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※昨年11月3日から五夜連続放送されたドラマ『9/9/年/の/愛』パロ
※ドラマは、生きるためアメリカに渡るしかなかった日系移民1世とアメリカで生まれ日本を知らずに生きるしかなかった日系移民2世という一つの家族の話。日本人と言う差別や、戦争に翻弄されながらも命を賭けて闘った感動長編です。(一部抜粋)
※この話では一郎(兄)→キョン、次郎(弟)→古泉、しのぶ(一郎の奥さん)→ハルヒで2世の話からパロディ。
※表現は控えますがキョンが亡くなります。古(→)キョンハルですが、一応ハピエン。(NOT古キョン)
※所々改竄されてます。両原作のイメージを壊されたくない方、死ネタ駄目な方はバックプリーズ(´・ω・`)
※原作知らなくても読みやすいようにできるだけ頑張ります…
では長くなりましたが。
今日、僕の兄は軍に行く。
日本人がアメリカ人として、同胞と戦うことになる皮肉にもほどがある所へ。
「それじゃあ、行ってくる」
アメリカ軍人を意味する硬い服を着た兄が、小さな玄関を背にして僕たちに言った。
今から死にに行くとも思えないような穏やかな表情をした彼が、急に大人びて見えて、少しだけ泣きたくなった。いや、僕より背が低いだけで、彼はずっと大人だったのだ……こんな、僕よりも。
今すぐにでも引き止めたい。彼の手を取って家族みんなで逃げ出してしまいたかった。
でも、それはできないこと。
アメリカ中から日本人をかき集めてきたようなこの強制収容所から逃げ出すなんて無駄な夢物語で。過去に脱走を試みた仲間は……アメリカ人の見張り総出で捕まえられた。
この檻の中には僕らと同じ同胞しかいないため、人種差別なんてないし、これまで過ごしてきた外の土地よりずっと安全だった。差別のために詰め込まれた檻の方が住みやすいなんて、なんて酷い話だろうか。
この入隊だって、収容所で暮らす日系人を疑う奴らのために、忠誠を証明するためだ。
結局僕らは、ここで、ただ彼のように入隊を希望した者達の帰還を待つしかない。
わかっている、わかっているけれど……。
「ごめんね。お前に、こんな人生送って欲しくて生んだわけじゃないのに……ごめんね……」
母さん……。
「俺は……父さんと母さんが生きてきたアメリカを守りたい。一樹と一緒に育ってきた、ハルヒと出会えた、この国を。
俺たちがアメリカ人より手柄を立てれば、アメリカ人は俺ら日系人を認めてくれる。そうすれば、この国に住む日本人も差別なんてされなくなる。……みんなが安心して暮らせるようになるんだ」
そのために「イエス」と答えたんだから、と彼は言いながら自分の左頬を撫ぜた。
その様子を見た母さんと涼宮さんが、切なそうに見つめている。
昨日、軍に入ることを反対していた父と口論した痕が、彼の頬にまだ青く残っていた。
その父は、今この場にはいない。
「キョン……あなたが帰ってくるまで。お父様とお母様と、一樹君と、一緒に待ってる。だから、必ず帰ってきて。帰ったらまたみんなで――」
その後は、嗚咽に混じって言葉にならない。大きな瞳に涙を一杯溜めても、その雫は決して流れず。
夫が明日の安否も分からない所へ赴くというのに、本当に強い女性だ。
彼女の、そんなところが好きだった。
僕らに冷たくあたる差別の闇にも、決して屈しない。いつも前を向いている豪快な、素敵な女性。
そんなところが好きだったと……思っていた。
今にも泣き出してしまいそうな涼宮さんを、彼が抱きしめる。さっきまでの気丈な表情が消えて、彼はいつも以上に眉間に眉を寄せて、最愛の人との温もりを忘れないようにきつく抱きしめてる。
嗚呼、なんと理不尽な世界だろう。
何も悪いことをしていない。ただ静かに、愛し合っていたいだけ。
そんな些細な願いも二人には叶えられないなんて。
方や、永遠の離別さえも覚悟しなくてはならいないなんて……。
握り締めていた自分の掌に力がこもるのが分かる。
それは無常な時代に対しての怒りか。冷たい世界に対する憎しみか。何も出来ない自分への苛立ちか。
あるいは、愛し合う彼らへの――。
「……一樹」
ゆっくりと彼が腕の中にいた涼宮さんを開放して、僕を見上げた。
「はい」
僕も真剣にそれに応じる。
「俺がいない間、ハルヒを、母さんと父さんを頼んだぞ。お前が俺の代わりに家族を守ってくれ。
父さんはまだ現役だって見栄張ってるが、そろそろいい年だしな」
そう一瞬だけふざけてみせて、彼の腕が僕の背にまわった。ずっと昔から知っていた体温が伝わってきて、それが心地よくて、少しだけ戸惑ってしまったけれど。
耳元で、僕に言い聞かせるように彼が話す。
「農業ばっかやってた俺と違って、お前は頭がいい。まだ17歳じゃないから兵役もないし。この戦争が終われば、仕事だってすぐ見つけられるようになるさ。一樹ならうなぎ上りでエリート街道まっしぐらだな。
兄である俺とどの遺伝子が違うのか分からんが顔もいい。きっと幸せになれる」
「ま、体力だけは俺には劣るがな」と笑った彼に、また切なさがこみ上げてくる。
彼がそう言うんだから僕は幸せになれるのだろう、でも、じゃあ、あなたは……?
「――だから、それまで、」
僕は彼が言い終わる前に確かな覚悟を持って頷いた。
「僕はあなたの意志を継ぎます。僕が、この家族を支えていく。あなたがここを離れる間、すず、――」
そこで一度口を閉ざして、苦笑した。目を閉じて深呼吸する。
彼の意思を継ぐんだろう?なら、もう逃げるのはやめよう。
開いた目で彼をまっすぐ捉える。
「……ハルヒさんは必ず僕が守る。だから、安心して行ってきてください。
でも、勘違いしないで下さいよ?僕がこの人を守るのはあなたが帰ってくるまでです。その後は、あなたの役目だ」
「充分だ」
最後にお互いおどけあってそこで言葉が一旦切れる。
彼の肩口に顔を押し当てて、いっぱいに深呼吸した。
彼が好きだ。
その感情は本来家族に向けるべきものではないけれど。
優しい笑顔も、知った匂いも、髪を撫でてくれた掌も、僕の背にしっかりとまわされた腕も、でも確かに『兄』のもので。
彼とどうなりたいとかこれっぽちも思っていない、と言えば少し強がりだけど、しかし幸せな二人を引き裂くなんてできないし、考えたくもない。だから、やっぱり本意ではないのだ。
どうせ実らないのなら、僕は彼が愛したものを守りたい。
彼が、みんなが暮らしたこの国とこれから生きていく同胞を守ろうと言うのなら、僕は世界を守ることに忙しい彼の代わりに、彼が最も愛した人たちを守ろう。
彼が軍に行くのだと、両親より早く僕に告白してくれたときから、そう決めていた。
大好きな兄の温度が離れていくのを感じた頃には、既に僕の心は固まっていた。
「お前、兄ちゃんっ子だったからなぁ。俺がいなくてもしっかりやるんだぞ」
「大丈夫です。今日で『お兄ちゃんっ子』も卒業するので」
冷やかしたつもりだった彼は少しだけ目を見開いて、しかしすぐに優しい表情で「そっか」と言った。
「不在の間、ハルヒさんたちには僕がついてますから安心してください。でも、忘れないで下さい。僕は彼女を守ることは出来ても、幸せにできるのはあなたしかいないんですから。――兄さん」
このとき初めて、あだ名でも『あなた』でもなく、彼を本名で兄と呼んだ。
これが、僕のけじめ。
その数ヵ月後、日本の無条件降伏が全米に知れ渡ることとなる。
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