短編
2010年神楽誕生日
沖神
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2010年神楽誕生日
誕生日を迎えた。
布団の中でピン子の色紙を眺めながら。
わたしはこれまでの誕生日を思い浮かべてみる。
家族4人で暮らしていた時にわたしの誕生日をお祝いしてもらった記憶は実はない。ろうそくに火が灯ってケーキだけがぼんやりと明るい、真っ暗な部屋の中にある顔はいつもマミーと憎い兄貴だ。
幼いわたしは嬉しそうにケーキを消す。
わたしの嬉しそうな顔は記憶にはもちろん写らないが、その当時の感情は色濃く根付いている。
誕生日の記憶が鮮明になるにつれて、お祝いしてくれる笑顔は1つになり、嬉しさと寂しさを両方思い出す。
食べられるケーキの量が増えたって、そんなの嬉しくない。
今年の誕生日は、銀ちゃんと新八には11月3日が誕生日だと言うことを言っていないから、きっといつもの日常の中で歳をとるのだろう。
別にそれでよかった。
片想いのアイツと過ごすことができないのなら。
真撰組の1番隊隊長のアイツは今は遠征で江戸にいないそうだ。
……誰から聞いたんだっけ。
片想いのわたしには、今日が誕生日だなんて本人には言える勇気なんてないし、どちらにせよアイツに祝ってもらうなんて大層なことは無理だ。
1人さみしく歳を増やす。
たまにはいいんじゃナイノ?
「おーい神楽ちゃん。朝だよー。」
押し入れの扉が独りでに開く。
気づいたら朝だった。
新八がもう万事屋に来ていていつも通り掃除を始める。
急に差し込んできた光りに目を細めながら時計を見ると、
短い針は2を指していた。
……ん?
目の錯覚だろうか。
「ほら神楽ちゃん。もう2時だから、早く起きてよ。」
「新八、今ホントに2時アルか?なんでこんな時間に」
「来てみればわかるよ。」
押し入れから出ようとしていると、部屋の襖を開けながら新八が手招きをする。
いつも通りの景色。
テレビにはいつも通りに結野アナが写っており、いつも通りの銀ちゃんと新八。
だけど1つだけ違う。
机にはろうそくに火がともったケーキが。
その周りには豪勢とは言えないけれど、たくさんの料理が。
「な……んで……。」
ソファに座っていた銀ちゃんが手紙と共に立ちすくんでいるわたしの前に立つ。
「神楽ぁ。てめーなんで誕生日を俺達に言わなかったんだよ。てめーのとうちゃんがわざわざ連絡くれたんだぜ?ほら、手紙も。」
銀ちゃんは手紙をわたしにポンと渡す。
「パピーが。」
鼻がツンとした。
「ケーキね。銀さんが朝から作ったんだよ。神楽に知られないようにって神楽ちゃんが寝ている時にコソコソと。」
「コソコソとはなんだ。まぁプレゼントがやれねーから、これぐらいはな。」
2人はやんわりと笑う。
嬉しくって嬉しくって涙を必死にこらえて。
それでもありがとうって言ったらこらえられなくて大粒の涙が流れた。
銀ちゃんはふっと笑って、寝起きでボサボサの髪の毛をさらにボサボサにした。
新八が切り分けるケーキは8等分で、あとで姐御と九ちゃん、マダオ、ヅラ、エリーがお祝いにくるからってケーキをどんどん薄くしていった。
新八と姐御がいちごを1つずつくれて、誕生日の実感が湧いた。
ヅラはんまい棒を3本くれた。すべてチーズ味だった。コーポタージュがよかった。
とっても嬉しくて、
とっても楽しくて、
気づけば夜の8時を過ぎていた。
万事屋に来たみんなは次々に帰っていく。
楽しく過ごしていた時間がポッと解けたようにシンと静かになる。
この時間が少しだけ寂しいことはよく知っていた。
でも今日は楽しかった思い出が色濃く残っていて、寂しいとは微塵も思わなかった。
その時、1本の電話が入った。
銀ちゃんが出て短く対応したあと、神楽ぁとクルクルした髪をかきながらわたしを呼ぶ。
「わりィ仕事が入った。俺と新八の2人で行ってくるから、神楽はうちで留守番してくれるよなぁ?」
「え?どうしてアルか?わたしも一緒にいくアル!!」
「そこ、銭湯の男湯らしいんだよ。それでも行くのか?」
「じゃあ変装して行くアル。」
「お前それじゃただの変態だよ。」
「じゃー定春に変装するとか。」
「もっと変態だよ。」
「じゃあ銀ちゃんたちの仕事ぶりを窓の外から監視するネ!!」
「のぞきだよ!!」
「じゃあ新八とわたしの性別を入れ代える!」
「そんなマンガみたいな」
「ちょっと新八ィ。頭貸せや。」
「ちょっと!!ぶつかった衝撃で性別が入れ代わるお約束なアレなんて僕は嫌だよ!!」
「おーい神楽。」
銀ちゃんは新八の頭をわしずかみにするわたしの腕を持ち上げる。
「わりィな。こればっかりは我慢してくれや。コーヒー牛乳買ってきてやっから。」
「ごめんね。神楽ちゃん。」
そう言って2人は外に出ていった。
……本当は仕事に行きたかったわけじゃない。
1人になるのが嫌だっただけ。
これじゃ、結局いつもの誕生日と同じだ。
気持ちは沈んでいくばかりで、
気持ちは落ち込んでいくばかりで。
涙が出てくる。
もう寝てしまおう。
銭湯のコーヒー牛乳には惹かれるけど、お風呂上がりに飲むのがおいしいのであって、それ以外の時に飲んでもただのコーヒー牛乳だ。
さっさと寝てしまうのが落ち込んだ気持ちを楽にさせてくれるだろう。
その時、階段を駆け上がる音が聞こえた。
なんだろう。
銀ちゃんが忘れ物でも取りに帰ってきたのだろうか。
ピンポーン
銀ちゃんではない。
客だ。
仕事の依頼だったらどうしよう。
玄関の扉を開けると、
息を切らしたわたしの想い人が立っていた。
「お……き…た。」
「……ようチャイナァ。」
もう秋の夜中だというのに汗を滝のように流し、体力はあると思うのに切れた息はなかなか調わない。
頭を下げ、膝に手をついて、相当走ってきたらしい。
会えた嬉しさより驚きの方が勝った。
「何しに来たアルか?銀ちゃんなら今は仕事でいないアル。」
沖田はチラリとこちらをみた後ゆっくりと息を整え頭をあげる。
「旦那じゃねぇ。」
沖田は1歩だけ距離を縮めてきた。
「今日、チャイナの誕生日だろ?さっき近藤さんから聞いた。……どうしても今日中に祝いたくってな。」
髪をポリポリとかきながら言う。
「誕生日おめでとう。」
そこからの記憶はない。
ただ目頭が熱くなってきて、そのあと沖田があたふたしながら頭を撫でてくれていたみたいだが、……はっきりとは覚えていない。
気づいたら新八が押し入れを開けて日の出を告げていた。
短い針は8を指していた。
何があったのか。
詳しいことはわからないのだが、1つだけ変わったこと。
それは沖田に会う度に手を繋いだり、一緒にどこかへ出かけるようになったことだ。
わたしは知らない間に片想いを脱出していた。
時々、誕生日にわたしが沖田に何を言ったのか教えてほしいとせがんでみるが、思い出してみろの一点張り。
結局思い出すことができないのでそのままだ。
でもわたしが1番欲しかった誕生日プレゼントの願いは叶って、今までで最高の誕生日になったと思う。
来年も再来年も、同じくらい嬉しい誕生日を迎えられたらと、繋がる手と手の温もりを感じながら願うのだ。
あとがき
まさかの誕生日小説でうやむやな終わり方!!
この後書くであろう沖田Sideにて詳細を書くつもりです。
………どうしてこんなことをしてしまったんだろう。
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