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無自覚(銀高/紅桜後)
その晩は妙な胸騒ぎがした。
むず痒いような、奥に仕舞った誰かを揺り動かすような。
どこか懐かしいそれ。

(神楽を新八んとこ行かせて正解だったな)

少ない懐を枯らし、代わりに気分だけは潤した某少年雑誌と酒を入れたコンビニのビニル袋を片手に銀時はそんなことを思った。
昼間の日差しとは打って変わって、肌寒くなり始めた夜道。
自宅を兼用している万事屋の事務所へと続く階段の脇、僅かに漂う懐かしいような匂い。この歌舞伎町には不似合いなものでもない匂いだった。
お世辞にも綺麗とは言えない路地裏では野良犬やら野良猫の喧嘩はしょっちゅうだ。それらの流す錆びた鉄に似た血の匂いは銀時も慣れたものだった。
ただ、いつもと違ったのはそれに交る香の匂い…
つい最近、嗅いだ事のある懐かしい、匂いだった。

(……ったく)

「…啖呵切った意味ないじゃねぇか…」

溜息と共にそう漏れた。
覗かなければよかったと後悔したのは一瞬。
懐かしい匂いにつられたのかもしれない。昔からこの匂いは厄介事しか招かないと知っていたのに。
路地へと足をやると艶やかな色の着流しが見えた。見覚えあるそれは、こんなところでけしてみることのないもの。
夜の闇の中、月明かりに映えるかな艶やか黒髪は砂と煤と、恐らく血に塗れていたが、それすらも懐かしさ故に異彩に見えない自分に溜息が洩れる。
暗い路地の一角、壁に上半身を預けるようにして座り込む、否、気を失っている人物を、銀時は横抱きに抱き上げた。
本当は肩にでも担いだほうが身動きもとり易いのだが、漂う血の匂いが強く、乱雑に扱うことを躊躇わせたのだ。
腕の中にいる銀時より幾分か細い男。高杉晋助。
幼馴染。かつての戦友にして、現在の「敵」という位置にいると思われる。
位置づけが曖昧なのは銀時自身が明確に何かと戦う意思を持っていないからだ。
これまで2度、彼と敵対する位置に立ったことがある。
だが、そのどれもが成り行きで結果的にそうなった、としか言いようがない。
その時々のことを思い出すと、銀時は腕の中に抱きあげた高杉を見ながら小さくため息をついた。

「…次会ったら斬るっつったろーが」

最後の別れ際に言った言葉だ。変わってしまった友をこの手で斬ると。
嘘でも冗談でもない気だった。

「わざわざこんなとこ来てんじゃねぇよ…」

ぼやきにも似た呟きを漏らしながら腕に抱いた高杉を抱えて、銀時は出来得る限り振動を与えないよう万事屋への階段を上がる。
途中、手にしたビニル袋が微かな音を立てるが、深く意識がないのだろう高杉は身動ぎすらもすることはなかった。
器用に足で戸を開き、誰もいない家屋の中へと入ると照明を点ける手もなくソファーへと運んで、やはり振動を与えないように下ろす。
見えるところに傷はない。ならば中、恐らく腹部なのだろう。
背中を建物に預けていたことを考えても背中に傷があるとは考えにくかった。
そんな事ばかり、よく気がつく。
そう思い自嘲気味な苦笑を洩らしたが、不意に脳裏を掠めた光景に銀時の顔から表情が消える。
これも、あの時の経験だ。
白夜叉と呼ばれた幾多の戦乱。桂、坂本、そして目の前で眠る男、高杉に背中を預け戦い飽いた日々。
数えきれぬほどの天人を斬り、数えきれぬほどの天人に斬られた。
殺伐とした血生臭い死の記憶。

「…っ…ん」

(っ!…っと、こんなことしてる場合じゃないない)

それを断ち切ったのは身動ぎした高杉の声だった。
慌てて首を振り彼を窺うが、特に目を覚ましたような兆候はない。恐らく傷が痛むのだろう。
床に置いたビニル袋の傍らに膝をつき、もともと大きく開いていた着流しの合わせをそっと開く。
腹部に巻かれた少し緩んだ包帯に赤い血が滲んでいる。乾いて所々錆色に変色しているところを見ると傷口でも開いたのだろう、その時間は随分と前だと推測できた。
立ち上がり、部屋の中から包帯や傷薬を物色する。
放っておけばいいのに、と。自分でも思う。だが、そうできる性分ではないのだ。
高杉の胴に巻かれた緩んだ包帯を解き、月明かりの下に晒した腹部を見やる。
刺されたのだろうか、脇腹を裂く横に長い傷。
刺されるのを避けてついてしまった、といったのがありありと解る。

一種カリスマ的な雰囲気を持つ男だ。
仲間、否、彼を崇拝する者も多ければ敵と目の敵にするものも多い。
それだけの存在感を持ち、またそれだけの所業をしている男なのだ。
目の前で意識を手放し、眠る姿を見ながら銀時はため息をついた。

(…馬鹿だよなぁ、ホントに…)

心中で呟いた言葉は高杉に向けたものなのだが、どこか自嘲の色が混じっていることに銀時自身苦笑が漏れた。
だが、それも目の前で眠る男を見れば自然とため息に変わる。

「っ…く」

赤く裂けた傷を消毒すると傷に沁みるのだろう、僅かに高杉が呻きを上げた。
その声に彼を窺い見るが、起きてはいないようだった。そのことに少しばかり安堵して銀時は丁寧に包帯を巻いてやる。
こうまでされても高杉が目を覚ます様子はなかった。それは傷のためだけではなく、彼の疲労を意味していた。
崇拝するものが多いということは、それだけ組織内で影響力が大きいということだ。
気を抜く隙すらないのだろう。

「そんなに頑張って、疲れねぇ?」

自然とそう呟きが漏れた。聞こえないと高をくくってか、それとも思わずか、どちらか解らぬほどぽろりと零れるようにして出た呟きだ。
包帯を巻き終え、合わせを少し直してやりながら銀時は月明かりに照らされる白い頬を眺める。
鋭い獣の瞳が閉ざされた瞼には長い睫毛が横たわっている。
何を思い高杉が未だ牙を研ぎ、爪を隠さず、獣の瞳をしているのか。
爪も牙も怠惰という衣で隠した銀時には理解できないのかもしれない。

だが…

「ヅラには内緒にしといてやるから、時々寝に来なさいよ」


手負いのくせに穏やかに眠る表情を見ていると知らずそう呟いていた。
獣のような目をした男が、手負いにも関わらず目の前で眠っている優越。
それが銀時にそう言わせているのかもしれない。
自分だけを頼ればいいと。


いつかその牙が、その爪が、その瞳が狂気に輝くことを終えたとき
偶然でも必然でもいい
その傍らに、目の前に
いるのが自分であればいい


―――それは我知らぬ独占欲―――



あきゅろす。
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