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レイテ沖海戦
第六話


日米両軍は戦艦どうしの――おそらく歴史上最後になるであろう――決戦を望みここまで来た。ともに持てる艦隊決戦兵力を投入して巨艦どうし雌雄を決しようとしていた。
指揮官から将兵1人に至るまで戦艦に乗ったときから一生に一度起きるかどうかの艦隊決戦に備えて日夜訓練に励み練度を高めてきた。だが戦いの主力は航空機に移り戦艦同士の決戦が起こることは無くなるはずだった。だが今ここでそれが実現した。互いの国が自国の威信と技術を結集して建造した巨獣どうしが今戦おうとしていた。

1944年10月23日 昼 フィリピン、シブヤン海
「前方にマストらしき物を発見 距離4万5千高速接近中」
先に敵を発見したのは大和の最上艦橋にいた見張員だった。
「全艦砲撃戦用意、機銃員は艦内へ退避せよ 繰り返す全艦砲戦用意―――」
それを聞くと甲板上にいた機銃員は急いで艦内に入った。大和型では主砲発射の衝撃がすさまじく甲板上にいると鼓膜が破れるほどだった。
「敵艦隊さらに接近 アイオワ級2隻、サウスダコタ級4隻、重巡6隻、軽巡ないし駆逐艦多数!」
栗田中将と宇垣中将は昼戦艦橋でそれを聞いた。
「アイオワ級、指揮官はハルゼーか 宇垣君アメリカ海軍に帝国海軍の意地を見せてやりたまえ」
「長官、私に海戦の指揮をとれとおっしゃるのですか?」
栗田は振り向いた。
「大和は君の戦隊旗艦ではないか かまうことは無い存分にやりたまえ」
「了解です。ハルゼーに帝国海軍の底力を見せ付けてやります」
栗田と宇垣は昼戦艦橋から射撃指揮所に上がった。
「通信士、全艦に通信を繋げ」
「はい・・・・・・・・繋がりました」
通信士は受話器を宇垣に渡した。
「全艦宛、敵1、2番艦は大和と武蔵が引き受ける 長門以下は射程に入り次第順次攻撃開始砲戦指揮は長門の鈴木中将が執られたし 日々の訓練はこの一戦のため 各員全力を発揮し皇国無窮の礎を確立すべし 皇国の興廃ひとえにこの一戦にあり」
宇垣は静かに受話器を置いた。
「距離4万2千 主砲発射用意よーし」
「大和、武蔵統制射撃戦 長門以下は長門に従って照準」
「撃ち方よーい」
同じ頃アメリカ艦隊でも接近する日本艦隊を捉えていた。
「敵はヤマト級2、ナガト級1、他旧式艦2、その後方に重巡および水雷戦隊が後続」
「相手にとって不足はない、敵の新型艦は本艦とアイオワがやる 後の雑魚どもはその後仕留めてやる」
ハルゼーもこの海戦の勝利に何の疑いも無かった。多少の損害をうけるかも知れないが最終的には自分達が勝利すると思っていた。
「距離4万2千 後5分で本艦の有効射程距離に入ります」
「いいぞ、パーフェクトゲームにしてやる」
ハルゼーは水平線上に見える日本艦隊も見て言った。だがその時敵艦から発射炎が見えた。
「敵艦発砲!」
「なんだと!?距離は?」
「4万1千を切りました。射程まで後3分」
それを聞いてハルゼーは日本軍を笑った。そんな射程外から撃っても当たるはずはない、仮に当たったとしても有効弾にはなりえない
「連中はよほど物資に困っているようだ、碌な射撃訓練もできてないと見える」
「閣下それはしょうがないですよ、彼等は訓練に出る燃料すらないのですから」
ハルゼーの第3艦隊所属の参謀長ロバート=カーニー少将がそういうとブリッジの将兵達が声を出して笑った。アメリカに措ける白人優越主義や有色人種を見下す雰囲気を伺わせる、だがこれが彼等の判断を誤らせることになる
「それもそうだ、連中はツシマ沖海戦以来まともな砲戦を行っていないからな戦い方を忘れてしまったんだろう」
再び日本軍艦隊に目を向けた瞬間、着弾音がして衝撃が走った。
「2番艦アイオワ艦尾に直撃弾1、夾叉されたようです」
「なに!? とにかく被害状況を報告せよ」
この距離で直撃弾を与えるとは、考えたくなかったが悪い予感が当たったかもしれない
「艦尾の装甲を貫通して艦載機格納庫が使用不能 火災は沈下したとのことです」
『そんなバカな、艦尾の装甲が薄い箇所とはいえこの距離で貫通弾を与えるなど16インチ(40.6cm)砲では不可能だ』
「まさか、連中の主砲は18インチ(46cm)か!?」
ハルゼーが大和型の主砲サイズを知らなかったのも無理はない、帝国海軍内の将校ですら大和の主砲サイズを知らない者が多かった。大和はそれだけ情報が統制されて極秘裏にされたのだった。故にアメリカ海軍は大和型の建造を察知した時も、開戦後も40.6cm砲だと思い込んでいた。
「敵艦第2射弾着!」
こんどはニュージャージーが大きく揺れた。高所にある艦橋もかなり揺れハルゼーも倒れそうになった。窓の外には艦橋を越えるような高さの水柱が上がっていた。
「被害状況報告」
「艦中央部に被弾1、ボイラー室付近に浸水 速力低下」
『間違いない、連中の主砲は18インチだ しかもなんて命中精度だ』
それまでの勇猛果敢な意気はどこかに消え艦橋の将校達の戦意は恐怖変わっていた。威力もさることながら発射された半数が夾叉している
「くそ、全艦転進 最大戦速で敵艦隊に接近しろ」
それまで並行して同航戦を行っていたがこのままでは一方的に撃たれる事になる、ハルゼーの艦隊は転進して全速で日本艦隊に向かったが旗艦ニュージャージーが速力を落としているため艦隊速度は27ノット程度しか出ていなかった。
その動きは日本艦隊も確認していた。
「敵艦隊転進、こちらに向かってくる」
艦外にいた見張り員が報告した。
「敵もどうやらこちらの正体に気付いたようですな」
「そうだ、だがもう遅い」
その時第3斉射が放たれた。主砲発射の衝撃波艦橋にいてもすさまじい物だった。
「着弾、今! 敵2番艦後部に命中、速力を大幅減」
第3斉射のうち一発はニュージャージーの後ろを進む2番艦アイオワのスクリューに直撃し左舷外側の第4スクリューを脱落させて速力を奪った。
「これこそ帝国海軍が長年求めていた戦いだ」
「ええ、敵射程外からの一方的な攻撃 理想の戦いがようやく実現したわけですな」
敵の攻撃が届かないアウトレンジからの戦い、帝国海軍の基本思想であり大和の設計精神とも言える戦いだ、大和はこういった戦いをするために生まれた艦だといえる
理想の戦いを実現できた帝国海軍と違いアメリカ第3艦隊は必死だった。まだ射程に入らないうちから直撃弾3発を受け2番艦のアイオワは速力を大幅に低下させ27ノットしか出ていない
「なんてこった。だからアイオワには18インチ砲をつんで置けばよかったんだ、あの糞大統領が無理にパナマを通そうとするからだ、ナチの陸式海軍などイギリスに任せておけばよかった。アイオワ級はパナマなど通る必要は無いんだ」
アメリカ海軍の艦艇はパナマ運河を通過して太平洋と大西洋を行き来するため幅が制限されている、その為一定口径以上の砲を搭載する事ができない
だが今言ってもしょうがない、彼等にできるのは少しでも早く敵を射程に入れるしかない
「距離3万8千 射程に入りました」
「よし1、2番艦攻撃はじめ サウスダコタ以下は射程に入り次第攻撃はじめ」
アイオワとニュージャージーの前部主砲が旋回して日本艦隊を狙った。ちなみにアメリカ艦隊の主砲は全て16インチだったがアイオワ級は50口径、サウスダコタ級は45口径と口径が異なるため射程は同一ではなかった。
「攻撃はじめ!」
激しい轟音とともに主砲が放たれた。だが全速接近するために前部の主砲しか使用することができなかった。
「これでやられるだけではないぞ」
日本軍艦隊はアメリカ艦隊が戦意を失っていないのに驚いた。
「アイオワ級発砲!」
「敵もなかなかしぶといな」
大和と武蔵で多少海戦の主導権を得た物の大和以外の艦は開戦以前の旧式艦でしかない、早々に決着を付けなくては大和型といえども危ないことになる
「敵弾夾叉!!」
大和と武蔵の周囲に高々と水柱が上がった。幸い直撃弾は無かったがかなり際どい当たりだった。このままでは遠からず直撃弾を受けることになる
「負けるな、撃ち返せ」
第4斉射が放たれた。とにかく命中弾を叩き込まなくてはならない
「敵艦発砲!」
ほぼ同時に敵も撃った。速射性は一概には言えないが主砲サイズが小さいほうが優れている、他にも装填装置や兵員の練度も関係する
「敵弾直撃!」
大和に大きな衝撃が伝わった。巨艦ゆえ倒れるほどではなかったが被害が出たのは確かだ
「被弾状況は?」
「右舷中央部に命中!高角砲および機銃群で火災発生、第2砲塔に直撃 天蓋がはじいて被害はありません 武蔵は艦首に直撃するも浸水は軽微です」
「消火急げ!敵艦はどうだ」
宇垣は敵艦を見た。今までの攻撃で一応損害は与えたが敵の攻撃力は健在だった。
「敵1番艦後部砲塔付近に命中、火災が発生している模様」
この時の直撃弾は実は2発だった。1発はニュージャージーの第3砲塔に直撃し砲塔装甲を貫通した後内部で炸裂した。もう一つはすこし後ろの機関室に命中し速力を半減させていた。それに対して直撃を受けたが天蓋がはじいた大和に米艦隊の将兵は呆然としていた。
「くそ、連中の装甲はバケモノか」
「サウスダコタ以下射程に入りました。攻撃を開始します」
「よし」
ここでアメリカ艦隊はすべての戦艦が射程内に入った。それに対して日本海軍はやっと長門が射程に入った。そして数の上では6対3とアメリカが日本の倍数を得た。
サウスダコタ以下4隻からの砲撃と同時に長門も撃った。
『よし、敵は3隻 こちらは6隻このまま押し切れるか』
実際金剛型戦艦の射程距離は2万8千まだ少し時間があった。
反対に日本軍は窮地に立たされた。それまでは2対2の同数だったが敵の数は倍になった。
「敵弾夾叉!サウスダコタ級からの攻撃です」
「とにかく敵の数を減らす。統一射撃で確実に沈めるぞ」
「司令 敵2番艦が回頭 速力が落ちました」
「よし、照準敵2番艦 撃てー」
この時アイオワが速度を落として回頭したのは機関室への被弾で速度が落ちぶつかりそうになったニュージャージーを回避した結果だった。それが日本軍への天佑となった。
大和と武蔵から計18発の46cm主砲弾3発がアイオワ中央部に命中した。1.5tの重量を持つ弾頭3発の直撃、そしてその重量から生み出される貫通力は41cm砲に対する防御構造しか持たないアイオワの舷側を貫き内部で炸裂した。さらに運の悪いことに前部第1第2砲塔の弾薬庫が誘爆を起こして砲塔や艦上構造物を吹き飛ばすと圧倒的な浸水量でアイオワを海中に引き込んだ
「アイオワが・・・・・」
ニュージャージーの艦橋でカーニーは放心状態になりその場に倒れこんだ、無理も無い合衆国が世界に誇る最新鋭戦艦であるアイオワが轟沈したのだ、そしてアイオワを沈めた魔弾が次に狙うのは旗艦であるこの艦であることは言うまでもない
「よし、敵2番艦轟沈だ」
宇垣は一息つくように言ったが海戦はまだ終わったわけではない、もう一度気を取り直すと敵艦隊に目をやった。
「46糎砲は期待通りに働いている、続いて照準を敵1番艦に変更!」
「長門被弾!」
その時通信士が声を上げた。
「なに!?」
慌てて後方をみると長門から煙が上がっている、どうも艦中央部への命中らいしがここからでは確かめることができない。すこし時間を置いて報告が上がってきた。
「長門より入電“艦中央に被弾するも火災は鎮火、戦闘に支障なし”」
「いいぞ」
「金剛以下射程に入りました!」
遅れたが日本軍も全戦艦が射程に入り攻撃を開始した。
ここから金剛と榛名は長門の指揮による統制射撃を行うことになる、再び数は5対5に戻った。だが既に1隻を撃沈して勢いに乗った日本軍の方が有利だった。
「敵ナガトクラスに命中1」
「仕留めたか」
「ナガトクラス以下発砲!」
直撃の報告に一瞬しとめたかと思ったが敵はひるむことなく撃ちかえしてきた。
「インディアナ艦中央部ならびに後部機関室に命中 速力半減 マサチューセッツとアラバマがインディアナ回避のため急速回頭 インディアナが落伍します」
中ほどに2隻に被害を受け後方の2隻とニュージャージーが離れてしまった。
「そんなバカな合衆国海軍が負けるはずがない」
その時大和から撃ち出された砲弾が測度を落としたインディアナに命中しインディアナは動きが止まった。司令塔に受けた一撃が艦の頭脳を奪ったのだろう
「なぜ、我々は日本が新造戦艦に18インチ砲を積むと考えなかったんだ」
ハルゼーはもう呟くように言いながら露天艦橋に歩み出た。
「長官、危険です。艦内にもどってください」
そして再び大和と武蔵が火を噴いた。砲弾はニュージャージーに吸い込まれるように直撃しニュージャージーを爆沈させた。
「よし敵旗艦轟沈だ、残りの敵を逃がすな」
旗艦を沈められ統制を失ったアメリカ艦隊は奔走した。マサチューセッツはアラバマと共に離脱を試みたが後方に控えていた日本軍水雷戦隊から雷撃を受けマサチューセッツは転覆、アラバマは機関室に2発の直撃をうけボイラー室まで浸水し動力を失って漂流しだした。残る重巡部隊も水雷戦隊と戦艦部隊の挟撃にあいその殆どを海中に沈めた。
「敵艦隊撃滅」
見渡す限りあちこちに転覆し沈みかけている艦が見える、日本軍は重巡摩耶、熊野が中破し駆逐艦1隻が沈没しただけで戦艦部隊は被害があるものの一隻の沈没艦も出すことなくハルゼー艦隊を撃破した。
 損傷した駆逐艦と重巡に漂流者の救助を任せて戦艦部隊はレイエにむかった。そして立ちはだかる護衛艦隊と交戦しほぼ一方的にこれを撃破、旧式戦艦を率いるオンデワルド艦隊を撃退したのち目標であった輸送船団を壊滅させた。
 レイテ沖海戦は帝国海軍最後の勝利だった。そして作戦の成功が伝えられると同時に帝都でもう一つの作戦が行われた。海軍陸戦隊と陸軍の一部が叛乱を起こし国会や警視庁など主要各局を制圧、天皇陛下の勅命を得て臨時政府を樹立しアメリカとの講和に踏み切った。呉に残っていた黒島亀人や大西瀧次郎、豊田副武、伊藤整一そしてリベラル派のトップ井上成美らによるものであった。 
一方でアメリカではフィリピン攻略に投入した艦隊の壊滅という報せを受けたルーズベルト大統領があまりのショックで倒れそのまま帰らぬ人となった。
そのため副大統領だったハリーSトルーマンが臨時に大統領となり、主力艦隊の壊滅を機に日本との講和に踏み切った。
こうして3年余り続いた太平洋戦争は終結した。

 
  レイテ沖海戦は太平洋を挟んだ大国どうしの技術力を結集した巨艦同士が文字通り死力を尽くして戦った決戦であった。 この戦いは後の世の歴史にどんな風に記されるのか今を生きる者には決してしることができない、だがこれだけはいえる たとえ何年たって戦争の傷がいえ人々の心から戦争の記憶が消えたとしてもレイテ沖の海底には今も戦いの墓標が眠っている 
                               完

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あきゅろす。
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