歪みの国のアリス/パロ
想起される道のり
生まれた子供は祖父から名前をつけられた。
未熟児だったから強く育つようにと、子供の父に似た昔の人間の名前を。
子供は育った。
その内に、いつからか身体が現す性別が無視され始めた。
口調もふるまいも好みも、身体とは逆であった。
両親は心配して子供を連れていった。

『性同一性障害、ですね』

病院で告げられた。
子供は意味が分からない、自分の性別は正しくは逆なのだと言われても理解できない。
両親は嘆いた。


『ツナがそう思うなら、きっとそれが正しいんだよ。自分を信じないとな』


子供が壊れてしまわないように両親は子供に諭した。
もしくは自分達を言い聞かせていたんだろう。
それでも、その言葉は子供にとって救いだった。


「アリスはアリスだから、な」


幼少の頃に発見された障害だから、成長と共に改善される可能性がある。
そう無責任に告げた医者の言葉を信じた両親。
他の子供とよく遊ばせながら家庭でもできるかぎり子供に構った。

その時、この世界と住人が生まれた。
親子のやりとりで生み出された画用紙の中の物語。
毎日少しずつ少しずつ色が足されていった。


『父さん!母さんっ!』


しばらくして、突如家が燃えた。
両親が気付いた時にはもう煙を吸いすぎていて、動けなかった。
子供は助けを呼ぼうと家を出たけれど―――すぐに家が焼け崩れた。


「ラル」
「………どうしたコロネロ」
「アリスは、大丈夫か?」
「………………どうだろうな」


残された子供。
身寄りは祖父だけだった。
感情と身体が統合する寸前まで障害は改善されていた、その頃に起きた事故。
子供は引き取られて祖父と従兄との生活を始めた。
障害は改善されなければ元にも戻らない、不安定な時期を過ごす。

やがて祖父も死んだ。


「アリスは無意識に真実を求めて再びこの世界へやってきたんだ。受け入れる覚悟はある筈だ」
「…………ここに居れば苦しまずに済んだのに。だから首になればよかったんだぜコラ」
「いや。アリスは苦しくても逃げようとしなかった」


従兄は子供を理解しなかった。

『女のくせに』

言葉は最大の凶器だった。
不安定な精神状態にあった子供は自分が男であると感じているのに、身体は従兄の言う通り女であるという事実を受け入れられなかった。
確かに生まれながらの性別は女。
しかし障害は子供の認知する性別を男だとした。
子供は混乱した。
従兄の侮蔑する言葉が分からないからだろう。

その時に世界の扉は開かれた。
そこに居る住人達は決して子供を傷付けない。
子供は我らのアリスだから。
ただ受け入れるだけ。


「アリスはアリス。シロウサギはシロウサギ、猫は猫。たったそれだけの言葉が幼いアリスを救った」
「……………昔はアリスも笑ってた」
「楽だからな。ただ逃げる事は」


やがて世界は閉じられた。
唯一の拠り所だったのだが。
従兄がついに子供を虐待したのが原因で。
ひどく怯えた子供は記憶を消した。

そして今、子供が居た外の世界で何があったかは分からないが。
もう真実をぼやかして生きるのは、嫌だと。
そう願った子供。
二度目に開いた世界は子供を―――迷えるアリスを真実へ導く。


「あとは猫の仕事だ」


森の端で赤い空を見上げる。
城から出てきた主と共に。
他の場所でも皆空を見上げているだろう。
濁った空が裂けはしないか、アリスを心配しているのだ。

男でも女でも。
どちらでも、アリスはアリスただ一人。
子供は我らのアリスだと思うのだが。






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あきゅろす。
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