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二次創作/夢
結・序 ― 水火を辞せずU





時は移り、ハロウィン当日となった。後に血のハロウィンと呼ばれる抗争は、東京卍會と芭流霸羅がぶつかった、大規模なものであったという。

マイキーの意向を汲んだドラケンは、東卍が勝利した暁には場地圭介を返してもらうことを東卍の要求として宣言した。その言葉を面前で浴びた一虎は、一拍置いてから歪んだ笑みで煽り返す。仕切りの男の意識を一撃で刈り取ってからは、秩序も形式も何もない乱闘の始まりだった。
殴る、殴る、殴る。蹴り飛ばす、薙ぎ倒す、首を絞める。獣のようにがなり声を上げて、目の前に立ち塞がる全てを振り払い続ける。そんないつになく暴走する一虎は、周囲から見ると正気を失ったようにしか見えなかった。でもそれでいい、と一虎は内心ほくそ笑む。俺が注目を集めて、マイキーの元まで辿り着く。一虎は自身がマイキーに勝てるとは思わないが、マイキーが危ない状況にあると判断したら、いいとこ取りをしたいアイツ(・・・)が出てくるだろうと踏んでいる。それこそが一虎の狙いであり、場地の狙いでもあった。


「来いよマイキー!遊ぼうぜ!」

「一虎ァ…!」


静かな怒りを孕んだ瞳が、一虎を射抜く。今日ばかりは東卍に場地だけが求められても、マイキーに険しい表情で睨まれても、心は揺れなかった。自分が正しいと思った道を、自分の意志で、進むのだ。それこそ怖いことだけれど、不思議と清々しさが勝っている。

―うん、頑張れ、一虎!
―俺が居ンだろーが!!

大好きな人がいる。自分を好きだと言ってくれる人がいる。それだけで十分だった。

廃車が山のように積まれた不安定な足場へと誘導し、反撃らしい反撃をしてこないマイキーを芭流霸羅のメンバーと共に何度も殴打する。全力に見えるよう、一虎は腕の力を弱めることはしなかった。


「ふらついてんぞ、マイキー!いよいよ終わりか!? おい、トドメは俺がやる。邪魔だから退いてろ」

「…?」


何かを問いかけようとしている黒々とした瞳は、部下と共に襲い掛かればいいものを何故か下がらせた一虎を訝しんでいる。その反応が正解だよ、と一虎本人も内心苦笑した。それでもリスクを負わなければ成果は得られない。


「オ"ラッ!!どうした!?こんなもんか、無敵のマイキー!!」


バキ、ドゴン。よろめいて車のフロントガラスに寄り掛かる体勢になった所を、襟口を掴んで額同士をぶつける。周りからすれば、まるで調子の出ていないマイキーを一虎が追い詰めているように見えるだろう。


「(静かに聞け、場地は裏切ってねえ)」

「!!」


パッと離れて、また拳を顔目掛けて放つ。それを腕で受け止めたマイキーは、囁かれた言葉に目を見開いた。


「(場地の目的は稀咲だ。俺も協力してる)」

「(稀咲が出てくんのはマイキーが危ねえ時…つまり今だ)」

「(俺を信じなくていい。場地を信じて合わせろ)」


執拗に顔を狙うのは、拳を合わせた時に顔を近付けて話がしやすいからだ。それをマイキーも理解したのか、一虎の言葉に素直に耳を傾けた。マイキーの首が微かに縦に動いたのを見て、一虎は背後に転がっていた鉄パイプを掴んで振りかざす。ッガァン!!とけたたましい音が辺りに響いたことで、下で争い続ける男たちは上を見上げた。


「!! マイキーッ!!!!」


ドラケンは死神―半間修二を殴り飛ばしてから総長の名を呼ぶ。額からドクドクと血を流すマイキーは、一虎によって首元を掴まれていた。一虎の腕が掲げられることでその足は浮き、宙を掻いている。彼が手を離せば、小高い車の山から転げ落ちてただでは済まないだろう。絶体絶命という様相であった。
そこに、東卍にとって救いの手が差し伸べられる。


「やれ」


あまりにタイミングよく一虎の背後に現れたのは、参番隊隊長の稀咲鉄太と副隊長だった。副隊長は稀咲の命令を受けて大きな体をしならせ、鉄パイプを振り抜く。それは一虎の頭を的確に打ち抜き、その体は鞠のように跳ねながら車の上を落下していった。ゴロリと力なく横たわるその姿は、どう見ても再起不能と言えるだろう。


「東京卍會、参番隊隊長・稀咲鉄太!!総長は俺が守る!!」


不意をついたとはいえ、マイキーを追い詰めていた男を仕留められたことは東卍にとって大きい。中々総長の元へ近付けず焦れていたドラケンも、よくやった!と稀咲へ褒めの言葉を飛ばす。お前に任せた、とも言ったことで、新参者の稀咲の株は大きく上がったのである。マイキーは血を流したまま力なく膝をついており、動く様子は見受けられない。気絶しているのだろうと、誰もがそう思った。

一方役目を終えた一虎は、ガンガンと痛む頭と体を他所に一人笑う。ここまでは狙い通りに進んだ、と。後はどうにもこうにも運次第といった所だった。絶対稀咲の好きにはさせねえ、そう独り言ちて痛みに痙攣する足を叩く。まだまだ働け、動け、俺の体!そう叱咤して、注目が自分から外れている間に一虎はひっそりと車の陰に姿を消した。


「稀咲ィイイ!!待ってたぜ、この時をよォ!!!!」


バガン、と鈍く響く音と共に、黒い髪が宙で踊る。芭流霸羅の白い特攻服を風に揺らしながら現れたのは、東卍が奪還を目指す場地圭介その人だった。彼が握る鉄パイプには稀咲の血が付着しているが、眼鏡がクッションになったのか思った程のダメージは与えられていないようである。
やめろ場地、何してる!とドラケンや三ツ谷の叫び声が響くが、狙うは唯一人、稀咲鉄太その人である。不意を突かれていくらか下に落とされた彼は、長髪を一つ結びにしてスイッチを切り替えた。一虎が作った道は無駄にしない、そう誓って東卍の参番隊に飛び掛かる。背後で色々と可愛がってきた松野千冬とどうにも気にかかる花垣武道が何やら叫んでいるが、そんなものにかかずらっている暇はないのだ。


「場地さん!俺たちも協力します!狙いは稀咲でしょう!?」

「邪魔だ、どけ千冬ゥ!!邪魔すんなら容赦しねえぞ」

「場地君!目的は同じですよね!?そこまでして何で一人でやろうとするんですか!!」


武道が必死に言い募る中、場地は軽く笑った。何でと言われた所で、場地にはただの意地だとしか言えないから。
散々マイキーには迷惑をかけた。兄貴も殺してしまった。憧れの人だったのだ、真一郎君は。それを俺は、俺たちは間違えてしまった。一人でやろうと思ったが、一虎を一人にできない。俺たち地獄行きなんだろと笑った顔が頭から離れない。だから、二人だけでやるんだ。千冬も、タケミチも、ここで潰れていい奴じゃねえ。だから一緒にはやらねえ。

この身勝手な償いは俺たちのものだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)!


「そこをどけ!!」


場地が再度叫んだその時、カラカラと地を滑る乾いた音がした。金属と金属が擦れる耳障りな音だ。ドスンと肩にぶつかった頭を見て、場地は呟いた。


「どうだった」

「アタリだ。半間は稀咲と繋がってる」


カロン、と濁った鈴の音がする。武道がハッとして目をやると、ひしゃげたピアスを耳につけた一虎が鉄パイプを引きずりながら場地に寄り掛かっていた。二人の会話は周りの喧騒に掻き消されて、何を話しているかは全く分からない。それくらい小さな声だった。


「連絡が来た。お前が裏切り者だから、刺せってよ。ウケるよな」

「なんて返した?」

「裏切り者は二人だバーカって返した」

「最高だな」


ハハ、と二人は笑って鉄パイプを肩に担ぐ。行くぞオラァ!!と叫んで走り出した二つの背中を、武道は咄嗟に追うことは出来なかった。何がどうなっているのか、分からなくなってしまったのだ。それでも、稀咲が手柄を上げる形を少しでも崩すきっかけにはなるはず!そう考えて、呆然とする千冬の背中を叩きながら彼は駆け出した。より良い未来を掴み取らなければということよりも、目の前のことで精一杯だった。

(、あれ?なんか光って見えたような…)

怒涛の勢いで東卍メンバーを殴り倒していく二人を見上げながら走っていると、日を浴びて何かが光を放つ。それが何かまでは把握できず目を凝らそうとしたその時、場地がバランスを崩してその背中が後ろへふらついた。そこにチャンスだと廃材を手に飛び掛かる男の姿も同時に見えて、武道はあっと悲鳴を上げる。


「場地君!!」

「どけ場地!」

「っ、オイ一虎!俺は平気だ!」


ガギンっと金属同士が擦れ合う嫌な音の響きに目を見開いた場地は、目の前で自分を庇った一虎に思わず叫んだ。自分たちの内誰か一人でも稀咲を倒せれば、それでいいのだ。そう事前に話し合ったはずなのに、少し先を進んでいたはずの一虎は場地の為に戻ってきた。戻ってきてしまった。
獲物を捨てて殴り掛かってくる相手を蹴飛ばして、一虎は不器用に笑う。


「俺が平気じゃねえ。場地、一人じゃなくて俺らでやんだよ!!お前が言ったんだろ!!」

「…アア、悪かったよ!行けるか!?」

「モチ」


血でぬめる鉄パイプを握り直して、二人は人の山を作っていく。背中合わせで戦うのは随分と久しぶりなのに、体が覚えているのだろうか。お互いの好きなように戦っているようにしか見えないのに、何故か上手くハマって危ない所をカバーし合っていた。
あと三人、あと二人、あと一人!そうやってカウントしながら、場地と一虎は稀咲の前まで辿り着く。


「終わりだ、稀咲ィ」

「…」


絶体絶命と言える状況でも、何を考えているのか分からない表情で微動だにしない男と睨み合う。ここまで激しく暴れ回っていた二人分の荒い呼吸が沈黙の中で大きく響いていた。
ハア、ゼイ、と濁った音が一虎の喉から響く。稀咲の背後で膝をついていたマイキーは、微かに身動ぎして瞳だけをそちらへと動かす。その瞬間、一虎の口から夥しい血が吐き出されて胸元を汚した。


「グッ…ァ………ッ!! ハハ、」

「オイ一虎!?なんで血なんか…!!」

「…!?」


項垂れた姿勢のままで狭い視界だったが、マイキーは鮮血がビチャビチャと地面に落ちる様をしっかりと見た。何がどうなっているのか、理解の及ばない出来事が続いていてゆるく目を見開くことしかできない。
場地が突然東卍を抜けて、いつかのように一虎と背中を合わせて戦っていた。二人の間には確かな繋がりが感じられて、目が離せなかった。楽しそうで苦しそうだった。そして気が付けば二人は目の前に来ていて、一虎は多量の血を流している。何してんだよオマエ、そう唇から掠れた吐息が漏れるけれど、ざわめきがそれを掻き消していった。


「オイ…何がどうなってんだ!?」

「待て、一虎君の背中、何か刺さってねえか…?」


千冬と共に二人の後を追っていた武道は、焦る相棒を止めて震える声を出した。見間違いじゃないのか、と思った。本来であれば場地を一虎が刺す筈だ。それを止めるために場地と一虎の後を追っていたのだ。一虎君が刺される未来(・・・・・・・・・・)なんて、俺は知らない!
先程光ったように見えたのは一虎君の背中に刺さるナイフの柄だったんだ、と理解した瞬間、武道は恐ろしい気持ちになった。


「だっ…誰か!!救急車を呼んで!!一虎君が刺されてる!!!!」

「なっ…!?」


悲鳴のような叫び声が辺りに響くと、途端に同様が広がった。遠くに聞こえる三ツ谷の救急車を呼べという声には、隠し切れない動揺が滲んでいる。ドラケンもまた信じられない思いで一虎の方を注視していた。

血を吐き出しながら、よろめきながらも、一虎は倒れない。目の前の稀咲を倒さなければいけないという思いだけが残っていた。場地がいつになく焦った表情で己を止めようとしてくるが、残されたチャンスは今しかないと鉄パイプを振り被ろうとする。しかし思ったように腕が上がらず、持ち上げたそれは力なく車体を打つだけだった。


「もういい!一虎、俺がやる!止まれ…止まれよっ、これ以上はお前が死んじまう!!」

「…場地ィ、俺、嬉しかったんだよ」

「一虎」

「どうしようもねえクズ野郎だ、そんな俺でもお前たちは見捨てないでいてくれる…こんな嬉しいことがあるか?
クロが背中を押してくれたんだ、場地が俺に協力してくれって頼んでくれたんだ、っここでやらなきゃ、いつやるって言うんだよ!!!!」

「一虎ァ!!!」


アァア゛ア゛!!!!!
ボロボロでもう立っていることすら厳しいだろうに、一虎は鉄パイプを離し、場地を振り切り、拳を振り被る。そこで初めて焦りが生まれた稀咲だったが、一虎の拳には思った程の勢いが無かった。なんとか躱した稀咲は、至近距離に詰め寄っていた一虎の頭を咄嗟に肘で打つ。その衝撃でよろけた一虎は、今度こそ耐え切れなかった。

血が宙に舞う。一虎の体も、不安定な足場から離れて宙に舞った。


「一虎ア!!!」

「一虎君!!!」


その時ばかりは立場も何もかも忘れて、一虎を知る人は皆その名を呼んだ。
霞む視界には、太陽を背にした場地の姿が映る。自分の身も顧みず飛び込むお前は、ほんとカッコイイなあ。血塗れで笑った一虎を、場地はしっかりと抱き締めた。


「言ったろ、地獄まで一緒だ」

「うん、ありがとな」


ガゴン、ドッ、ゴロゴロッ。

何度も車にぶつかって、二人は地面まで転がり落ちていく。やっと勢いが止まったその時には、二人とも力なく地面に横たわっているばかりだった。じわじわと血が水溜りのように広がり、黒く酸化していく。

ガキの喧嘩の筈だ。ガキの喧嘩の筈だったのに!殺傷沙汰になるなんて誰が予想できただろう?怖気づいた男たちは争いの手を止め、じりりと後退する。もう誰もが二人から目を逸らすことが出来なかった。
どうしたらいい、何がどうなっている?誰が一虎を刺した?何もかもが分からないまま、誰も動かない。動けない。
ハッと震える息を吐いた千冬と武道は、場地と一虎の名を何度も叫びながら同時に駆け出す。死なせてはいけない、ただそれだけが頭の中にこびりついていた。


「…稀咲、ありがとな」

「! …はい」


呆然としていたマイキーは、己の前に立っていた稀咲にひと声かけて震える体を持ち上げる。稀咲はそれに少しだけ驚いた顔で返事をし、軽く頭を下げた。太腿の横に添えられた手はキツく握りしめられ、指先は白くなっている。
額から流れる血など気にも留めず、マイキーは車から車へ飛び移って下へ下へと急ぎ降りていった。泣きながら血を止めようとする千冬と武道は、近付いてくる気配に顔を上げる。


「タケミっち、千冬」

「マイキー君…!」

「ちょっとだけ二人と話させてくれ」


マイキーは二人に抱えられた一虎と場地の意識があることを確かめ、静かにそう言った。一刻を争う事態である上に、未来ではマイキーが一虎を殴り殺したということも手伝い、武道は一瞬躊躇う。だが、マイキーには殺意のようなものは見受けられない。静かに頷いて一虎と場地をゆっくりと地面に横たわらせ、二人は三人から距離を置いた。

誰もが異質な三人を見守っていた。
数分もした頃、マイキーはもういいよと腰を上げ、武道と千冬に任せたと告げる。慌てて二人が応急処置に戻れば、マイキーは彼らに背を向けて歩き出した。


「マイキー君!!…どうするつもりですか」

「…くだらねえ抗争、終わらしてくる!」


まだ嫌な未来を想像してしまう武道は、焦りの滲む声でマイキーに声を掛ける。首だけ振り向かせたマイキーは、いつもの通り気の抜けた顔で笑った。

その後まもなく、マイキーが半間をひと蹴りで打倒したことにより芭流霸羅は瓦解。"血のハロウィン"は負傷者多数、重症者二名を出して幕を閉じたのだった。

ぞろぞろと見物人が潮のように引いていく中、いの一番にコンテナから飛び降りて帰路についた兄弟は抗争のことを振り返る。ガキのお遊びと思っていたが、案外ずる賢い奴が混ざっていたようで見応えのあるショーだったなと笑った。


「はあ中々面白かったと思わねえ?」

「そう?あ、そうだ兄貴」

「ん、何」

「アイツに連絡してやんねえと。気にしてたろ、イザナにもナイショって言うくらいさ」

「そういえば忘れてたわ。竜胆、お前伝えといてやれよ」


―我らが"灰の悪魔"にさ。






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