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Novel
★07*11【「東月が新作のデザートをくれたのだが…、物凄く美味かった」】











俺は甘いものが好きだ。まあ言わなくても皆知っている事だろうが…。だが、あまりに甘いものは好んでは食べない。なんというか、下品な甘さというのか、いつまでもしつこく舌や喉に残るぬっとりとした重っ苦しい甘さは俺でも好まなかった。
今までは。
そう、今までは、だ。俺は今、前述のような甘さも中々いいなと思っている。どろりとしているのは、それだけ甘い証拠だろう。普段なら、デザートはスプーンを使って食べるところだが、今日は何となく、器から直接指先で掬ってみた。む、香りだけじゃなく感触もいいな…。指を口にくわえて、砂糖をどろどろに溶かしたような甘さを絡めとる。じゅん、と舌の上で溶け、鼻腔を擽りながら胃へとゆるやかに落ちていく…。これは癖になる。味や香りだけでなく、その舌触りも。喉越しも。
しかしこの甘ったるいデザートは市販の物ではないため、気軽に手に入れられるものではない。ぷるん、とした弾力はあるものの、舌でつつくとすぐに溶けてしまう…、そんな魔法のようなデザートなのだ。そうそう手に入らないからこそ貴重な感じがして、より美味しさも際立つのだろうか。だとしたら、そんなに頻繁に食べられなくても…。


「む…?」


その時ケータイの着信音が自分の部屋に鳴り響き、うっとりとしていた気持ちは途端に現実に引き戻されてしまった。やれやれ、甘いものについてのんびり考える時間が幸せなのだが…。しかし、ケータイのディスプレイを見た瞬間、若干の不機嫌さを露にしていた俺の顔はパッと明るくなった。東月錫也…、俺が今食べていたデザートをくれた奴だ。なんでも、東月が作った新作だとか。…で、見事に虜になってしまった俺は、急いで通話ボタンを押した。


「っ、もしもし」


『うわ、ビックリした…!』


声が荒いでしまい、電話越しに東月は驚きの声を上げる。


「あ、あぁ…、すまない。」


『いや、大丈夫だよ。何か作業中だった?』


「む、お前がくれたデザートを食べていたんだ。」


『あぁ、食べてくれたんだ!嬉しいよ。お気に召してもらえたか?』


東月の言葉に頷き、俺は先程まで口の中にふわりと広がっていた甘さを思い出す。普段は決してしないような下品な食べ方をしてしまった為、作ってくれた東月には申し訳ない気持ちがあったが、指先から香る芳醇さも堪らなかった。そして頷いただけで返事をしていなかった事を思い出し、俺は慌てて返事をする。


「悪い、電話だという事を忘れていた。」


『あはははっ だと思った。』


くすくすと笑い、それで?と東月は促す。


「とても美味かった。色には驚いたが…、着色料でも使ったのか?」


『いや、着色料は使ってないよ。』


「ふむ。」


『そうだ、もしよかったらまたあげようか?』


「本当か?だが…」


気持ちはありがたいが、あんなに美味いものを俺一人で独占してしまって良いものか…。きっと土萌や七海、夜久にも分けてやった方が良い。だがその旨を伝えると、東月は小さく笑った。


『優しいなぁ、宮地君は。』


「いや…」


『だけど、気にしなくて大丈夫だよ。俺は宮地君に食べて貰いたかったんだ。』


「東月…」


『ああもう、なんか照れ臭いな…。とにかく…今から宮地君の部屋に行ってもいいか?』


電話を切り、俺は部屋を一通り見回す。普段から整理しているから突然誰かが来ても大丈夫なのだが、無意識に確認したくなってしまうものだ。…ふむ、問題はないな。やはり好きな奴が部屋に来るのは少し緊張するというか、胸が高鳴るというか…。
暫くすると部屋の扉がノックされ、俺は軽く返事をしてからドアノブを捻った。


「やあ。いきなりごめんな。」


「構わない。」


む…なんだか素っ気なくはないか、俺。扉を閉めながらちらりと東月を見るが、アイツは特に気に留めていないようで、一人反省会はここまでにして東月に続いて俺も部屋に戻る。


「本当に、お前が作るものは何でも美味いな。」


片膝を立てて座る東月の横に胡座をかいて座る。食べ掛けだった真っ赤なデザートに、先程は使っていなかったスプーンを挿し入れて一口掬う。ぷるぷるとしていて、見た目だけでもとても美味そうだ…事実、美味いのだが。


「ああもう…、ふふ。」


「ん?」


「いや、食べてるところも可愛いよな…と思っただけ。」


「……」


「照れた?」


「う、五月蝿いぞ。」


まったく!油断するといつもこうだ。俺の事が"可愛い"など、悪趣味な事だな(悪い気はしないが)。照れ臭さを紛らわす為に東月から顔を背けてデザートを食べていると、また「可愛い」と一言…。もう何も言うまい。俺は食べる事に集中するぞ!
ところが、そんなに時間稼ぎができる程の量でもなく、俺は惜しみながらカップを置く。


「御馳走様でした。」


「うん、お粗末様。」


「なあ東月、これはどうやって作っ…んぅ!?」


東月が作る美味いデザートを作る事は俺には出来ないが、どんな材料で、どんな過程で作られるのか…その話を聞くのが俺の楽しみの一つだった。一つ一つ異なる材料が、東月の手で完成されていく…。そしてそれを話す東月は、至極楽しそうに声を弾ませるのだ。嬉しそうな表情に、こちらまで気持ちが高まる。今もまた、いつものように話を聞こうとしただけなのだが…、東月に向き直った刹那、俺は唐突に唇を塞がれてしまった。驚きに目を見開き、思わず身を引こうとするが東月の手が俺の後頭部を押さえ付けてきた為、それも叶わない。


「と、…づき…っ、ん、んん…!」


反射的に名前を呼んでしまい、俺は後悔する。名前を呼ぶ為に開いた唇に東月の舌が捩じ込まれ、俺はびくりと肩を跳ねさせてしまった。くそ…恥ずかしい…っ。いきなり何をするんだ、と睨み付けてやりたいところだが、何分俺はキスをされたままそんな芸当が出来る程余裕のある奴ではない。舌を吸われ、絡め取られ、舐められて…目をぎゅう、と瞑って堪える事しか俺には出来なかった。


「っ、ん…」


「ぅあっ、ぅ…ん……んっ」


ぞくり、と腰が痺れる。俺がもう逃げないと分かったのか、東月は後頭部を押さえ付けていた手をするすりと腰まで滑らせ、いやらしい手付きで俺の腰を撫でた。っ、おい、やめろ…キスだけでもぞくぞくするのに、そんな風に撫でられると駄目だ…っ!


「ふっ、ぅ…ん!んんっ、ぅあ…!」


「はっ…、可愛い…。顔、赤いよ…?」


「とう…づき…っ、いきなり何を…!」


堪らずに俺が顔を背けると、東月は大人しく唇を離してくれた。顔が熱い…。


「ごめん、……我慢…できなかった。」


「…っ」


耳元で低い声で囁かれ、俺はまた震える。普段は落ち着いた優しい声色をしているのに…こういう時は野生的な、あからさまに色を含んだ声で俺に囁きかけるのだ。そのギャップに慣れず、いつもこうして息を呑んでしまう。


「声…ッ」


「ん…?」


「その、声…やめろと、…いつも…!」


「くすっ あぁ…宮地君は……、この声に弱いもんな…?」


「ひ…っ!?」


喉で笑うと、東月は面白がる様に俺の耳を舐め、そっと吐息を吹き込んだ。声に加えて、弱い耳を下から上へと焦らすように舐められると、いよいよ身体の熱がどうしようもない程に上がってしまう。勃つな…っ、勃ってくれるな…!しかし悲しきかな、そう念じれば念じる程に下半身に意識がいってしまい、俺は東月に気付かれないよう祈るばかりになってしまった。…だが目敏い東月の前ではそんな祈りも無意味である。東月の手が腰を引き寄せたかと思ったら、反対の手で前を撫で上げられ、胡座をかいていた俺は抵抗も出来ずに声を上擦らせた。


「ぁッ…ぅあ!」


「嬉しいなぁ…キスと声だけでこんなにしてくれるなんて。」


「う、るさ…ぃ…っ!っは、……ふっ、んん…ッ」


手で口を押さえながら、膝を立てて東月の手の動きを妨げようとする。しかし俺が膝を立ててしまうよりも早くに東月は俺と密着してきた為、膝を立てた事により寧ろ東月の手を脚で俺に押し付けるような形になってしまった。胸や腹に押し付けた(不可抗力だ…!)東月の腕にまたどきりとしてしまうのだから、実に笑えない。


「自分で押し付けてる…?」


「ば、か…っ、違うに…決まっ……ぁ…あッ」


耳を甘く噛まれ、言葉尻がみっともない声に変わる。耳元で東月が笑い、耳たぶを軽く銜え舌先で弄ぶ。それだけの事だというのに、俺の身体は快感に震え、東月を咎める事すらろくに出来なかった。


「ひっ、ぅ…!もう…っ、い…加減にしないか…ッあ」


「…あぁ、そうだな。」


宮地君が可愛くて、つい来た理由を忘れてた。などと白々しく言うと、東月はあっさりと耳から顔を離した。離れてくれた事は嬉しいが、中途半端に高められた身体の熱を放って置かれるのは少し辛……、…いや、なんでもない。


「宮地君…えろい顔してる…。」


「っ…、」


思わず俯く俺の頬を撫で、東月はゆっくりと唇に弧を描く。やっと離れたと思ったのにこれではまた振り出しであり、なにより居た堪れない気持ちになってしまった為、俺は東月の手首を掴むと、顔から引き剥がした。


「よ、用件が…あったんじゃないのかっ?」


「はははっ、そうでした。」


ごめんごめん、と両手を挙げてやや身体を離す。


「宮地君にさっきのデザートをあげようと思って来たのに、すっかり忘れちゃってたな。」


「…!」


「お、流石宮地君!目の色が一気に変わった。…っふふ」


「わ、笑うな…!
しかし、図々しいようで悪いが…手ぶらで来たんだろう?」


「あぁ。出来れば新鮮なうちに、宮地君にあげようと思ったんだ。」


「…まさか、此処で作ってくれるのか?しかし、材料など…」


「それなら大丈夫。」


"新鮮"…?"作りたて"ではなく"新鮮"という表現をした事に違和感を覚えたが…気にする事でもないか。だが、今言った様に俺の部屋にデザートを作れるような用意は無い。一体、どうするというのだ?俺が疑問符を浮かべていると、東月はまた笑った。


「ちょっとだけ、目を閉じててもらってもいいかな…?」


「? わかった。」


大人しく指示に従い、俺はゆっくり目を閉じる。なんだ?これは目を閉じている俺に、所謂「あーん」というものをしてくれるのか?…待て待て、東月は手ぶらなんだよな。まさか、実は隠し持っていた、とかか!?俺を驚かせる算段か…それも面白い。……いや、何を考えているんだ俺は…。


「百面相中?」


「か、顔に出ていたのかっ」


「あははっ、何を考えてたんだ?」


「…何でもない。」


「うーん、目を閉じたまま顔を赤くされると…キスしたくなるな。」


「っ、こいつ…!」


「冗談、冗談。
…はい、宮地君……あーん。」


!!や、やはり「あーん」なのか!?
と、思わず漏れそうになった声を心の内に押し込む(言ったら確実に、笑われる)。本当にくるとは思っていなかった事と、恥ずかしさから一瞬硬直したが…それよりもあの美味いデザートをもう一度食いたいという欲求の方が勝った。恐る恐る口を開き、東月を待つ。


「ん!?」


ところが、口の中に入ってきたのはスプーンでもデザートでもなく、東月の指だった!驚きに俺が目を開けると、東月はにこりと笑って俺を促す。


「舐めてみて?」


「んぅ…?………、…ん!」


指を舐めるよう促され、不思議に思いながらも俺は東月の指に舌を這わせた。するとどうだろう、何故か東月の指からあのデザートの味がするではないか!その事に気付いた俺は、遠慮がちに、しかしつい強く東月の指に吸い付いた。差し込まれた左の人差し指を、舌先でゆっくりと舐め、甘さを堪能する。ふわりと口の中に広がる芳醇さは、何度でも俺を虜にする魅力的な香りだった。


「…!す、すまないっ」


しまった、つい夢中になって東月の指を舐めていた…!ふと我に返り東月の指を抜き、俺は慌てて頭を下げた。いくら美味かったとはいえ、な、な、なんと破廉恥な…!…それにしても、不思議だな。さっきは気に留めなかったが、何故舐めても舐めてもあの美味さは薄れなかったんだ?
そう思い、何の気なしに東月の指に目を遣り……俺はギョッとした。


「なっ!?と、東月…!!どういう事だ!?」


なんと言う事だ…!東月の指には切り傷がついていて、そこからゆっくりと血が滲んできているではないか!普段ならば、大丈夫か、と手を握り心配しただろう。絆創膏を貼り、血が止まるまで共に待っただろう。しかし俺の頭はそんな平凡な考えのみをさせてはくれず、真っ先に一つの悍ましい推測を立てさせた。


「ま、まさか…お前……、さっきのは…新作というのは…まさか…っ」


小さな器に入った、暗赤色の塊。ぷるんと震え、舌の上でじわりと広がるように溶ける…。そうだ、何故気付かなかったんだ!あの色は…あの色はどう見ても…!


「お前の…血だったのか…!?」


すると東月は、普段と変わらない優しい微笑を浮かべて俺に顔を近付けてきた。様子が変わらないのが逆に恐ろしく、俺は思わず後ずさってしまう。


「思ったよりも気付くのが遅かったな、宮地君。」


「…っ」


「どうして逃げるんだ…?怖いの?ふふ、でも怖いのは宮地君だよなぁ…。人の血を…甘くて美味しいなんて言って、沢山欲しがるんだからさ…。」


「う…っ、ぐ…!」


後ずさる俺を、東月は四つん這いになってじりじりと追い詰める。あまりの事実に身体から血の気が引き、床に触れる指先は冷えきってしまっているような気がした。


「嬉しかったなぁ…。料理を『美味しい』って食べてもらえるのも凄く嬉しいけど、"俺自身"を『美味しい』って言ってもらえるのって…こんなに……ゾクゾクする事だったんだな。」


壁に背中が当たり、退路を断たれる。


「今頃宮地君の胃の中で俺の血は消化され始めてる頃か…?俺の血が…宮地君の中で…目に見えないくらいに小さくなって…宮地君の一部になっていくなんて…。あー、想像してたよりも興奮する。」


俺が目を閉じている時、それで指を切ったのであろう剃刀が東月の右手に握られていたが、握る手からは異様なまでに穏やかなオーラしか感じられなかった。


「なぁ、俺の血だって知ってどう思った?…気持ち悪い?もう食べたくない?」


何故こんなにも、不気味なまでに安心感があるんだ。普通、剃刀なんて持っていたらそれだけで恐ろしいというのに。


「でもあんなに食べたそうに目を輝かせてたし、本当はまだまだ足りないんじゃないか?ふふふ、血は沢山あるから…宮地君が欲しいだけ舐めても、食べても、飲んでも…いいんだよ…?」


首筋に剃刀が当てられる。…が、やはり殺意というか、攻撃性というか…そういったものは感じられない。
…………ああ、そうか。
これは、単なる"料理"なのだ。
こいつが"料理する"対象は"俺"じゃない。最初から"東月自身"のみだ。形は俺を襲ってきそうだが…違う、剃刀の刃は始めから"東月自身に向かっている"。
これは暗に脅しか?お前の血を啜るという、身の毛がよだつような恐ろしい行為をしなければ…自分の首を切る、と。…剃刀のような小さな刃で死んでしまうかはわからない。しかし、だからといって切らせてもいいという事にはならない。誰だって嫌だろう、恋人が自殺まがいの事をするなど!
そして、ざわり、と。認めたくない感情が沸き上がる感覚に俺は内心舌打ちをする。
あり得ない!あり得ないぞ、宮地龍之介…!
ほんの一瞬…、浮かんでしまった醜い感情を消し去るように、俺は目をきつく閉じる。あり得ない……、東月の血を…もっと欲しいと思うなど、あってはいけない事だ!


「目の色が変わった。」


「…っ!」


だが勘が鋭いのか、観察眼が優れているのか、東月は簡単に俺の心を読む。焦る俺の反応を楽しむようにとんとん、と剃刀で軽く俺の首筋を叩くと、小さく含み笑いをする。


「くすっ じゃあこうしようか。今から俺は"宮地君に無理矢理血を舐めさせる"。宮地君は、"俺に無理矢理血を舐めさせられる"…。
これなら、君が"俺の血が美味しいと思ってしまった恐ろしい自分"を認めなくても、血が味わえるだろ……?」


「っ!!…東月……ッ」


俺が苦手な、色のある東月の声。背後は壁、向かいには東月…。退路を壁に阻まれながらも、俺はどうにかこの場を離れなければならないと感じていた。ここにいてはまずい…!だが、俺から離れて東月の首に向かう剃刀から目を逸らせない。…そして、東月は小さく呻き声を上げる。


「……くっ…」


…ああ、なんという事だ……!
俺は東月の首に視線が釘付けになった。まさか本当に、なんの躊躇いもなく、東月が自分の首を切ってしまうなど信じたくなかったのだ。そんな俺の目に飛び込む現実は、痛々しい。


「お前…っ!」


しかし加減を知っているのだろう。ぱっくりと白っぽく開いた傷から徐々に血が溢れてくる様は確かにぞわ、とイヤな感じがするが、あくまで"怪我"の範囲内だった。放っておいたとて死にはしないというのは素人目にも分かる。右手に持った剃刀で左の首を横に切った東月だったが、血に対しての反応が遅い俺に焦れたのか、呆然としてしまっている俺の目の前で更にその傷と交差するように縦に剃刀を食い込ませた。先程より強い力で刃を走らせたのだろう…、切った直後の白い傷口は同じだが、先程よりも圧倒的に早く血が溢れ出してきた。首筋から流れた血は東月のワイシャツに染み込んでいき、じわりじわりと赤色を拡げていく。傷の線が交差した箇所は他よりも傷口が広いようにも見えたが、それも血で見えなくなっている。脈動に合わせて血の量も変わるのか、流れ落ちる筋にも生きているような波がわずかに見えた。


「ああ、ほら、勿体ない…。」


興奮しているのか、東月は痛みを気にする様子もなくうっとりと目を細める。ワイシャツが濡れた感触から血が無駄になっていっている事がわかるのか、東月は剃刀を床に置くと右手を首筋に這わせ、真っ赤に染まった指先を俺の唇に押し当てた。


「ん…っ!?」


「いいだろ?なぁ…、……舐めて…?」


「東づ…っ、ぅゔ!?」


東月、馬鹿な真似は止めろ。俺の言葉は…、しかし東月に伝えるより早く喉の奥に押し戻される。疑問系で優しげな声色にも関わらず、俺の口の中に突っ込まれた指は非常に力強く、俺の身体は反射的に喉を仰け反らせて逃れようとした。しかしそうしたところで逃げられるわけもなく、俺は情けなく呻くしかない。


「んっ、ぐ、ぅぅ…ッ」


「ふふ…」


東月が指の腹で舌を圧迫し、更に奥に差し入れようとするものだから、俺は苦しさに思わず舌で東月の指を押し返そうとした。


「ッ…!!」


…それがいけなかった。口の中に指を入れられただけなら、まだ血の香りがする程度だった…。ところが、どうだ、自ら舌を指に触れさせただけなのに…何故俺はこんなにも胸が高鳴っているんだ…!?甘い、畜生、甘い。だが認めたくはない…。東月の血が美味い、など…そんな不気味な事実を受け入れなくなどなかった。


「宮地君…。」


俺の高ぶった心を引き出すように、東月は唇をなぞりながらゆっくりと指を抜いていく。その緩慢な動作が無性に俺を煽り、萎えていた下半身に血が集まるのを感じた。東月はどくり…どくり…と緩やかに血の溢れる様を俺に見せ付けるように首を伸ばすと、俺の耳元で引き抜いた指をしゃぶり、くすりと微笑む。


「っ、もう…悪ふざけはいい加減にしろ、東月…!」


「だーめ…。…言っただろ?宮地君に無理矢理血を舐めさせる、って…。
早く……舐めろよ。」


「―――っ!」


舐めて、とか、そういった穏やかな命令ではない。それは、今までに聞いた事のないような…低く、支配的な声色であった。思わず息が止まり、ぞくんっと背筋が震える。


「、ぁ……」


たった一言…。そうだ、たったの一言だ。だが…その一言に…俺の呼吸は荒くなっていく。物欲しげに半開きになった唇だけじゃなく、はあ、はあ、という吐息すらも興奮に震え、心臓が拍動する度に体温が上がった。
…目の前には、ゆっくりと流れる東月の血……。……あぁ…、なんて…、……なんて…、


「(なんて…美味そうなんだ…。)」


…本当に無意識だった。気が付くと俺は東月の首筋に顔を寄せていて、舌を…血の筋に這わせていた。血を少し掬った舌を引っ込めて口の中で唾液と絡めて溶かし、味わう。…嗚呼……。駄目だ、駄目だと分かっていても…"新鮮な"その味を知ってしまったら…もう"駄目"だった。俺は一度口の中の血を飲み込むと、今度は自らの意思で東月の首筋に吸い付いた。


「ふふ…、美味い…?」


下から、上へと。固まりかけた血を刮ぐように強く舌を押し付け、じっくり味わう事も忘れてごくりと嚥下する。流れ落ちてくる新しい血が鼻先を、頬を濡らすが、顔が赤くなっていく事を気に留める余裕など俺にはなくなっていた。
甘い…。ひたすらに、甘い。美味い。ただ、それだけの単純な思いだった。単なる食欲が俺を突き動かす。
首筋を綺麗に舐めとった後俺は遂に、余裕そうに微笑む東月の傷口に…甘美な川の源に、歯を突き立てた。


「っぐ、ぅ゙………ーーッ!!」


深く切り裂かれた傷に歯が食い込んだのは相当痛かったのか、東月の身体はギクリと跳ね、聞いた事もないような呻き声が漏れた。申し訳ない気持ちが湧き、一瞬躊躇したが、歯を立てた衝撃で一層血が溢れ、その流れが俺の罪悪感をあっさりと押し流してしまう。


「はあ…っ、東月…!」


「あ゙…、っ、みやじ、く…ん…。ふ、ふふ……痛いよ…。…あぁ…、美味い…?なあ、宮地君…。」


東月の声は痛みに震えているようだが、恍惚とした声音は俺の鼓膜をじわりじわりと犯し、…もう、意地を張る事すら出来やしない。


「あぁ…。熱くて……甘くて、…止められない…っ ん…」


「くっ、…ふふ、……可愛い…。舐めただけで…、ぅ゙ッ、……ぁ゙…、がちがちに、しちゃってさ…。」


「っ!…ん、ぁ…っ、おい…東月、やめ……!んんっ、く…あ…、あぁ……」


俺に首筋を差し出したまま、東月は唐突に俺の股間を撫で上げた。ただの"食事"じゃない、背徳感や興奮が絡み合った味わいにすっかり昂っていた俺は、東月の言う通り既に、その…先程よりも…。


「ああ、ほら、…っ、…口を離さないで……。勿体ない、だろ…?」


「ふっ、ぁ、…ッ!…ん、ん……っ」


手の平でゆっくりと上下に擦り、じわじわと俺を追い詰める。俺は息を詰め、喘いでしまいそうになるのを必死に堪えながら、再び東月の傷口に唇を押し当てた。音を立てるように吸い上げ、切り傷の谷を抉る様にぐりぐりと舌に力を入れると、東月は痛みに声を濁らせ…同時にさも嬉しそうに口角を上げる。
東月を傷付けたいわけではなかったのに、今は食欲を満たす為だけにコイツの首に噛み付いている。胃袋の中が血に濡れて行くのを感じながら、俺は思考すらも真っ赤に染まっていっているような気がした。


「っんぅ……、あっ、あ、…は……東月…ぃ…、」


もっと、…。もっと欲しいんだ…東月…。
俺は惚けた様に、緩慢に両の指先を首へと這わせる。そして爪を立て、傷口を左右に割り開くようにグッと力を込めると、東月はまた身体を緊張に固くさせた。それがなんだか可愛く見え、俺はガリッと悍ましい音をさせながら傷を切り裂いた。


「ア゙ッ!!ぐ、…ゔぁ゙、……ぁ…!」


また、どくりと生暖かい血液がゆっくりと溢れ出す…。俺は頬に付いた血液をなぞりながら、うっとりと囁いた。


「もっと……、くれ…。東月…っ」


舌に絡み付く鉄の味が、俺の理性を溶かしていく…。痛みに悶えながらも、東月は…やはり、笑っていた。























END
















2013.11.3

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あきゅろす。
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