必然の悪夢B
今までとは明らかに違う、微かに震えた声に、アルドはテッドの方を見た。
「――・・・俺が行く先々で、次から次に人が死んでいく。それだけが、俺が接してきた確かな現実なんだよ。何年も、何十年も、気が狂う事も出来ずに」
その琥珀色の眼差しに浮かぶのは、絶望と、それを再現する事に対する恐怖だ。
「俺がいる事で、あいつらが・・・あいつが死んでしまうなんて、考えるだけでもまっぴらだ。――でも、このままじゃそれは現実のものとなる」
祈りにも似た懇願の眼差しが、アルドの姿を映し出す。
「それはお前も同じ事だ。わかっただろう!?頼むから、一生のお願いだから、もう俺には関わるな!!」
悲鳴じみたテッドの叫び声に、部屋がしん、と静まり返る。
その痛々しさを伴った沈黙を、アルドの穏やかな声が遮った。
「・・・・・・テッド君って、優しいんだね」
その言葉に、酒瓶に伸ばしかけたテッドの指が止まる。
「おま・・・っ!一体何を聞いて・・・!?」
「周りの人を巻き込んだりしたくないから、一人で頑張るって事でしょ?――でもね、テッド君。人は死ぬよ?真の紋章が関わってなくても」
絶句するテッドをよそに、アルドは語り続ける。
「短い間だったけど、僕が暮らしてた森の中でも、色んな事があった。いつも餌を食べにきた小鳥が、獣の餌になってたり、その獣はモンスターの餌食になってた。そんな争いが日々起きてても、森の中は何も変わらなかった。全ての命には、生きる事も死ぬ事も同じように大切な意味があったから」
アルドの静かな言葉が、沈黙の中に染み通っていく。
「勝手な事言ってごめん。でも僕には、その紋章にも大切な意味があると思うんだ」
「・・・意味・・・だと・・・!?この呪いに一体何が・・・!!」
「じゃあ、どうしてテッド君は、この話を僕にする時に『相談』なんて言葉を使ったの?それって、テッド君がまだ何も諦めていないからだよね?」
「うるさいっ!!お前に何が・・・!!」
思わず酒瓶をテーブルに叩きつけて、立ち上がったテッドの体が唐突に傾いだ。
慌てて支えたアルドの腕の中で、テッドは酒臭い吐息をつきながら、安らかに眠っていた。
床に転がった酒瓶、およそ10数本。
しかも悪酔いするような安酒を空腹時に流し込めば、いかに酒が強くてもこうなるのは時間の問題だろう。
「・・・だから飲み過ぎだって言ったのに…」
心配そうにため息をつき、アルドはテッドの体を支えてすぐ側のベッドに横たえた。
布団をかけて、体調がおかしくないか、ざっと顔色を伺う。
このままでは夕食も危ういだろうから、何か消化のいい物を持ってきた方がいいかもしれない。
――お節介だろうと云う事は、わかっている。
だがそれでも、傷ついた獣のような彼を、そのままにしておきたくない。
「・・・だって、独りきりは寂しいよ?テッド君も、本当はわかってるよね?」
彼の眠りを妨げないように、アルドはそっと呟いた。
床の酒瓶を出来る限り片付け、可能な限り足音を消して、アルドは外へ退室する。
だから、眠ったままの少年の頬に流れていった一筋の雫には誰も気付く事はなかった。
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