[携帯モード] [URL送信]
彩り(風鬼)
色彩に包まれるのは

それこそ一興なのかもしれない


《彩り》


ーー今、俺は
非常に困っていた。


じっと食い入るように視界に広がる紅い二つの視線。
ゴーグルごしにズレる事なく捕らえられたそれに不思議と硬直させられる。
近いせいか、こと細かに見える繊細そうな白い頬も、真剣に凝視している為か少し寄った眉も、そして…わずかに聞こえる吐息のような呼吸も、俺の心を揺すぶるには過ぎる程の条件で。

ギシリ、と座っている部室のベンチが場違いな鈍い悲鳴を上げる。

そもそも何でこんな状況に置かれているのか。


ー…何等変わりなく、その日も部活が終わった。

皆が帰り仕度をしている中、ふとその中に特徴的なマント姿のあいつがいない事に気がついた。
制服のボタンを止めながら、何処へ行ったのだろう…とぼんやりと考えていると、後ろから円堂から声をかけられた。
「おーい、風丸!帰ろうぜ」
壁山達と一緒に部室の扉の前からこちらに呼び掛けてくる円堂。
「…悪い、俺用事あるから先に帰っててくれ」
特別な用事があった訳でなく、ただ…今ここに姿のないあいつの事が気になったのだ。
そんな俺の事を不審がる様子もなく、素直に「そっか!」と言って皆と帰宅していく親友に小さく苦笑する。
素直過ぎるのも問題だぞ、と思いながらも、それが円堂の良さだとわかっているから。

誰もいなくなった部室のベンチに腰掛けて、そんな事を考えていた。



「ーー…風丸?」

キィっと小さく鳴いた部室の扉から、次に俺の名前が呼ばれたのはそれから大分時間が経っていた。
ベンチで膝を組んで、その上でノートを広げて宿題をしていた俺は、走る文字から顔を上げてそちらに向いた。
「鬼道」
「風丸…?」
何してるんだ?と不思議そうにこちらをみている鬼道。
閉められた扉の微かな風圧で、青いマントがわずかになびく。
「それはこっちの台詞だぞ。お前こそ何してたんだ?」
「自主トレしてたんだ。どうしても技に納得できないところがあってな」
なかなかなまでの完璧気質な部分のある鬼道らしく、納得いくまで練習していたのだろう。
自分にも厳しいところはさすがというべきか。
だからこそ、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?と時々言ってやりたくなる。
せめてもう少し周りを頼って…なんて言ってやれば、素直じゃないコイツはきっと難しい顔をするんだろうけど。

何事にも器用な鬼道は、そういうところにだけは不器用なのだ。

そんなところが可愛いなんて言ったら、また面白い反応を見せてくれそうだけれど。

「…何をにやけているんだ」
「いやいや、別に?」
ニコッと笑ってノートを閉じた俺に、一つ首を傾げてロッカーを開く。
「……ひょっとして、待っていてくれたのか?」
着替えをしながら顔だけこちらを向けてきた鬼道。
「あー…まあ、そんなとこ。迷惑だったか?」
「…いや」
物好きだな、と呆れたように微笑む顔が柔らかで、俺も何だか安心する。

物好きも何も、好きだから一緒にいたいと思うのは当然だろう。

クスッと下を向きながら隠れて笑う。
ガタンとロッカーが閉まる音が聞こえて顔を上げると、俺の前に制服に着替えて鞄を肩から下げた鬼道が立っていた。
「お、着替え終わったか」
んじゃ帰ろうぜ、と続けようとした俺だったが、俺を見下ろす鬼道が何かにはっとしたようにこちらを見つめていたので、俺も不思議になって鬼道をそのまま見上げていた。
すると、いきなり鬼道が俺の肩を掴んできて。
そのままゆっくり顔を近付けてきて。
びっくりして「鬼道、」と体が揺れる。
「悪い、少しじっとしていろ」と掠れるように呟かれた言葉に息を飲んで。


……で、この状況だ。

ひたすらじっと俺の顔を…いや、正確には目を見つめ続けている鬼道に、引き攣り笑いが出そうになる。
あまりにも真剣に強い眼差しで見つめられていると、目を反らすことはおろか、瞬きすらしてはいけない気さえする。
好きな奴の顔が間近に…なんてなかなか喜ばしい光景なのだろうけれど。

「…あー…鬼道」
変わらず俺の瞳をガン見し続ける相手に、そのまま言葉を続ける。
「ひょっとして、俺は男として…このままキスの一つでもしてやるべきか?」
俺の言葉に、今まで微々たりともしなかった紅い視線が、ゆっくりと二回ぱちぱちと瞬きされて。
段々とスローモーションのようにその頬が薄く紅い色に染まっていくのを間近で眺めていた次の瞬間、ズサッーっと音がするんじゃないかというくらい後ずさりをした。
「ち、違っ!」
面白いくらい慌てた様子の鬼道に、内心残念に思いながらも何事もなかったかのように鬼道に話し掛ける。
「じゃあ何してたんだ?人の顔をじっと…」
うっ、と今更気まずそうにする様子がなんだかおかしい。
「いや…ただ、目がな」
「目?」
「ああ、目の色が…似てると思ったんだ。俺の色に」
何故か言いにくそうにしている鬼道を疑問に思いつつも、話を続ける。
「似てるか?」
「…いや、遠くから見たらそう思ったんだが…」
「んー…俺から見れば鬼道の方が薄い色してるように見えるけど。まあでも、実際自分の目なんてよく見た事ないからな」
何とも言えないかな、と笑う俺に対して何か言いたそうに視線を横へ流している。
「…で?」
「……で、とは?」
「実際、近くから見てどう思ったんだ?」
何だか意地悪しているように顔を覗き込む俺に、少し体が後ろへのけ反る。
「…その、近くでは」
「うん」
「似て…なかったような印象を受けた。お前の方が、綺麗だ」
「へ?」
自分でもわかるくらい間抜けな声が出たと思う。
キュッと眉間のシワをさらに深くした鬼道の顔を今度は俺がまじまじと見つめる。
「そんな事ないだろ?鬼道の方が透き通るような色してて綺麗だ」
「…お前はいつも俺に対して少し過剰なくらい盲目的なところがあるからそう思うだけだろう」
「盲目的なのは鬼道の方だろう?結構、俺に限らず他の奴らに対しても美化して見てる事多いと思うぜ」
「そ、そうだろうか…?」
何かを思い返すように、口元に手をあてて考え込む鬼道にまた笑みが漏れる。

人の事に対しては過ぎる程気がきくのに、自分の事となると途端にいつもの器用さはどこへやら、無頓着さが浮き彫りになる。
しかしそれが、この『鬼道有人』の数少ない子供らしさが見え隠れする希少な部分なのだ。

「でも、何だって今更そんな事思ったんだ?」
付き合いが深いという訳でもないが、決して浅いというわけでもない。
まして友人云々以前に、それなりに想いを伝え合った所謂好き合う関係なのだ。
「…いや、本当…突然なんだ。お前の目を見た瞬間…ふと」
まだ煮え切らない雰囲気の話し方が気になって、『まだ何か理由があるんじゃないか』、そんな意を込めて抗議に似た視線を向けてやると、うっ、と言葉を詰まらせて鬼道らしくない落ち着きのない様子を見せる。
「鬼道?」
「っ、」
「鬼道〜?」
ニッコリといい笑みを見せる俺にようやく観念したのか、一つため息を落として。
「……同じなら、その、『お揃い』になると思ったんだ」

好きな相手と、同じ色を共有できる。
ーそう、思ったと。

固まるように鬼道を見つめる俺に、ばつが悪そうに顔をしかめる。
「う…だから、言いたくなかったんだ。こんな情けない事を」
「ーー鬼道!」
鬼道の言葉に重ねるように出された言葉。
立ち上がって、捕まえるように鬼道の両腕を掴む。

情けない?
そんな事、あるはずがない。

「嬉しいよ、鬼道」
「……う」
こういう直球に弱いのか、顔を赤らめたまますくんだように身体を固まらせる。

本当に行動一つ、仕草や言葉…どれ一つとっても愛おしくて仕方ない。

「鬼道、いい事教えてやるよ」
何だ、と言いたげにじっと見上げてくる視線にニッと笑顔を向けて。
「心配しなくてもちゃんとお揃いなものはあるぜ?俺も鬼道もお互いを好きだって気持ちがさ」
トンっと、鬼道の胸に握った拳を宛がうと、目の前の鬼道は驚く程に目を見開き、そして面白い程に顔を真っ赤にさせて。
「…風丸お前、時々素で恥ずかしい事を言う奴だよな…」
「そうか?」
「本当に恥ずかしい奴だ」と呆れたように皮肉を言いながらも、どこかゴーグルの向こうの二つの瞳は嬉しそうに細められていたのだった。



艶やかに彩る色彩に惑わされるように

できれば、その人の存在に惑わされたい


**************

風鬼です、風鬼!
風丸兄さんは男前だと思います。だからでしょうか、凄く男前な台詞とか態度とか付属させたくなります。風丸をカッコイイ兄さんにしたくなります。

風鬼って、凄くほのぼのとしていてどこか落ち着いた安定したカプだと思うのですよ。二人とも落ち着きありますし。
あー風鬼大好きだ!

風鬼好きな方に少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
読んで下さってありがとうございました☆


2009.10.24

[*前へ][次へ#]

8/51ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!