翻弄(相互御礼、円鬼) 駆け引きみたいな恋情が 時々自分を惑わせる 《翻弄》 大切な存在に向ける『愛情』ってものは、 一体どんなものなのだろう。 …最近、そんな自分らしくない事を考える。 円堂という男は、とても率直で素直な人間だと思う。 あいつは嬉しい時は陽光な笑顔を浮かべ、悔しい時はぐっとその強い視線をその相手に向け、全力でぶつかっていく。 そして、俺に対する愛情も。 あいつは信じられないくらい、真っ直ぐに最愛の気持ちを伝えてくれる。 あまりに直線過ぎて、そういった真っ直ぐな愛情に疎い俺には戸惑う事が多いけれど。 それでもそんな純心なあいつの気持ちがとても嬉しかった。 …対して俺は、あいつにどれだけ情愛を伝えられているのだろうか。 正直、俺はあいつと違って素直な性根を持ち合わせていないのか、それともただ単に恋情に免疫がないだけなのか。 俺には円堂みたいに『好き』だとか…そういう言葉を伝えるだけの勇気は、どうにも胸に引っ掛かったまま外に出て来ようとはしない。 あいつはそれでもそんな俺に、輝かしい情愛を向けてくれるけれど、本当のところ……あいつはそんなつまらない性質の俺を、どう思っているのだろうか。 ーー掠れるような、子猫の声を聞いた気がした。 部活もない休日の午後、いつもあいつがいる鉄塔広場へ向かう坂道の途中で。 別に円堂と約束していたわけではないし、あいつが今日鉄塔にいるのか…なんて、知りもしない。 ちょっと本屋へ寄った帰り道、ただただ真っ直ぐ帰るのが何だか勿体ない気がして、気が付いたらここへ足が向いていた。 なだらかな坂道は別に苦になる程のものではなく、それでもその坂を登っていくと、ちっぽけな自分があの雄大な空に近付いた気がして、何だか不可思議な気分になっていく。 ぐるりと包み込む空に突き刺さるように伸びる鉄塔は、あいつのお気に入りの場所で……。 だからだろうか、俺が無意味にここに足を向けた理由は。 ただ『会いたい』、その一言すら俺には伝えられないのだ。 そんな自分に呆れる事があるくらいに。 ……そんな、高い空を見上げていた時だ。 子猫の声を聞いたのは。 猫なんて珍しくもない声は、俺の行く先…鉄塔広場の方から坂道を下るように聞こえてくる。 やけに鳴くその声につられるように残りの坂道を登っていくと、子猫だけだと思っていた姿が他にもいる事に気が付いた。 「……円堂?」 「あれ?鬼道、どうしたんだ?」 子猫を両手に抱えたまま、ニィっと笑顔を向けてそいつはいつでも眩しいまでの明るい笑顔を与えてくれる。 「ちょっと買い物がてらに散歩を…な」 嘘ではない…が、何だか少しは期待していた自分がいて、どこか言い訳に聞こえてきてしまう。 ごまかすようにベンチに並んで腰掛けて、じっと円堂の手元を見つめると、そこには見返すように俺をじーっと見上げる小さな存在がいて、思わず、うっと声が詰まる。 「コイツ、タイヤの上にいたんだ」 可愛いだろ?と俺の方に突き出すように子猫を見せてくる様子に、本当…子供っぽい奴だと笑っている自分がいて。 コイツと一緒にいると、俺はいつでも自然に笑顔でいられる気がする。 それは…凄い事なんだろうな。 「…お前、猫が好きなのか」 「ああ!好きだぜ!猫だけでなく、犬とか…動物は比較的何でも好きかな」 そうやって、素直に嬉しそうな表情を表に出せるコイツは…まったく、どこまでも真っ直ぐな奴だ。 だけれど、そんな素直さがやっぱり馬鹿みたいに好きだと思う。 そうして想いを伝えられる事はやはり嬉しい事で、きっと円堂だって言葉や態度に出して伝えてもらった方が嬉しいに決まってる。 だから時々思うんだ。 ひょっとしたら、俺みたいに言葉を詰まらせたまま表に出さない人間は、いつかそのうち飽きられてしまうんじゃないかって。 そんな事を考えてしまうほど余裕がない俺は、どれだけ恋情に臆病なんだろうか。 だって円堂の堂々とした姿を見ていると、何だか余裕があるように見えるんだ。 俺はあいつに『好きだ』と言われるだけで、ヒクッと心音が跳ねるような感覚に陥る程、翻弄されているというのに、何だか割に合ない気持ちになる。 もやもやとした自分への情けなさが、どんどんあらぬ方向へいきつつあるのを気付いていながら、それでも素直になれない俺は素直なコイツに、狡い、と言う言葉を向けてしまう。 ふう、と浅くついた俺の呼吸は相変わらず子猫と戯れる円堂の耳には届いていないようで、少し安心した。 母親に甘えるようにペロペロと円堂の手を舐める子猫にすらうらやましい、と思う俺はおかしいのだろうか。 …もし俺が、素直にこの情を表現できたのならば、円堂は…少しは翻弄されてくれるんだろうか。 俺みたいな奴に。 「ー……円堂」 「ん?どうした、きど……っ?!」 一体、自分はどうしてしまったのだろうか。 子猫に促されたとしか思えない自分の行為は、いつもの俺だったらとてもじゃないけどできないものだ。 こちらに向き切らない円堂の横顔に自分の顔を近付けて、唇と頬の境をペロリと軽く舐め上げる。 円堂の途中で止まった言葉から抜けるようにこぼれた呼吸が、滑るように俺の頬を掠めていく。 オマケだ、と言わんばかりにその皮膚を啄むように口付けをしてから離れた俺は、そこで初めて今更ながらに恥ずかしい事をした…と感じた。 でもその一方で、どこか満足している自分にも。 唇でも頬でもない曖昧は場所で、じれたようなそれは…それでも俺には精一杯の情愛だった。 せめて、お前がくれるたくさんの情愛のわずかでも返せれば、その願いを込めて。 長いようで、ほんの数秒しか経っていない短い沈黙の中、円堂の手からするりと猫が抜け落ちた。 地面に着いた途端、慌てたように走り去ってしまった子猫を呆然と見遣りながら、何だ…?と円堂の顔へ視線を向けると。 固まったまま、俺と視線を絡ませた途端に面白いくらい顔色を赤く染め上げた円堂が見受けられて。 ああ、そうか。 恋情において、本当に心から想う相手に余裕なんて、やはりないものなんだ。 予想外にもこんな俺に翻弄されてくれた円堂の顔に思わず吹き出した俺を、「き、鬼道〜っっ」と情けない声がようやく帰ってきたのだった。 惹かれ合う その事自体が駆け引きなのかもしれない。 ************** 泪さんより相互御礼リクエストとしていただきました、円鬼で『鬼道さんが円堂の何処かを舐める話』とのことでしたが。 舐めるまでの過程が長すぎましたね。ひいひい、無理矢理舐めるに持って行った感があります。 自分、あまり絡みのある文章を書かない方なので、ちょっとうっすい内容になってしまいました。 す、すみません! 円鬼は普段無意識で恥ずかしくいちゃついてるのに、意識しだすと照れまくってたら可愛いです。 泪さん、もしこのような文章でよろしければ、もらってやって下さいませ。 2010.3.15 [*前へ][次へ#] |