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二次創作/夢
起 ― 揚州の夢






「もう!昔からの仲なんだから、心配しなくて大丈夫だってば!ドラケンだって何度も会ってるしなんなら私抜きで遊んでるじゃん」

「アイツの話じゃなくて、変なとこは行くなって話だよ」


玄関の方から妹と相方の声がする。マイキー―佐野万次郎は、学校をサボって買ってきたたい焼きを口に含みながらヒョイと顔を覗かせた。そこには思った通り、ドラケン―龍宮寺堅と妹のエマが向かい合わせで立っている。エマの服装はいつもより気合が入っており、髪の毛も編み込みがしてあるようだった。


「なんだよ、またお前ら喧嘩してんの?」

「おう、マイキー。悪いな騒がしくして」

「聞いてよマイキー!ドラケンったら酷いんだよ!折角デートの約束してるのに邪魔してくるんだもん」

「デート?」


デートなんて言葉がエマの口から出て来ようものなら、静かに周りを牽制しているドラケンが黙っている筈もない。それを知っていたマイキーは、相方の様子を見て思い当たる節があったのか、ああと一つ頷いた。


「せっちんだろ?エマがデートすんの」

「そ!前々から六本木に出来た人気のスイーツ店行こって話してたんだ

「だから、六本木じゃなきゃ駄目なのか?それ」

「日本初上陸だよ!?六本木にしかないし!」


そしてドラケンがそのデートを渋る訳も納得した。エマがその相手とデートすることが問題なのではなく、六本木に行くのが問題なのだ。六本木は灰谷兄弟の縄張りであり、今は落ち着いているとはいえ荒くれ者の数は多い。渋谷で知名度の高いマイキーの妹の顔がもし割れていれば、どうなることだろう。確かに心配にもなる。
だが、マイキーは別に問題ないんじゃね?と返すに留めた。おいマイキー、とドラケンがその発言を咎めるが、マイキーがそう言ったのにはちゃんと根拠がある。デートの相手がエマと二人で出掛けさせても問題が無い奴だからだ。


「ケンチンだってさぁ、分かってんだろ?せっちん弱くねえし」

「まあ…だけどよ、」

「ごめんもう準備終わってた?…って何大集合してんの?」

「! あっ、クロ!」


とそこへ、アルトソプラノの声が掛けられる。エマが喜色を浮かべて振り向いた先に、一人の少女が立っていた。
その少女こそが今話題に上がっていたせっちんであり、クロである。名前を瀬尾(くろがね)と言った。身長は一六〇を少し超したぐらいだろうか、平均身長より低いエマと並ぶと身長差が浮き彫りになっている。何故か佐野家の玄関に集まっている面々を眺め、鉄はなるほどねと漏らした。


「ドラケン、別に変なとこは通んないよ。電車使ってお店行って、人の多い明るいとこ通って帰ってくるから」

「おう、なら安心したわ。灰谷って奴らには気を付けろよ」

「はいはい。危ない目には合わないようにする」


ドラケンの心配事を一つずつ潰すように鉄が言えば、彼はやっと人心地ついたように笑う。その仕草はそれだけ彼女の言葉を信頼しているのと同義であるが、そんな様子を見て納得行かないのは先程まで足止めを食らっていたエマだ。ぷうと頬を膨らませて思わず抗議すると、何故かマイキーも参戦して同意の声を上げ始めた。


「ええ!?私があんなに言っても納得しなかったくせに!!ドラケンのカタブツ!!」

「そーだそーだ

「うるせえぞマイキー!
あのなあエマ、クロとお前だと前提が違うだろ。コイツ二つ名あんだぞ、絡まれた奴ら伸し過ぎて」

「それは知ってる!"灰の悪魔"だっけ?失礼しちゃうよね、こーんなカッコ可愛いウチの友達なのに」


どうにも話が脱線して己のこっ恥ずかしい二つ名にまで話題が及んでしまったので、鉄はパンと手を叩いてわあわあと騒ぐ彼らの注目を集める。


「エマ、予約した時間に遅れちゃうからそろそろ行かないとだよ。ドラケンとマイキーも心配ありがとね、何かあったら連絡するから」

「そうじゃん!早く行こっ」

「おー気をつけて行ってこいよー」

「いってら


手を振る二人に軽く振り返して背を向け、エマを伴い駅までの道を急ぐ。途中でエマが絡めてきた手を握り締めて、鉄はキュウと目を細めた。何かを堪えるような、幸せが溢れて無くならないように押さえつけるような、幼い表情だった。






*






エマとの出会いは、偶然では無かった。鉄自身が望んで引き起こしたものだった。
ある目的があって、彼女は佐野エマという一つ年下の女の子に接触したのである。その時点では、少女のことはなんとも思っていなかった。目的のための手段とすら思っていた。そんな冷えた考えで近付いた鉄だったが、思いがけないことが起こる。エマにひどく懐かれたのだ。

それもそのはず、エマは近隣にその名前を轟かせているマイキーの妹であったので、学校では遠巻きにされがちだった。その時はまだ東京卍會は結成されていなかったが、いくら彼ら東京卍會が信念を持って行動していたとしても、傍から見れば暴力に物を言わせている連中にしか見えない。しかもそのトップの妹なのだから、物好きしか近付こうとはしないだろう。この時はまだ小学生だったが、幼い子供の口の軽さは綿毛の如くなのだ。マイキーの武勇伝は幼い頃から周囲に知れ渡っていた。つまり、エマの交友関係は言わずもがなである。

そんなこんなで、エマは割と高頻度で現れる年上の少女にひどく懐いた。家に誘ってお人形遊びもしたし、お絵描きもしたし、公園で一緒にブランコも漕いだ。面白いくらいニコリともしないけれど、文句一つ言わずに一緒に居て頭を撫でてくれる。そんな存在は何にも代え難いものだった。だからこそ嬉しくて、宝物を見せびらかすように兄の真一郎やマイキーに自慢した。大切で大好きなお友達だよ、と。真一郎はあれっと驚いたような顔をしていたけれど、鉄にありがとうなと言って頭を撫でていた。


「知り合いだったの?」

「直接話したことはあまり。少しだけ見たことある感じかな」

「ふうん。でも一番の仲良しは私なんだからね!」

「はいはい」


そんなやり取りを真一郎とエマがしている横で、鉄は何故かマイキーと軽く手合わせをしていた。お互いに何かを感じ取ったらしく、本来なら付けるべき防具を身に付けず、楽しそうに道場を駆け回っている。そんな鉄のいつになく充実したように見える横顔に、エマは嫉妬した。ただでさえ入れない「男の世界」に、大好きなお友達が連れ込まれてしまうと思ったからだ。


「ダメーッ!!マイキーにはクロのことあげないんだから!!」

「えでも俺せっちんのこと気に入っちゃった」

「せっちん…?私のこと?」

「そ!いいだろ?せっちん

「まあ、好きに呼んで」


きょとりと少し目を丸めた鉄は、マイキーに呼ばれたあだ名を口の中で転がす。悪い響きではないから、そのまま呼んでもらっても構わないかなと了承の意を込めて頷いた。すると、エマがむーっと頬をぱんぱんにして腰元に腕を回してくる。
自慢するためにクロを紹介してあげたのに…とぎゅうぎゅう抱きついてくる小さな肩に、咄嗟に浮かせた手を恐る恐る乗せる。よしよしと背中を撫でていると、エマの丸い瞳に顔を覗き込まれた。


「ねえ、クロは一緒にいてくれるよね」

「…うん。エマが一番だよ」

「! えへへ、約束!」


傍から見れば穏やかなやり取りに見えるのだろう。真一郎は微笑ましそうに、マイキーはつまらなさそうにこちらを眺めている。それでも、鉄の内心はひやりとしたもので満たされていた。一番は他に居るのに、まるで本当のようにするりと言葉が落ちてきてしまったから。大変な裏切りだ、と自己嫌悪に陥るが、鉄は待てよと思い直した。彼は自分に「何も求めない」し、「必要でもない」。

―それなら、もしかして、目的を果たせば、役に立ちさえすれば、私はこの子を大事に思っても良いのかもしれない。

それが世界の真理のように思えて、ひとたび沈んだ心はぷかりと浮かんで息継ぎをする。躊躇いが残っていた手に力を入れて、鉄はエマをぎゅうと抱きしめ返した。きゃあと幼い笑い声がする。

始まりは、そんな小さなものだった。







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