いえない痛み
「射程範囲にいる索敵艇、分艦隊を一時撤退!できるもんは回収させろ。エネルギー砲、出力最大で装填開始!!」
俺の怒号とキーボードがせわしなく叩かれるが響く。
淡く青を基調としたフロアと、真っ暗なはずの窓から映る、目に痛い爆発とレーザーの流星群。
「装填準備完了!分艦隊No.13、No.15回収」
「No.16、12!回収完了しました」
広いはずのブリッジに所狭しと並ぶ電子モニターの上を、英数字が読めない速度で流れていく。
その中でも一際目に留まる、赤い文字が示す戦況不利。
「よし、右舷三十度回転!!全砲門開け!このまま突っ切るぞ!!」
手のひらが、熱い。
「砲撃発射カウント!!10、9…」
「目標、敵艦隊補足。射程距離に捉えました!!」
「5、4、3、2…」
「全砲発射!!!」
俺のシャウトにあわせて、目の前に一際強い閃光が疾る。その瞬間、視界を占めていた赤い字のモニターが消え、代わりに緑のモニターが一つだけ現れた。
≪――ENEMY LOST――≫
その文字が表示された途端、ブリッジにいる皆から安堵の溜息、戦闘システムダウン、と、戦闘の終わりを告げる台詞が端の方で聞こえる。
……終わった。それなのに、額を伝う汗が止まらない。
俺は、どうすればいい。どうすれば償われる?
だってこれは、戦争。
ぼーっと無駄にドデカい窓から、これまた人類の単位で足りるのかと言うくらいだだっ広い黒い空間を見つめる。
今から昔、人は宇宙に無限の可能性を期待して焦がれ、ついに数百年前、進歩した科学技術を駆使して進出したのだ。それは、地球における科学の最大の功績であると、今でも小学校の教科書の一ページ目で語られていることだ。
宇宙には人が住めるための施設――コロニーが作られ、軍人はもちろん、一般人も多く移住した。人類の夢がかなった瞬間だ。
……本当に?
何が無限の可能性だ。
何が皆のための科学だ。
何が『平和』だ。
何が……。
窓のふちについた両腕を支えにして体から力を抜く。視線を窓の黒から室内の白へと落とすと、ふぅ、と床に向かって息を吐いた。
今はいない同志達の顔が、浮かんでは消えていく。…瞼の裏から消える瞬間、彼らが、苦しみながらこっちを見つめているのだ。
……もう、嫌だ。あの中に、もし……。
「ここに居たのですか、作戦参謀」
思考の海に沈殿していた俺を現実に引き戻したのは、扉がフシューと開く音。その間抜けな音が伴って連れてきたのは、良く見知った奴だった。
それはつい今しがた、脳裏に浮上しそうになった男。
ちょっと人と話せるような気分じゃない。特に、今はお前には会いたくなかったよ。――ずっと、お前に言えないでいる言葉があるから。
「古泉幕僚総長殿、今は休憩時間です。用事でしたら、もうすぐしたら戻りますので、その時に」
「そういうわけでもないのですが…」
沈黙を押し通す俺に対し、対照的に胡散臭いっつーかペラい微苦笑を浮かべる。
この顔は、好きじゃない。
「……、…申し訳、ありませんでした」
奥歯に自然に力が入る。これが本当に告げなくてはならないことでは、ないけれど。
古泉の顔を直視できず、白いタイルに向かって謝っているようだ。一度も顔をあげようとしない俺に対し、ついには左隣に立っている男からも溜息が出た。
「……闘争ではよくあることです。この世界ではそれが当たり前なのです。あまり深く思い悩むと、これからきっと耐えられなくなる」
今回、俺の立てた作戦で、数機ではあるが…何人もの同胞が、撃ち落された。
前半までは良かった。所詮雑魚だからと高を括っていたのかもしれない。いや、完全に俺の油断が生んだ結果だ。
「貴方は先ほどの戦いで、見事敵を討ちました。それは事実ですよ」
その代償は、味方の犠牲だが。……なんて、言わないけれど。一瞬の内に、白い光が、塵にした。それまで確かに、そこに『彼ら』はいたのに。
「敵の策に嵌るなんて、作戦参謀が聞いて呆れる」
自らを嘲笑っても、現状が変わる事はない。けれど、せずにはいられなかった。
ほんと、どうすればいいんだろうな。
「しっかりしてください!」
明らかな怒気を含む声が鼓膜を響かせた。何事かと思ったら、いつの間にか左腕を掴まれ、合わさないようにしていた目線が(半ば強制的に)かち合っていた。しかも、さっきまでの顔とはうって変わった、胡散臭いわけでもなく、微笑を湛えてるわけでもなく、射抜かれるんじゃないかというくらいの、真剣なそれ。
「我々は軍の人間です。全員の命は、軍に捧げたと言ってもいいでしょう。――けれど」
掴まれた腕が、痛い。
……本当にいたいのは、ソレ?
「貴方が彼らのことを気負い、悩むのは勝手です。しかし、そのことが油断に繋がり作戦に支障をきたすようなら、更にそんな存在を増やすことになるのです!その辺り、肝に銘じておいてください。……僕らの命がどうなるかは、貴方にかかっているんですから」
これが、幕僚総長としての意見です、と。
その言葉とほぼ同時に、拘束されていた左腕は開放された――と思ったのだが、今度は手を取られていたようだ。すると、繋がれた左手はそのままに、俺の肩口に古泉の頭が乗ってきた。
なぜかって?そりゃこっちが聞きたいね。どうでもいいが、立てた襟の隙間から、古泉の細い髪が入り込んで首が痒い。
「……失った小艦は無人も含めて18機。人数で言えば約150人」
さっきの剣幕はどこへやら、随分アンニュイそうな声音だ。何が言いたいんだろう、こいつは。
声がややくぐもって聞こえるのは、果たして顔を伏せているためだけだろうか。
「それでも。貴方がその中に含まれてないと聞いただけで、安心してしまう自分がいる。軍人として、最低ですね」
「…それは、古泉一樹としての意見か?」
ただの独り善がりですよ、と、彼は嗤う。
自分達の平和のために犠牲を払うという矛盾した世の中が嫌だ。人智の結晶とまで謳われる科学なんて、人を殺すための道具ばかりを生み続ける。仲間も満足に守りきれないことに、腹が立つ。
その中で一番嫌なのは、今は亡き仲間の中にコイツがいたらと思うと、考えただけで震えが止まらなくなる、醜く、汚い、自分勝手な利己心。
『仲間』のための作戦なのに、結局のところ本人は『一人』のことしか考えていないのだ。最低なのは、古泉じゃない。
「好きです。愛してます。ずっと、貴方だけ」
「……うん」
肩越しに見える背中に、腕を回して。ぽんぽんと、親が子供をあやす時みたいに。
「貴方は?」
やっと俺の肩に擦り付けていた顔面をあげ、ちょっとだけ寂しそうに言うもんだから。鼻先二センチの至近距離にいる奴が、少しだけ可愛いな、なんて思ったり。少しだけだが。
「……好きさ。お前を失う世界なんて、なくなればいいのに」
聞いた当の古泉の顔は、確かに嬉しそうだけれど、愛を告げたはずなのにどこか悲しそうに苦笑した。
言葉にすれば五文字で、文字にすればたったの四文字だ。どこまでも自分勝手な俺はそれすら言えない。
彼を失うときを考えて、夢に見ては独り部屋で涙を流して……。もし、それが現実になった時に少しでも心が壊れないように。
言ってしまったら、きっと止まれなくなるから。
俺は、一番大切な人に、「愛してる」の一言も言えない臆病者。
(脳裏に焼きついた『彼ら』の瞳が、身勝手な俺を責め続ける)
===============================
射手座はロマン^q^ 号令とか数とか適当でごめんなさい。
無料HPエムペ!