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二次創作/夢
序 ― 夢幻泡影






どん、と肩を押される。自分に負けず劣らずの小さな体なのにとても力が強くて、耐え切れずに尻もちをついた。


「こっち来んな、気持ち悪い!!お前、何がしたいんだ!!!」

「…」


咄嗟に地面についた手の平は、少し擦り切れてしまったのかじくじくと熱を主張し始めている。顔に掛かった髪の毛もそのままに、目の前の少年を見上げた。興奮からかその肩は激しく上下し、何もかもを遠ざけたいとギラつく瞳は、それでいてどこか寂しさを孕んでいる。


「たった一度だ」

「…うん」

「たった一度、気紛れで情けを掛けてやっただけだ。それなのに、お前は俺が全てと言わんばかりに…」


それは間違いでは無かった。まるで少年が癇癪を起こして少女を突き飛ばしたかのように見える現状だが、実際は彼の言う通りだった。
本当に気紛れだったのだろう。少女が唯一持っていた、幼い体に似合わないきらめく三日月形のネックレス。細い首から掛けられていたそれは余りにも長く、胸元どころかへその当たりにペンダントトップが来ていた。与えられた服の隙間から覗くその輝きは、成熟しきっていない子供たちの注目の的になることは必須である。

ねえそれなあに、だれの、なんでもってるの、ねえねえねえねえ――それ欲しい!ちょうだい!ずるい!

人一倍細くて頼りない手足の少女は、ひとたび囲まれてしまえば為す術もない。みじめに地を転がるダンゴムシのようになりながら必死にネックレスを取られまいとする姿は、決して見ていて気持ちの良いものではなかっただろう。それを静かに眺めていた少年の目には、どう映ったのだろう?
何を思ったのか、少年は少女に手を差し伸べた。少女の両腕を引く形で立ち上がらせ、踏まれ蹴られて傷だらけの手の平に、落ちていた細切れのチェーンと小さく輝く月を乗せたのである。

声は掛けずに少年はその場を立ち去った。慰めることも、汚れを払ってやることも、傷の手当をすることもしなかった。しかしその日から、少女は少年の傍に静かについて回るようになったのである。


「…………こんなに、酷いことたくさん言ってるのに、なんで…!」


勿論彼はひどく嫌がった。
元々一匹狼でやってきた所に、うるさくはしないが目につく小動物が近寄ってきたのだ。一人で生きていかなければいけないと幼いながらに悟っていた少年は、一人にさせてくれない少女をひどく罵った。それでも離れて行かない。今度は拳で脅した。それでも離れて行かない。だから突き飛ばした。少しだけ鉄のにおいがした。怪我させてやった、これで、やっと、


「何もいらないから、そばにいたい」


だめ?
そう言って見上げてくる瞳は、薄暮(はくぼ)の色をしていた。垂れ込める夜の気配に散らばる、夕日の輝きを灯した宝石のようだった。怖い、訳が分からない、理解できない、そんな感情が寄せては返す脳内で、泣き声が響く。置いてきてしまった、いつか迎えに行くと約束をした妹の声だ。

―ニィ、置いていかないで!一緒にいて!


「、…」


少年がポツリと小さく呟く。それは人の名前のようだったが、少女には誰だか分からなかった。それでも、少年にとっては自分を繋ぎ留める鎹のような存在であることは、その表情から理解できた。どうしてその人の名前、こっちを見て言うんだろう。そう思ったけれど、少女は少年の次の言葉を待つ。暫くして揺らぎの残る音で落とされたそれは、少女にとって願ってもないことだった。


「俺はお前に何も求めない。お前は俺にとって必要でもなんでもない。
…それでも傍に居たいなら、精々役に立て」

「うん」


少女は許しを得たと喜んだ。紛れもない福音だと思った。これから生きていくのに不安になることはないと思った。だって自分には、存在を許してくれる(傍に居させてくれる)人がいるのだから!

その日から、白銀の髪を揺らす少年の隣に年が三つほど離れた少女が立つようになる。
その子は黒と白が混ざってくすんだような灰色の髪を伸ばしっぱなしにしていて、大人からは灰かぶりのようだと言われたそうだ。それを耳にした少年は、少女を灰と呼ぶようになる。初めてその名で呼ばれた少女は、それが当たり前のように返事をして笑った。口端が変に歪んで、不格好な笑みだった。








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