短編
夕歩道
3Z沖神
夕歩道
あいつは一緒に帰る時、顔はこちらを向けているのになんでか目が合わない。
俺の話に相槌はうつが、視線は俺のはるか向こうだ。
最初は神楽の視線の先においしそうなケーキ屋とかパン屋とか、お惣菜屋とか駄菓子屋とか弁当屋とか八百屋魚屋肉屋万事屋団子屋茶屋とか、食べ物のお店が並んでいてお腹をすかせているのかと思った。
だから一緒になって同じ方向を向いてみるが食べ物屋はどこにもなく、夕陽を背中に浴びて真っ黒になった建物が並んでいるだけだった。
1度何を見ているのか聞いてみた。
そうしたら
「ウン。もうすぐ冬アルな。」
なんて寂しそうな顔をしていて、スルーされてショックの半面、なおさら視線のが気になった。
ある日の帰り道。
久々に一緒に帰る事になったが、2人とも(というかクラス全員)補習にかかって帰る頃には夕陽もすっかり落ちて、黒い影に地球が覆われているかのように真っ暗だった。
この日の神楽の視線は前だった。
たまに俺を見て笑ったりしたが、終始寂しそうに前を見ていた。
「…………神楽。
そんなに補習が好きだったのかィ?」
「……どういうこと?」
「いやだってさ、さっきからずっと寂しそうだし。」
「わたしが補習が好きすぎて、補習終わったのが寂しく思っているって見えるアルカ?」
「いやそうは見えねーけど。」
「じゃあなんでそう言ったアルか。」
「いやまず俺の質問に答えろよ。」
神楽は少し黙ったあと、チラリとこちらを見てからボソボソと話始めた。
「いっつも一緒に帰るとき、そーごはわたしの右側にいるアル。」
おれはいっつもを思い浮かべる。
……………そうだったっけ?
「帰る方向は校門からすぐに左に曲がるアル。」
………さすがにそれぐらいは覚えてる。
「だからね、帰るときはいつもそーごの向こう側に夕陽が見えるアル。特に、夏の間とか。」
あぁ、確かに。
夏の間は夕陽がいつも右側に当たるから、右手だけ日焼けしていたのを思い出した。
「そーごに告白された時、そーごの向こう側は太陽がかなり低い位置にあって、まるでみかんゼリーを流し込んだみたいに周りがオレンジ色だったアル。オレンジ色ってわたし好きネ。だからすっごくよく覚えているし、付き合うようになってからもその時間帯にいつもそーごと一緒に帰っているから、ずっとオレンジ色のこの時間を見ていたいって思ってそーごと帰る度に太陽を見ていたアル。」
あぁ、神楽の視線の先には肉屋でも駄菓子屋でもなくて太陽だったのか。
「最近は日が沈むのが早くなってしまって夕陽が見られないアル。………それが顔に出ちゃってたみたいアルな。」
神楽はエヘヘと笑う。
「だからね、実を言うと一緒に帰れない日は夕陽を見てすっごく寂しくなって半泣きになりながら帰っていたりするんだぁ。………退いタ?」
「…………全然。」
そう言って俺は日焼けしていない方の手で神楽の手を握る。
「これからの季節はさ、もうみかんゼリーの中を歩くことはできないと思うんだけど、手は冷たくなっていくからこうやって手を握って、お互いに温めることはできるよな。」
「ウン。」
神楽の視線の先がケーキ屋や駄菓子屋だった時の自分の反応を少しだけ考えていたりした。
へぇーそうなんだ。
じゃあ今度一緒に行こうぜィ。
こんな反応だったらよくある恋人達の会話だったかもしれない。
でも夕陽の色を見て俺の事を思い出していたなんて、
嬉しすぎる。
これから冬になって夕陽を見られなくなって、神楽は俺の事を思い出さなくなってしまうだろうか。
なら今度は、暗くて寒い中を手を繋いで歩くことによって俺を思い出さそう。
冷たい手をギュッと握って温めて、温もりを感じさせよう。
神楽が俺を想えば俺の想いも強くなる。
そうやって今年の冬を乗り越えていこう。
あとがき
季節感たっぷりの話です。タイトルはCHERRYBLOSSOMの曲から拝借しました。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!