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「カーーーーーット!…完っ璧だわ…!!」

ハルヒのシャウトを合図にして、俺にのしかかっていた古泉が身体を離した。ようやく圧迫感から開放。何が嬉しくて男二人がベッドの上で密着せねばならんのか。
さすが古泉くんね!と目を輝かせて我らが団長、いや『超名監督』は感嘆した。丁度一年前――『朝比奈ミクルの冒険』の撮影時は『超監督』だった腕章が、いつの間にか一文字増えていた。迷監督の間違いなんじゃないかと思う。

「恐れ入ります」
「…甚大な精神的ダメージを被った俺には何のねぎらいの言葉もなしかよ」
「アンタなんて出させてもらえただけで感謝感激ものよ。跪いて崇められても足りないくらいだわ」

…だそうだ。

「ならば、僕が賞賛の言葉を――」
「お前は黙ってろ」

涼宮ハルヒ監督は何回も先刻撮り終わったワンシーンをビデオカメラで再生しては「へぇ〜」とか「ふーん」と満足げに俺と古泉の一部始終を見返している。これなんて羞恥プレイ?

「………」

そんな目で俺を見ないでくれ長門…!いや、長門のことだから大して気にはしていないのだろうが…何だか子供に恥ずかしいところを見られた親の気分だ。

「…………ユニーク」
「いやいやいやいや!!」

そこは全力で否定しておく。
ちなみに朝比奈さんは演技の間、顔を真っ赤にしてずっと目を覆っていた……のだが、手のひらで目を隠しては、またチラチラと指の隙間から覗いてのが気になる。

「去年はみくるちゃんで男ウケ狙ったけど、そうなれば今年は女子層を狙うしかないわ。そうよねキョン!」

俺に聞くなよ。

「仰る通りかと」

ほんとお前黙ってろよ…。

「…っ…なぁハルヒ、休憩入れないか?なんだかんだで数時間はぶっ通しだぞ。カラコンで目が疲れてきたんだが」
「あ、まだ取っちゃダメよ?次は魅惑の悪魔、ミクルの出番なんだから。ああー!のって来たわ!!今日はバンバン撮影するわよ!!」

……俺、帰って良いかな。
自分の流されやすさにそろそろ本気で嫌気が差した頃、願っても無い助け舟が現れた。

「涼宮さん。慣れないコンタクト、それも医師から処方されたものではないのですし、長時間の使用は眼球に多少なりともダメージはあります。すこしの間外させてはいかがですか。僕も少し疲労気味ですし」
「…古泉くんがそう言うなら仕方ないわね。今回一番の役者に倒れてもらっちゃ困るもの」

おお、古泉良いこと言った。ハルヒは俺の言葉なんてノミの足音ほど聞こえていないのかのように気にも留めないだが、副団長様の提言には仕方なくといったふうに承諾した。
俺はさっき古泉と共倒れした(思い出したくもない)天蓋つきベッドに腰を落ち着ける。ちなみに今回のロケ場提供も鶴屋さんだ。こんな中世貴族が住んでいたような屋敷まで別荘として持っているとは…恐るべし鶴屋家。しかもここは日本である。

目に張り付いたレッドの加工がされたコンタクトを慎重に取り出す。長丁場を共にした古泉は腕組んで突っ立ったまま。

「…お前はそれ取らないのか?」

古泉の目を指差して問う。奴の金(黄土色?)のカラコンも、俺のと同じメーカーだ。自分で休憩しましょうと言っておいて取らないなんて変な奴だな。それとも休憩は俺への配慮か。

「…あぁ、僕はいいのです。こちらの方が自然ですので」
「?…そうか」

ニコッといつものニヤケスマイルで応えた。…よく知らないが、こいつはよくコンタクトとかして慣れてるのかな。眼鏡とか見たことないし、実は日ごろからコンタクト派なのかもしれない。…聞いたことは無いがな。
今回はビームとかレーザーとか出なくてよかったな、と手のひらの上に転がるカラコンを見る。これが次の撮影で恐怖の殺人凶器に変わるかもしれないのだから、人生とは全く恐ろしい。
タオルで首や額に垂れる温い水を拭き(演技にいる汗のかわりに代用した。俳優でも無いのに素人演技で汗なんか出せるわけが無い。)ながら、素朴な疑問をぼやいてみた。

「この吸血鬼、トマトジュースでも飲まないのかね。どんだけだよ」
「さすがに野菜では血の代わりにはならないでしょう。それに彼らにして見れば邪道らしいですよ、トマトジュース。ただ色が似ているだけで人間が作り出した迷信であり、あれを飲むくらいなら暖かいココアを飲んだほうがマシだそうです」
「確かに血の代わりだったら野菜より肉の方がいいかもな。…ってなんでお前がそこまで知ってるんだよ……あ!いい!やっぱり何も言うな!」

昔、知人からそんなことを聞いたので。なんて無視してさらりと爽やかに言いやかがった。
このニヤケ超能力者は生き血を主食とする方とお付き合いでもあるのだろうか。…吸血鬼の存在を否定しきれないところが恐ろしい。が、これ以上藪をつついて蛇どころか何を出すか分からない言及をするつもりもない。

「はい休憩時間終了!」
「早っ!!」
「次の撮影行くわよ!!ミクルちゃん、あっちで着替えましょうね〜」
「ふぇ〜一人でできます〜!」

朝比奈さんの首根っこをつかんで、止める間もなく引っ張って行く超迷監督。「あんたたちも早く来なさいよ」という言葉を置き土産に。
むしろお前が映画に出ればいい。大魔女役とかぴったりじゃないか。一部の女子層を狙うより、男女の絡みの方が一般的需要ってもんだろう?

いつまでこの地獄絵図が続くんだろうか。図らずも溜息が漏れる。これが本当に校内放映された次の日には、俺は間違いなく不登校になってるはずだ。
そこでまたふと思い浮かんだ疑問…半分叱責を口にした。

「あ、そう言えばお前、さっき途中でアドリブ入れただろ。えーと、『僕にとっては興味深い魂だ』…?ってあたり。あそこ台本になかっただろ」
「そうでしたっけ」
「とぼけんな。打ち合わせもなしにしたせいで、てんぱって普通に素で言っちまっただろうが」

当の古泉は顎に指をあてて「…あぁ」と自分で納得する素振りをして見せた。いかにも「たった今思い出しました」っぽい仕草だが、確実に確信犯である。胡散くせえ。
向き直って言うには、

「既定された台詞ばかりよりも、多少の工夫もあったほうが自然な演技になると思いません?ちょっとした遊び心ですよ」

演技の幅も出てきますし、なにより貴方のああいった反応は中々見られないものでしたね。……全くよく動く口である。そしてその口は顔に似合わず悪趣味なこというときもある。
雑談もほどほどにハルヒが寝室に戻ってきた。ハルヒ一人と言うことは……朝比奈さんは向こうで一人スタンバイさせられているのだろうか。

「そうよキョン。演技の何たるかが、古泉くんも分かってるじゃない」
「それに合わせなきゃならん俺の身にもなれよ」
「無駄話ばっかしてんじゃないわよ。ほら始めるわよ!次はあっちの部屋で撮影ね!!」

百万ドルの夜景も真夏のひまわりも真っ青な笑顔をふりまいて急かす団長様のために、俺は重い腰をあげたのだった。俺は実に人がいいようだ。

やれやれ。








嫌そうな、しかし僕らからしてみれば満更でもなさそうな表情でベッドから立ち上がった彼の後姿をぼんやり見送る。ああ、僕も行かないとかなぁ。
去年の朝比奈ミクルの冒険のときも思ったが、さすが涼宮さんの配役だと思った。

彼は「お前吸血鬼の友達でもいるのか」と呟いたが、そのお友達が自分であることなんて気付いていないのだろう。
いや、正確には彼ではないか。


『多くの吸血鬼はトマトを液状にした飲み物で飢えをしのぐ、と聞きましたが』
『それは何処の昔話だ?普通はあんなもの飲まないぞ』

あんなの、色が似てるだけの紛い物だ、と僕のモノで無い記憶の中の人が切り捨てる。

『トマトを潰したものに砂糖やら塩やら入れたもんより、俺は普通のココアを飲んだほうがマシだね。お前も同じ立場になって見れば分かるさ』


すこし瞼を閉じれば鮮明に思い出す“彼ら”の記憶。
僕らの少し前の記憶。

…もしかしたら前世じゃなくてそのもっと前のことかもしれない。または、僕らとよく似た人物たちが織り成す異世界の映像か。あるいは、機関の考えを借りるならば、それこそ神たる力を持つ涼宮ハルヒがたった今僕に『植え付けた』過去という可能性もゼロとは言えない。
まぁ、そんなこと考えていても仕方ない。今の僕にとってはこの記憶も事実だ。

その中に、『彼』がいた。
嗚呼、いつまで経っても、どの時代でも貴方は変わらないのですね。

ズボンのポケットに入れておいたものをそっと取り出す。

今彼が使っているメーカーと同じ、ライトゴールドのカラーコンタクト。
実は撮影の最初から着けていない。だって着ける必要が無いのだ。

「……古泉一樹。涼宮ハルヒが呼んでいる」

いつの間にか気配もなく長門有希が扉の外に立っていた。彼女には見えないようにコンタクトを仕舞う。

「それはありがとうございます。今行きますね」

役割を終えたはずの彼女は、まだそこにいる。僕をじっと見つめて。

「どうしました長門さん。僕にまだなにか?」

そう言うと「……別に、」と一言残し、廊下の奥に去って行く。

さて、僕もそろそろ行かなければ。

……ああ、そうだ。
そこで覗いてらっしゃる異世界の皆さん方?くれぐれも彼にこのことは伝えないで下さいね。これでも僕は今の生活が気に入っているもので。
もし、彼に何かされたときは――そうですね、それはそのとき考えましょうか。

くれぐれも、一人の夜にお気をつけ下さい、ね?





(……古泉一樹。現在、敵性と判定するには不十分、加害意思は認められない。安全。観測を続ける)


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古泉の金眼は死神の本来の目の色。

長門さんは全部知ってる模様。でも彼女は『観測』が仕事だから干渉はしない。でもキョンに手を出すなら古泉容赦しない^q^
古泉はキョンほど長門の表情を読めないから、最後の長門の視線は「見つめる」というより「睨み付ける」に近いことに気付けない。長門さん警戒態勢

まだこの自作映画のタイトルは決まってないそうです。(監督談)


あきゅろす。
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