罰の絆@
――オベル奪回が叶った、その夜の事。
特別に面会を許可してくれた警備の女性達にお礼をした後、フレアは罰の紋章を使った反動で寝込んでいる、軍主の部屋へと足を踏み入れた。
鑑定後すぐ売りにかけられる為か、中に絵画や骨董品が飾られている様子もない。
何故か壁の一角を招き猫がでかでかと鎮座ましましている事と、本棚が少々大振りである事を除けば、他の船室と何ら変わった所はない。
――持ち主が眠ったままの生気を失ったかのような部屋を、フレアはなるべく足音を立てないように歩く。
念の為持参しておいた花瓶に花を生けた後、フレアは椅子に座り、未だ昏々と眠った様子のジェドの姿を眺める。
数ヶ月ぶりの彼の顔は、漂流直後には及ばないものの少しやつれて見えたが、それがかえって精悍さを感じさせ、長い旅の苦労とそれに伴った成長をフレアに確かに感じさせた。
「・・・オベルを助けてくれてありがとう、軍主ジェド殿。そして・・・ごめんなさいね。それなのに、オベルは・・・罰の紋章は、あなたを苦しめ、負担を強いている。・・・・・・お姉ちゃん悲しいわ」
決して誰にも言ってはいけないはずの、誰もが知らないはずの事実。
緊張が緩んだフレアの独白の返答は、意外な所から来た。
「誰のせいでもないから、気にしないでくれ。・・・姉さん」
その言葉に、フレアの動作が完全に固まる。
フレアの耳が確かならば、それは間違いなく青年の声のはずで・・・。
果たして、フレアが恐る恐る視線を移した先で、ジェドの海色をした紺碧の瞳が、しっかりとフレアの方を見ていた。
「な、え、えぇっ!?ジ、ジェド!あなた、気付いてたの!?」
これ以上無いくらいに狼狽するフレアを面白そうに眺めつつ、ジェドは思ったより軽快に身を起こす。
「それは、どっちの意味で取ればいい?」
にやにやした口調で告げると、フレアは羞恥と怒りに頬を赤く染めたまま、ジェドの方を睨んだ。
「・・・まずは基本の意味よ。あなた、身体の方はもう大丈夫なの?」
悔しげにこちらを睨みつけながらも要件を忘れず正直に告げてくる辺りがフレアの特性だろう。
これがアグネスなら話題が横に反れて喧嘩になり、並みの娘なら、恥ずかしさの余り部屋から立ち去りかねない。
実はダメージが回復しきれていない身としては、追いかけたり舌戦に使う体力がこっそりもったいないジェドである。
その意味でも、ここにいるのがフレアで幸いだった。
「起きて喋るのは何とか。紋章で倒れるのも、そろそろ慣れた」
「・・・そんなものに慣れないでよ」
呆れ顔で脱力するフレアに、ジェドは説明口調で話を続ける。
「いや、倒れた先に危険物がないかとか、変な所で頭打たないかとか、倒れ方にも色々とコツがあって・・・」
「そんなコツはいいから。それで、いつ目が覚めたの?」
「・・・ああ、最初からそう言ってくれればよかったのに」
ばっさりと話の腰を折られても、ジェドに不快な様子はなく、ただ淡々と話を進めていく。
「フレアが部屋に入ってきた時から、人の気配には気付いていた。花の香りも害意はない事はわかったし、後は・・・。・・・ああいう事を言われれば、反論の1つも言いたくなる」
平然としたジェドの言葉につられて冷静さを取り戻してきたのか、フレアは眉をしかめつつも、どっかりと座り直す。
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