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二次創作/夢
承 ― 足るを知る





瀬尾鉄(くろがね)は、佐野エマのことを恋愛的な意味で好いている。

それを知っているのは、今ではマイキーただ一人になってしまった。一番にそれを悟っていたのは、真一郎だったと思う。

二人の戯れを眺めていたマイキーは、時たま隙を見て鉄を連れ出しては己の仲間と引き合わせていた。多くを語らず表情の変化も鈍い彼女は、会う度に不思議と喧嘩が強くなっていく。出会った当時が小学生同士で力の差があまり無かった時期とはいえ、それでも体の動きには光るものがあった。まるで近くの誰かをお手本にしているようだったが、マイキーはその誰かにまで興味はなかった。彼が気に入ったのは、濃い藍の中に散らばる夕焼けの瞳と灰の髪を持つ鉄だからだ。

ある時、いつものようにエマの目を盗んで鉄を連れ出そうとすると、マイキーは真一郎に呼び止められた。その隙に鉄はスタコラとエマの元へと去ってしまい、彼は思わず兄を恨みがましく睨みつける。そんな弟の姿を見て、真一郎は程々にしとけよと苦笑いした。


「鉄はエマと一緒にいるのが一番好きなんだ。エマも鉄とは少し違うけど、鉄のこと大好きだろ?あまり連れ回してエマを寂しがらせるなよ」

「俺だってせっちんと遊びてえのに…エマだけずるくない?」

「万次郎、お前にはいっぱいダチいるだろ。でもエマには鉄だけなんだよ。今は二人だけにしといてやれ」


そう言われて、マイキーは何かがすとんと腑に落ちたような感じがした。エマには鉄だけ、鉄にもエマだけ。彼の中で、二人の関係が明確な言葉として落とし込められた瞬間だった。


「…仕方ねえから、今はエマに譲ってやる。エマが一番最初にせっちんのこと見つけたんだもんな」

「おっエライな万次郎!さすが俺の弟!」

「ちょっ、やめろよ!」


わははと笑いながらガシガシと頭を撫でてくる真一郎に、気恥ずかしくなりながらも避けることはしない。元々癖が強い髪の毛は、乱暴にかき回されたことであちらこちらへぴょんぴょんと跳ねていた。細い首に支えられた頭はぐわんぐわんと左右に揺れている。
一頻り撫でられた後、マイキーは気になっていたことを口にした。


「…あのさ、鉄って…エマのこと好きなの?」

「……そうだなあ」


お前意外と鋭いからな、気が付いちゃうよな。
そう言って自分が乱した弟の髪の毛を梳いて直しにかかる兄の顔は、どこか困ったような表情をしている。いくら撫で付けても跳ね回る髪に諦めがついたのか、パッと手を離して彼はこう続けた。


「なあ万次郎。それは鉄にとって大事な宝物なんだよ、誰にも触れられたくないくらい。お前だってあのタオルケット奪われたら怒るだろ?」

「まず奪われねえけど、そんなことする奴いたら間違いなくヤる」

「物騒だな! まあ、そういうことだ。これは誰にも言わないで、俺たちだけの秘密にしといてくれよ」

「うん、俺ヤサシーからな」


自分で言うことじゃねえよ!と笑う真一郎は、またしても弟の頭をぐしゃぐしゃにかき回す。手を離せばまるでマリモのようになってしまっていて、真一郎は思わず吹き出してしまった。それに怒るマイキーだったが、しょうがねえなあとフンと一息こぼす。これではどちらが兄か分からないというものである。
マイキーは、兄のことが大好きだった。だから二人だけの秘密という甘美な響きに心が踊った。そしてそれに加えて、せっちん―鉄のことも好きだった。鉄が誰にも言わないでいる内は、自分も秘密にしといてやろうと思ったのだ。そして二人だけの秘密という約束を、マイキーは真一郎が居なくなってしまった今も守り続けている。


あの頃よりも大分伸びた髪を風に遊ばせながら、マイキーは隣に立つ相方をじっと見つめた。二人の背中を見送っていたドラケンは横からの視線に気が付いて、怪訝そうな顔をする。


「…なんだよ?そんなにこっち見て」

「うん、教えてやんね!頑張って気付けよケンチン!」

「はあ?なんだそりゃ」


また突拍子もないことを言い始めたぞコイツ…と言わんばかりのその顔に、マイキーは思った通りの反応!と笑った。

マイキーは、相方が妹のことを考えて大きな気持ちを隠していることを知っている。そして妹が相方のことを恋愛的な意味で好いており、アプローチを掛けていることも知っている。そしてそんな妹の傍に居続けたのは、妹のことをずっと好きな鉄だった。鉄は世間体を気にするのか現状だけで満足なのか、エマに伝えることなく、そして誰にも悟られることなくその気持ちを抱え続けている。それと同時に、ドラケンのことを好きなエマを見守り続けている。
マイキーは鉄のことをすごい奴だと思った。見守るだけなんてことは、並大抵の覚悟ではできないと分かっていたからだ。いつか彼女がその想いを表に出した時には、ダチとしてお前かっけえよと言うと決めている。だけど、相方の顔を見るに秘密の約束はまだ続きそうだ。

―頑張って気付けよケンチン!一番のライバルはすぐ傍に居るんだからな!!






*






「クロっていつもそのチョーカー付けてるよね。お気に入り?」


新鮮なフルーツが飾り付けられたパフェを二人で片付けて紅茶で一息入れていると、エマは鉄の首元に輝く月をじいと見つめてそう言った。


「そうだね、外そうと思ったことはないかな」

「超お気に入りじゃん!可愛いよね、その月のモチーフ!」

「ありがと」


鉄の首をぐるりと一周する黒いナイロン地に、中央できらりと存在を主張する三日月。鎖骨の上で揺れるそれは幾らか年数を重ねた鈍い輝きを放っているが、それでも深みのある色合いでそこに鎮座している。エマの知る限り、鉄はそのチョーカーを服に合っていなくてもずっと身に着けていたし、外していたのはお泊りでシャワーを浴びた時くらいなものだ。


「それって誰かからのプレゼント?」

「プレゼント…うん、そうだね。くれた人と拾ってくれた人がいる」

「くれた人は分かるけど…拾ってくれた人?」


懐かしそうな顔で三日月をいじる鉄は、肩から落ちてきた髪をよけて頷く。


「くれたのは少しだけ育ててくれた人で、風俗の黒服やってた男の人。名前は分からない、ちゃんと教えてくれなかったから」

「…そっか」

「お互い名前で呼ぶことなかったしね」


鉄が施設育ちであることは、エマもよく知っていた。
お父さんもお母さんもニィも居ないの、どうして、と昔泣いていた時、私もそうだよと返してきたのが彼女だからだ。そこで二人身の上話をぽつりぽつりと交わし、お互いに身を寄せ合ったことを今でもよく覚えている。


「拾ってくれたのは…大事な人。これは元々ネックレスだったんだけど、取られそうになって…誰も手助けしてくれなかったのにバラバラになったのを拾って渡してくれたの」


エマはハッと息を呑んだ。
きゅうと手の平で柔くペンダントトップを抱きしめるその顔が、ひどく幸せそうに緩んでいたから。エマは、親友と言ってもいいほど大好きな鉄のそんな表情をあまり見たことがない。鉄は育ち故か感情の発露が鈍く、唯一大きな反応を示すのがエマと一緒にいる時だった。もちろん他の友人といる時だって笑うことはあるだろうが、親友の可愛い表情を一番知ってるのは自分だという自信がエマにはある。


「そっかあ!ねえ、もしかして好きなの!?」

「ううん、そういうのじゃないけど、大事な人」

「…いいね!いつか会ってみたいなあ、その人」


変になってないかな、いつも通り笑えてるかな。エマはドキドキと不自然に大きく響く鼓動を無視しながら、鉄と会話を続ける。
どうして、私が一番だったんじゃないの、そう幼い声が叫ぶ。縛り付けたい訳じゃないけど、でも、約束したじゃない。一緒にいてくれるって言ったじゃない。離れていかないよね?どんどん膨らむ不安と幼い独占欲に、息が苦しくなる。

それでも汚い部分を大好きな友達に見せたくなくて、エマは気が付かないふりをした。そんなエマをじっと見つめていた鉄は、そんな心情を知ってか知らずか柔らかく微笑む。

―会えるよ、私が二人を引き合わせてみせる。

瞳はエマを熱く見つめ、口元には喜色がにじむ。その表情は彼女の前だからこそ溢れるものだったのに、焦りに咽ぶ少女は気が付けないままだった。







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