唯一 セント・キルダでのコンドミニアムの夜。 私はぽけーっとベランダの外を眺めていた。 ブライトン、いい所だったな…。 観光名所ではないから派手さはなくて、とても落ち着いていた静かで清楚な町並み。 メルボルン中心街も緑は多かったが、それは今思えば『作り物』に感じる。 「眠れないんか?」 先にベッドルームに行っていたアッケが、リビングに戻って来た。 「ううん…、何となく。」 「物思いに耽ってた?」 私の隣に腰を下ろす。 「分かんない。ぼーっとしてるだけカナ。」 「アイツ、幸せだったんかな…。」 アッケはそう、ぽつりとつぶやいた。 両親と過ごした記憶もなく、 他人に育てられ、 見知らぬ土地に連れて来られ、 そして…、 成就しなかった、生涯たったひとつの恋。 「幸せだったんじゃん?」 私は、声を大にして宣言出来る。 「だって、アッケがいたから!」 龍二サンの人生には、素晴らしい親友がいた。 口は悪いけど気は優しい、心許せるかけがえのない存在だったはず。 アッケは無言のまま、ベッドルームに戻って行った。 しばらくそっとしといてあげよう。 …泣いてるかもしれないから。 [次の章へ] [前へ] |