愛的に両思いだとしか思っていない。そしていつか鉄が自分の気持ちを清算して離れていくことなんて微塵も考えていないし、考えられないのだ。だって恋愛で拗れるような仲ではないと無意識に考えているから。性別が同じというだけで、友愛の壁を超えた目で見ることすら考えつかないその鈍さが、鉄を傷付けていることは間違いない。それでも彼女はエマを好きでいることをやめようとしない。

なんて不条理で、報われなくて、それでいて綺麗な愛なんだろう。無条件の愛情とは言うが、鉄がエマに向けるものこそそれに一番近い。羨ましいなと思った。赤の他人から無条件の愛情を与えられることはすごく難しいのに、それだけで異常なことなのに、エマは何も気が付かずそのベールを身に纏って笑っている。自分が求めたところで手に入らないそれを、当たり前に享受しているという事実を噛み締めるべきだろう。可愛い妹に気付きを与えるのも兄貴のツトメ!と、真一郎が笑う声がした。


「エマ」

「んー?何?」

「お茶おかわり」

「もう!それくらい自分で入れてよね!」






*






ドッ、ゴッ、と激しく雨が降りしきる中、鈍い音が辺りに響き渡る。公園には悪天候故か誰もおらず、型も何もない動きでぶら下がるタイヤを殴り続ける少年しか姿は見当たらなかった。


「ハァッ、クソ、コノヤロー!!」


バンッ、ともう一度強く拳でタイヤを打ち付ける。戻った先で見た現実を、未だ受け入れられない。どうしたらいいか分からない。辛い。苦しい!

―タケミっち…なんで東卍を出てったんだよ?
―一緒にいて欲しかった、兄貴のように叱って欲しかった

変わらないように見えた。彼が仲間を殺すだなんて嘘だって、思ったのに。

―アイツらはみんな…みんな、俺が殺した

武道はただ、マイキーに会いたかっただけだった。だから直人も巻き込んで飛行機に飛び乗ったのだ。自分を見つめる彼の瞳は優しくて、すごく安心した。だから受け入れられない、自分を殺せと募ることも、人殺しを肯定する物言いも、何もかもが。

手のひらの中で流れ落ちていく命、冷たさを増す体。満足そうに閉ざされた瞳に納得できないのに、何を言ってももう届かない。


「うわぁああっ、アアア!!!!!!」


殴る、殴る、殴る。
何をしたらいいのか分からないけど、何かをしなければいけない。このままではいけない。強くならなければ、強くならなければ!!


「くっそ、負けねぇぞ!!!」

「……相棒?」


ザリ、と背後に誰かが立つ気配がした。傘に雨粒が当たって弾ける音がして、続いて怪訝そうに何してんだよと声をかけられる。真冬の雨の中公園の入口に立ち竦んでいたのは、千冬だった。

ハアハアと荒い呼吸が肩を揺らし、熱い吐息が空気を白く染める。言葉少なに未来から返ってきたことや、東卍の皆がマイキーに殺されていたことを告げると、案の定千冬は酷く驚いた声を上げて手にしていたビニール傘を落とした。
武道はそんな反応すら見ず、すぐに背中を向けてまたタイヤを殴り始める。強くなるんだ、と呟く声にからかいの言葉を返す千冬だったが、武道の様子がおかしいことに気が付いた。雨に濡れているにも拘わらず、打たれ続けたであろうタイヤはその部分のみ黒く汚れている。庇われていた俺が情けねえ、そう言って武道がまた拳を前に突き出したその時、地面に赤黒い飛沫が飛び散った。


「お前…っ手ぇ血塗れじゃねえか!!もしかして一日中殴ってたのか?」

「…!!」


背後から掴まれた腕を振り払い、何度も何度も拳を振るう。やめろと静止されても殴るのをやめない。やめられない。たくさん考えたよと言い始めれば、悲鳴のような叫びは止められなかった。


「過去で何をすればいい未来が訪れるか!みんなが救えるか!!手掛かりがないか走り回ったよ!!
っ誰がヒナを殺したのか!!本当にマイキー君がみんなを殺したのか!!」

「っ
いい加減にしろタケミっち!!ちょっと頭冷やせよ!」


明らかに暴走している様を見て、千冬は武道の襟首を掴んで後ろにぶん投げる。抵抗する間もなく背中から倒れ込んだ武道は、雨の中ひたすら拳を振るい続けた反動で動くことすらままならない様子だ。そんなになるまで足掻き続ける相棒を見るのも苦しくて、千冬には黙ることしかできない。
少しの沈黙の後、ボロボロと溢れる涙で震える声で彼はこう言う。


「みんな(・・・)をどうやって救えばいいのか…手掛かりがなんもねぇ!!」


絶望的な状況を目の当たりにしてきたというのに、武道はまだみんなを助けたいと思っているのだ。とんでもないお人好しだ。馬鹿以外の何者でもない。自分には関係ないのだから放り出したって許されるのに、馬鹿なまんま一人苦しんで、抱えて泣いている。


「マイキー君、俺の手の中で死んだんだ…まだ、手にマイキー君の感覚が残ってるんだ
しんどいよぉ……」


千冬には、その感触に覚えがあった。手の中で冷えていく感覚、止まらない血。結果として彼の尊敬するその人は助かったが、もしあの時本当に命を落としてしまっていたらと思うと足が竦む思いだ。キツい未来だったんだな、と呟いて、横たわる武道の隣に座る。
それでも、千冬は悲観していなかった。武道がいるという事実が、彼は嬉しかったのだ。また未来の武道と会えたことを、素直に喜びの言葉に変えて贈る。二人は視線を交え、静かに雨に打たれるに任せた。

お前が立ち上がる限り、お前がいる限り、きっと大丈夫だよ。そう心の中で呟いた千冬は、徐々に弱まる雨に空を見上げる。そろそろ月が顔を覗かせそうな予感がしていた。






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