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「…また駄目、でしたね」

ちょっとこ洒落たガラステーブルに肘をついて呟く声が、弱々しく聞こえるのは、恐らく…いや、団長様の殺人的娯楽スケジュールで満身創痍したからだけじゃない。

何故分かるかって?答えは至極単純だ。
…俺も、横にいるこの男と同じだからさ。


本日八月三十一日。場所は古泉のマンション。

…まぁ、何だ?俺達は、その…そういう間柄なわけである。すまん、察していただけると大変助かる。

表向きは勉強会。
「古泉ん家で勉強してくる」と言ったときのお袋の顔が、「あんたまだ宿題終わってなかったの」という言葉を物語り、梅雨は明けたはずなのにジトリとした目で見送られたことは記憶に新しい。
が、当然の如く眼前のテーブルに並べられた教材やノートには、ペンを走らせた痕跡はない。

もとより、やる意味なんてないのだから。


ただ、俺達は一緒にいたかっただけなのだ。今も、これからも。
けれどあと数十分もすれば、俺達は消える。



もし終わらなかった夏が終われば、俺と古泉の関係はこのまま続いていくのだろう。
けれど、きっと『この』夏は終わらないし、――言い訳かも知れんが、もちろん努力しなかった訳じゃない――俺達の関係はここで途切れる。
『次の』俺達は勿論、『最後の』俺達が『今の』俺達と同じ選択をするかなんて、当然分かるはずない。


付き合い始めたのは、意外にもつい最近。一週間とちょっと前だったか。
愛の告白の割に随分色気がなかったのはよく覚えているな。

常識論を広げれば、青春真っ盛りの男子高生が付き合ってるなんて気が狂ってるとしか思えない沙汰だ。
自己否定してるようにも聞こえるが、ぶっちゃけそうなのかもしれない。

自分はイカれてるのだと自覚できる辺り、何だ、まだ脳内の半分くらいは正常なのかと少し安心できる……ああ、話が逸れたな。

…つまりはだ、少なくとも『今の』俺と古泉は、途切らせたくない。
けれど、途切れることで、神様の影を恐れなくて良くなることに、二人はどこかで安堵している。

「そういえばそんな歌ありましたね」

クスクスと笑って、古泉が言った。…だから心を読むなといつも言ってるだろうが。
少しだけ曖昧なメロディの鼻唄が聞こえてきて、それが思ったより心地よくて、耳を傾ける。
すると古泉は歌うのをやめて、組んだ両手の指に乗せていた顎をこちらに向け、「この歌、僕たちみたいだと思いませんか?」とのたまった。

「…さあな」
「どんなに傍に居てほしい、居たいと思っても、世界は僕たちを受け入れてはくれない」
「……」

はて、俺は何を思ったんだろうか、気付いたら隣の自分よりでかい男を抱きしめていた。

「あんま難しいこと考えるな。考えるのは、次の俺達の役割だ」
「そうですね」

また微笑んで、腕の中の奴の視線だけが動いた。勝手知ったる人の家、そっちになにがあるか、目を追わなくても分かるが……することもないので何となく追ってみた。

三十一日にバツのついたカレンダーの少し上。
時刻は、十一時四十七分。

「次の僕達も、今までの僕たちと同じ選択をしてくれたいいですね」
「俺達は『今回』しか知らないのに、どうして『過去』の動向が分かる」
「…僕がぽつりと、それも独り言のように『好きです』と告白したあと、貴方何て言いましたっけ?」
「『じゃあ付き合うか』」
「それが答えですよ」

ますます意味が分からない。
古泉はいつの間にか腕を俺の背中に回していて、心底楽しそうに笑っている。ほんと、説明好きだなお前。

「貴方は一般的嗜好を持ち合わせたはずの男子高生です。そんな貴方が同性に恋愛感情の対象であることを告げられ、しかも二つ返事でOKするなんて…まあ、涼宮さんが関わらない限りは、有り得ないでしょう?
告白した僕自身が言うのも何ですが、あの時は貴方がおかしくなってしまったのではないかと驚いたものですよ。

それに加え、貴方は僕に好きだと言われたとき、『男同士なのに』とか、普遍的な違和感を感じましたか?」

確かにそれはそうかもしれない。

「それがどうさっきの答えに繋がるか、いまいち解せないのだが」
「貴方のリアクションは条件反射みたいな物だったのではないかと。ある種の麻痺からなる。
今までの僕達は同じことを繰り返し続け、今回もそのリピート再生の延長線上であったと、僕は推測します。…全てのシークエンスにおいて一概には言えませんがね。
『最初に』告白された貴方は、それはもう嫌悪されたことでしょう」

笑い混じりに言われるが、少なくとも『俺』は、この男に愛着を持ってる。…複雑というか、胸の痛くなる話だな。

「要するに、俺は…『俺達』は『お前達』に告白され慣れ過ぎて、知らず知らずの内に違和感すら感じなくなったということか」
「端的に申し上げればそうなりますね」

全く…いちいちお前の話は分かりづらいんだよ。

「だったら、次も多分付き合ってるぞ。良かったな」



仮にこいつの話を信じるなら、次の二人もきっと恋に堕ちる。
今が延長線上の途中結果ならば、その線は途切れることなく繰り返されるのだ。
古泉は『線』と言ったが、これは『円』だ。まさにエンドレスのな。

その円が切れたときは……終わらない八月が終わったとき。それはきっとみんなにとってのハッピーエンドだ。


けれどそれは今じゃない。何も出来なかった俺達は、せめて次のそいつらの手掛かりになるために、リセットされる記憶の中で訴えることだけ。


部屋に鳴り響く時計の針が、0に近づいていく。
そしてその時、俺達もゼロに戻される。

さぁ、カウントダウンの始まりだ。


5。

「…大好きです」

4。

「ああ、俺も」

3。


またここで逢えますように。


2、


そして、五百年の恋に一時の休息を。



…1、



…――「さようなら」



……――カチリ。




(消えるぼくらに、離別と約束の接吻を)


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予想以上に長くなった^^;

歌は国民的神アーティストの名曲。あの歌詞はすごく好きです




あきゅろす。
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