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箱庭世界(円鬼)
自由と籠の中

ーーあの時は、どちらが幸せかなんて
判断が付けられなかった


《箱庭世界》


あれは…まだ帝国にいた頃の事。

部活が終わって、散り散りに人が練習場からいなくなった後、俺は一人その中心に立って天井を見上げていた。

いかにも人工的な冷たさを印象づけるその造りは、天井へ近付けば近付く程暗く影って見える。

太陽の光を一切遮断するその建物。
屋内だから当たり前だと言えばそれまでだが、それでもここは他の場所と違って冷淡な印象を受ける。

「…ここにいたのか、鬼道」
静かに響いてきた誰かの声。
ふ、と顔を下げると少し離れたところからこちらへと近付いてくる姿が目に入った。
「……源田」
「どうした?今日はもう終わりだろう?皆上がっちゃったぜ?」
並ぶように隣に立ったその長身の男は、不思議そうに俺を見てから同じように天井を見上げた。
「何かあるのか?」と尋ねる源田に「いや…」と呟くと、再び視線を俺に下ろして首を傾げる。

「……鳥籠みたいだな」
「ーえ?」
「いや…ここは籠の中みたいだな、って思ったんだ。でなければ、さしずめ箱庭…か」
「箱庭かぁ…」
んー…っと唸りながら見上げる源田。
「だとすると、俺達は箱庭の中のお人形って事か」
ははっと渇いた笑いを浮かべるその顔を、ちらりと横目に見て、俺もまた囲まれた空間を見渡す。
「なら、ここから出れば自由…って事になるのかな」
「…さあな。だとしても、自由が幸せとは限らないだろう」
「何でだ?」
キョトンとしたような顔を見せる源田に、
「自由という事は、そこから自分の足で進まなくてはならないという事だ。判断も何もかも、自分で決めるという事だ。結果、進んだ先の善し悪しに関係なく」
自由とは聞こえはいいが、決して責務云々から逃れる術ではない。
「まして、今まで籠に押し込められていたなら尚更だ。そう考えると存外に自由は怖いものなのかもしれない」
すると驚いたような顔を見せた源田だったが、すぐに考え込むような表情を見せた。
「自由が怖い…か。やっぱ鬼道は難しい事考えるな」
苦笑したように笑った源田の顔が、今でも脳裏に浮かんで見える。



「ーー………」
ぼんやりと浮上した意識。
うっすらと開いた瞳に、ゴーグルごしでもわかる程の晴れた空が映る。
ひんやりとしたコンクリートの感触が、晴れた温かな気候には少し心地が良い。

「あ、鬼道起きた?」
誰もいないと思っていたこの場所に突然話し掛けてきた声。
不思議に思って、まだ開き切らない視線をわずかにずらしていく。
するとそこにはいつの間にか、寝そべる俺の隣に腰掛けて見下ろす笑顔があった。
「……円…どお…?」
ぼーっとした意識のせいか、思考が上手く回らない。

ああ、そうだ。
昨日の夜、フォーメーションの確認を一人で考えてて、そのせいかやけに授業中も眠気のような気怠さを感じていたのだ。
だから昼休みの間だけでも、静かな人気のない場所で少し身体を休めよう…そう思って屋上にきたのだ。
ちょっと身体を休めるつもりが、いつの間にか眠っていたのか…。
しかし、どうして円堂がー……?

「ーーッッ?!」

ガバッと勢いよく起き上がった俺に「わっ!」と驚きの声を上げた円堂。
「…円堂っ、今何時だ?」
「え?えっと、今さっき予鈴がなったからもうすぐ授業が始まる…くらいかな?」
「っ!」
慌てて立ち上がって走り出そうとした瞬間、まだ覚醒したばかりだったからか、情けない事に躓いてその場に転んでしまう。
「き、鬼道?!大丈夫か?」
「っ…だ、大丈夫だ」
それよりも時間が…
再び立ち上がろうとした俺に、円堂が直ぐさま呼びかけてきた。
「鬼道、鬼道」
「何だ?」
振り向くと、「そっち逆方向」と言いながらおかしそうに笑いを堪えている。
ぶあっと恥ずかしさから顔に熱をためて、吹き出したように笑い出した円堂を、睨みつけるように見つめてやる。
「鬼道でも、寝起きはおっちょこちょいなんだな」
「う…うるさい。笑うな」
顔を背ける俺に、本格的に笑い出す円堂が恨めしい。
「ゴメンゴメン、なあ…鬼道」
「…今度はなんー……わっ!?」
再び円堂の方へ顔を向けた瞬間、いきなり円堂が飛び付いてきた。
押し倒されるように二人仲良くコンクリートの上に倒れ込んだ状態に驚きを隠せない。
「ーな、何をするんだ?!」
「なあ鬼道。授業、サボろうぜ」
「何言っているんだ?そんな訳には…」
「だって…やっと二人っ切りで一緒にいられるのに」
ひょっとして、俺と一緒にいるために探してここへ来たのか?
そう聞こうとしたが、何だか照れ臭くて。
「いいじゃん、せっかくいい天気なんだし。たまにはさ」
「たまには…か」
横から抱き着かれるようにされるまま、見上げた空に苦笑する。
「…そうだな。たまには…いいか」
あっさり引いた俺に意外そうな顔で驚きつつも、直ぐに嬉しそうに笑う円堂。

源田の言う通り、俺はちょっと難しい考え方ばかりしているのかもしれない。
円堂のような考え方をしたなら、色々な事がもっと別の見方で見えてくるのかもしれない。

…それに。
この晴れ渡る気候と、自分を抱きしめる温もりをあっさり手放すのは、少し惜しい気がしたから。

まったく、俺らしくないな。
久々に、あの頃の夢を見たせいだろうか。

ああ、そういえば。

「……空」
「え?」
「広いな…」
ポカンとした顔を直ぐに体制を変えて俺の真横に大の字になって寝そべる。
本当だ、と笑う笑顔を横目に見ていると、こちらも自然と笑みが漏れる。

あの頃、暗く覆われて見えなかった空は、今こうして自分の上に自由に広がっている。
自由になった今、俺は何処へ向かって行くのだろうか。
「…結局、籠から出た鳥は幸せなのか…わからず仕舞いだな」
「は?」
何だそれ?と尋ねる円堂。
「なあ、円堂。俺はな、自由になることは怖い事だと思っていた」
敷かれたレールの上を歩んでいる方が、よっぽど楽だから。
「そして、自由になった今も怖いと思う自分がいる」
影山という檻から外れて、こうして自由を手にした今、そう感じるのは俺が箱庭支配の中でずっと生きてきたせいなのかもしれない。
「そう思うのは、やはりおかしい事なんだろうか…」
あれほど望んだ空の下が、これほど焦燥感に包まれてるなんて思いもしなかった。

「…ーならさ」
ニカッといい笑顔を浮かべた円堂が、ガシッと俺の手を握ってきた。
「こうしてればいいんじゃん」
悪戯を思いついた子供のように満足気に手を繋いで微笑む円堂。
意味が掴めなく、ぱちぱちと円堂を見つめる俺に言葉を続けて。
「怖いんならさ、こうして誰かの手を掴んでいればいいんじゃん。その為に俺達仲間がいるんだろ?」
不安も恐怖も、こうして共有すれば緩和されていく。
それ以上の感情で打ち消すように。

「な?」と嬉しそうに手を握りながらそういった円堂に、呆気にとられつつも顔が綻ぶのがわかる。

共有なんて、簡単そうに見えて案外困難な事を、この円堂という男はなんらく熟してしまうのだ。

「鬼道が怖い時は俺が引っ張ってやるからな」と言った円堂に再び苦笑しながら、また大きな空に目を向ける。

まったく、先程までの不安は何処へ行ったのやら。
今は、この空の下にいられる事がとても清々しく思える。

「…源田にも、教えてやらなければならないな」
あの時の答えがわかったと。
自由も怖い事だけではないと。
「はぁ?源田?」
いきなり出てきた名前に跳び起きて、不可解そうに見下ろしてくる。
「…何で源田なんだ?」
「ちょっと…な。何だ?嫉妬でもしたか?」
からかいの意味を含めて見上げてやれば、
「……そうだよ」
膨れっ面をしながら視線を横に流して、あまりにも素直過ぎる反応が返ってきたものだから。
その純粋な素直さを愛おしく思いながらも、いよいよ吹き出してしまったのだった。



『共有できる』ということを

これ以上ない幸せに思う



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うわわ、また長くなってしまいました。
何となく、帝国から出てもだもだ戸惑う鬼道さんを円堂の包容力で包み込む感じの内容が書きたかったはずなのに…全然意味合いが違う文章になってしまいました。あれ?

二人は初々しいくらいのラブラブバカップルでいてもらいたいです。

てか、源田さん…当て馬的な感じになってしまいました…。これでも私はかなり源鬼大好きなんですが…(汗)

最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。


2009.9.8

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あきゅろす。
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