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Novel
07*01【二度死ぬ】



人生の転機とは突然に訪れる。それが遅いか早いかなど、人間の力ではどうにもならず、察知する事もできない。彼らの場合は、不運な方向にその力が働いた。
休日に予定を合わせた羊と錫也は、街のショッピングモールに足を運び不足している夏物の洋服を選びあったり、フードコートで冷涼なデザートを食べたりと休みを満喫していた。マンゴーまるごとを使用したシャーベット、様々な果物で彩られたパフェ。二人の甘い時間が壊される瞬間の轟音は、直にやってきた。




【二度死ぬ】




最初はガシャン!とガラスが割れる音だった。ショッピングをしていた者全員の目線を奪う破れるような音は、運転を誤った大型トラックが勢いよく運んできたのである。人々やフードコートのテーブルをタイヤに巻き込み、スピードを出したまま物凄い衝撃で壁に激突してようやく停車する。それだけでも大変な事故であるが、それはこれから起こる悲劇の序章でしかなかった。幸いにもトラックから離れた位置にいた二人であったが、直後、ゴゴゴという地響きのような音と揺れにお互い足をふらつかせる。バキン!ビキィ!!と何かひびの入るような音が鳴り始めたと思ったら、頑丈にできていたであろう柱に亀裂が太く走り、建物全体が崩壊を始めたのである。柱の内部に脆弱化が進んでいたのか、トラックの衝突をきっかけとしてしまったようだ。
天井から降ってくるのは瓦礫だけでなく、上の階上にいた人々が悲鳴と共に落ちてくる。人が人にぶつかり、瓦礫が家族やカップルの間に壁を作る。錫也は大声と共に羊に腕を伸ばすが、その二人の間にも……。

羊が目を覚ました時、そこは白い部屋だった。柔らかなベッドの中で眠っていた事がわかると、少し辺りを見渡そうともう少し大きく目を開ける。すると、目が覚めたのか!?と聴き慣れた五月蝿い声がキーンと鼓膜を揺さぶってきたのでそちらを見ると、それまた部屋に負けないくらい白い顔をした友人が網膜に飛び込んできた。

「よかった……お前、一週間ずっと寝たまんまだったんだぞ…」

「哉太……。なにここ、病院、か……」

どうやらあの事件からしばらくの間自分は眠ったまま治療を受けていたようだ。規則正しく心電図のモニターは音を立てるし、点滴の速度を調整するポンプも正常に働いている。

「酷い事故に巻き込まれたな……。トラックを運転してた奴はアクセルとブレーキを踏み間違えた焦りでハンドル操作をミスって突っ込んだらしい。……即死だった。ドライブモニターがあったからそっから状況がわかったらしいぜ」

「テロにでも遭ったのかと思った」

意識を失ったのが幸いだったかもしれない。あの状況では、それはグロテスクな光景が広がっていたことだろう。

「ねぇ哉太、それより錫也は?」

同じ病室ではないのだろうか?もしくは同室だがまだ眠っていているだけなのだろうか。
羊が弱った身体を起こそうと腕に力を入れると、右肩にずきん!と形容しがたい激痛が走った。腕がちぎれそうな感覚を、どう表現すればいいのか。よく見れば右腕は包帯でぐるりと真っ白に巻かれており、傷でも負ったのだろうかと羊は眉をひそめる。

「馬鹿!無理に動くな!まだ傷が……」

哉太が即座にナースコールを押し、飛んできた医師が羊に鎮痛薬の注射を行う。

「目が覚めたばかりで身体の状態もわからないよね。これで少し痛みは落ち着くからね」

「僕の事はどうでもいいよ!それより錫也は?」

「……」

「……」

その言葉に対して、どういうわけか哉太がバツの悪そうな顔を逸らせる。医師はその質問が来ることをわかっていたのか敢えて羊から目を背けず、真摯な瞳を向けた。

「東月君の事が心配なんだね」

「は?当たり前……」

「彼は……あの時、トリアージで黒の判定をされたんだ」

「トリアージって何……?」

「トリアージっていうのは災害時に治療の優先順位をつける事だよ」

「黒は何の意味なの?」

羊の疑問の声に息を詰まらせたのは、話を聞いていた哉太だった。母親が看護師という事もありトリアージの色の意味を知っているようで、くるりと羊に背を向けて口を腕で塞ぐ。そんな哉太の様子を視界に入れつつ、医師は重い口を開く。

「黒は……命を助ける事が困難な人か、もしくは……死亡している人につけるタグだよ。その点、土萌君、君は赤だったんだ」

「……えっ?」

「東月君は……」

「センセ、そっから先は俺に話させてくれ」

哉太は涙目になりながら、嗚咽しそうになりながら慎重に言葉を選んで話し始めた。
救助に当たった隊員の話によると、錫也は右腕を伸ばした状態で上から落下してきた瓦礫に頭部もろとも全身が埋もれてしまい出血量も夥しい量だったそうだ。逆に羊は、瓦礫が落ちてきた衝撃で後方に飛ばされ、伸びてしまっていた状態の右腕に瓦礫が落ちている状態で、肩から下が完全に潰れてしまっている状態であった。錫也の右手首には黒のトリアージタグが取り付けられ、治療は受けられず遺体の搬送も全て後回しにされた。彼らの家族に真っ先に連絡がいったのは勿論だが、各々の両親から哉太にも連絡が行ったらしい。幸いにも錫也の右腕は無傷で、現場に駆けつけた哉太はこう言った。
羊の右肩に錫也の腕をくっつけてくれ!!!

「じゃあこれは……この腕は……!?」

「他人の腕を他人にくっつけるなんて、少し前の医学では考えられなかった事だよ……。免疫の問題もあるし、神経がうまく繋がるかもわからない。だからそれに対しては今後も薬の点滴をして、直に内服で調整するつもりだけど、七海君の声がなかったら…東月君の腕は……」

「錫也……」

左腕も多少は痛めたらしいが、それでも痛みを振り切って羊は左手で包帯の上から右腕を撫でた。僕を守ろうとした、大切な人の腕。

「僕、リハビリ頑張るよ」

「そうこなくっちゃな!それに錫也の腕でなら、お前でも美味いメシが作れるんじゃねえの?」

「哉太〜、SFの読みすぎ」

空元気でも、大切な友を亡くした二人に笑顔が見られた。医師は二人を微笑ましげに眺めると、お大事に、と言って病室を後にした。











錫也の腕を使って料理、というのを試してみた羊と哉太だったが、SF漫画の様にうまくいくはずはなく、卵焼きは少し固いしおにぎりの握り加減もあの絶妙さはなかった。しかしそういった日常のリハビリのお陰で羊はまるで自分の腕のように錫也の腕を使えるようになった。
そうしていつの日か、羊がアメリカに渡る時が来た。哉太とは左右の手で二人分の握手をする。その頃には文字を書くのにもPCの入力をするのにも苦労しない程で、これならアメリカでも大丈夫そうだ、とえへんと胸を張る。俺の協力のお陰でもあるだろと哉太は口を尖らせるが、その軽い喧嘩を止める存在はいなかった。
羊は飛行機に乗り込み、座席のイヤホンで適当な音楽を聞いてアメリカまでの空の旅を楽しむことにした。




うとうととしていた羊の耳に警報音が鳴り響き、慌てて目を覚ます。どうやら飛行機に問題が発生したらしい。アメリカまでは着くが、恐らく空港に不時着するだろうという機長の声に、乗客は阿鼻叫喚である。羊は、やっと乗り越えた過去のトラウマが脳裏に浮かび、揺れる機体の中両腕で身体を抱きしめて震えていた。でもその右腕は錫也のものである、それだけで幾分心が落ち着き、「錫也が一緒なんだから」と深呼吸する事にした。
揺れる飛行機の中で大人も子供も悲鳴を上げており、時に子供の鳴き声に対する大人の怒号が聞こえたりもする。
――――僕には錫也がついてる。
羊は乗客の混乱を少しでも落ち着かせようと声を掛けるが……その時、ギャリギャリという音と船内に響き渡る金属の叫び声、そして燃え上がる炎と凄まじい揺れが乗客を宙に舞わせた。

気を失っていたらしい。羊が目を覚ますとそこはまだ飛行機内だったようで……だが救助隊がテキパキと救助にあたっている。はぁ……と起こしていた頭を下ろす。もう少ししたら僕の所にも来そうだな…、少し……疲れた……。しかし気になる事がある。右腕がじわじわと痺れるのである。重い脳味噌から目に指令を出す。右腕を見ろ、と。
目を遣ると……

「あ……ぁ………」

不時着した衝撃で飛行機内のあらゆる物品が破損したらしい。そしてそれは飛行機の外装……飛行機自体も例外ではなく、ぐにゃりと大きく変形した飛行機そのものが羊の、錫也の右腕に突き刺さり、ぷらん…とぶらさがっているような状態に切り裂かれていた。激痛を感じそうな状態だが、あまりの事に脳が痛みを拒絶しているのか、痺れとしか感じられない。指先に力を込めてもピクリとも動かない。
羊は叫ぶ。錫也が死んじゃう。







羊は右腕を切断された。
あれ以上繋いだままにしては、壊死が全身に広がり敗血症になってしまうそうだった。
無くなった右腕をさするように、羊は左腕を動かす。
義手にする意欲はなかった。錫也を二度も死なせてしまった自分に、そんな価値はないと思ったのである。

退院した羊は、アメリカという国柄を活かし拳銃を手に入れ、自殺した。













END

2019.7.5


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