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メモリー・ロード(一鬼)
そのかいま見た記憶が

断片断片と、蘇ってくる


《メモリー・ロード》


ーその瞬間、
ふとした刹那、なんて事はない出来事が、掠れかけていた思い出の断片を彷彿させる時がある。

それは数え切れない程静かに落ちてくる雨粒だったり、
また風になびいて舞い踊る白いカーテンだったり、
遠くで聞こえた時報の音だったり、
また…賑わう町並みの匂いだったり。

一つ一つがまるでパズルのように、ある日突然に繋がって俺の記憶を燻るのだ。



ー…耳に嵌めたイヤホンから聞こえる音に雑ざるように、突然その声は聞こえてきた。

「一之瀬……何をしているんだ?」
一瞬聞き間違いか、と思えたその声に反応するように振り向き、見上げる。
そしてそこには、紛れも無く声の主がいて。
「やあ、鬼道…」
イヤホンの外の雑音がイヤホンから流れる音楽と重なって、ざわざわと耳元で奏でるのが何だか心地よくて、その雑音がわざと雑じるようにいつもより音量を下げて聞いていたのが幸いした。
でなければ、きっとその呼び掛けに気付けなかったかもしれないから。

「何を聞いているんだ?」
自然な動作で俺の横に座り込んだその人は、興味あり気にこちらをまじまじと見つめてくる。

そんな膝を抱えて覗き込む様が、何だかいつも以上にちんまりと小さな小動物のように見える。
…なんてにやけそうになる口元をこっそり隠して、イヤホンを片方外した。
そんな事言って、拗ねられてしまっては、鬼道が隣に座っているせっかくの嬉しいシチュエーションを台なしにしかねない。
そんな勿体ない事を自分でするなんて間抜け過ぎるからね。

そんなおかしな考えをおくびにも出さず、外した片方のイヤホンをそのまま鬼道へと渡す。
鬼道も何も言わずに促されるまま、それを片耳へとはめ込む。
「…洋楽か?」
「そ。アメリカにいたころ気に入った曲でさ」
そういうと、小さく「へぇ…」と言いながら、その曲に聴き入る鬼道。
ゴーグルごしに、その瞳がうっすら細められていくのが目についた。

「いい曲だな」
「うん、俺も大好きな曲なんだ。何かこう、落ち着くっていうかさ…安心するっていうか…。考え事をしたりするのにいいんだよね」
すると、意外だな、と短く笑顔まじりに返された言葉。
それが俺が音楽を聴く事になのか、洋楽が好きな事なのか、それとも俺が考え事をするのに音楽を頼る事に…なのか。
鬼道の意図するものが何なのかはわからなかったけれど。

「なんかさ、こう…落ち着くものってあるよね?懐かしい…っていうのかな?俺の場合、ひょっとしたらアメリカ思い出すからかもしれないけど」
じっと見据えるようにしていた鬼道が、何かを思い巡らすように視線をスッと動かして。
「…そうだな。それは少しわかる」
柔らかくそういった瞳は、真っ直ぐどこかを見つめていて。

そうだ…鬼道にもそういう振り返る過去があるのだ。
元々帝国にいた鬼道には、俺のように懐かしさを彷彿させるようなものや、落ち着かせてくれるものがあるのだろうか。

俺は、時々アメリカを思い出す事がある。
別にアメリカに帰りたいとかそういうんじゃないんだけど、ただ…懐かしく思う事はある。
向こうにも仲間や友人はいたし…やっぱり、そう思ってしまうものだと思う。

…なら、鬼道もそうなのだろうか。
帝国を懐かしんだり、恋しくなったりするのだろうか。

「ね、鬼道ってさ、帝国の事思い出す時あるの?」
「…何だ?いきなり」
「いやいや、興味本意」
少し、難しい顔を見せたかと思えば、すぐにまた思案するような表情へと変わる。
「あるぞ…。時々…な」
彼の原点になる場所はやはりあそこで、そしてあそこには信頼した仲間がいて。
その全てがきっと鬼道にとっては凄く大事で。
きっとかけがえのないもので。

人にはそれぞれ大切なものがある。
思い出だったり、人やものだったり、場所だったり。
俺にもアメリカでの大切な記憶や土本、秋、西垣との思い出があるように、鬼道にもそれはやはり存在するのだ。

普通に考えたら、それは結構当たり前の事で、むしろそうやって誰かに大切なものがたくさんあるのはとても良い事で。
そう、ちゃんと考えられるのに。


…はは、嫉妬してるよ。

馬鹿みたいだ。


うらやましいと思う。
焦がれる相手に大切に想われてるその場所も、人達も、思い出も。


ふぅ、と音にならないため息がでる。
ただそれが、イヤホンからの音に掻き消されただけなのか。
少なくとも、何かを考えるようにじっと前にある自分達の影を見つめる鬼道には聞こえてはいないのだろう。
その黒い影が、あたかも俺の嫉妬を象形しているみたいで虚しくなる。

「ただ…」
間が空いて、再び紡がれた言葉に俺は顔を上げる。
「思い出も大事だが、結局は今があってこそだと思う」
『今』から過ぎ去る時間が全て思い出になるのだから、『今』がどれだけ幸せな時間かによって、きっと過去の思い出の大切さや価値観が決まるんじゃないのか…、と。

ふ、と鬼道らしい笑顔でそう言った言葉。

鬼道は俺達なんかと違い、難しい考えをいつも持っていると思っていたけれど。
それだけじゃなくて、鬼道には俺達とは違った見方や考え方をたくさんできる奴なんだ。
案外鬼道は興味深い思考の持ち主なのかもしれない。

成る程、確かに今が楽しくて、嬉しくて、幸せだと思ったからこそ、その今の出来事が過去になった時に大切な程懐かしい記憶になるのだ。

ひょっとしたら、今こうしている時間も、いずれはー…。

「…俺も、今っていう時間も好きだよ。雷門の皆といるの楽しいし、何より鬼道、君がこうして隣にいてくれるから…ね」
ニッコリ笑ってそう伝えれば、驚いたような顔を向け。
「まるで…口説き文句みたいだな」
呆れまじりに苦笑する鬼道に、本当に口説いてんだけど…と心の中で呟いて。

それでも、どこか幸せそうに頬を緩めたその横顔に、満足している自分がいた。



現在(いま)を記憶しましょう

それがいずれ形ない幸せに繋がるのだから



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一鬼です一鬼!
一之瀬っぽさを出そう出そうと頑張ったんですが…。なかなかキャラの個性を表現するのって難しいですね。

私は個人的に鬼道さんも一之瀬も今の雷門も凄く大事だけど、同じくらい帝国やアメリカや土門や秋達との思い出も大事で、いつもそれら全てが支えになってるからこそ今の二人が前を向いて雷門でサッカーをプレイしているんだと、個人的に勝手に考えてます。
この二人はそういったとこは共通してて似てるんじゃないかなと思います。

一之瀬はどんどん鬼道さんを口説いていけばいいと思います!

読んで下さってありがとうございました!


2010.1.7

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あきゅろす。
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