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「――っお前どけッ!!」

藪からぼうに何だコレは。色んな意味で危機感を感じた俺は下でもがくが、男は暢気に「大声出すとお体に障りますよ」なんて言ってやがる。誰のせいだと…!

腕で男を押し返そうとするが、結果は目に見えている。下にいる奴がどんなに躍起になろうが、重力がこちらの意思に反発し、さらには究極の体調不良――極度の栄養失調であるからして…悲しいかな、勝算は無。
しかしここで諦めたら終わりな気がする。色々終わる。

「…そんなに吸血行為が嫌ですか?」

俺の努力なんて無いもののように無視して口を開いた。

「…あぁ、嫌だ、な……ッ。人間のどろどろとした口内に残る赤い液、血生臭い残り香、想像しただけで気持ち悪――」
「そうじゃないでしょう」

文章的には疑問系であってるはずなのに、コイズミのそれは強い断定の意を含んでいて、しかもやけに真剣な目つきだった。
その剣幕に、不覚にも俺は何も言えなくなった。文句のかわりに出てくるのは不規則な息切れの音ばかり。

出来心で友達の玩具を盗んで、それが大人に見つかって問いただされている小さな子供のような気持ちになる。
実際の俺は何も咎められるようなことはしていないのだが、気まずさに顔を横に背けてしまったのは何でだろう。
蝋燭だけを光源として照らされる部屋は、男の顔に半分ほどの影を落とし、歪む口元と、特有の黄金に光る瞳がどこか妖艶に思わせる。

「…………俺は…っただ」
「……ただ?」

こんなの誘導尋問だ。

「――…わぃ、だけ…」

息切れのせいもあるが、完全に言葉が尻すぼみになっている。



だって、俺が牙を立てたら、その人間を殺してしまう。それが、怖いだけ。



何百年も一人で過ごしていれば、当然一人には慣れる。当然だ。
…それでも、やっぱりたまには誰かと話したく時もある。
一人は平気だけど、独りにはだんだん耐え切れなくなってきた。

直接見てはいないが、奴がまた笑みを深くした気配を感じた。

「そうですよね。今の貴方はほぼ絶食状態。そんな中で一度『食事』することがあれば、その皿ごと食い尽くしてしまうでしょう。
そして貴方は『食べて』しまったことに自己嫌悪、その上人間たちから忌み嫌われ畏怖の念を抱かれる。――悪循環ですね。
…貴方、そこまで人間と仲良くなりたかったんですか」
「………」

吸血鬼は、言ってしまえば人間を主として喰いモノにするので、あまり同族同士で同じ土地には留まらない。どんな生き物だって、仲間で分けるよりも、自分の食料は多いほうが良いと思うだろう?
つまりはこの土地では、仲間は俺一人だけなのだ。誰かと交流したい、そう思えば自然と麓に住む人間たちが思い浮かんだ。

人より牙が長かったり、目が赤かったり……。人間たちは、ちょっと見た目が違うだけで化け物と呼び、そいつらを敬遠して煙たがる。
けれど、俺たちだって人間と同じ“心”を持っている。そりゃ心ない言葉を言われれば、傷つく事だってある。
吸血鬼がみんな残虐……まぁ稀にブっとんだ奴がいないでもないが……というのは、人間達の童話の中、想像の中のものだ。昔は酷かったらしいが、今では俺みたいに理性的な者が一般化されつつある。極例をあげれば、俺たちよりよっぽど狂った罪人という人間もいるくらいだ。

…あぁ、苦しい。体が熱い。心臓が痛い。心が――辛い。

――ドクン。

「…うっ……ハァッ…!」

本格的にヤバイ。…目の前が、歪んできた。頭がぐるぐるする。さっきよりも呼吸がハイペースになっている。
自然と眉間に皺がより、前髪と首筋は嫌な汗で完全に濡れていた。

「…はあ…ッはぁ…は、ア……」

血が足りない、と体の機能停止信号を出す『死』の本能と、血が欲しいと体中で叫ぶ生物としての『生』の本能。
その板ばさみ。

……イキタイ。

頭に言葉が浮かぶが、それはどっちの意味だろう。もう思考能力も朦朧としている俺は、それすらも分からない。

「貴方には僕がいるじゃないですか。僕は彼らほど脆くはありませんよ」

…ね?とコイズミが更に顔を近づけて耳元で囁いた。
死神というより、悪魔の囁きだ。鼓膜に奴の息遣いがダイレクトに伝わってきて、脳に直接響いていく。停止しかけていく思考、その隙間につけ込んで甘い言葉が侵食する。

「ほら、どうしたいんですか……?」

あやすように優しく、絆すように甘く。

いきたい。いきたい。逝きたい。生きたい。いきたいいきたいいきたいいきたいいきたい。
嗚呼、頭が侵されてく。

「簡単ですよ。この首筋に貴方の綺麗な歯を立ててくださればいいだけです」

自分の喘ぎがどんどん大きくなっていくのに、コイズミの声がやたら響いて聞こえる。どうしよう、何も考えられなくなる。
死神の血って飲んでも大丈夫なんだろうかなんて、もう半分も機能していない頭で、ぼんやりと思う。

視界が紅く染まり、その中に白く浮かぶ日のあたらない肌に、飢えた牙を寄せる。
死神が妖しく嘲笑った気がした。




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