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万事屋にて(銀+高+土/弁護士)
「ちょっと、たまには勝ちたいんだけど…」


そう言って珍しく万事屋に訪れた幼馴染は、いつもとは違う目をしていた。
昔に見たそれに似た赤い目は、悔しげでそのくせ何処か楽しげだった。

****


「それで?俺に何させようってぇ?」


麗らかな昼下がり、居酒屋「おヅラ」の二階を間借りした店舗兼住居「万事屋晋ちゃん」に訪れた弁護士の坂田が、行儀悪く机に足をかけて悠々と椅子に座る幼馴染、万事屋晋ちゃんこと、高杉晋助に冒頭の頼みごとをしたのはつい先ほどのことだ。

普段は酒を飲みに来るか、飯を強請りに来る以外、滅多と姿を現さない彼の訪問に少しばかり目を細めた高杉だったが、開口一番に発せられたその一言で大凡の理解をしたのか口角をあげて座ったまま坂田を見上げそう言った。

一方の坂田は訳知り顔の高杉に少しばかり眉を寄せたものの、見透かされたような気分が現れたそれは幼い子供が拗ねたような憮然とした表情にしか見えない。

それほど高くはないスーツとセンスの良くない色のネクタイ、形ばかりのようにかけられた伊達眼鏡、好き勝手に飛び跳ねる銀髪。
襟に付けられた弁護士バッジすらもその価値を著しく落としそうな風貌は一言で言えば「胡散臭い」弁護士と名乗られても大概の人間が信じてはくれないのだが、正真正銘の弁護士である彼の腕はけして悪くなかった。
如何せん、熱しやすく墓穴を掘りやすい性格が彼の短所の一つであり最大の特徴だった。

その短所を巧みに操る検事がいる。

幼馴染の一人であるヅラ子、こと桂からそう聞いたのはいつだったか。
坂田が夜中に酒を飲みに来るのは、決まってその検事に負けたときだと知ったのは酔いの回った彼の口から検事の名前が出てきた時だ。


「土方のヤロウ…っ」


苦々しげに口にされた名前に何かしら興味を惹かれた。興味の明確な正体は解らない。

だが、いい暇つぶしだ。

何より幼いころから何処か人を遠ざける傾向のある坂田が執着することが、土方という検事への高杉の興味の一端を強く惹いた。
この件に関わるにはそれだけで十分な理由だった。
高杉の興味があるか、いかに危険なものであるか。それが高杉が万事屋としての仕事を請け負うか否かの判断材料であり、それはこのような仕事にならない仕事であっても適応される。
腕は悪くはないが、如何せん醸し出す胡散臭さが災いして仕事と言えば高い弁護料を支払えないような人間のそれが多い坂田は弁護士と言えど収入が少ない。そんな彼から報酬を取ろうとは思わないし、取れるとも思わない。
金になるか、ならないかではなく高杉の興味があるかが大切なのである。彼の匙加減で仕事が決まる万事屋のメンバーにとっては些か迷惑な話だが、この万事屋で働く面々は「高杉晋助」という男に陶酔したものが多い故か、誰もそれに異を唱えるものはいなかった。


「とりあえず…土方んとこの根暗?なんか地味な奴拉致ってきて」


勝ちたいと言うからには相応の策でもあるのだろう。
そう思った高杉だったが、目の前で相変わらず自分を見下ろしている坂田の口から出てきた言葉にため息を漏らした。


「頭が悪ぃのは相変わらずだなぁ、オイ。俺ぁ犯罪者になる気はねぇぜぇ?」


「いや、犯罪とか気にしない人に言われたくねぇんですけど。ってか誰が頭悪ぃんだ、コラ。これでも大学出てんだからな。オメーより学歴上だからな」


「ベンキョーより人生のオツムが弱ぇんじゃねぇかぁ?」


「なんだとコラ!報酬やんねぇぞ!」


「てめぇから金取った覚えはねぇなぁ?」


「…っぐ」


指摘すれば食ってかかる。更には自ら墓穴も掘る。
坂田のこういうところを土方に上手く利用されているのだろう。

学生時代からの変わらぬ遣り取りに高杉の口角が上がる。
行儀悪く机を蹴り椅子の向きを変えると、よく晴れた昼下がりの日光が格子の間から差し込んで高杉の狭い視界を眩ませた。
片目分しかないそれに映る白の中に異彩を放つ黒がちらついて、格子の間から外を見下ろす。

坂田の安っぽいそれとは違う、黒いスーツに身を包んだ黒髪の男。
咥え煙草で此方を見上げているその男が何故か高杉の興味を強く惹いた。


今日は随分と揺れ動かされるものだ。


そう思った高杉の口角が再び上がる。

そして彼は振り返って、殊更楽しそうに唇を開いた。


「いいぜ?その遊び、乗ってやらぁな」



あきゅろす。
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