Little chance(神谷様10打祝い、円鬼) 艶麗と燃ゆり、焦がすように 空に飛び立つ可能性を この手に捕まえてみよう 《Little chance》 きっかけを掴む…って、どういう事なんだろう。 春先に一斉に飛び立つタンポポの綿毛を掴むように、限られた可能性の上でしか掴み取れない…そんな一片の可能性。 あてもなく予測不能にふわふわと空を舞い、掴む直前で風に乗っては逃げ回り、楽しそうに誰かを翻弄していく。 掴めるか掴めないかもわからない小さな可能性に、その手を伸ばして挑戦するのかしないのか。 きっと…それでも進んで手を伸ばさないと、きっかけだって掴む事なんかできはしないのだ。 新緑に芽吹く、青臭い恋草みたいな一抹一刻は。 ーー発端と言える言葉を蒔いたのはマックスだった。 『円堂ってさ、鬼道とどこまでいってるの?』 頁をめくるみたいにサラリと簡単に言われた言葉。 言った本人すら何でもないように、持っていたボールをポンッと上に投げてはキャッチして遊ばせる。 だからその意図を俺が理解するまでには、些か言葉が足りなかった。 『どう…って?』 『鬼道と付き合ってるんだろ?手を繋いだり、キスくらいは済ませてるのかって話だよ』 『ぶっ!?キ…?!し、してる訳ないだろ?!まだ…』 『円堂、声大きいよ』 苦笑しつつも、からかいと好奇心を盛り込ませた笑みでマックスが笑う。 からかい上手なマックスにとっては、また俺は絶好の標的なんだろう。 『何でしないのさ。お互い好き合って付き合いしてるんだろ?普通したくなるものじゃない?』 『そ…そりゃあ、まあ…そうだけど…。あ!でもデートはちゃんとしてるぜ?』 『どーせ、河川敷や鉄塔でサッカーしたりと普段と変わらない…子供のままごとみたいなデートだろ?』 そういうの、デートって言わないよ。 …そうバッサリと切り捨てたマックスの台詞に、見事に言葉を詰まらせたのは、それが事実だったからだ。 ままごとみたいな……言われてみると、確かに今までとまるで何も変わらない…成る程、子供遊びなような付き合いだ。 その事に微塵も気付かなかったこれまでは、それで充分だと思っていたけれど。 けれども、ひょっとしたら鬼道は…物足りないと不安に思っていたとしたら…。 ボールをポンポン投げるマックスの様を眺めながら、今更過ぎる疑念を抱いた俺に、更に突き付けるような一言を放った。 『ひょっとしたら、鬼道だって期待して待ってるかもしれないよ?円堂がリアクション起こすの』 『鬼道…が?』 『そうそう、なんなら試してみたら?シチュエーションなら色々あるだろ?例えばさ…誰もいない自宅に誘うとか?』 遊ばせていたボールを俺の胸にトン…っと押し当てて、悪戯に愉快そうな笑みを浮かべたマックスの言葉は…。 今思えば純粋に助言だったのか、それともからかい半分だったのか。 でも、俺の心情を揺さぶるには充分過ぎる条件だったみたいだ…。 「ーーっ、あいたっ!?」 バサッ!と何か束になった物が、何か別の物にぶつかって擦れ合うように音を鳴らした。 次に、頭に地味に響く鈍痛。 反射的に頭を抱えた俺の口から、小さな痛みが叫けばれた。 「…まったく、いつまでぼーっとしているつもりだ?」 ぶっきらぼうに呟かれた文句で、ようやく自分が置かれていた状況を思い出す。 恐る恐る顔を上げれば、斜め向かいから不満いっぱいに俺を睨む鬼道の顔が待っていた。 ーー昨日、先週行った学期末テストの結果が返された。 何と無く、自分でも嫌な予感はしていたんだ。 そういう嫌な直感的なものほどよく当たるものじゃないか。 そして案の定、自分の手元に戻ってきたそれは…所謂、『赤点』という最悪のレッテルを貼られたものだった。 それを見て、怒りの如く文句をぶつけて来たのはもちろん夏未。 『再試験で合格点を取れるまで、部活の一切の禁止を命じます!』 鋭くそう突き付けるられた言葉に、泣きたい以上に目眩がしたのを覚えている。 「…で?さっきまでの説明は聞いていたか?」 「え…あ…」 「……聞いてなかったんだな」 手に持っていた教科書を置いて、あからさまなため息を付く鬼道。 …成る程、先程俺の頭を叩いたのは教科書だったのか…。 ぼんやり、また意識が反れた事は内緒にしておこう。 そう…俺は今、例の赤点のせいで、次の再試験に向けて徹底的に鬼道に勉強を叩き込まれている。 いやでも…ある意味赤点のおかげで二人切りになれている…とも言えなくないんだけれど。 元々、鬼道に勉強を頼み入んだのは駄目元だったのだ。 学年トップを走るであろう鬼道には、もちろん赤点なんて文字は無縁のものであって。 だから普通に部活参加のできる鬼道に頼むのは、迷惑この上ない事くらいわかってはいたのだけれど。 それなのに鬼道は、あっさりそれを承諾してくれた。 『チームの要のキャプテンが、このまま再試験も通らず、補習に部活謹慎なんて事になられては困る』 …と、夏未に負けず劣らず鋭い口調でそう告げた鬼道に、威圧からの若干の恐怖と感謝の念を抱いて。 「うー…てかさ、こんな公式…習ったっけ?」 「習いもしない物をテストに出すわけないだろう?まったく…普段の授業や予習復習など大切な事を、なおざりにしているからこういう事になるんだ」 ノートの上にうなだれた俺の額を軽く赤ペンで小突いてから、薄く窘めるように微笑む。 呆れの中に見え隠れする鬼道の優しさ。 文句を言っても、その分俺にとことん付き合ってくれる。 ため息を付きつつも、その後必ず優しく笑ってくれる。 節々に滲み出る鬼道の優しさに、その度トクンと鼓音が跳ね上がる。 「円堂、この問題だがな…」 スッと目の前に伸ばされた鬼道の指。 俺のゴツゴツした節とは違って、白くて細長い指が俺の教科書の上を滑らかに滑る様は、絵の中の光景のようだ。 文字の上を動く指、ゴーグルごしに伏せられた目元、柔らかく読み上げる口元…。 視界に映る鬼道の仕種一つ取っても、それが予想以上に自分をざわつかせる。 鬼道が好きだから。 きっとそれだけが理由なんじゃないと思う。 元々、鬼道という存在が美麗で繊細な作りをしている人なんだ。 だからその何気ない仕種一つにも、魅了され捕まえられてしまうんだ。 言い訳みたいに並べ立てても、自分が鬼道にドキドキする言い分にはならない。 ああダメだ、やっぱり意識すればする程意識してしまう。 元より、こうなった時点で俺に勉強に集中なんて無理な話だったのだ。 そうだ…そもそも、勉強ならそのまま学校ですればいい話だったのだ。 それをわざわざ俺の家に誘ったのは、間違いなく俺自身。 『夜になるまで母ちゃん達帰って来ないから、誰もいないけど』 そうに言ったのは、不純な自分へのせめてものストッパーだったのか、それとも鬼道を試したかったのか。 二人切り…そんな状況を前にしても、鬼道はあっさり承諾してくれたのだ。 そうして浮かぶのは、あのマックスの言葉。 (期待…なんて、鬼道がしてくれたり…するのかな?) 嫌でも意識してしまうあの時のマックスとの会話が、また俺のざわめきに拍車をかける。 二人切りを受け入れてくれたこの状況、少しは…俺も期待してみてもいいのだろうか。 …そんな事を俺が考えているなんて、おくびも知らないであろう鬼道の口元からは、先程からずっと羅列した公式が紡ぎ出されている。 一文字一文字…言葉として形成されていく唇が、またなんとも柔らかそうに動く様は、俺の中から沸き上がる熱を酷く焦れさせる。 触れてみたい。 キスがしてみたい。 そういったらこの秀才な少年は、あっさり受け入れてくれるのだろうか。 もしくは例え羞恥と初の狭間だとしても、その柔らかな唇を本能のままに堪能させてくれるだろうか。 ー……って。 何を考えているんだ…俺は。 途端に顔がぶわっと熱くなる。 恥ずかし過ぎるその考えが、自分の本心だとわかっているから尚更いたたまれない気持ちに駆られる。 こうして鬼道は一生懸命教えてくれているというのに…俺は、本当にどうしようもない。 でも、しょうがないじゃないか。 好きなものは好きなんだ、意識するななんて方が無茶なんだ。 「…あのー…鬼道?」 次の言葉を…と開きかけた鬼道の唇が、一端留めてから「何だ」と形にする。 素直に向けられた鬼道の瞳とかちあうと、何だか無性にバツの悪い気持ちになるけれど。 「あのさ…もし再試験でさ…その、ちゃんと通ったらさ…」 「褒美が欲しい、何てベタな頼み事なら断るぞ。部活休んで教えてやっているんだ、イーブンどころか逆に礼が欲しいくらいだ」 「う…」 完全に読まれていた頼み事は、物の見事に頭のいい恋人に打ち砕かれた。 やっぱり、二人切りになったくらいじゃダメだったかな。 期待は夢のまま終わる。 きっともっと、俺自身が頑張って行動していかないといけないんだろうけれど。 期待が淡くなった事に、少なからずショックを受ける俺の側で、鬼道がまた小さな苦笑を浮かべた。 そう、それはまたあの宥めのような優しい笑顔。 「…円堂。俺はな、早くお前とサッカーがしたい」 柔らかく緩慢に目を細める表情。 木漏れ日のように、ゆるゆると温かく見つめてくれる…そんな笑顔。 「さっきも言ったように、お前がフェアを求めるなら、俺の願いを叶えてはくれないか?」 大好きな人が、大好きなサッカーを…他の誰でもない、俺としたいと言ってくれる。 それが願いなのなら、叶えない訳がないじゃないか。 「お、俺、絶対赤点クリアする!」 鬼道とサッカーをする為に。 鬼道の願いを叶える為に。 馬鹿正直に意気込む返事を返した俺に、鬼道はおかしそうに綻ばせる。 「そうか…お前は本当に素直な奴だな」 「何かそう言われると、子供をあやしてるみたいだよな」 「フッ、『円堂は素直でいい子だな』って事か?」 「そうそう。…って、わざわざ言い直さなくても…」 どちらにつられたのか、お互い吹き出したように笑い合う。 きっと俺達は、こうしてゆっくりと進んでいくんだ。 無理に背伸びして先へ先へと急ぐより、歩調を合わせて互いのペースを重んじて。 そうすれば、きっかけなんていつかポッと花開く。 偶然に落ちてきた綿毛が、またそこで新たに芽吹くように。 ー…鬼道の視線が近くで合わさり、ゆっくりと笑みを形取る。 優しい、優しい…鬼道の笑み。 「円堂、」 「そんな『いい子』な円堂には、特別に褒美をやろう」 え、と言葉を出しかけた俺の頬に添えられた鬼道の右手。 じん…と伝う温もりの先で、鬼道がゴーグルを首元に下げるのが見えた。 宛がわれた手の感触が…そして熱が、神経の全てがそこに集まったかのようにやけに鮮明に感じとれて、思わず身体をヒクリと震わせる。 そして次の瞬間、身を乗り出した鬼道の顔を真ん前に認識したのだ。 「ーーっ、」 近い……っ!? 鼻先が触れ合う程の距離で、思わず息を飲む。 状況の整理が追い付かない思考に反して、素直に上がっていく熱と、それ以上に素直過ぎる鼓動と。 冷静さを欠いた醜態など気にする余裕すら無くした俺には、目前に迫るその洗練さに意図を問い質す思考など…端から持ち合わせていないのだ。 そんな翻弄されっぱなしの俺に、目の前の愛しい表情が薄く綺麗に微笑んだ。 「…ちゃんと赤点クリアして、いい子にしていたなら、その時は褒美にこの続きをしてやろう」 試すようになまめかしく口角を上げる愛しい表情に、いよいよ爆発しそうなくらいに真っ赤に茹で上がったのだった。 重ね、幾年 偶然に舞い落ちたきっかけに 魅入り燃ゆるのだ。 ************** 日頃お世話になっている神谷さん宅の十万打お祝いに、と用意した円鬼小説です。 赤点を取ったキャプテンに勉強を教える〜という事でしたので、どんな展開にしようかなーと考えてて、たまには男前な受けの円鬼にしようと思った結果が、キャプテンが大変ヘタレになりましたね(汗) あと、友情出演として+αでマックス出しましたが。どんだけ私マックス出すの好きなんだか…。 ともあれ、円鬼で『赤点を取った円堂に鬼道さんが勉強を教える話』、十万打お祝いにに捧げます!神谷さんおめでとうございます! '11.2.21 [*前へ][次へ#] |