まだ笑っていたいから
夕日でオレンジに染まる、ようやく見慣れた町を歩く。
慣れてしまえば、少しだけ冒険がしたくなって、いつもより手前の角を曲がってみた。
建物が並んだ、でもそう高くはない建物の間に、空地みたいな場所。
「立入禁止」と書かれた札が下がった紐は、まだ新しい雰囲気がした。
その奥の、木の根本にあるのは。

高くない紐を飛び越え、中へと入る。
そして誰かが忘れたのか、それとも置いていったのか、薄汚れたそれを手に取った。
汚いだなんて思わなかった。
自分には馴染みのある、思い出深い、

サッカーボールだ。


懐かしい気持ちになって、ボールを自分の足へ落とす。そのまま、蹴る。
感覚を忘れたのか、ボールは検討違いの場所へと転がっていった。
追いかけて、もう一度。

何度も何度も繰り返す。無我夢中で。





「アキのプレーは、そこら辺の男より上手いよ。」
「でも一之瀬くんみたいに、もっと上手くなりたい。」

頬を膨らませて、ボールを蹴り上げる。ついさっき一之瀬くんに負けたばかりだった。

「じゃあもっともっと上手くならないと。」
「一之瀬も負けず嫌いだな。」
「土門が弱気なんじゃない?」

意地悪く一之瀬くんは笑い、片目をつぶってみせる。土門くんを挑発するには十分だ。

「なーっ!そんなことないぞ!見てろよ、今に一之瀬なんて抜いてやる!」
「その土門くんを私が抜くからね!」
「じゃあ、みんなライバルだ!」





「あ。」

ふいに思い出した昔の記憶に気を取られたせいで、ボールは空地の奥へと転がっていく。
追いかけて、引き寄せたボールは今は自分の手に。

時は、全てを変えていく。

笑い合って交わした言葉は、次に再会した時には叶わなかった。二人は選手だったけれど、自分はマネージャーで。
それでも、また三人で笑っていられるかと思った。同じチームで、同じ場所で。
それも叶うことはなかった。
二人は選手で、自分はマネージャーということは変わらなかったけれど、違うチーム、ライバルとして。

時は、何もかも変えていく。
永遠と思えた、永遠にしたかった時間も。

「まだ、笑っていたかったのに。」
「じゃあ、笑おうよ。」

突然聞こえた声と、重ねられた手に、弾かれたように振り向けば。

「久しぶりだね、アキ。」
「一之瀬くん…?」

ただ瞳を丸くして、彼の顔をまじまじと眺めることしかできない。

「本物?」
「本物だよ。ひどいな。」
「だって一之瀬くん、アメリカ戦が終わって、手術受けて、それからまたずっと連絡くれなかったじゃない。」
「あー、ごめん、いろいろ忙しくて。」

頭をかきながら苦笑する姿に、本人だという実感がようやく湧いてきた。

「それより、どうしたんだ?暗い顔して。」
「…それは、」

ゆっくりと目を閉じれば、昔の記憶が浮かんでは消えて。
静かに息を吐き出して、瞼を持ち上げる。

「アメリカにいた時とか、雷門にいた時とか、FFIとか、思い出していたの。」
「うん。」
「どの時も、楽しく笑ってたわ。いつまでも笑っていられると思ってた、けど。」
「無理だった?」
「そう。どの時間も終わってしまうの。」
「だから、」

「『まだ、笑っていたかった』?」

引き継がれた言葉は、一之瀬の声ではなかった。
本日二度目の、丸くなった瞳を木へと向ける。

「土門くん…!?」
「ごめん、盗み聞きするつもりは。」
「早く出てくればよかったのに。」
「一之瀬が先に行くから、出づらくなったんだろー」

小突き合いながら笑う二人に、思わず自分まで笑顔になる。
なんて、懐かしい感覚。

「ねぇアキ。」

こちらを見つめる一之瀬の瞳は、優しさに溢れていた。

「確かに楽しい時間はいつか終わる。」
「またみんな離れ離れになって、しばらく会えないかもしれない。」

一之瀬の台詞が分かっているのか、土門も同じように優しい瞳だ。

「でも、楽しい時間はまた始まるから。
また笑い合える日がくる。


運命はきっと、俺らを引き寄せてくれるよ。


…なーんて、ちょっと気障かな?」
「ホントだよ。」
「あっ、土門ひどい!」

心が、暖かくて仕方ない。
二人の笑顔に、自分も笑顔になって。

「…そうね。また、一緒に笑えるよね。」



それはきっと、希望という名の約束。


――――――――――

childhood friend様に提出!

とりあえず、その、あの、西垣ごめんね!
アメリカ組なんで入れたかったんですが、入るタイミング見つからず。ごめんよ西垣…

アメリカ組は何度別れても、必ずいつか再会していそうです。
そんな不思議な絆で結ばれている気がします。

肴様、読んでくださった方、ありがとうございました!


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