片恋賛歌(相互御礼、風←鬼) 一方通行な想いの先にあるものは 一体、何なのだろうか。 《片恋賛歌》 ーー例えば、水道の蛇口をひねるように この気持ちを安易にせき止める事ができたなら……どんなによかった事か。 また例えば、部屋の照明を消すように 日常の何気ない動作の一つとして片付けられたなら、 …そう、逃避するように想いを隠して逃がそうとしている自分は、何て滑稽なのだろうか。 ーー青が、視界を反転する。 純粋なその色は帯のように長く、柔らかに風に揺らめいている。 手を伸ばして掴んだならば、掠れる幻影のように消えてしまうんじゃないか…そのくらい洗練された色彩に、くらりと目眩がする。 「お、どうしたんだ、鬼道?」 いつの間にか、目の前にいたその人物が思いの外近くにいて、内心ぐらつくぐらいに驚いてしまう。 ……が、そんな動揺、表にはおくびも出す事はなく。 「鬼道が部活中にぼーっとするなんて、めずらしいな」 カラッとまばゆい程の笑顔を飾り付け、俺の前に立つ人物…風丸は、少し息を切らしながらそう話し掛けてきた。 先程まで染岡達とグラウンドをランニングしていたからか、いつもより速い呼吸が鮮明に耳に届いてくる。 ただ他のメンバーと違い、息の切れ方が緩慢なのは、さすが元陸上部…といったところか。 「…そのミサンガ、どうしたんだ?」 「ん?あ、これ?」 青を基調とした風丸の色の中に、一際目立つ赤い色。 スラリとした腕を軽く上げ、それをじっと見つめてから、再び笑顔を向けてくる風丸。 「昨日貰ったんだ。その…例の彼女に」 何だか照れ臭そうに頬をかく風丸に、「そうか」と小さい返答をする。 先日の日曜、本屋からの帰宅途中……それは偶然の事だった。 青に夕暮れ色を乗せた人物が、住宅街の一角で見知らぬ女子と手を振りながら別れているのを。 その女子が帰宅していく背中をじっと見送っていた視線が、こちらに気が付いて驚いた顔を見せるのは、それからすぐ後の事。 何となく、『知り合いか?』と尋ねた質問に苦笑しながら、少し前から付き合っている彼女だ…と伝えられたのもその時の事だった。 遠目にちらりと見ただけではあったが、小柄で女性らしい柔らかな風装の少女だったように思える。 きちんと見たわけではないのでいい加減な事を言っているように思われるかもしれないが、なかなか…風丸に似合いの彼女…だったんじゃないか、と。 むず痒そうに語った風丸に友人として、仲間として、『よかったな』と伝えた言葉のどこかに、名も知れないモヤのようなものを…ズシリと感じ取りながら…。 「ーー…鬼道?」 はっ、と現実に無理矢理引き戻された気がした。 話の途中でまたぼーっとしだした俺に、今度は本当に心配になったのか、形のいい眉をハの字に変えてこちらを見つめている。 困ったように顔色を変えるその顔も、綺麗で洗練された顔だな…と思う。 綺麗でいて、どこか男らしさを含んだその人は……成る程、とても魅力的な人物だと思う。 目立って女子に騒がれている…という印象はないが、この男の隠された魅力に魅了された女子はきっと彼女だけではないのかもしれない。 この視線に見つめられると…不思議と、惹きつけられるような気がするから。 「鬼道?」 「あ、いや…」 何でもない、という言葉は音になる事はなかった。 どれだけいるかもわからない、純真な想いを彼に向ける事ができる少女達も……また、その想いを汲み取ってもらえ、さらに彼からの情愛を向けてもらえるあの少女も、皆、うらやましい…と思った。 同性であり、友人であり、仲間である…風丸にとってはそんな分類に入れられるであろう俺には、到底持ち合わせる事の許されない感情であろうから。 ……『うらやましい』? 『持ち合わせる事の許されない感情』? 何を言っているのだ俺は。 友人である風丸に対して向ける台詞にしては、かなりおかしい発言だ。 まるで羨むように、嫉妬ともとれる醜く貪欲な感情が自分の中から浮かび上がってきたことに、動揺を隠せない。 キシリ…と何かが歪む音が聞こえた。 数日前にも聞いたこの音が、やけに俺の中でざわついている。 自分の本心を表したようなその焦燥感に、自分が歪められていくような…そんな感覚がする。 ……そう…か。 俺は風丸の事がー…… 唐突に理解した。 この数日間、疼くように渦巻いていたこの感情の名が。 「…お前は、愛されてるんだな。風丸」 キョトンとしたように大きく開いた目で、こちらを見つめ返す風丸が、次の瞬間、吹き出したように口元を押さえて笑った。 「鬼道でも、そういう事言うんだな」 「……茶化してるのか?」 「いやいや、違うって」 そうは言いつつも口は笑ってるぞ、と皮肉づく俺に、まあまあ…なんて言って。 ー…例えば消しゴムのように、記載した軌道を全て消してしまえるのならば…、きっと思い返す事なんかなく無心でいられるのに。 例えばペンキを上から塗りたくるようにー…… そんな幻想的な考えに縋り付こうとする程、俺にも弱さがあったという事なのだろうか。 「なあ、鬼道」 「…何だ?」 淀んだような、そんな晒される事のないその情を抱え込んだまま、それとは逆に申し訳なさに内心謝罪して、風丸の方を見つめる。 「ありがとうな、鬼道」 愛されている、と言った事への御礼を、ありったけの笑顔に乗せて。 風丸、 多分俺は心の底からの祝福ってのは…完全にはできないかもしれないが、それでもお前の幸せを願う事はできる。 だってそうだろう? 好きな奴の幸せを願わない奴はいないだろう? 青空みたいに爽やかに彩る俺の好きな笑顔をくれたその人に、祝福を込めた笑顔を返した。 例え届かない情だとしても 片恋の先の祝福を願う。 ************** あわびさんの相互御礼に書かせていただきました。 風←鬼で「風丸が誰かと付き合い始めてから風丸への気持ちに気付いた鬼道」です。 片思い話なので、ハッピーENDではないですが。たまには片思いもかくのも楽しいです。 片思いになった場合、鬼道さんは絶対譲るもしくは身を引く人だと思うんですよね、個人的に。 そんな健気な子だと思うのですが…。 何だかあまり片思いな切なさの足りない気もしないでもないですが。 あわびさん、リクエスト&相互ありがとうございました! こちらでよろしければ、貰ってやって下さいませ! 2010.4.8 [*前へ][次へ#] |