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Novel
02*12【時間売ります】




木ノ瀬梓が死んだ。事故死だった。
遺体は見ない方がいいと周りの大人たちに止められたが、好きな人の最期だからと言って翼は聞かなかった。

「寂しくなるぞ〜……」

桜の季節も終わり、木々から寂しく花が散っていく様が翼の心に刺さったが、それでも前を向いて歩いていかねばならない。敢えて明るく接してくれる生徒会メンバーの姿に自分の心を奮い立たせようとする翼だったが、まだ高校1年生の身。終始気丈に振る舞うのは難しい事であった。

「梓……」





そんなある日の事。梓の事故死から時は経ち、初夏を迎えた星月学園に冷たい影が降り立った。全身を黒い服で覆い尽くし、被っているフードによって顔はよく見えない。それも、翼の目の前で宙に浮きながら話しかけてきているとくる。言うなれば死神のような……

「お前、誰だ!ここは俺の部屋だぞ!!」

現実的ではない。鍵を開けて誰かを部屋に入れた覚えもなければ今は昼間。寝ぼけるには少々時間が早すぎる。しかし相手はくつくつと笑いながら翼に近寄ってきた。翼は当然距離を取るが、それも読んでいたかのようにグイッと顔を近づけてくる。

「まぁ落ち着けよ。俺はお前の助っ人に来たんだよ、天羽翼」

「なに……っ!」

「いい子だから静かにしな」

やけに骨ばった手がフードに伸びる。いや、“骨ばった”というのは適切ではなかった。白々しい程に白い“骨”が、黒いコートの袖から伸び、そのフードをまくりあげた。

「……!?!?」

そこにあったのは、骸骨だ。漫画やアニメに出てくるように、白くてカラカラと鳴っている。言葉を発するのに舌は必須だが、死神ともなると舌など不要なのだろうか、カラカラという音を鳴らしながら、どこから発せられてるのかも分からない声が翼の鼓膜を揺らす。

「お前は、寿命を信じるか?」

からん、ころん。どこか小気味いいようで、どこか不気味な音がする。

「事故死は、寿命を全うしてない。つまり、他所から命を与えられるんだよ……」

「どういう事なのだ……?」

その甘い“音”に、翼はつい耳を傾けてしまった……―――









人間には寿命がある。持病があるなり、自然死するなりあるが、強制的に奪われたものでない限り修正できるのだ。強制的に奪われる例として挙がるのが事故死や自殺、殺人。寿命を全うしなくても死ねてしまう現象が人間界には存在する。人間にその運命を修正する事はできない。人工知能まで生み出した人間であるが運命を修正するのはまだ困難である。だがそれを行える者がいる……それが死神だ。
死神は死んだ人間の寿命と年齢を引き算する。そしてその人間が“まだ生きられる”存在であると認定すれば、その人間に関わりのある者に交渉を行えるのだ。

「お前の寿命を、木ノ瀬梓に分けてみないか?」

死神は交渉する。愛しい人間に、自分の寿命を分け、生き返らせないか、と。

「そんなことできるわけ…っ!」

「いいか?俺たちは命を運ぶ仕事をしてる。“運命”ってそう書くだろう?でもな、ただ命運んでるだけじゃ俺たちも退屈なんだよ。たまには遊びを求めちまう」

――俺が見たいのは、破滅するお前だ。

「それも意味わからないぞ」

「っくく、わからない?好きな奴に寿命分け続けて自分の寿命使い果たす人間を見るのが俺たち死神の楽しみの一つなんだよ。人間が言う……そうだな、パチスロってのと一緒だよ。どんどん自分をダメにするだろ?」

お前の寿命の残りは教えない。でも梓に寿命を分ける事には全力で協力してやるよ。さぁ、どうする…?









翼は死神の言葉を飲んだ。つまり、自分の寿命と引き換えに梓を蘇らせる事にしたのだ。

「梓が生きてる間は俺は人間界には姿を現さねえ。だが、いつでも呼んでくれていいぜ」

「俺は梓と最期の別れを告げる為に呼び出すのだ。お前なんかもう関係ない!!」

「ふっくくく、いいぜ、その強気な態度。いつでもご利用、待ってるぜ……」

死神はすぅっと姿を消していく。翼は死神の姿が消えるのを待たず、星月学園の中庭へと急いだ。そこに梓の遺体を運んだと死神に聞いていたためだ。

「梓……梓!!」

いきなり奪われた命。大事な、大切な幼馴染。俺の命を分けたまがい物の姿でも、でも最後の挨拶をしたい……!!!
翼は、転びそうになりながらも中庭に駆け込んだ。

「梓!!」

張り裂けそうなくらいに叫ぶ。これ以上ないくらい、想いを込めて……

「つ、ば……さ……?」

中庭から聞こえてきたのは、消え入りそうなくらいの、小さな声だった。

「梓ッ」

事故に遭った梓の身体は無残なものであった。胴体は千切れ内臓はばらまかれ、脳みそは垂れ流されていた。田舎道だからと猛スピードを出していた車にぶつかった梓の体は、身体的にも精神的にも高校生に受け止められるものではなく、幼馴染の翼の心を潰した。そんな翼に、梓の……それも、死ぬ間際のような梓の声が翼の鼓膜をうっすらと揺らす。
翼の目に入ったのは、事故当時の無残な姿ではない、制服をしっかりと着用した生前の梓だった。震える腕で自分の身体を支え、立ち上がろうとしている。

「梓!!」

「翼……なんで……」

「梓、ほんとに、本当に梓なんだよな…?」

こんなに嬉しい事があるだろうか。事故死した幼馴染が目の前にいるのだ。それも、生前の姿で……。

「本当に…本当だよ……」

だが様子がおかしい。言葉では喜びのワードを連ねているのに、声色がおかしかった。

「嬉しいよ……でも…どうしてだよ!!!」

中庭には武器になるような物がない。怒り狂った者は陶器などを使うだろうが、梓は困ったように草をむしって翼に投げつけた。

「うわ!どうしたんだよ梓!?」

「どうしたもこうしたもないだろ!!なんでこんな……なんでこんな……ッ 僕は翼の寿命なんて食いたくないんだよ!!」

「ぐあっ!?梓!落ち着け梓!!」

「落ち着くのはお前だ翼!!!僕に命を与えるなんて、何考えてるんだよ!!!」

「痛っ!」

「僕の死を、なんで受け入れられないんだよ馬鹿野郎!!!」

目の前にいるのは確かに木ノ瀬梓そのものだった。しかし、自分の死に様を……寿命を全うしなかった場合の選択肢を知っている梓そのものでもあったのだ。死神は寿命を全うしなかった者に運命を伝える義務があるが、それを知らない翼は当然戸惑う。

「アイツら死神が親切心で取引を仕掛けるわけ……ないだろ…っ」

翼に殴りかからんばかりの剣幕だった梓だが、徐々にその勢いは失せ、ぽすっと弱々しく翼の胸に拳を当てるだけに終わった。翼の想いも、梓の名残惜しさも、そのどちらをも利用して私利私欲の為に人間の苦しむ姿を見たいと思う……それが死神なのだ。それを知っているからこそ、梓は怒り狂う。だからこそ、翼の寿命を使いたくなかった。

「……今回、何分僕にくれたわけ?」

「…1時間……。本当に、本当に梓にお別れを言いたかっただけなんだ!だからそんな気に病むことなんてないんだぞ…」

「は…?1時間…?1時間あったら、人間なんて何回でも死ねる時間だぞ!!!それをなんで一気に費やすんだよ!!自分の寿命聞かされてないんだろ!?」

貴重な時間は刻一刻と迫ってきている。梓とて、翼に殴りかかるくらいなら最期の別れを告げたいところであったが、1時間という大きな時間を前にして、自分の感情を止められなかった。たかが1時間、されど1時間……。もし翼が寿命を全うする時、あと1時間あれば彼にとってのその時の大切な人に別れを告げられるであろう。その人と触れ合い、心を癒し合えただろう……。しかし翼は、その大切な1時間を安々と梓に渡した。梓は死んだ身だからこそ、その貴重な1時間を自分の為に浪費した翼を愛おしく想い、だからこそ怒りの感情が湧いたのである。

「1時間なんて、俺がどうせ失敗する実験に費やしてれば消えるんだ!!だからこそ梓に会いたかったのだ!!」

死んでいたからか、力加減が上手くいっていない梓の鈍ったパンチをかわし、翼は必死に声を張る。梓がもう一度右の拳を振りかぶり、思い切り殴りかかってきた怒りを大きな左手で容易く受け止めると、翼はもう我慢できないというように梓の細い身体を抱きしめた。

「つ、ばさ……」

「最後…“最期”だから……こうさせてくれよ……」

涙をこらえた声というのは、人間の脳に直接揺さぶりをかける。梓は怒りの感情が消えていくのを感じ、落ち着きを取り戻していた。
誰もいない中庭の隅。死んだはずの男と寿命を削った男の最後の時は、荒々しくも穏やかに過ぎていく。自分の腕から梓を解放した翼は、いかに事故がショックだったか、どのくらい泣いたかなどを、敢えて赤裸々に話した。悔いのないように。誰にも言えない傷を、ゆったりと溶かすように……。梓はそれを黙って聞いていた。

「今何時?」

「……あ」

時間を忘れて幼少期の話などもしていた彼らは、ふと自分たちに残された時間に気が付く。あと5分もない事に気がついた翼は、最後の別れを言うために呼び出したのにあたふたと改めて言葉を選んでいた。

「最後の別れなら、さっき言ってたじゃん」

「でも、ほんとにほんとの最後なんだぞ……?何か、特別な事……」

「……それはもう、いっぱい貰ったよ。それより早く、寮に帰って」

「…?なんで?」

「は?お前……、…ちっ、あのクソ死神…」

「梓……?」

苦々しい表情で舌打ちをする梓におずおずと声をかける翼であったが、わざとらしい程に表情を変える梓に背中をグイグイと押された。梓の発言がどうにも引っかかるが、しかし最期の瞬間には立会いたい。どのようにして姿を消すのか、それを見届けるくらい権利はあるはずだ。幼馴染として……恋人として。

「梓、あと数分しか一緒にいられないんだ。最期まで一緒にいたい」

「ダメ」

「なんで!」

「いいから!!帰れよ!!!」

翼は梓を引きとめようと腕を伸ばすが、梓はその手を振り払い脇目も振らずに中庭の外へと駆け出していってしまった。

「梓!!!」

翼は、梓に追いついて最期を共にできると……そう思っていた。しかし彼の耳に入ってきたのは「ぐしゃっ」とか「どしゃっ」という、一瞬身体の強張るような……容赦のない音だった。なんの躊躇もない音だった。

「……」

梓が自分の元から駆け出して、ほんの少ししか経過していなかった。梓を追いかけて中庭の、見晴らしの良い中庭を駆けていた自分の視界から……肉が、崩れた。

「梓……?」

梓に与えられた時間は、翼の目の前で尽きた。時間が尽きた場合……死神の力を経由して寿命を与えられた人間は……当時の死亡時の姿に還る。つまり今翼の目の前にある“肉塊”は、梓が交通事故に遭った当時の梓自身であり……翼の心に大きな傷を遺した、そのものの姿であった。

「あ……あ、ぁ…」

梓が事故に遭ったと聞いたとき。周りの大人を振り切って梓の遺体に立ち会った時……その時の恐怖の感情が再度降りかかってきた翼は、膝から崩れ落ち涙を流しながら嗚咽した。

「梓あああああああああ!!!!!」










翼の心も、梓の損壊遺体に“慣れてきた”頃、翼は自室にいた。

「今度は、1ヶ月」

「っおいおい、いいんだけどよ……お前最近寿命浪費し過ぎだろ?そんなんでいいのかよ…」

「五月蝿い!!!」

最初に梓を蘇らせてから一年は経過しただろうか。薬物中毒者のように、翼は梓に寿命を与えその一緒の時間に心の安寧を求めていた。蘇らせる度に怒っていた梓だったが、幾度も繰り返される契約に怒る気力もなくなったのか、最近では素直に翼と一緒にいる。最初に契約を持ち出したのは死神であったが、その死神もためらいを見せる程に、最近の翼は寿命をひたすら消費していた。普段であれば何も言わず、ただニヤニヤと契約を飲んでいた死神であったが、今回はどこか引っかかる事でもあるのか、骸骨の表情をカタリと歪ませていた。

「俺みたいな下っ端が言っていいことかわからないけどねぇ……」

懐から帳面を取り出した死神は、翼の欄をパラパラとめくっていく。

「お前、今回で死ぬよ」











「なんだよ、翼……またかよ。いい加減僕を静かに眠らせる気はないの?」

「……」

「翼……?」

「いや!なんでもないぞ!それより今度の新作見てくれよ〜」

何度目の契約だろうか。幾日か梓を蘇らせ、また亡くし、そしてまた契約を重ねて梓を復活させる。最初は最期の挨拶をするのが目的だったのに、今では生前のようにコミュニケーションを交わす事が前提となっており、数時間の単位から数日、数週間……契約の日時は回数ごとに増えていた。自分の寿命を知らされていないにも関わらず翼を梓をこの世に呼び戻し、日常での出来事や新しい発見を喜々として死んだ梓に伝えていた。しかし梓は感づく。翼の様子が、いつもと違う。
生前の関係のように気楽に話せるようになったのは確かだが、今日はどこかわざとらしい……違和感がある。だが質問を変えてみても返ってくる返事は「なんでもない」

「……」

梓が翼の様子に疑問を持ってしばらく経つが、翼が“ボロ”を出すことはなかった。何度も生と死を繰り返した代償で感覚がおかしくなってしまったのかもしれないと苦笑しながら眠りについた梓だったが……翌朝目覚めてみたらどうにも様子が違った。
普段なら、目覚まし時計のロボが梓の髪の毛を引っ張り翼に冷水をかけるのだが、今日は冷水をかけられた翼の悲鳴が聞こえない。午前7時。身体が慣れた梓はいつも通りの時間に目が覚めた。

「翼……?」

目を開ける梓だったが、その光景はいつもと同じものだった。目の前には翼が寝てるし、自分の身体は健康的な高校生のものだ。しかし、翼が起きない。水もかぶった様子だが、起きない。

「おい、翼……」

いつもなら冷たい水をかぶった翼が「ぬぬぬ」とか呻きながらロボの機能を止め、梓は笑いながら髪の毛を直す。梓が死んでからというもの精力的に発明に取り組んでいた翼は、複数人用の目覚まし時計を開発していた。それもこれも、一緒に朝を楽しむため。目を覚ますという、最高の瞬間を共にするため……。

「なぁ……」

しかし、起きない。
肝心の、開発者が、目を覚まさない。

「翼!!!」

ガバッと身体を起こし、カレンダーを確認する。自分が死ぬまであと3週間ある。

「翼!!起きろ!!!」

布団を剥ぎ、胸ぐらを掴んでガクガクと揺らすが、翼は熟眠しているかのように目を覚まさない。反応を示さない。叩いてみても効果はない。
しばらく翼を揺さぶっていた梓だったが、1時間以上経ち、体育座りでひたすらうずくまり、ようやく現実を受け入れた。あぁ、コイツ、死んでるんだ、と。

「だから言ったじゃん……1時間あれば、って…」

寿命を全うしなかった人間に、時間を渡すことができる。
――それは健康体で生きてきた人間にだからこそ言える契約だった。だが死んだ人間は寿命を分ける事ができない。それも、“寿命を使い切った”人間相手になど、できるはずもない。

「だから言ったんだよ……死神の言うことなんて聞くな、って…親切心で取引しかけるはず無いって……」

死神の本当の狙いは……――――








「自分が愛してやまない人間が徐々に腐っていくのを見ていくとか、耐え切れるはずないよな。っくくく、それを見るのが楽しみだから、俺は親切にしているんだぜ……せいぜい残りの3週間、腐乱臭に溢れた部屋で一緒に仲良く過ごすんだな」

遺された者が何れ程辛いか……













END





2018.5.9


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あきゅろす。
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