幼馴染奇談C

段々とバジルに湧いてきた親近感に後押しされたからだろうか。

戦後から胸にわだかまってきたくすぶりが、自然とスノウの口からこぼれ出てきた。


「――時々、考える事があるんだ。もっと僕が上手く立ち回る事が出来たら。・・・例えばジェドだったらどうしてたんだろうって・・・。ラズリルは・・・」

「あー。考えるだけ無駄だって」

皆まで聞かず、バジルはスノウの言葉をバッサリと叩き斬った。

「と言うより、比べるだけ無意味だからやめときなって。小さい頃から、もう手八丁の化け物だよ?アレ。もう別格だってーの」





「そうか・・・。そんな頃から、ジェドは・・・」

スノウは、かじりかけのリンゴをぎゅ、と握りしめた。


――思えば、バジルだけではない。

かつてのグレン元団長も、カタリナ副団長――現団長も、彼女を指導していたコンラッドも、そして騎士団の先輩や、同期の仲間達も――。

スノウが目をそらしていた現実の中で、実力者達は、皆ジェドを高く評価していたのだ。


「僕だけが、気付かなかった・・・。気付こうとしてなかったんだね・・・」










スノウがうつむいていた顔を上げると、バジルが不機嫌そうに顔をしかめていた。

予想外の迫力に、スノウの腰が引ける。

「え・・・どうかしたのかい?」

「・・・・・・ソレ、本気で言ってんの?」

「え、え?な、何か気に障る事でも・・・」

「・・・・・・気に障るって言うかさー。ジェドが気付かせるようなヘマ、したと思う?てーか、ジェドの置かれた状況で、気付かせるような事、出来たとか思ってる?」

じろり、とバジルは厳しい目でスノウを睨む。

「俺も、ちーっと聞いただけだけどー。ジェドが『フィンガーフートの剣となって生きろ。スノウの盾となって死ね』って言われてたのって、聞いてる?」

「・・・うん。仲間になった時・・・オベルの巨大艦に乗り込んだ時に聞いたよ・・・」

スノウは戸惑いながらも頷いた。

「それには続きがあったらしくてさ。『護衛対象にそうと気付かせるな。対象の50歩先を読み、気付く間もなく障害を排除せよ』とか無茶な事要求されてたんだってー」

新たに開かされた真実に、スノウは声もない。

「そんなのあっさりクリアする辺りがもう化け物にしか見えなかったし。まぁ、それ自体はいいとして」

全然よくなさそうに、バジルは唇を尖らせた。

「それが、ジェドの仕事だった。子供とか関係ないよ。そーしなきゃ生きていけない状況で、プロとして仕事をこなしていたわけですよ」

――もし、気付かせちゃったら、ジェドはどうなってたと思ってんの?

バジルの突き放した、冷たい声音がスノウの耳朶を叩く。

「報酬と引き換えに技術を提供して生き延びる。その職種に上下なんてないわけ。あるのはプロフェッショナルとアマチュアの違いだけ。それだって真剣さには違いはねぇっての。――プロの仕事って奴、舐めてんの?」

荒々しく、リンゴを噛み砕く音だけが路地裏に響く。

「今、昔に戻った所で、『スノウ・フィンガーフート』に出来る事なんて何もない。気付かないのが一番良かったって事だよ。あんたの為にも、ジェドの為にも。『皆の幸せ』って奴の為にもさ」

「・・・・・・うん。ごめん」

「わかりゃーいーの。・・・あー、柄にもない説教しちまったい。金取りたいくらいだねー」

終わりの合図のように大きな声を出すバジル。

毒気が抜けた様子でこきこき肩を動かし、体をほぐす。

そして、すっかり元の飄々した口調で、悄然となっているスノウに話しかけた。

「と言うかさー。さっきから聞いてたら、ぐちぐちぐだぐだ、うるさいし暗いよ。そんなにジェドの事聞きたくてモダモダするなら、本人捕まえて聞いた方が早くない?と言うか、俺には関係ないよね、この話題?」

「・・・どこにいるのかがわからなきゃ、話しようがないよ・・・」

「あれ?オベルにいるとか言ってなかった?」

「キリル君が訪ねた時は、無人島にいたってさ・・・」

「は〜。まー、あいつの事だから、どこにいよーが上手く立ち回ってんだろーねー」


驚いた様子もなく、バジルは平然と話を続ける。

そこには、ジェドがどんな状況だとしても何とかしているだろう、という、無造作な信頼が感じられた。

――若干、無関心が混じっているのが気になる所ではあったが。

「・・・・・・何となく、わかったから、もういいよ。今日はどうもありがとう」


――『ビミョー』などとは、とんでもない。

彼のような友達がフィンガーフート家の外にいたからこそ、ジェドはジェドでいられたのだろう。

それが理解出来たのが、スノウにとっては一番の収穫であり、報酬とも言えた。


「?そう?何かよくわかんないけど、よかったねー?」





自分の答えがもたらしたものに意識も理解も関心もなさそうな様子で、バジルはひらひらと手を振って、適当に応えた。

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