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捕食者は請う


遠くに聞こえる母さんの声で、重い瞼を開く。
部屋の明るさに、いつ電気を点けたっけ?と考える。

「……でん、き…?」

ハッとして時計を見ると、見事に起きるはずの時間を過ぎていて、慌ててベッドから出た。

(昨日、遅くまで小説読んでたからだ!)

昨夜のことを思い出しながら、急いで制服を着ていく。
春休みのクセで、夜中まで携帯小説を読み耽っていた。今日から学校というのをすっかり忘れて、この有り様。
あわあわと支度をしていれば、ノックの音。

「母さん、今日は朝ごはんいらな、」

「俺はおばさんじゃねぇぞ」

聞き慣れた低音が、クスリという笑いと共に入ってきた。
驚いたのと同時に、間違えた恥ずかしさから何も言えないでいれば、遅れるぞとまた声。

「あ、狼(ろう)、ごめん。寝坊しちゃって」

「見りゃ分かる。ま、バイクだから少しくらい平気だろ」


駒井狼は幼馴染みで、この十七年間離れたことがない。
小さい頃から体格に差はあったものの、中学でその差は大きくなって。
今ではおれの二十センチくらい上に頭があったりする。せめて十五センチにしておきたい所だけど。
狼は背や体格だけじゃなく、顔もそれはそれはオトコマエになった。
髪は銀髪ウルフカットで、絵に描いたような不良でもあったりするから、すごい。

何がすごいって、彼は理想通りな不良“攻め”なのだ。まさか身近にこんな人がいるなんて、神様仏様と何度も拝んだりした。

元々本の虫だったおれは、中学に入って初めてボーイズラブを読んだ。
表紙が普通に可愛く、恋愛小説かと思い読んでみたら、あの可愛い子は男の子だった。
それから、ボーイズラブの魅力にどっぷりハマり読み漁った。普通の本や漫画も読んではいたけれど、それでは得られない感動や楽しさが詰まっていた。

腐男子であることは、もちろん誰にも言えずネットでも女の子を装った。
この世界は男性に敏感なので、細心の注意を払う。
そのお陰で、友達も出来た。騙している罪悪感はあるものの、語り合える楽しさは計り知れなかった。

共通の趣味を持った人達と話すのは本当に楽しくて。
狼が後ろから見ているのに気付かなかった。


「…基(もとい)、何やってんだ?」

全てが終わった気がした。
誰にも知られないように、隠して隠してひっそり楽しむつもりだったのに。
よりによって、幼馴染みにバレてしまうなんて。

驚いたような狼に、ぎゅっと目を閉じる。言い訳が何も思い付かなくて、手にも力が入る。
すると、頭に軽い重みを感じた。ゆっくり開ければ、困ったような笑顔。

「わりぃ、勝手に入って。基が言いたくねーなら、聞かねぇから」

優しい言葉に、目頭が熱くなって。嫌われるのを覚悟で、泣きながら狼に自分の趣味を話していた。
その間、あやすように背中を撫で続けてくれ、終わると溜め息を吐いた。

「あのな、何年お前と居ると思ってんだよ。どんな趣味があろうと、俺らはダチだ。」

それを聞いて、また泣いてしまったのは言うまでもない。


涙の告白をしてから、心が羽のように軽くなった。
身近に話せる人が居るというのは、こんなに嬉しいことなんだと。
ほとんど頷いてくれるだけでも、狼の存在が有り難かった。

そのまま、男子校に進学するという狼を追うように、同じ高校へ入学。
どんな萌えが待っているんだろう、とワクワクしていた心はすぐに打ち砕かれたけど。
偏差値はそれなりにあるはずなのに、見渡す限り不良。たまに大人しそうな人も居たけど、ほとんどは不良の集団だった。
その時、少しだけ狼を恨んだ。男子校、というだけで何も聞かなかったおれも悪いので、仕方ない。


そうして通い続けて三年目。早いもので、高校最後の年になっていた。

「行くぞ」

「あ、の…出来ればゆっくり」

「しっかり掴まってろよー」

「えっ!ちょ、わ!」

にやり、と口端を上げた瞬間バイクは走り出して。落ちないように必死にしがみついた。

学校はどの駅からも離れた所にあり、まるで隔離されたように建っている。
その横には大きい公園もあり、ちょっとした森のようにも見えた。
バイクの隠し場所はこの公園で、広いため他の生徒も駐車場代わりにしている。

公園から校舎に向かう道で、母さんに持たされたおにぎりを食べる。狼の分もあるので、並んで歩きながら食べる様は、少しおかしかった。

「それで、その主人公がね」

「歩き食いしてんだ、喋ってたら詰まらせんぞ」

「じゃあ、止まる」

「そんな時間はねーの」

隣で吹き出したように笑うのを見て、少し睨む。
確かに狼は聞いてくれているだけだし、つまらないかもしれないけど。

「拗ねんなって、可愛いだけだから」

「可愛くないよ!」

「後でゆっくり聞く。まずは食っちまえ。な?」

可愛い、という言葉が腑に落ちないでいれば、頭を撫でられる。そうされると気持ちよくて黙ってしまう。
大きな手は、昔からおれを安心させてくれた。

教室に入るとガラガラで、いつもの光景に新学期を実感する。
皆、退屈な始業式なんかには来ない。毎朝のホームルームだって、半分居れば上出来。

「おはよ、鹿納(かのう)。」

「デコボコンビ見ると、学校始まった気ぃするわ」

「おはよう。田口くん、佐藤くん」

佐藤くんにも、はよと返され席に着く。狼とは席が離れているので、荷物を置くとこちらに来てくれる。
三年間クラス替えがないので、さすがにクラス内には溶け込めた。

一年の最初なんて、怖くて仕方なかったものの、狼のお陰か割りと早く馴染めた。皆、見た目は怖くても、根はいい人だったのもあると思う。
クラスによっては、内乱が起きている所もあるらしい。うちは平和だよ、と田口くんが教えてくれた。

田口くんは、タレ目で優しそうに見えるけどドSらしい。狼が言っていただけで、おれは優しくて物腰柔らかい様が、王子様のように思える。
佐藤くんは、髪の毛をしっかりセットしててピアスも沢山つけていて、一見怖い。でも、話してみると気さくで盛り上げ役だ。
どちらも攻めに見えるので、残念ながらカップリングにはならない。
クラスメイトにそんなこと考えるなんて、とは思うけどそれが性なんだと心で謝っている。


「基、聞いてんのか?」

「あ、ごめん。なに?」

「だから、転校生が来るんだってよ。あー、なんだ…その、受け?だといいな」

狼の思いがけない言葉に、思わず立ち上がる。
おれから聞いて覚えたであろう単語を、首を傾げながら言っていて面白い。
でも、それよりも転校生、という魅力的な響きに興奮しないハズがない。

転校生、と言えばもちろん受けで。平凡なのにイケメン生徒会に好かれたり、実は美少年なのに訳あって変装してたり!
いずれにせよ、こんな王道展開は見逃せない。


「そ、それって!うちのクラス!?」

「!いや、三組らしいな」

「そっか…」

興奮状態のおれに驚いていたけど、すぐに表情を戻して教えてくれた。
クラスが違って残念だけど、見に行けば問題ない。

鹿納がご乱心だ!なんて佐藤くんが騒いでいるのを、田口くんが叩いていた。
それを尻目に、ようやく訪れた最大の萌えの予感に胸を高鳴らせた。









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