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※キョンくんがすごく病んでいます。暗いです。
※直接的描写は無いですが、流血、殺害を連想させる表現があります。
※一抹の不安を覚える方は何卒何卒バックプリーズ。
※読んだ後でのあれこれは自己責任でどうかお願いします。






気のついたときには、赤に彩られた部屋にひとりでいた。此処はこんな部屋だっただろうか。
いや違った気もする。ならばこれは何時からだったろう。
触り心地いい敷物も、綺麗な細工を施した障子を張った行灯も、高級な木で作られた壁も、柔らかい『客』用の布団も、魅せるための着物も、全部が赤かった。
とにかく趣味の悪い部屋だったが、不思議と違和感はない。

こんな客も足を踏み入れたくなくなるような作りでは、ずっとここにいる俺でさえ狂ってしまいそうになってくる。

障子が静かに開いたような気配がして、首だけを動かして見れば、一寸ほどの隙間から女中が淡白な声で告げた。

「――京様、お客様でございます」

ああ、とだけ返事をしてソレが来るのを待つ。『きょう』という源氏名を耳にするのも久しい。
その僅かな間、廊下から女中がひそひそと話すのが耳に入るが、別に盗み聞く趣味も持ち合わせいないので内容までは気にしない。だって声を潜めるってことは、あまり人には聞かれたく無いってことだろう?
……さて、前に客を取ったのは何時のことだったかな、などと今から接客だと言うのに全く関係の無いことを思い出そうとしていた。




まだ俺は真っ赤な部屋に一人いた。やることも無いのでぼーっと思想に耽るのがこの所の俺の常である。
そう言えばついぞ来たお客、どう接していたのか思い出せない。赤い四角の中にいるようになってから、どうも記憶が欠落する節がある。
でもずっと疑問が消えないわけでも無いらしく、昨日はまた別のことを思い出した。

此処は確か、地下だったか。なるほど、窓が無い訳だ。




今日は、何で俺はこんな所に独りで座っているんだろう、と考えた。客が足繁く通ってくれるわけでもなし、殆どの退屈な時間をこうやってやりくりしている。昔は俺も結構売れてたんだけどな、自分で言うものなんだが遊女で言うところの格子くらいの地位はあったんだぜ?やはり時流の流行り廃りって奴だろうか。
一日が暇なら外にでも行けばいいじゃないか。……でも俺はそれをしない。何故だろう?

そう不思議に思ったとき、ふと、何処かの男の顔が頭をちらついた。
お前は誰だ?




あれから気になってずっと『男』のことを考えてみた。考えても、それが誰だったのか……。
何かが引っかかって喉から出てこれないようなもどかしさにまで発展して来た頃、また廊下から『お呼び』が掛かった。
それから数分してお客が入ってくる。その時俺は一瞬だけ目を開いた。……別に今来た客がその『男』だった訳じゃない。ただ、ちょっとした既視感に襲われたのだ。

ああ、そうか。『男』はかつての『客』だったのか、と。
まだ廊下にいた女中が、こそこそと何かを話していた。




それからまた少し経って、何でその『男』ばかりが頭をちらつくのか気になりだした。この前は「客だったなら一回は知った顔だし、ふと思いついても不思議じゃない」と考えていたのだが、よくよく人より少な目の記憶を混ぜっ返してみると、他の客の顔が全く出てこなかったのだ。
最近は考えることが数珠繋ぎのように出てきて、退屈しなくていいね。




「失礼します」と、また女の声が襖の隙間から響き、いつも平淡なはずのその声が今日は若干揺らいでいるように聞こえたのだが気のせいかもしれない。
……この所仕事が多いような、まぁ「多い」、と言ってはみても数週間に一回そこらの忙しさでしかない訳だが。
何だが外が騒がしい気がする。いや、物理的に雑音が煩いわけじゃ無いんだが、何と言うか、人の気配がいつもより多い……?妙に空気がざわついているような。
今日はどんなお客様が来たのかね。

「こんにちは」

入ってきた『男』は、一瞬形のいい表情を曇らせたが、すぐに笑顔を取り繕った。
すぐに分かった。

「お久しぶりです。お迎えに上がりました」

俺はその『男』をこの檻の中で待ち続けていたのか。
そうしたら、今まで真っ赤だった俺の記憶が、絡まりきった鎖がするすると解けるようにして、他の『色』を取り戻してくる。

「……おかえり、こいずみ」

何日も声を出していなかったような掠れた音で、それまで存在ごと忘れていた『男』の名を微笑みながら呼ぶ。すると『男』は待ってましたとばかりに、小走りで座っている俺のところにやってきて痩せた身体を抱きしめた。
うなじに、その整った鼻先をうずめる癖もそのままだ。『男』以外は一向に部屋に踏み入ろうとはせず、外はいまだにざわついている。

「……古泉様、本当によろしいのですか……?」

『男』は「ええ」、と二つ返事すると、さあ外に出ましょうか。と俺の手を引いてくれるけれど、俺は長い間座ったままだったからうまく足に力が入らず、結局身体ごと支えてもらうことになってしまう。

長く留まっていた部屋を出ると、数人の女中や受付、更には此処の支配人である旦那様までいた。何故か皆表情が硬いというか……蒼いというか。
『男』が旦那様と何か会話をしている。立ち上がるだけで精一杯な俺は『男』にしがみついて体勢を崩さないようにしなければならなかったし、喋っていることもよく分からなかったから無視した。

俺が着替えてから二人で店を出るところで、俺たちを見た野次馬の一人が「……『紅の狂』」と呟いているのが聞こえたが、きっとまたすぐに忘れてしまうんだろう。




そこで育ってきたと言ってもさして過言では無い店を出て、俺は『男』の家にいた。店ほどじゃなかったが、近所を見比べて見るとよほど裕福な育ちだとわかる。

「古泉、俺、お前を待ってる間にお前のこと忘れて、他の客とも何回か会った」
「そのようですね。……けれど、僕と会わなかった三年間、誰も貴方に触れていないんでしょう?」

そう言って、『男』は着物の裾から男性にしたら綺麗な手を差し入れてきた。

「あの部屋を見れば分かりますよ」
「……お前さ、俺が店にいた頃、なんて呼ばれていたか知っているか?」
「存じております。好いた人のことですからね。とても……そうですね、愛を感じました」
「馬鹿」

クスクスと耳を撫ぜるお互いの笑い声が心地いい。

「お迎えが遅くなりすみませんでした」

「いいさ、来てくれたから」と、『男』の温もりを受け入れる。恍惚として甘えるように擦り寄れば、降りてきた熱の篭った唇に溺れそうになる。
確かに、あの部屋に閉じこもってから客といて肌を重ねた記憶が無いから不思議なものだ。何のための商売かっていう。

……なんて、ほんとうは、もうぜんぶおもいだしているけどな?


俺の新しい居場所。
そこはもう、赤で覆われていたりはしなかった。






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