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眠れる森の青い鳥。


幼かった時、夢の中で、それが夢なのだと分かっていても、どうしても現実に持って帰りたい、と思うことがあった。
それぐらいに欲しくて欲しくて、夢から覚めても掌から逃げないように、しっかり握って。

それは、ある時は艶やかな鳥の羽だったり、ある時は七色に光る小石だったり、またある時は落ちてきた流れ星だった。





「人は皆、自分の願望を具現化することができる、と思いませんか?」

長机の反対側――ボードゲームを挟んだ向こうで、彼が眉間にシワを寄せた。

彼がの言いたいことが、その表情から読み取れる。

「………」

何が言いたいんだ、と、無言で問い詰めてくる。

彼がそう思うのも無理はない。
なんせ、『涼宮ハルヒには願望を実現させる力がある』と彼を告白したのは、紛れも無く僕自身に外ならないのだから。
なのに、その当の本人が『人みなが望みを叶えることが出来る』と言えば確かに変に思われるだろう。

「ちょっとした考え方の転換ですよ。
それに前に話したことは『機関』の思想であって、これはあくまで僕個人の考え方です。全く別の話と思ってくださっても構いません」

不満そうに眉を寄せる彼に、普段の微笑で答える。

今は放課後。既に団活は始まっており、各々が通常営業真っ只中。
長門さんは窓際で読書に勤しみ、唯一僕らと机上を共有する朝比奈さんは、さしずめ授業の予習或いは復習といったところか。涼宮さんは頬杖をついてネットサーフィンに興じている。…今日は少しばかり虫の居所が悪いのか、退屈そうだ。とは言っても、日によって人の機嫌は変わりやすいし、明日になればまた元気になってるだろう。
まあ、今日はそのうちバイトに借り出されるかもしれないな。

それぞれの活動を邪魔してはいけないので、彼に聞こえる程度、しかし涼宮さんにあやしいと疑われないほどの音量で会話をする。

「『夢』というのは、その本人の深層心理を表すとよく言いますね」

対戦中だというに、彼がボードゲームの手を止めたのと、短く息をついたの音が聞こえたのはほぼ同時だった。
ここまで言えば分かるだろう。

「…つまりお前が言いたいのはあれか」
「えぇ、望めば“見れ”ますよね」

彼の止めかけた腕がまたすぐ伸び、何色でもなかったマスが黒に染まる。それに合わせて白が黒になっていく。今日は久しぶりのオセロだ。

「だがそれは自分の中だけの虚空だ。実現とは言えない」
「ですから、『具現化』と言ったでしょう?」

現実に具象化はできなくても、自分のために視覚化することはたやすいのです。
屁理屈…と、彼が小さく毒づいたのをしっかり僕の耳は捕らえたが、気付かないことにする。

僕の番になったので白の駒を置いて黒を少しだけ裏返そうとしたとき、彼が口を開いた。

「お前にも夢…っつーか願望?みたいなもんあんのか?」

きっと彼自身、さしてそこまで知りたいとも思っていないのだろう。話しの流れでなんとなく、なんてことはよくあるものだ。

「それはありますよ。僕だって普通の男子高生ですから」

超能力者で、神様のイエスマンだということを除けば、とは口には出さなかった。
意外にも彼の興味を煽ったらしく、椅子の背もたれに落ち着けていた背を離して机に身を乗り出していた。

「好きな人に会えたらいいな、と。お恥ずかしい話しですけど」
「自分を好きになってほしいとは思わないのか?」
「…きっと、相手には嫌われてるでしょうから」

苦笑混じりに漏らせば、嫌味かこのイケメン、と舌打ちされた。

「そいつが本当にお前を嫌っているかなんて、本人にしか分からないってゆーのに何故決め付けるんだ」

それが本当、ですから。
思わず苦笑を漏らしてしまう。貴方が好きだ、って言っても貴方は同じことを言ってくれるのでしょうか。

「僕に好きな人がいたことには驚かないんですね」
「ん…?まあ、な。いてもおかしくないだろ」

好きになってほしいなんて、出過ぎた願いなのだ。本当は好意を持つことすら禁忌であるというのに。


だって王子様はお姫様と幸せにならなければいけないのだから。


「王子様がお姫様の召し使いと……なんてお話しは聞いたことないですからね」
「それ、」
「あーっ今日はもう解散!」

はどういう意味、と言おうとしたのだろう彼の言葉は涼宮さんの叫びで掻き消された。そう言うやいなや足元の鞄を掴み、早足で部室を出ていってしまった。
その時、僕のスラックスのポケットに入れているの携帯がバイブレーションを奏で始めた。
取り出してディスプレイを見れば見慣れた二文字が表示されており、ああ、やっぱり今日は機嫌が悪かったのかななんてよそ事の様に思った。

「バイトが入ってしまったのでお先に失礼しますね」

オセロの片付けを彼に頼み、挨拶もほどほどにドアに手をかけた。彼がまた眉根を寄せたのが視界の端に入った。

けれど、それにも気付かないフリで僕はドアを閉めた。


「……馬鹿やろう…」


だから、彼が何て呟いたかなんて僕は気付かなかった。









「疲れた……」

ブレザーだけ脱いでソファに放り、あとは制服のままベッドに倒れ込む。

あれから校門近くに待っていた車に乗り込み、閉鎖空間に行った。ただ単に機嫌が悪かっただけなので、そう時間もかからないかと思っていたのだが、どうやら検討違いだったらしい。

首だけを捻って時計を見れば、短い針が9を指している。普通なら起きていられる時間なのだが……駄目だ、眠い…

(……彼に会いたい、なぁ…)

顔が見たい。声が聞きたい。

瞼を閉じれば、いつでも微笑んでくれる彼がいる。
……ああ、今から、逢いに行きますね。

彼女から奪おうなんて考えていない。まして好きになってほしいなんて思っていない。
だからせめて、想うことだけは許して。


意識手放すのに時間はかからなかった。




子供の頃、夢なのだと分かっていても、どうしても現実に持って帰りたい、と思うことがあって。それぐらいに欲しくて欲しくて、夢から覚めても掌から逃げないように、しっかり握りしめた。

でも、どんなに力強く繋いでも、朝になれば貴方はいないのに。



自分の『夢』に捕われたまま僕は現実に目を醒ませない。
夢から覚める度に押し寄せてくる虚無感をわかっていながらも。




(何で本気で望まない、何で勝手に決め付ける、何で本当の俺を見ようとしない)




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実は古→←キョンでしたっていう(解りにくい…!)
『幸せ』は実は足元にあったんです。
キョンは古泉の気持ちは気付いてます。でも自分からは動かない。動いても世界がどうの言って、古泉がキョンの気持ちを受け入れようとしないから。

余談ですが、夢の中で欲しいものどうの言ってるのは書いた人間の経験をそのまま。
昔は鳥の羽とか、角の取れたガラス片とか集めるの大好きでした。


あきゅろす。
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