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気のついたときには、赤に彩られた部屋にひとりでいた。此処はこんな部屋だっただろうか。
(違う。俺がそうしたんだ)


ならばこれは何時からだったろう。
(それはあの俺があの男と出会ってから)


触り心地いい敷物も、綺麗な細工を施した障子を張った行灯も、高級な木で作られた壁も、柔らかい『客』用の布団も、魅せるための着物も、全部が赤かった。
(よく見れば、手のひらも赤く温かい何かに包まれていた)


こんな客も足を踏み入れたくなくなるような作りでは、ずっとここにいる俺でさえ狂ってしまいそうになってくる。
(とっくに狂っているのだということさえも忘れて)


障子が静かに開いたような気配がして、首だけを動かして見れば、一寸ほどの隙間から女中が淡白な声で告げた。
(毎回襖を開けるたびにおぞましいモノを見るかのように歪められた目元。漂う臭気を少しでも防ごうと鼻先に当てた袖。吐き気をどうにか抑えて搾り出した抑揚の無い声音)


その僅かな間、廊下から女中がひそひそと話すのが耳に入るが、別に盗み聞く趣味も持ち合わせいないので内容までは気にしない。
(「ああ。また、犠牲者が」、「仕方ないわ、私たちは止めたもの」)
(来客を哀れむ俗談。気にしてなくても聞こえてきたもんは仕方ないし、聞こえてきたからといって気になるわけでもない。どうでもいい)



そう言えばついぞ来たお客、どう接していたのか思い出せない。
(だってもういない人間のことなんか覚えていたってしかたないだろう?)


赤い四角の中にいるようになってから、どうも記憶が欠落する節がある。
(彼を待つ暇潰しの為に、己で狂ったことを全部忘れて、それらを想起することで娯楽として愉しむことにした)


此処は確か、地下だったか。なるほど、窓が無い訳だ。
(俺が異常と見なされてから、華のある御座敷から陽も当たらない此処へと隔離された。正直こっちの方が客がいなくなって人を待つには都合がいい、なんて)


客が足繁く通ってくれるわけでもなし、殆どの退屈な時間をこうやってやりくりしている。
(それでも極稀に足を向ける、女中の親切な助言も聞く耳持たない酔っ払いは本当に馬鹿だと思った。その馬鹿の中に裏から手を回され消されるよう仕向けられた可愛そうな悪人などもいたのだと気付いた頃、それがこの場所に留めてもらえるためならばと喜んで利用されてやった)


そう不思議に思ったとき、ふと、何処かの男の顔が頭をちらついた。
お前は誰だ?
(全く、軽い気持ちで始めた退屈しのぎの遊戯だったが、一番愛しい人のことを取り戻すのにこんなに時間が掛かってしまうとはさすがに予想外)


ああ、そうか。『男』はかつての『客』だったのか、と。
(まだ待ち望んだ『客』は現れない。俺の望みでない客が俺に触れようとしたもんだから、うっかりすぐ隣にあった鋏を手に取ってしまった。古泉と出会ってから、他の触れてこようとする人間が酷く低俗で下卑なモノにしか思えなくなった)
(俺はただ想い人のために自己防衛って奴をしたまで。昔は俺もそれなりに隆盛していたが、今でもそれを信じた輩が女中に耳を傾けず、こんな地獄に片足突っ込もうとする方が悪い)



よくよく人より少な目の記憶を混ぜっ返してみると、他の客の顔が全く出てこなかったのだ。
(顔なんか見渡せばそこら辺にゴロゴロ転がっていたんだろうけれど、なんせ数が数だから探す前に飽きてしまうし、仮に見たところで思い出す手掛かりになれるほどのもんじゃないだろう)


「失礼します」と、また女の声が襖の隙間から響き、いつも平淡なはずのその声が今日は若干揺らいでいるように聞こえたのだが気のせいかもしれない。
(やっと、『いつもの客』でない客がきたようだ。三年、俺にとってはその十倍の時間のように思えたよ)


入ってきた『男』は、一瞬形のいい表情を曇らせたが、すぐに笑顔を取り繕った。
(ごめんな。お前にこんな汚れたモノを見せるつもりはなかったのだけれど)


そうしたら、今まで真っ赤だった俺の記憶が、絡まりきった鎖がするすると解けるようにして、他の『色』を取り戻してくる。
(あーあ。結局自力じゃ全部は無理だったか。古泉が来る前に全部思い出す、というのがこの遊びの設定期間だったんだけど。やっぱり俺はお前がいないと駄目なのかも)


『男』以外は一向に部屋に踏み入ろうとはせず、外はいまだにざわついている。
(逆にこの部屋に入ってこれたこいつに尊敬の念を送りたいね。これも愛ゆえって奴か?)


『男』が旦那様と何か会話をしている。立ち上がるだけで精一杯な俺は『男』にしがみついて体勢を崩さないようにしなければならなかったし、喋っていることもよく分からなかったから無視した。
(「大丈夫ですか……その、京は、」)
(「ええ、僕が彼を引き取れば貴方がたも楽なんでしょう?」)
(「ッ」)
(「彼を地下に閉じ込めて、店から追い出さなかったのは、彼がここからいなくなったら客足が遠退くとでもお考えなんですかね。それとも危険人物は目の届くところにあったほうがいいかとか?」)
(「それは……」)
(「ああ、厄介者の後始末が困るからですか?まぁいずれにしても僕には関係のないことですが。ご安心を。彼は責任もって僕が見受け人となるので」)
(「それではまた。何かの縁があれば」)



俺が着替えてから二人で店を出るところで、俺たちを見た野次馬の一人が「……『紅の狂』」と呟いているのが聞こえたが、きっとまたすぐに忘れてしまうんだろう。
(さすがに誰かのモノで真っ赤な着物を来たまま陽の下に出るわけもいかないしな)
(そういえば、『血染めの狂い咲き』とかなんとか色々あった。『狂』と『京』の音でも掛けてるつもりなのか知らんが、まるで品性と感受性の欠片も取れないし、下らない)



俺の新しい居場所。
そこはもう、赤で覆われていたりはしなかった。
(それがもし、また赤く赤く染まった時は、さて、何が起きた時だろうな?)




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スーパーまっくろくろすけな話でした。鬱です。鬱々真っ盛りです。
こんな文ばかり生み出している管理人ですがまだ自我は崩壊していません。ご安心下さい。
真剣な話しになるとどうもこうなりがちです……;; カモン幸せ古キョン……!!!!
これでも古泉とキョンはラブラブです。

完結にまとめると、客座敷でモテモテだったころに一度古泉が来てお互いに惚れてそこからキョンくんの頭のネジが吹っ飛んだ、と。
格子は、太夫の次の位だそうですbyウィキヘ○ディア先生

陰間茶屋に果たして女性スタッフがいたのかは分かりませんが、男でいう仲居さん的な表現が思いつかなかったので……適当でスイマセン(´・ω・`)
一応調べながら書きましたが、もしかしたら女中という表現も不適切かもしれませんすいませんすいません。




あきゅろす。
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