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卒業式後の(3Z的・銀土高)

「高杉の奴、どこ行きやがったんだ?」


無事卒業式も終え、各々が騒ぐ教室内である意味一際目につく姿が見えないことに気付いた土方は、彼を探して教室を出た。
卒業式といういう最大の節目を終えたせいか、どこの教室からも別れを惜しんだり、この後の解放感で騒がしい声が漏れ聞こえている。


3年Z組と言えば、騒がしいのはいつものことで担任の坂田銀八が珍しく礼服、それでもいつもと同じく使いこまれた白衣を羽織っているのだが、それ以外の騒がしさはいつもと大差はない。
故に、誰一人として今日が別れの日だという実感はないように思われた。


土方もその一人で、風紀委員の彼はこうして度々高杉と捜して教室を出るのもいつもと変わらないことだった。
違うのは校舎内の騒がしさと、教室内と違うほんの少しの湿っぽさ。
そう思うと、不意に感慨深いものが押し寄せてくる。



もう自分たちはこの学び舎に来ることはない。


つまり風紀委員として授業をサボる不良を連れ戻しに行くことも、クラスメイトとして学友を捜しに行くこともないのだ。



(……これが、最後ってことか…)



押し寄せた感情にそう心の中で呟く。
3年間、何の因果か同じクラスで、同じ立場で、同じ目的で歩き回った廊下を歩く足取りが遅くなるのはそれなりに寂しさを感じているからだろうか。


何度も捜した彼の行き先はよくわかっている。
風紀委員の自分が来るのを解っていてサボり場所を変えない彼は、わざと土方をからかっているのだろうか。


「アレは…否、あそこは晋助のお気に入りの場所だからな」


昔、何かの拍子に高杉と仲のいいらしい河上から聞いた言葉を思い出した。


口うるさく自分が来るのが解っていても変えないほど、気に入った場所なのだろうか。
そう思うと、最後の日くらい自分が踏み入ってしまうのは悪い気がした。


そんなことを思いながら足を止める。
だが、習慣故か土方はすでに高杉の居場所、屋上の扉の前まで来てしまっていた。


このまま、扉の取っ手に手をかけ開いてしまえば高杉の気に入った場所を侵してしまう気がする。
これまで何度も繰り返してきたことが、急に悪い気がして気が引けた。


(……戻るか?)


そう思ったのだが、このまま何もせず着た道を戻るのもバツが悪い。
とりあえず、高杉がここにいると確認だけしてそれを土産に戻ろう。
自分でそう決めて、土方は取っ手に手をかける。


そこそこに古びた鉄製の扉は、気をつけないと取っ手を回しただけで錆びた音を立てる。
それに注意しながら重みのある扉を押すと、外の光が差し込むはずの隙間から薄い影が見えた。


「…遅かったなぁ」


くっと、喉を鳴らして笑う声に一瞬土方の動きも思考も止まる。
扉を開けたすぐ横に、待ち構えるようにして高杉が立っていたからだ。


きっと自分は随分と呆けた顔をしているのだろう。
くつくつと、楽しそうな高杉の笑い声が聞こえる。


「…なん、で…」


いつもなら、離れた給水塔の裏にいるはずの彼があまりにも近くにいたもので、土方は面食らってしまった。
見透かすように笑う彼に、漸くそれをやり過ごして口にしたのだが、それも些か間抜けな声で高杉は珍しく噴き出すように笑いながら身を預けていた壁から離れる。


離れる高杉に吊られるように、隙間を開けただけだった扉を押し開き屋上に出ると階段室の暗さから、春の日差しに晒された視界が緩やかな眩暈を覚える。
そんな土方を振り返りもせず、高杉はいつもの定位置へと歩んでいく。
卒業式だというのに相変わらず学ランの下の赤いシャツと上着を春風に靡かせて歩く高杉は、何故かいつもより和らいで見えた。


「そろそろテメェがうるさく来る頃だと思ってなぁ」


相変わらず唇に笑みを携えながら高杉は定位置のフェンスに凭れかかる。
当然のような動きで上着の内ポケットから煙草を取り出すと、そのうちの一本を薄い唇へと咥え箱を仕舞うのと入れ違いにライターを取り出した。
そのまま煙草に火を着ける動きがあまりに自然で、思わず見惚れていた土方は煙草の匂いが自分に届いてから慌てて思考を戻した。


「お前、こんな日くらいやめとけよ…っ」


言いながら煙草を取り上げようと伸ばされた手を高杉はひらりとかわす。
それはいつもの動きだったのに、土方は伸ばした手をそのまま高杉に取られバランスを崩した。
前のめりに倒れそうになる身を支えようと、逆の手を高杉の後のフェンスにつく。


「…っ、ちょ、なんだ…」


「味わってみるかぁ?…最後だろ?」


自分より幾分か背の低い高杉をフェンスと自分の間に挟むような格好のまま、彼の突然の行動に疑問を投げかけようとしたのに、逆に投げ横された不可解な言葉に土方は一瞬首を傾げる。



「…何を…」


「ヤニ、いけるだろ?」


「…っ」


わざと族っぽい言葉を使って見せたのか、高杉は土方をからかうように口角を上げる。
相変わらず片手で土方の手を掴んだまま、彼は逆の手で再び上着の内ポケットから煙草を取り出す。
探るように指を動かす度に式用に胸に付けられた造花が揺れ、時折風に運ばれた紫煙にかすむ。
それを見ながら土方は差し出された煙草を断ろうと首を横に振った。


「バカか、俺が吸うわけ…」


「銀八のは吸えて、俺なぁ吸えねぇって?」


「…っ!?」


ぎくりとした。
知らず目を見開いた自分とは対照的に高杉の瞳は、やはり見透かしたように細められ笑みの形になる。
無言で、器用に箱から一本煙草を押し出して土方に差し向ける。


咥え煙草の唇が緩やかに弧を描くのから目が逸らせない。
何故彼がそれを知っているのか。


知られるはずがない。


担任教師である銀八と自分の、そうではない関係を高杉が知るはずがない。

混乱する自分に言い聞かせながら、土方は差し出された煙草を咥える。
土方が咥えるのに応じて、高杉の手が下がり再び箱を内ポケットへと仕舞う。
次に出てくるのはライター。


そう思ったが、不意に煙草の紫煙が近くなった。
視界に紫がかった黒髪がちらつく。


「………」


唇に咥えた煙草が頼りなく揺れる感覚に、土方は無意識に唇に力を込める。



唇から数十センチ。



けして遠いとは言わない。
かといって近いとも言わない。


一本だった紫煙が二本になり、鼻腔を擽る煙草の香りが強くなる。


二本の煙草が作る距離はこんなにも遠いのに、何故か酷く親密な距離な気がした。


高杉の煙草から火種を分けられた土方の咥えたそれは、緩やかに紫煙を空へと流す。

その動きとともに僅かに背を屈めた高杉の姿勢が戻り、くっと喉を鳴らす音が聞こえた。
笑い声に漸く我に返ったように土方は高杉をその眼に写す。


「見えてたぜ?…ずっと」


言われた言葉の意味が解らず、土方は瞬きを繰り返す。
その様子に高杉がくすりと笑ったところで、錆びた鉄が軋む音がした。
屋上の扉が開いたことを示すそれを合図とでもいうように、高杉は土方の手を離し踵を返して歩き始める。


「ちょっ…!高杉?!」


「お呼びだぜ?行ってやれよ」


説明もせず去ろうとする彼の背に声をかけると、左腕が緩やかに上げられ向かい側の校舎を指す。
それにつられてフェンスから彼の指した方角を見ると、一つ空いた窓が見えた。


「っ!?」

そこには、担任教師の坂田銀八の姿。
向かい校舎の3階、角から2つ目の窓。
見知った間取りの内部が見えるそれは、土方と銀八が互いの時間を共有する場所。


(国語、準備室……っ)



「高杉!?お前…っ」


まさかと思い振り返ると、高杉の細い背中の向こうに河上の姿が見えた。
ひらひらと、振り返ることもなく彼は片手を上げて屋上を後にする。
河上もそれに続く。


『アレは…否、あそこは晋助のお気に入りの場所だからな』


「………」


河上の言葉が思い出され、土方は落としそうな煙草を僅かに震える指に移す。
自分が来ると解っていても、ここでサボっていたのはあの部屋が見えるからだったとしたら。


『アレ…』


わざわざ言い直したのが、何か別のものを指していたとすれば…


「………馬鹿だろ、アイツ…」


不意に呟いた声は、自分のものかと疑うほどか弱く土方は校舎に背を向けてフェンスに身を預ける。
銀八とは違う匂いのする煙草を咥え、深くそれを吸いこんでみた。


「…っ…げほっ…きっつ…っ」


知らずに滲んだ涙を煙草のせいにして、柄にもなく感傷的な気分に胸を焦がす。


別れの日に、とんでもない餞別をくれたものだ。


そう思いながら、まだ長い煙草を担任のために常備している携帯灰皿に押しつけてフェンスから背を起こす。
振り返れば、いつからそうしていたのか銀八が窓から此方を見ていた。


それに自然と漏れる苦笑。

答えるように踵を返し、土方は屋上を後にし校舎へと姿を消した。



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