罰の絆C

「ああ、話がそれたわね。それで?」

「完全に確信を得たのは、ラズリル解放後・・・。幼少当時、俺と同様、フィンガーフートに仕えていた先輩夫婦に再会してからだ。彼らはもう引退して久しいから、実名は出せないが・・・」

それでもいいか、と視線で問うと、フレアからは了承の意が返ってきた。

「彼らが言うには、ラズリルが陥落し、ガイエン、ひいてはフィンガーフート家の威光が陰ったからかそ、掴めた情報らしいんだが・・・」

そう前置きし、ジェドは改めて口を開く。

「――俺の本当の名前は、『ジャスレイド・エン・クルデス』。漂流した時服にあった縫い取りから、当時のフィンガーフートの大旦那も、俺の身元がわかったらしい。ジェド、という名前も、そこから付けられたようだ」

「どうして、オベルの方に届け出がなかったの?遠いとはいえ、船で伝えられない距離じゃないわ。海賊による治安の悪化もあったでしょうけど、それにしたって・・・・・・!!」

悔しげに顔を歪めるフレアに、「これは俺の先輩の推論込みなんだが・・・」とジェドにしては控えめに口を挟む。

「先物買い、のような感覚だったんじゃないか、との事だ」

「・・・・・・どういう事?」

「・・・・・・俺は物心つく頃には『フィンガーフートの道具として生きろ。スノウの盾になって死ね』と言って育てられてきたし、実際そのつもりだった。感情も、いらないものとして遮断してきた」

「・・・ええ」

返すフレアの相槌は、どこか苦々しい。

「だがその分、勉学も『スノウ坊ちゃまの幼なじみで側仕え』と言うことで、平等に学ぶ環境は与えられたし、小間使い仕事で体力と従順さ、礼儀作法も身についた。そして暗殺の仕事では、頼れる先輩の元で、体術や武術、裏の世界の事も色々身についた。――・・・どれも、ただの『捨て駒にする道具』に与えるには分不相応過ぎる、との事だ」

――ジェド自身、そこまで深く考えた事はなかった。

ただ、年齢を重ねるにつれ、自分と同い年でなおかつ同じ孤児、という境遇のバジルとの差異に、歪な違和感を感じただけ。

そして、その違和感を表に出す自由も自我も、許されてはいなかった。

「与えば与える程、フィンガーフート家はあなたの資質に気付いた、という事かしら」

「いや、その辺りの采配は、今は亡きフィンガーフート家の大旦那・・・話に出ているスノウの祖父が全て取り仕切っていたから、何とも」





「先輩の推測では・・・オベルに恩を売り、ひいてはその影響力をオベルにまで伸ばすのが目的だったんじゃないか、と言っていた」

カラカラに乾いた喉を潤すように、フレアは意識的に唇を舐め、唾を飲み込む。

「・・・・・・数年前に行方不明になっていた王子の帰還・・・。国民は歓喜し、ラズリルひいてはガイエンに感謝するでしょうね。『どうして遅くなったのか』という不審点も、王子の記憶の不確かさや、調査に時間がかかった、と言えば喜びの熱狂の中、たいした問題にもされなければ、いずれ忘れ去られていく・・・」

「その王子には、フィンガーフートへの忠誠心を骨の髄まで叩き込んでおけば、国民感情も手伝って、オベルへの介入は容易なものになる。――当の王子が窓口になるなら、それも当然だろうな。とどめに、後のフィンガーフート家を継ぐ、スノウと幼なじみとなれば、行き来が頻繁になろうとも、対外的におかしい所は何もない」

ぞっと全身に湧き上がる悪寒に、フレアは自らの腕を爪を立てて抱きしめた。

「・・・よくもまぁ助かったばかりの幼児を前に、そこまで考えられたものね。その計画が完全に実行されていたら、オベルは・・・・・・!!」

「まぁ、その計画も、当の大旦那の急死によってお流れになったから、大丈夫だ。さっきも言ったように、フィンガーフートの威光は地に落ちたし、後を継いだフィンガーフート伯は・・・正直、父に似ていない凡庸な小人物だ。彼らの計画は、一部の人間にしか知らされていなかったから、フィンガーフート伯やスノウもこの事は知らない」

「――・・・そう・・・」

いつの間にか重苦しくなった空気を茶化すように、ジェドは明るく口を開いた。

「そして、決定的になったのが、オベル奪還時。敵の軍艦を乗っ取ったフレアの姿が見えた時・・・無茶の度合いに心から共感できて、血が繋がっている事を実感できた」

「・・・あなたにだけは、無茶とか言われたくないんだけど?」

「同じ穴の狢と言うことで、ここは一つ。――あと、フレアの立ち姿に、夢の中の女性の姿が重なって見えた。・・・後ろ姿だけだっていうのにな。フレアの髪は、母親譲りなんだな?」

「そうね。中身は、お父さんそっくりだってよく言われるけど」

小さく苦笑するフレアに、ジェドも目を和ませ笑いかけた。

やおら、笑いを収めたフレアの視線が厳しいものに変わる。

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